31.カンゼルの資料(1)
カンゼルの資料を調べる、朝日視点の話です。
ミュービュリの自宅に戻ると、私は書斎にあるカンゼルの資料の中から、何冊かの本を取り出した。
これは、カンゼルのディゲをつくる――つまり、フェルティガエの子供を作る実験関係の本だ。
かなり気分が悪くなりそうだし、直接医療には関係ないかと思って後回しにしていたけど……。
でも、ウルスラの闇が女王に影響を及ぼしたのなら……キエラ要塞の闇も、カンゼルの実験に影響を及ぼしているに違いない。
だって……ウルスラの闇とキエラ要塞の闇はつながっていたんだもの。
だとすると……具体例が多いこの本に頼るしかない。
普通ではない過程を辿った懐妊、出産は……どのようになるのか。
何か見つかるかもしれない。
でも……かなりの量がある。全部目を通すまでにどれぐらい時間がかかるか……。
* * *
〈フェルティガエの交配〉
・親と同じ力を持つとは限らないが、系統はある程度決まっている。
・強い力の家系ほど強い力の子供が生まれる可能性が高い。
・フェルティガエは身体が弱いため、三人以上の子を持つことは稀である。
・発現する年齢は個人差がある。強い力を持つ子供ほど幼いうちに発現する。
・フェルティガエの子供でなくとも、フィラの人間どうしの間に生まれた子供はすべて発現する可能性がある。
〈実験概要〉
年齢が若く身体が丈夫な十組を抽出、交配実験を行う。
攻撃系のフェルティガエを対象とする。
ナチュリの選別により治癒のフェルティガエは対象外とし、実験の補佐につける。ヒールによる洗脳も併せて行う。
* * *
ナチュリ……確か、パパのお母さん……つまり、私のお祖母ちゃんよね。
酷使されて、若くして亡くなったって聞いた気がする。
この実験はフィラ侵攻より後のはずだから……ナチュリさんは生きていないはず……。
ひょっとして、フェルポッドかな。
戦争の最後……敗北を確信したディゲたちはこぞってフェルポッドに自分の力を籠めて――そして息絶えたって聞いた。
カンゼルのことだから、ナチュリさんがもう長くないと分かった時点で……フェルポッドに力を抽出したのかもしれない。
それぐらいはやりかねないわよね。道具としてしか見てないんだもの。
選別……そうか、能力の識別かな。
パパは、戦闘向けではないから、実験を免れたって言ってた。
女王の託宣ほどではなくても、ナチュリさんはフェルティガエの能力を見抜く力を持っていたのかも。
シャロットみたいに……。
* * *
〈実験1から10の結果〉
交配実験から3か月経ったが、どの組でも懐妊の兆候は見られない。
どうやら別の要素が絡んでいるように思われる。
〈調査結果〉
①フェルティガエの女の意識が作用する
②デュークの影響により、要塞は交配実験に向かない
〈対処〉
①に対しては、「クスリの使用」または「洗脳」により意識を変える実験を行う
②に対しては、南の廃村に奴隷観察場を設置し、実験はそちらで行うこととする
〈実験11から20の結果〉
すべての組で懐妊の兆候が見られた。
〈最終結果〉
クスリを使用した母体は二度と使えない上、子供の成長も芳しくない。
以降はなるべく洗脳による実験を行い、クスリの使用は二回目以降の母体とする。
* * *
あー、もう……気分が悪いな……。
デュークって何だろう……。でもとにかく、南の施設にフィラの人がまとめて囚われていたのは、このせいだったのね。
クスリって……これか、カンゼルが発明した……。
成分や効能からいくと、覚醒剤に近い物みたいね。これでカンゼルの言いなりになる人間を作っていた訳か……。
でも……これを見ても、クスリだろうが洗脳だろうが、とにかく女性の意思さえあれば懐妊できるみたいだ。
シルヴァーナ女王のように、失敗したという例は……ない……。
――本当にないのかな? もう少し調べてみよう。
* * *
〈フェルティガの干渉実験〉
過酷な状況ほど反動で強い力をもつ子供が生まれるのではないか。
①懐妊時の干渉
