33.ユウの覚悟(1)
異変に気付いたのは……ソータさんと一緒にミュービュリに行ったときだった。
目覚めて、半年……俺はエルトラの子供たちにフェルティガの指導をしていた。
指導中はそんなにフェルティガを使うこともなかったから、全然気付かなかった。
でも、あのとき――ソータさんを背負って、フェリーを追いかけたときだ。
本気を出したとは言っても……昔、朝日を守って闘ったときほどじゃない。
かなり余裕だったはずなのに……俺は、意識を失ってしまった。
ソータさんの神剣の気配で飛び起きたけど、放っておいたら一日中眠っていたかもしれない。
それぐらい、俺は疲れていた。
どうしてそうなったのかはわからないけど――俺のフェルティガの絶対量がかなり減っていると感じた。
フェルティガエにとって、フェルティガは生命エネルギーみたいなものだ。
それが減っているということは……確実に死に近づいている、ということでもあった。
――朝日。すべてが解決したら……俺は、ミュービュリに行きたかったよ。
でも……それは無理みたいだ。
不思議と……恐怖は感じなかった。
そうか、これが俺の運命だったんだな……と。
むしろ、十年前に死ぬはずだった俺が……こうして帰ってこれた。
朝日が笑っている。成長した暁にも会えた。
――俺は……過去の忘れ物を取りに来る時間を貰えたんだな。
そう、思えた。
「アオ……いつテスラに帰るの?」
瑠衣子さんが少し残念そうな顔で俺に聞いた。
ソータさんの父親の葬儀が終わった後……俺は朝日と一緒に、朝日の家に行った。
俺が眠りから覚めたのは半年も前だから、話は聞いていたはずだけど――瑠衣子さんは俺の姿を見るなりポロポロと涙をこぼした。
十年もの間、待ち続けた朝日を……誰よりも傍で見守って来た人だった。
俺も少し涙ぐみながら、深く頭を下げた。
それから三日。
暁は学校だし、今日は朝日も大学に出かけている。
俺と瑠衣子さんの二人きりだった。
「明日……戻ろうと思います。女王にも報告しないといけないので……」
「……ねぇ、アオ。朝日はどうするの?」
瑠衣子さんが俺の顔を見つめて真っ直ぐに聞いた。
「……どうって……」
何と答えればいいのか分からず、俺は思わず口ごもった。
朝日はこの春からミュービュリで働き始めると言っていた。
暁もまだ子供だし……朝日はミュービュリに居る方がいいと思う。
――俺も……長くは一緒にいられない。
「……とりあえず別々で暮らすということで、いいと思っています。俺も、テスラでやらないといけないことが見つかったので……」
「やらないといけないこと?」
「フィラの子供たちにフェルティガの指導をすることです。ヒールは……指導者として、とても優秀だったんですよ」
「……ヒロ……が……」
不意に名前を出されて驚いたのか――瑠衣子さんが大きく目を見開いていた。
「その指導を直接受けたのは俺しかいないから……それを、伝えようと思っているんです。そうすれば、ヒールが生きた証になるんじゃないかなって」
「……そう……なの……」
瑠衣子さんは少し安心したような、それでも淋しそうな、複雑な表情をしていた。
「あのね……アオ。でも……朝日を連れて行ってもいいのよ?」
「いや、そんな訳には……」
「ちゃんと聞いて。だって、朝日はテスラとここを自由に行き来できるんでしょう? もう二度と会えなくなる訳じゃないんだし……」
「――いいえ」
俺はゆっくりと首を横に振った。
――朝日がテスラに来る理由が……俺であってはならない。
いつか……遠くない未来に、絶望させてしまう。
「朝日は……まだこっちでやりたいことがあるみたいです。俺もテスラでやりたいことがある。だから……朝日にもテスラに行けとか、絶対に言わないでください。朝日自身がテスラでやりたいことが見つかったとき……そのときでいいんです」
「……」
瑠衣子さんは俺の顔をじっと見つめると、深い溜息をついた。
「……わかったわ。でも……朝日を攫いたくなったら、いつでもいいのよ。……攫ってあげてね」
「……はい」
苦笑しながら頷くと、瑠衣子さんは一応納得したようだった。
