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24.夜斗の嘘(1)

 大広間でシルヴァーナ女王に挨拶をし、庭でシャロット王女に見送られ――俺とユウと暁はサンに乗ってウルスラを飛び立った。

 俺の記憶より、サンは一回り大きくて、翼も立派になっていた。

 大人になったということは……確かに、13年経過しているんだろう。

 藍色の空が再び明るくなり、白い空になって……だいぶん経ってから、海の向こうに陸地が見えてきた。


「あー、テスラだ! サン、やっぱり前より速く飛べるようになったんだねー!」


 暁が興奮したように叫んだ。


「そうだね。もっと速く飛べるとは思うけど……夜斗に変な刺激を与えてもマズいしね。それに……まだ朝日は来ていないだろうし……」

「朝日に連絡したの? もうすぐ着くって」

「いや……予定より早く着きそうだからね。でも、朝日はまだ仕事中でしょ? 夜になったら連絡するよ」

「そっか」


 親子の会話を聞きながら、俺は徐々に見えてきたテスラを見渡した。


 そうだ……エルトラ王宮を脱出するとき、初めてサンに乗ったんだったな。

 で、すぐに朝日に寝かしつけられて……。


「夜斗兄ちゃん、何か思い出した?」


 暁が、俺の方に振り返って聞いた。


「んー、そうだな……」


 答えながら見回すと……俺の目に、崖の下のわずかな海岸が映った。ダイダル岬だ。

 そうだ……三人で王宮を脱出したあと、いったんここに来たんだよな。

 確か、崖の上にヒールさんの隠れ家があって……。

 やっぱり、実際に景色を見るといろいろ思い出せそうだ。


「ユウ、上空からいろいろな場所を見たいんだが……」

「え、そう?」


 ユウがちょっと驚いたような、喜んだような複雑な表情を見せた。


「俺も仕事があるし……とりあえず夜斗だけフィラに降ろそうと思ってたんだけど……でも、うーん……」

「ユウ、オレももうちょっと一緒にいたい。……駄目? 仕事、忙しい?」


 暁が畳みかけると、ユウは困った顔はしたもののかなり嬉しそうだった。


「仕事は……忙しい。でも、だからこそ戻りたくないという気持ちもあるんだよね……。もうちょっとサボっていたいというか……」

「予定より早く着いたんでしょ? もうちょっと遊ぼ」


 暁が無邪気な笑顔でユウに止めを刺した。

 ……そうそう、暁ってこういうところ天才的なんだよな。

 朝日もよく……。


「……ん?」


 何か、感覚が戻って来た気がする。


「……じゃあ、ちょっと見て回ろうか」


 そう言うと、ユウは左に取っていた進度をまっすぐに変えた。


「あれが……キエラ要塞だよ。これは昔からあるから、勿論憶えてるよね?」

「ああ。……障壁(シールド)?」

「キエラとの戦争が終わったあとは廃墟と化していたらしいんだけど……闇が蔓延(はびこ)るようになって……」

「あー、そうだ」


 ふと、あのときの光景が蘇って来た。

 朝日がどうしても行きたいって言って……なのに行ったら行ったで怖いからすぐ外に出せって言って……。

 何か、大変だったよな。暁は大泣きするし。


「暁が生まれて1年後……1度入ったんだよ。そのときに闇が蔓延していることがわかって……エルトラのフェルティガエが障壁(シールド)して、立ち入り禁止になったんだ」

「え、それ……」

「……しっ」


 何か言いかけた暁を、ユウが制止した。


「……ん?」

「いや、別に。他には? 俺は知らないからさ」


 ユウがにっこり笑った。


「そのときに古文書とか持ち帰って……って、後はお前も知ってるだろ。カンゼルの資料を根こそぎ持ってきたって言ってたじゃないか」

「……そうだね」


 そのとき、崩れかけている北東の遺跡が目に入った。


 ――ユウ……喋らないで!


 左腕を切り落とされて……血まみれになったユウを抱えた朝日が、半狂乱になって叫ぶ。

 赤ん坊の暁が、火がついたように泣いている。

 朝日に言われて……俺は気絶したユウとユウの左腕をエルトラ王宮に持ち帰り――ガラスの棺に入れた。

 もしカンゼルの話が本当なら……長い時間をかければ、いつか戻れるはずだから。

 やがて浄化の雨が降り――キエラの大地の色が変わった。


「……草……が……」


 そうだ……岩と砂だらけだったキエラの大地は、生物を育むことができる土壌に変わった。

 闇の問題が解決していないから、開墾は進んでいないけれど……。

 暁が浄化の雨を降らせ……朝日がユウに命を吹き込み――戦争は終わった。

 ……13年前に、起こったこと。キエラとの戦争の……終結。


 俺は振り返ると、ユウをまじまじと見た。

 こいつ……本当によく戻って来たよな。

 戻って来れたこと自体が奇跡だ。

 ……昔より弱っているのは、当たり前な気がする。


「……何?」

「いや……」


 ガラスの棺で眠り続けるユウを――朝日はいつも独りで眺めていた。

 俺も何回かは一緒に行ったが――その部屋に入ることはなかった。

 いつも、扉の外で待っていた。

 時折――ユウに話しかける朝日の声が聞こえた。


「ねぇ、ユウ。……暁がね、喋るようになったよ。……ママって……言ったの」

「昨日ね、暁がフェルを暴走させちゃってね……すごく大変だったの。夜斗がね、助けてくれたんだ」

「あのね……暁がどんどんユウに似てきたよ。でも生意気なのよ……私のこと、朝日って呼ぶの」


 それは、到底入れない二人の世界で――どうしても越えられない、一線だった。

 だから、俺は……ユウが戻ってくるまで、ユウの代わりに朝日を――。


「……っ……」


 急に頭痛がして、俺は思わず頭を抱えた。


「夜斗!」

「夜斗兄ちゃん!」


 俺の異変に気付いた二人の心配そうな声が聞こえた。


 いつから……いつからだ? 俺はいつからそんな風に――ユウの代わりに、なんて考えるようになったんだ?

