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16.暁の不安(2)

 夕食後、自分の部屋に戻った。

 シャロットが妙に焦ってるのが気になって、オレはもらった手紙を最初から読み返してみた。

 ……こうして並べてみると、たった数か月で見違えるように成長してる。

 やっぱり、シャロットって努力家だ。


 ……ふと、「フェルポッド」という言葉が目に入る。フェルティガを入れる器……か。

 トーマさんは掘削(ホール)を1回使うと、3か月は使用不可になる。

 でも1回分の掘削(ホール)をフェルポッドに溜めておけば、1度に2回使えるようになる……か。

 そうすれば、確かに半年に一回はウルスラに行ける、ということになるよな。


 オレも掘削(ホール)が使えれば……もっと自由に、テスラやウルスラと行き来できるんだけどな……。

 ゲートはまだまだ越えられるらしいけど、朝日と違ってオレにはいつか限界が来る訳だし。

 そのときまでに、オレはどうするか決めないといけないのか……。

 うーん……。


 ん……でも、待てよ。

 真似すればいいことなんだよな……。

 オレの模倣は技のみであって、威力はオレ次第だ。

 トーマさんはフェルティガエとして強くないから、シルヴァーナ女王とも直接連絡取れないんだって、前に朝日が言っていた。

 でも、ひょっとして……。


「――!」

 

 ふと名案が浮かんで、オレは思わず立ち上がった。


「オレならできる、かも」



「朝日、いるー?」


 オレは朝日の部屋の扉をノックした。

 すると「何? 入っていいよ」という声が扉の奥から聞こえてきた。

 ドアを開けると、朝日はパソコンに向かって何やら作業をしていた。床には書類がちらかっている。


「……何か、大変そうだね」

「今、会社の方で大きいプロジェクトに関わってるから、ちょっと忙しいのよ。今日休んじゃったから、余計にね」

「ふうん……」

「で、何?」

「あのさ。夜斗兄ちゃん、ユズルさんに視てもらったらいいんじゃないかと思ってさ」

「ユズルくん……?」


 朝日は一瞬きょとんとしたけど

「あ、そうか。相手の心だけじゃなくて記憶も視れるんだったわね」

と言った。


「そう。大丈夫そうだったら、そのままトーマさんに掘削(ホール)で送ってもらえばいいし、マズそうだったらもう少しこっちにいればいいと思うし」

「なるほど、ね……」

「で、朝日は忙しいんでしょ? オレが夜斗兄ちゃんを連れて行くよ、今週末。三連休だから余裕あるし」

「……何で」


 朝日が急にジトッとした目でオレを見た。


「何を企んでいるの?」

「何も企んでないよ」


 オレは慌ててぶんぶんと手を振った。

 ――朝日って、たまに鋭い……。


「オレ……今年の夏、テスラに行けなかったし。ウルスラに着いたら、ユウが迎えに来るんだろ? そのとき会えるから」

「……それだけ?」

「それだけって……ひどくない?」

「暁は、嘘は言わなくても本音を隠すところがあるからね。……そんな殊勝な子だったかしら、と思って」

「本当にひどいな」


 そう返したものの、ヒヤヒヤする。

 さすが、母親だよ……。

 これは、もうちょっと突っ込んだ話をした方がいいのかな。

 ……まぁ、朝日にも聞いてみようと思ってたところだし……。


 オレはちょっと咳払いをすると、声を潜めた。


「――実は、シャロットに頼まれたんだ。トーマさんに会って来てって」

「シャロットが? どうして?」

「シルヴァーナ女王と両想いなのに、隠してるから変だって」

「あー……」

「それで女王がいつも無理してる気がして不安だって。……で、そんなシャロットも何だか妙にカリカリしてるから……オレはそっちがちょっと心配」

「あー……そうだった……」


 朝日はそう呟くと、頭を抱えた。


「女王と話をしようと思ってたのに……暁の入院とか夜斗のこととかあって……できなかったのよね」

「話? 朝日が?」

「そう。……ま、それはいいとして」


 朝日はオレの方に向き直ると、じっと見つめた。


「……何だよ」

「暁……シャロットのこと、どう思ってる?」

「へ?」


 質問の意味がわからないぞ。


「例えば……女の子として好きとか……」

「それはないかな」


 オレはシャロットの顔を思い出した。2年前に会ったきりだな……。

 シャロットはウルスラの王女で、頭も口もよく回る、元気な子だったよな。

 ……でもその生い立ちはあまり幸せとは言えなくて、ずーっとずーっと淋しい思いをしてきたのかな、と思った。


 その頃――ウルスラが闇に包まれていた頃――のシャロットに親しく接してくれたのは、妹のコレットと神官長の……名前は忘れたけど、その神官長のおじさんぐらいだったって話だった。

