27.シィナの悲しみ(1)
今日一日が終わり……中央の塔に戻る。
私室に入ろうとすると、コレットがぱたぱたと可愛い足音をさせて駆け寄って来た。
「シルヴァーナ様……これ、お手紙。ユズに送るの」
二つに折られた薄いピンク色の紙を私に差し出す。
「ユズがね、どんな女王になりたいのって。そのために勉強するんだよって言ってたの」
「……そうね」
「8月に会ったときもね、聞かれたけど、わかんなかったの。それからいーっぱい考えてね、お手紙書いたの」
「そう……。何て書いたの?」
「内緒! ……なれなかったら恥ずかしいもん」
コレットはそう言うと、くるりと後ろを向いた。栗色のカールした髪がふわふわと揺れた。
11歳のコレットは……未だ、8歳ぐらいにしか見えなかった。精神的にも、それぐらいだと思う。
闇が蔓延していた間に抑圧されていたのと……フェルティガを使いすぎて、成長が遅れていたからだ。
「わかったわ。じゃあ……後で、届けておくわね。シャロットはどうするのかしら?」
「姉さまも書いてる途中って言ってた」
「そう。……じゃ、明日でいい? シャロットの分も貰ってからで」
「うん!」
コレットはにっこり笑うと、「おやすみなさい」と言って手を振った。
そして元気に駆け出したので、傍についている女官が私に一礼して慌てたように追いかけて行った。
私は思わずクスッと笑うと……二人を見送った後、自分の部屋に入った。
椅子に腰かけ……預かったコレットの手紙を、朝日さんに習ったように、紙飛行機の形に折る。
手紙を送るということを教えてくれたのは、アサヒさんだった。
シャロットが
「アキラ……どうしてるかな。会いたいな……」
と少し淋しそうに呟いたときも、コレットが
「シルヴァーナ様! ユズと……あとトーマに、今度いつ会えるかな?」
と目をキラキラさせながら言ったときも、私は
「そうね……」
としか言えなかった。
二人はゲートを越えることは可能だから、会いに行こうと思えば会いに行ける。
でもそんなことはするべきではないし……ゲートを越えるには限りがある。
アキラやユズやトーマも……そう頻繁にこちらに来れる訳ではない。
私が以前、トーマとユズ、マリカを呼び寄せたように……力を使えば、不可能ではないけれど……それは、誰にとってもよくないことのように思えた。
……で、結局為す術もなく、時間だけが過ぎ去っていったように……思う。
そんな中で、アサヒさんの案は素晴らしいものだった。
シャロットは楽しそうに毎日を過ごしているし、コレットも少し嫌そうにしていた女王の勉強をはりきって頑張るようになった。
私も……救われた。
繋げたゲートの向こうに、トーマが居る。
会いにはいけないけど、話しかけられる。トーマの不器用な返事も聞ける。
思えば……アサヒさんは、いつもすごく前向きだ。
私なら、会いたい、でも会えない、仕方ない――そうして、すぐに諦めてしまっていた。
どうしたら……あんな風になれるんだろう。
「……シルヴァーナ女王。ユウディエン様がお越しになりました」
神官の一人がすっと入って来て私にそう告げた。
私が頷くと、その神官はいったん下がり……今度はユウさんを連れて大広間に入って来た。
「ようこそいらっしゃいました」
「こんにちは、シルヴァーナ女王。シャロットの様子を見に来ました。今回は時間があるから……1週間ぐらいは滞在しようかと思うけど、いいかな?」
「ええ、勿論。……ずっとお忙しかったようですが……もう大丈夫なんですか?」
「しばらく夜斗を手伝っていたんだ。……でも、もう完全に復帰したからね」
ユウさんはそう答えると、深い溜息をついた。
……何だか随分、お疲れのようだ。
「ヤト……ヤトゥーイさんのことですね」
「そう。……あ、そうか、ミュービュリから戻って来たときに会ったよね」