 最初は、そうではなかったはず――なのに……。

 ――最初?


「……駄目だな……」


 どうやら、肝心なところは思い出せそうにない。


「夜斗? 大丈夫か?」


 顔を上げると、ユウが心配そうに覗き込んでいた。

 その隣で、暁も少し不安そうな顔をしている。


「悪い……いっぺんにいろいろ思い出して、ちょっと混乱した」


 どうやら、いつの間にか倒れ込んでいたらしい。

 起き上がると、俺は少し笑って見せた。


「いろいろ抜けてはいるけど……戦争後のこととか、かなり思い出した。――あ、暁のことも思い出したぞ。今まで忘れてて……ごめんな」

「そう……」

「夜斗兄ちゃん!」


 少しだけホッとしたようなユウとは反対に、暁はちょっと怒ったような声を出した。


「オレのこととか、いいから。……無理に笑わなくていいから! ちょっと休んでて!」

「……ぶっ……」


 暁の台詞に、俺は思わず吹き出した。


「……何で笑ってるの?」

「いや……親子だなって……」

「オレ、本気で心配してるんだけど!」

「もう……大丈夫だよ、本当に。……悪かったな」


 暁の頭をぐしゃぐしゃっとすると、暁は不満そうに口を尖らせた。

 でも実際、頭痛はもう消えていた。

 思い出せない肝心なところ――自分で何となくわかっている。だから、もう不安はなかった。


「……ん?」


 遠くにある湖の、少し南――何やら動いている物体が見えた。


「……おい、ユウ。……あれは?」

「あれって?」

「あそこ……湖の方。何か、動いて……」


 ユウはちょっと首を傾げると、ふと思い当たることがあったらしく

「あ、そっか」

と言って湖の方に進路を変えてくれた。


 近付いてみると――1人の男だった。荷物を背負い、刀を差したその男は、辺りをキョロキョロ見回したり、地面を隈なく探りながらぐるぐると歩きまわっている。

 ふとその男がこっちを見た。

 その顔で……いろいろな映像が頭をよぎった。


「……ソータさん……か……。そうか、そうだったな」


 ずっと東の大地を調査してるんだった。

 俺が穴に落ちて……さぞかし心配しているに違いない。


「ソータさんのこと、思い出したんだ」

「大まかには。多分、気にしてるよな……。会って、安心させたいんだが」

「いいんだけど……俺にはソータさんは見えない。ヨハネが隠蔽(カバー)をかけてるから」

「ああ……なるほど……」

「だから夜斗が案内してくれ」


 そう言うと、ユウはサンに「夜斗の言う場所に行くんだぞ」と声をかけた。


「何で夜斗兄ちゃんには見えるの?」

「夜斗も隠蔽(カバー)の使い手で、なおかつヨハネより夜斗の方が力が上だからだよ」

「なるほど……」


 俺はサンにソータさんのすぐ近くの場所を伝えた。

 サンがぐんぐん近づいてくるのを見て、ソータさんがギョッとしたような顔をするのが見えた。


「な……おーい、ユウ! 俺の場所、ちゃんと視えてるんだろうな! 間違っても踏み潰すなよー! ……って、声も聞こえてないんじゃ……」

「大丈夫!」


 俺が身を乗り出して答えると、ソータさんが驚いて目を見開いた。


「――夜斗!」


 サンが下降する。俺は、サンが地面に着くのを待たずに飛び下りた。

 なぜなら……ソータさんが今にも泣き出しそうな顔をしていたからだ。

 きっと、随分気に病んでいたに違いない。


「ソータさん……」

「夜斗……無事だったか!?」


 そう叫ぶと――ソータさんが凄い勢いで駆けてきた。

 てっきり抱きついてくるのかと思ったら、

「本当に、すまん!」

と言って目の前で土下座したので、ひっくり返りそうになった。


「いや、ちょ、そこまで……」

「ミュービュリに落ちた上に記憶まで飛んだって聞いて……もう、俺、どうしてあの時ちゃんと守れなかったのかって……」

「えっと……まだ完全には思い出してないけど……」

「そっか……本当に、申し訳ない!」

「いや、あれは不可抗力だし……」

「でも……」


 ソータさんが半泣きになっている。


「ねぇ……何が起こってるの?」


 遅れてサンから降りてきた暁がひょっこり顔を出した。

 ソータさんは真っ赤になって慌てて立ち上がると、ごしごしと目を擦った。


「な、何で暁が……!」

「いや、ミュービュリからウルスラまで案内してもらったから……。ただ、ソータさんの姿は見えてない。隠蔽(カバー)がかけられてるから」

「あ、そ、そっか……」


 膝の汚れを落としながら、ホッとしたような顔をする。

 ……どうやら土下座と泣き顔は見られたくなかったらしい。


「とにかく……俺の方はヨハネが助けてくれてるから、心配ないぞ。ゆっくり休んで、記憶もちゃんと取り戻したら……また手伝ってくれ」

「何か……重大な発見があった気がするんだが……」

「それも元に戻ってから話す。急いでどうこうできる代物じゃないからな」


 そう言うと、ソータさんはニッと笑った。


「でも……姿が見れて、安心した。……わざわざ来てくれて、ありがとうな」




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