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30.朝日の疑問

 海の中に、ポツンとした小さな島が見える。

 テスラやウルスラ、ジャスラより……ずっと小さい島だ。


 直感的に……これはパラリュスのどこかだと思った。

 海が……パラリュスの海のような気がする。空が……白い。

 島には海岸や平原、砂漠……小高い丘、険しい山。すべてがある。

 海岸や平原には、暮らしている人々の姿がある。

 住んでいる人も、そう多くはないようだ。今のフィラより少し多いぐらいかな。


 その人達を見下ろしながら……私は崖の一つに飛び下りた。

 島全体が一望できる……素敵な場所だ。

 ――ここはどこだろう。


 そのとき、ふと気配を感じて……私は振り返った。

 そこに……黒い長い髪に浅黒い肌の男の人がいた。

 精悍な顔つきに似合わず……虚無感が漂う。


 ――その人は、普通の人間ではなかった。

 瞳が燃えるような緋色で……頭には鹿の角のようなものが二本生えている。

 背は、多分2メートル以上ある。


 その人には私が見えていないようだった。

 私の隣まで来ると……ボーっと空を眺めた。

 そして、背中から真っ黒な翼を生やすと……どこかへ飛んで行ってしまった。

 彼の翼から落ちた黒い羽根が――私の手元にひらひらと舞い降りた。



「――ちょっと待っ……」


 思わず叫んだ自分の声の大きさに驚いて――私は飛び起きた。

 辺りを見回す。いつもの……私の部屋だった。

 そこには海も崖もなく――もちろん、黒い羽根もなかった。


「……寝ぼけたかな……」


 思わず呟く。私は頭をポリポリ掻きながらベッドから降りた。

 今日は……T県のユズルくんに会いに行くことになっている。

 


 シルヴァーナ女王の悲痛な思いに……私は胸が張り裂けそうだった。かける言葉も見つからなかった。

 ただただ……彼女の力と想いを受け止めるだけだった。

 泣きやんだあと……シルヴァーナ女王は「ちょっとすっきりしました」と言って微笑んでいたけど……。


 トーマくんは実際……どう思ってるんだろう。記憶がないままなんだろうか。

 トーマくんの気持ちがわからないうちは、女王にだって下手なことは言えない。

 ――でも……ちょっと待って。

 ひょっとして、心が読めるユズルくんなら……何か知ってるんだろうか……。



 ミュービュリに戻ると、私は早速ユズルくんに連絡を取った。

 お互い忙しくてなかなか予定が合わなかったけど……5月になって、ようやく会えることになったのだ。

 もちろん、トーマくんには内緒で……。


「あの……ね」

「トーマに内緒ってことは……トーマのことですよね……」

「……まあね」


 ここは、ユズルくんのアパート。

 トーマくんは勤務先が田舎の方になったということでアパートを引き払い、実家に戻ったそうだ。


「トーマくんって、シルヴァーナ女王のことどう思ってるのかな?」


 単刀直入に聞くと、ユズルくんはぎょっとしたような顔をした。


「な、何で……急にそんなこと……僕に……」

「もし記憶が戻ってなくて……戻る予定もなくて、シルヴァーナ女王に気持ちがないなら、そういう方向で励ました方がいいし……」

「励ます?」

「周りが考えている以上に……女王は苦しんでいるの。時間が解決するかもしれないけど……でも……絶対に解決しない問題もあるから……」

「……あの……よくわからないんですが……」


 私が独り言のようにぼやくので、ユズルくんがちょっと困った顔をしている。


「後継者のことよ」

「後継者……コレットですよね?」

「その後のこと。……というか、女王の義務のことよ」


 ユズルくんはそれでもよくわからないようだった。

 多分、儀式のことは知らないんだと思う。

 確かに……男のユズルくんに、元女王であるお母さんがわざわざ説明する必要はないもんね。


 私は仕方なく、シルヴァーナ女王の出生の秘密と現在の状態について説明した。

 ユズルくんはやはり知らなかったようで、かなり驚いていた。

 そして……シャロットが代わりに挑もうとしていることにも。


「そう……なんですね。儀式については……母の話にもちょっと出ていましたが……完全に失念していました。……そうか……」

「男の人がどう思うかはわからないけど……女性にとっては、かなり重要なことよ。ミュービュリでだって、そういう問題はいろいろあるじゃない。周りから何か言われたりしなくても……自分が欠陥人間に思えてしまう……とか……」