朝日を攫いたくなったら……か。
そんなの――いつでも、今すぐにでも、に決まっている。
少し前の俺なら……きっと、そうしていた。
テスラに戻って……俺はシャロットやフィラの子達の指導に明け暮れた。
フェルティガを使わなければ、身体はどうってことはなかった。
何しろ、半年も気づかなかったぐらいだし。
しかし……年月が経つにつれ、それは確実に近付いていた。
朝日に習って以来、眠って回復するようにしていたけれど……それでも確実に、その量は減っていた。
――そんな時……夜斗がミュービュリに落ちて記憶を失ってしまった。
ソータさんが、血相を変えて湖から上がって来た。
話を聞いて……俺は慌てて朝日に連絡した。幸い、朝日にはすぐ連絡がついて……ゲートを越えることで夜斗を追いかけたようだ。
俺が以前、瞬間移動で連れ去られた朝日を追いかけるために使った手段だ。
無制限にゲートを越えられる朝日なら、全く問題はないだろう。
夜斗は、朝日の家からそう遠くない海に漂っていたらしい。
でも、記憶がなくなっていたから……そのまましばらく朝日の家に滞在することになった。
……以前の俺なら、嫉妬やら心配やらそんな自分に自己嫌悪やらでグチャグチャだったかも知れない。
でも、不思議と……俺の心は落ち着いていた。
俺の命に刻限があるからなのか、それとも朝日と一緒にいるのが夜斗だからなのか――おそらく、両方なんだろうけど。
――俺が眠っていた間、朝日をずっと支えていたのが……夜斗だった。
眠りにつく前、眠っていた間、そして目覚めた後も――夜斗には世話になりっ放しだった。
夜斗は俺から見てもすごくイイ奴で、頼りがいがあった。
夜斗が朝日の家で養生している間、夜斗の代わりに働くようになって……夜斗の凄さがよくわかった。
正直すごい仕事量で……こんな身体の俺が手伝えるのか、かなり心配だった。
だけど幸い、夜斗と俺のフェルティガの系統は違うので、フェルティガが絡む案件はヨハネやエルトラの神官に任せた。
俺が手伝ったのは主に実務系統だ。飛龍でフィラと行き来したり、神官と会議をしたり……。
夜斗はなぜ、これほど仕事を抱えていたんだろう。
そう思ったとき……ふと、朝日と暁のことが思い浮かんだ。
聞けば……夜斗は、仕事でしかフィラには行かないそうだ。それ以外だと、リオに用事があるときだけ、らしい。
35歳になっても未だ独身なので……フィラの女性に言い寄られることもあるようだ。
それが面倒臭いんだろう、と理央は言っていた。
それに、三家の直系として申し訳ないという気持ちもあるのかもしれない……とも。
そうまでして夜斗が独りで居続ける理由――俺には、直感的にわかっていた。
当の夜斗本人は自覚していなかったようだけど……夜斗は、朝日を――誰よりも、何よりも大事にしていた。
それでも――いやそれだからこそ、十年もの間ずっと見守り続けたんだ。
朝日を……そして暁を。
俺がいなくなっても、夜斗がいれば……。
「……ふふっ」
自分の考えていたことに……思わず苦笑してしまう。
――いや、駄目だな。
まだそこまで物分かりよくは、なれない。誰にも渡したくはないんだ。
でも……夜斗の存在は、俺がいなくなってからの朝日の支えになるだろう……と、思えた。
それは、救いだった。
ただ……この一件で昔のことを鮮明に思い出したせいか、夜斗は急に俺の身体を心配するようになった。
ここ数年で少しずつ衰えていたからこそ気づかなかったものの……多分、夜斗にはその落差が大きく感じられたんだと思う。
こんなことでは……朝日が気づくのは時間の問題だ。
それに……ヒールから教わったことも、俺は伝えきれないかもしれない。
そう思って……俺は、本に書き残すことにした。
そうすれば……いつか時が来れば、子供たちに伝わる。暁にも教えられる。
暁の力は模倣だから……鍛えれば、目で見なくても本を読むことで発動できるかもしれない。
それぐらい、暁の潜在能力は高かった。
今していることは……ヒールと俺の、生きた証を残すこと。
俺にしかできない……大事なことなんだ。