「ええ。とても礼儀正しい、しっかりした方でした」
「夜斗は生粋のエルトラ王宮の人間だからね。エルトラは女王が直接統治している国だから……その辺はかなりきちんとしてるんだ」
「そう……ですか」
まだお会いはしていないけれど……ソータさんの話によれば、テスラの女王は冷静に状況を分析し、決断を下す……かなりすごい方だという話だった。
私みたいな頼りない女王なんて……呆れられてしまうかも。
「まぁ、あの女王に自由に思ったことが言えるのは、朝日ぐらいだろうね」
ユウさんはそう言うと、ちょっと可笑しそうにしていた。
「朝日ってそういうところ鈍感というか……後先考えないところがあるからな」
「あの……アサヒさんて、どういう方なんでしょうか?」
思い切って聞くと、ユウさんはちょっと意外そうな顔をした。
「どういうって……あのまんま……かな?」
「あの……テスラでは長い間、戦争があり……その中で、いろいろ辛い体験もされたと聞きました。ユウさんともずっと離れ離れだったとか……」
「あ、うん……そうだね」
「でも……アサヒさんはそんな経験をされたと思えないほど……明るくて、元気で、積極的で……」
私は思わず俯いた。両手の拳をギュッと握りしめる。
「三年前の動乱で……私は、諦めることばかりが増えてしまった。こんなことではいけないとは……思っているんですが……」
「……」
ユウさんはしばらく黙っていたけど――私の方に近寄ると、顔を覗きこんでニコッと笑った。
「多分、あんまり自分ではわかってないと思うけど……シルヴァーナ女王はちょっと桁違いの力を持ったフェルティガエなんだ」
「えっ……」
急に全然違うことを言われて、私はびっくりして顔を上げた。
「殆ど自分の思い通りに物事を動かせるぐらい……世界のバランスが崩れるぐらいのフェルティガエ。だから、それだけの力を暴走させずに治めるには……それなりの冷静さを必要とする。行動が消極的になったり、強く願うより諦めようとするのは、多分その表れなんじゃないかと思うけど」
「そう……なんですか?」
「多分、無意識だろうけどね。まぁ……指導者としての、俺の見解はね」
そう言うと、ユウさんはくすくすと笑い出した。
「シルヴァーナ女王が朝日みたいになったら大変だよ。誰もフォローできないから」
「……えっと……」
ユウさんの笑う意味が分からず、私はきょとんとしてしまった。
「朝日はね。……何て言うか、相当無茶をする人だからね。そういうとこも可愛いんだけどね。でも、まあ、今はだいぶん……落ち着いたよね……本当に……」
「そう……なんですか……」
ひとしきり笑ったあと、ユウさんは私を見てちょっと溜息をついた。
「ただ……落ち着くのと、我慢するのは違うからね。その我慢が爆発したら……手に負えなくなってしまう。そうなる前に……朝日と話してみるといいんじゃない?」
「話……?」
「朝日から直接、話を聞いたり……自分のことも、話してみたら? 仮に暴走しても、朝日ならシルヴァーナ女王の力を吸収できる。安心して自分をさらけ出してみても……いいと思うよ」
ユウさんの言葉に……私は少しだけ頷いた。
自分のことを、話す……自分の本心を。
それは――何も知らずに笑っていた、ミュービュリでの日々……以来かもしれない。
ユウさんは1週間ほど滞在して……シャロットと、あとコレットの様子もちょっと見てから帰っていった。
ミュービュリでは……もうすぐ冬が訪れるのだそうだ。白い雪が辺り一面を埋め尽くして、幻想的な景色になるという。
ウルスラ王宮に季節はない。花が咲き乱れ、鳥が歌い、さわやかな風がそよぐ……恒久の平和。
ずっと何も変わらない……変わらずにいることが正しく美しいとされている……。
まるで……私のようだ。