「……」

「シルヴァーナ女王が絶対に無理だと思ってしまう……どうしても動けない理由がここにあるの。だから……」

「あの……思ったんですけど」


 ユズルくんが私の言葉を遮った。


「え……何?」

「テスラで……そういう実験を繰り返して人工的にフェルティガエの兵士を作りだした人がいたんじゃなかったでしたっけ」

「カンゼルのこと?」

「そうです。その人の実験資料を見れば……シィナのことも何か参考になることが書かれてるんじゃないですか? ひょっとして……治せたり、とか……」

「治す……」

「あるいは、別の手段が……」


 女王はそこまでして自分の後継者を作ろうとは思ってない気がする。

 ……トーマくんへの気持ちがあるから。

 でも……もし可能だったら……儀式に臨むのだろうか。


「そんな方法……あるのかな……」

「調べてみる価値はあるんじゃないでしょうか?」

「……そうね」


 エルトラの周囲の村には、当時はまだ幼くて洗脳を免れていたディゲの子たちがいる。

 彼らも今では16、7歳だ。今のところは何も聞いていないけど……ひょっとしたら、これから実験の悪影響が現れるかもしれない。

 ディゲがどうやって作られたかを知ることは……シルヴァーナ女王のことだけでなく、彼らの未来にとっても意味があることかも。

 とは言っても……カンゼルの実験資料はかなり膨大だった。

 やるなら早く取りかからないと。


「……わかった。早速やってみる。……時間がかかりそうだけど」


 私がすっくと立ち上がると、ユズルくんはにっこり微笑んだ。


「何か専門的な内容だったら僕も協力しますよ。まだ資格はないですけど、知識だったら頭にすべて入ってるので」

「ユズルくん……優秀なんだね。話には聞いてたけど」

「努力の才能に勝る物はないです。朝日さんには敵わないですよ」

「やあね。……じゃ、帰るね」

「はい……って、え!? 家じゃないんですか?」


 ゲートを開けた私を見て、ユズルくんがかなり慌てた声を出した。


「ユウに用事があるの。じゃあねー」

「朝日さん、靴を玄関に忘れてます!」

「……あ」


 私はユズルくんから靴を受け取ると、手を振ってゲートに飛び込んだ。


「――あ……しまった」


 靴を履きながら、思わず独り言が漏れた。

 そうと決まったらすぐ調べたくなって、帰ってきちゃったけど……肝心のトーマくんの気持ちを聞くのを忘れてしまった。

 ……ひょっとして……かわされた……かな……?

 ちょっと引っかかるものを感じながらも……私はとりあえずゲートの出口に向かって走り始めた。


 ユウへの用事……それは、私が預かっていたチェルヴィケンの古文書をユウに渡すことだった。

 ユウは子供達のフェルティガの指導をしてるんだけど、最近はそれを書物に残そうと考えたらしく……机に向かう時間が増えた。

 パパが大事に保管していたチェルヴィケンの古文書は、誰にでも理解できるものではない。

 だから、唯一パパから直接指導を受けたユウが、その知識を加えて分かりやすい形で後世にも残して行こうと……そう決めたみたい。


「やっほー」

「わーっ!」


 ユウの背中が見えたので声をかけながらゲートから飛び出すと、ユウは相当驚いたらしく、かなりの大声を出して飛び上がった。


「えっ……何? びっくりさせた? ゲート……気づかなかった?」

「あ……ごめん。集中してたから……かな」


 ユウが胸の辺りを押さえながら苦笑いをする。


「……書き物してたの?」

「そう」

「わ……もう結構いっぱい書いてるね」


 書き進められている本の厚さに驚く。


「全部きちんと残しておきたい。伝えきれなかったら困るからね」

「ふうん……?」


 何だか腑に落ちない。……そうか、妙に焦っている感じがするからだ。


「ねぇ……ユウ。どうしてそんなに急いでるの? とりあえず思いついたことを書き留めていって……後で纏めるとかすればいいのに」

「忘れてしまったら困るでしょ? もうヒールに直接聞くことはできないから……とにかく、憶えている間に書いてしまいたいんだ」

「なるほど……」

「それで、本は?」

「あ……これ」


 私はカバンから古文書を取り出すと、ユウに渡した。


「じゃあ、もう遅いし……明日も仕事だから、私……帰るね」

「うん」

「……」


 やけにあっさりしている。……私は思わずユウに抱きついた。


「……どうしたの?」

「もうちょっと引き止めて。……淋しい」

「……俺が本気で引き止めるとなると……」


 ユウがぎゅっと私を抱きしめた。

 ……そのとき、私の中のフェルがユウに吸い込まれていくのを感じた。


「ずっと傍にいてほしい、ミュービュリには帰るなって言うけど」

「そこまでじゃなくて、ほどよい加減で引き止めて」

「我儘だな……」


 ユウはちょっと笑うと、私にキスをした。


「……もし俺が本気で、朝日に傍に来てって言ったら……絶対すぐに来て。どこにいても。何をしていても。――それだけ覚えてて」

「……うん」


 それでいいからさ、と言ってユウはもう一度私を抱きしめた。


 私が働き始めてから……ユウは、むやみに淋しがることはなくなった。

 話しかけることはあるけど、パラリュスに来るのは朝日が都合のいいときでいいよ、と言ってくれる。

 ユウ自身が仕事をするようになって……いろいろ理解できるようになったからかな、と思っていたけど……。


「ねえ、ユウ。……ひょっとして、かなり疲れてる?」

「え……どうして?」

「フェルが……吸い込まれたから」

「……そっか」


 ユウは小さく溜息をついた。


「今日の指導では、手本って形でいろいろしてみせたから……苦手な術も含めてね。……だからかも」

「そうなんだ……。あんまり根を詰めすぎないでね。ちゃんと休んでね」

「わかった。……ほら、もう帰らないと」


 ユウはそう言うと、私の身体を離してそっと背中を押した。


「……うん……」

「でないと、そろそろ俺、帰さないって言い出すよ」

「……もう!」


 私はちょっと顔が熱くなるのを感じながら、ゲートを開いた。

 振り返ると……ユウがうっすらと微笑んでいた。

 その姿は、相変わらず綺麗だったけれど――どこか儚げで、私は心の隅に小さな不安が芽生えるのを抑えることができなかった。


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