 今はウルスラ王宮でも受け入れられて、頼りにされている。

 だからそうしてくれたシルヴァーナ女王にはすごく感謝してるし、幸せになってほしいって思ってるんだろうな。


 自分の浄化の力が、ウルスラだけでなくパラリュスを救うことになるとわかって、シャロットは俄然やる気だった。

 女王になれないシャロットは、自分を必要としてくれる、ということが人一倍嬉しいのかも。


「友達、というか……強いて言うなら、部活の仲間みたいな感じかな?」

「部活?」

「ほら、浄化の訓練をする仲間」


 確か、シャロットも手紙にそう書いていた気がする。


「……そう。なら、いいんだけど」


 朝日があからさまにホッとした顔をしたので、オレはちょっと変な気分になった。

 そんなオレの表情を読んだのか、朝日がオレの方に向き直り

「念のため言っておくね」

と真剣な顔で言った。

 その気迫に押されて、オレはとりあえず「うん」とだけ答えた。


「パラリュスの女王の一族はね、自由に恋愛できないの。国を守るために、決まった道しか歩けないの。それは、女王だけでなく女王の一族全部なの。……わかる?」

「うん。だって……それでシルヴァーナ女王は悩んでる訳でしょ? それに、テスラの女王さまも……結婚相手とか、いないもんね」


 それに……確か、ジャスラの巫女さまも、娘はいたけど夫は……とか言わなかった気がする。

 本当に、女だけの世界なんだな。


「シャロットもウルスラの王女だから、例外ではないの。ううん……実際には、今のシルヴァーナ女王よりも自由はないかもしれない。――大事な使命があるから」


 シャロットの使命……。

 シルヴァーナ女王と――次の女王であるコレットをずっと補佐し続ける。

 ……そういうことかな。


「だから……仲間としてシャロットを助けようとするのは、すごくいいことよ。これからもそうしてほしいと思う。でも……それ以上は……」

「ふうん……まあ、何となく言いたいことは分かった……気がする」


 朝日が何を心配しているのかあんまりピンとはこなかったけど、妙に真剣だったから、オレはとりあえずそう答えた。


「……そっか」


 朝日はちょっと笑うと、机の上に置いてあったスマホを手に取った。


「じゃあ……とりあえず暁にお願いしようかな。17日がいいのよね?」


 そう言いながら、ちらりとカレンダーを見たあと電話をかける。

 多分、ユズルさんだろう。朝日ってとにかく行動が早いから。

 そのあと朝日とユズルさんは何やらテキパキと打ち合わせをしていた。

 そしてオレの希望通り、17日に会ってもらえることになった。



「暁、乗り換えとか大丈夫? もう覚えた?」

「大丈夫だって」

「夜斗、じゃあ……また、テスラでね。私は明日の夜か明後日には行くから。今度はテスラで一緒に回ってみようね」

「……ああ。いろいろ、悪いな」

「これくらい、夜斗がしてくれたことに比べれば大したことないわよ」

「それより朝日、もう8時だけど……」

「ああ!」


 今日は9月17日、土曜日。朝日は時計を見ると、慌ててリビングを出て行った。


「じゃあね! 暁、また連絡してね!」

「了解」


 もどかしそうに靴を履くと、朝日はものすごい勢いで出て行った。

 今日と明日はそのプロジェクトやらの大事な打ち合わせや会議があるとかで、どうしても休めないらしい。


 朝日を見送ってしばらくしてから、オレは夜斗兄ちゃんと一緒に家を出た。

 今日はばめちゃんがいないから、ちゃんと戸締りしないと。


「もう……ここに来ることは……さすがにないだろうな……」


 外に出たあと、家の方を振り返りながら、夜斗兄ちゃんがポツリと言った。


「ここに住んでたこと……思い出したの?」

「断片だけな。朝日と組手してたこととか、誕生日を祝ってもらったこととか」


 そう言うと、夜斗兄ちゃんは前に向き直って足早に歩き始めた。

 オレは慌てて追いかけると、夜斗兄ちゃんと並んで歩き出した。


「誕生日……夜斗兄ちゃん、いつなの?」

「6月1日……らしい」

「らしい?」

「テスラでは誕生日を祝う風習がないし、誰もそんなの気にしてないんだよ。俺は昔の日記でたまたま知ったんだ」

「ふうん……」

「でも……間が抜けてるから、さっぱりわからない。何がどうなって、俺は再びこっちで……しかも朝日の家で暮らすことになったのか……」


 バス停に着くと、まだバスは来ていなかった。

 オレと夜斗兄ちゃんは、バス停のすぐ近くの木蔭で、そのまま待っていた。

 バス停のベンチに腰かけていた二人の女子高生が、オレたちをちらちら見ているのが少し気になったが、夜斗兄ちゃんは全然平気そうだった。

 そう言えば、夜斗兄ちゃんはミュービュリでもわりと大丈夫だったって言ってたっけ。


 それにしても、ミュービュリの服装をしていると、夜斗兄ちゃんがいかにスタイルがよくてカッコいいかってのがよくわかるなぁ……。

 多分、あの人達もそれでこっちばっかり見てるんだろう。


『それって……あれでしょ? 夜斗兄ちゃんとユウが朝日を助けて、とりあえずミュービュリに逃げたっていう……』


 パラリュス語でそう言うと、夜斗兄ちゃんがちょっと驚いたあと、女子高生二人を見て「ああ」という顔をした。

 だって、変な会話をしていると思われると嫌だしね。それならいっそ、外国人と思われた方がいい。


『事実はそうだと聞いたが、俺の記憶にはないからな。……何でそうなったのかわからないから、何だかチグハグしてるんだ』

『ふうん……』

『……俺は……なぜ……』


 夜斗兄ちゃんは何か言いかけたけど、そのまま黙り込んでしまった。

 記憶がないっていうのは、やっぱり不安だらけなのかもしれない。


 このまま記憶が戻らなかったらどうなるんだろう。

 ……テスラのことは覚えている訳だし、状況を説明したり、仕事を覚え直したりすればどうとでもなると思う。

 でも、オレのことは……?

 オレのために、朝日を一生懸命支えたこととかは……?

 そう言うの、全部……なくなってしまうのかな。


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