23.夜斗の自覚(3)
――夜斗……大丈夫?
朝日が心配そうに覗き込んでいる。
ここは……そうだ、西の塔の近くだ。もう、塔は崩れ落ちそうになってるけど……。
何が起こったんだろうか。全く思い出せない。
――ルイに……もう、二度と……。
老人がゆっくりと倒れてゆく。ユウと朝日が泣きそうになりながら縋りついている。
これは……ヤジュ……いや、ヒールさんだ……。朝日の父親の……。
自分の命をかけて、瑠衣子さんと朝日を守ったんだ。
そして……ユウに全てを託した……。
――僕は夜斗には会わなくてもよかったけどね。
少し照れたようなユウの顔。
そうだ……男だったんだよな……。たった独りで、キエラから朝日を守っていた。
憎まれ口を叩く、可愛くない奴だったけど、俺はユウのそういうところは嫌いじゃなかったよ。
俺より少し年下なのもあって……出来のよすぎる弟みたいに思っていた……気がする……。
――……夜斗……!
朝日が号泣しながら俺に抱きついてくる。
ちょっと……どういう状況だったのかまでは思い出せないな。
でも……多分、ユウのことだろう。それ以外に考えられないから。
――これが……本当に……最後の言葉……なのね……。
瑠衣子さんがポロポロと涙をこぼしている。
そうか……本当に、俺はミュービュリの朝日の家に来ていたんだな。ヒールさんの……話を伝えに来たんだ……。
完全なミュービュリの人間のはずなのに、なぜか落ち着く……不思議な人だ。
奇跡……だと思う。
――ありがとう……夜斗。
助けたとき。相談に乗ったとき。
何回も何回も、朝日は俺にお礼を言った。
別に礼を言われたくてやった訳じゃないけど……いつも、嬉しかったよ。
――僕の使命は……朝日を守ることだ。
ベッドに横たわったままのユウが……妙に力強く言う。
そうだよな。お前は、一貫して……ずっとそうだったよ。
真っ直ぐに『守る』と言える……それが、羨ましかった。
――……もう……。
俺が朝日の髪の毛をぐしゃぐしゃっとすると、朝日が少し怒ったように手櫛で髪を直していた。
いつもは怒るユウが、何も言わなかった。
分かってたからだ。
……二度と、朝日に会わない。そう覚悟を決めた日だったから。
「夜斗? 大丈夫か?」
ユウの声ではっと我に返る。
顔を上げると……そう広くはない部屋に、俺はユウと二人きりで居た。
俺は椅子に腰かけ……テーブルに肘をついていた。
ユウは出窓に腰かけ、じっとこちらを見ている。
そうだ……。ユズルに視てもらったあと、トーマの力でウルスラに来たんだった。
ユズルが俺の記憶を整えてくれたおかげで……だいぶんすっきりとしていた。
暁と別れたあと、この部屋に来て……ユウの話を聞いていたのを思い出した。
その間に……いろいろな記憶が断片的に浮かび上がって、錯乱してたんだ。
時系列は相変わらずよくわからないけど……朝日と瑠衣子さんから聞いた話が実感を伴って蘇って来た。
「……ああ、大丈夫」
「本当に?」
「本当だよ。記憶を取り戻して……ちょっと混乱してた」
「記憶、戻ったの?」
「いや……全部ではないかな」
俺はもう一度、思い出した記憶を確認した。
ユウと朝日と共にエルトラ王宮を飛び出したところから……ヒールさんに会って、ミュービュリに行って……しばらくそこで過ごしたこと、そしてユウと一緒に、朝日を残してテスラに戻る所までは思い出した。
だが……その前後はわからない。
「ミュービュリにいた時のことは……二回とも、だいたい思い出した。でも……朝日を捕まえていた間のことや……戦争のときのこと、それ以降のことはさっぱりだな」
「うーん……」
「やっぱり、テスラに戻ってから……なんだろうな。俺が覚えているのは任務に出る前のエルトラ王宮だから……今のテスラを見ないと、ちゃんとは思い出せないのかもしれない」
「……そっか。でも、本当によかった」
ユウはほっとしたような吐息を漏らした。
そんなユウを見て……俺は、何か違和感を覚えた。
ユウは、2年前まであの当時の姿――18歳のままで眠っていたんだそうだ。
だから今も20歳ぐらいで、まだ若いんだが……何と言うか……覇気がない。
ユウがディゲと闘うところをついこの間、まざまざと思い出したから――俺にはやっぱり、その印象が強い。
「ユウ……何か、変わったか?」
「え?」
「いや……ディゲと闘っていた時より……うーん……元気がないというか……フェルティガが感じられないというか……」
「そりゃ、あのときと比べちゃ駄目だよ」
ユウは苦笑した。
「あのときは相手を殺す気で……全力で闘ってるんだから。それに……そのあと俺は生死を彷徨う大怪我をした。復活したとはいえ……本調子ではないし……まあ、力を漲らせる必要もないし……」
「んー……まあ……」
まあ、今は戦争中ではないから警戒する必要もないし……そう言われれば、そうなんだが。
「……僕は、もう大丈夫だよ」
ユウは静かに微笑むと、窓の外を見つめた。
「それより、夜斗の仕事は本当に大変だね。ヨハネと……エルトラの神官にも手伝ってもらってどうにか回してるって感じ」
「ヨハネ……?」
「あ、そっか。そこはまだ思い出してないんだよね。……となると……ヨハネにはやっぱりまだ言えないな……。夜斗が記憶を取り戻すまでは……」
ユウはぶつぶつと呟くと、ちょっと溜息をついた。
「まあとにかく、三、四人で夜斗一人がやっていた仕事をしてるってことだよ。……記憶を取り戻してもう一度働き始めたら、もう少し仕事量を減らした方がいいと思うな」
「……そうか」
随分頑張ってたんだな、俺は。
エルトラのため、フィラのため……かな?
「――仕事をしていた方が気が紛れる。……そんな心境だったの?」
不意に、ユウが俺の方に振り返り、ちょっと鋭い口調で言った。
その鋭さにドキリとしたものの、記憶がない俺にはよくわからなかった。
「さあ……どうだろう……?」
「……ま、そうだよね」
ユウはそう言うと、再び窓の外を見つめた。
すると……白い空がだんだん暗くなり、藍色の空に変わった。
「夜になったね。……そろそろ、ウルスラを出ようか」
「ああ」
「暁とシャロットの話は終わったかな……」
そう呟きながら部屋を出るユウを見ながら――俺は漠然とした不安を感じていた。
それは、記憶が戻っていない自分に対してなのか、ユウに対してなのか――全くわからなかったが。