胎内にいた時間が長いほど強い力を持つが、その代わりに流産、死産の確率が上がる。
→リスクが大きいため、今後は行わない。
②乳児期の干渉
洗脳は、ほぼ死に至る。クスリも適量が難しく、使用できない。
→ある程度成長するまで待つ。
③幼児期の干渉
発現は五歳頃が多い。発現後は洗脳に耐えられる確率が上がる。
→今後詳細な実験を行う。
④場所による影響
懐妊した妊婦を要塞と奴隷観察場に分け、成長過程を見る。
結果→要塞の妊婦の流産率が上昇。デュークの干渉は避けるべき。
その後の経過→要塞出身のディゲの方が力が強い。何らかの負荷は必要。
〈特記事項〉
①および④に該当するディゲは身体に悪影響がある。
影響例……知能低下、視覚異常、言語能力の喪失、生殖機能異常
今後は繁殖実験用と兵士用に分け、目的により交配実験を行う必要がある。
* * *
デューク……ひょっとして、カンゼルがあの黒い闇につけた名前なのかな。
だとすると……要塞の地下に封じこまれているあの闇すらも、カンゼルは利用していたってことに……。
でも、やっぱり資料は懐妊記録と生まれてからの実験記録だ。
交配実験に失敗したのは最初だけで……。
「……!」
特記事項の一文を見て、私は目を見開いた。“生殖機能異常”とある。
①は……まさにシルヴァーナ女王の事例だ。女王は十年もの間、胎内にいたと言っていたもの。
つまり……強い負荷は能力を増大させる分、身体の機能に影響を与えてしまう。
その症状は、人によりさまざまみたいだけど……。
改善した例はないのかな?
強い力を持つフェルティガエだもの。その子供を手に入れたいと思うはず。
カンゼルが、そう簡単に諦めるとは思えない。詳しく調べたりしたんじゃ……。
それから2か月ほどかけてディゲの実験の本を読み込んだけれど……やはり、内容は交配実験の手段と結果が綴られているだけで、ディゲの成長に関する内容はなかった。
わかったことと言えば……パパがユウを連れて逃げたあと、実験はますます過酷さを増したということ。
そして、パパが優秀なフェルティガエだったことから、自分の子供なら優秀なフェルティガエが生まれるかもしれない、とカンゼル自身が交配実験に取り組み出したということ。
ったく……気持ち悪いったら……。
カンゼル自身が問題だったのか、要塞という場所が問題だったのかは分からないけど、カンゼルの子供で無事に生まれたのは二人だけだった。
一人目は……名前を見ても誰だか分からなかった。
生き残った子供たちの中にはいないから……戦争でもう亡くなってるんだと思う。戦争に参加したディゲは全員死んでしまったから。
まだ幼かったもう一人は――ヨハネだった。
つまり……ヨハネは私の叔父さんということになる。
だけど……このことは、誰も知らないのよね。
だって、この資料を見て初めてわかったんだもの。カンゼルの血縁が他にもいたなんて。
……教えない方がいいよね。敵だった人間の子供だったなんて……ヨハネだって知りたくないわよね。
エルトラに残っている子供たちは、みんな身寄りがない。
ヨハネはその子たちのいいお兄さんで……今も夜斗の仕事を手伝って、一生懸命に頑張っている。
実は私や暁と血が繋がっているということがわかれば喜ぶだろうか。
でも……そうなるとカンゼルのことも説明しなければいけなくなる……。
――悩んだ挙句、私は誰にも言わないことにした。
ヨハネもまだ大人ではない。
キエラ要塞の闇が消えて……すべてが解決したら――そのときに、話してあげよう。
その頃なら、きっと……受け入れてくれるはず。
「朝日? まだ起きてるの?」
ドアの向こうから、ママの声が聞こえた。
「あ……うん。でも……もうすぐ寝る」
とりあえず、ディゲの成長の記録を探さなきゃいけないし……それは明日にしよう。
「明日は日曜だからって……夜更かししちゃだめよ。早く寝なさいね」
「うん。おやすみなさい、ママ」
私は机のライトを消すと、ベッドに潜り込んだ。疲れていたのか……すぐに意識が遠ざかっていった。




