12.ヨハネの苦悩(1)
アキラを初めて見たときから、僕たちとは違う、別次元の力を持った子だとは思った。
僕が10歳で、アキラが8歳だったかな。僕たち、フィラの子供が修業している所に、ヤトゥーイさんが連れて来たんだ。
「アキラだ。今日はちょっと顔を見せに来ただけだけど……仲良くしてやってくれ」
「こん、にちは……。アキラ、といい、ます」
すごく拙い言葉で、アキラは挨拶した。
緊張しているせいかな、と思ったけど、そうではなかったみたい。
少し遠くの島に住んでいるため、言葉が僕たちとは違うから……慣れてなかっただけらしい。
アキラはとても明るくて、一緒にいたのはわずかな時間だったけど、すぐに僕たちに馴染んで、楽しそうに笑ってた。
このときは基本の修業だけ習ってあっという間に帰ってしまったけど……僕たちの中ではしばらくの間、アキラの話題で持ちきりだった。
修業したことないみたいなのに、溢れてる力がすごいとか。
ちょっと見たことのないくらい綺麗な顔をしているとか。
……あと、ヤトゥーイさんとどういう関係なんだろうか、とか。
ヤトゥーイさんはフィラの三家の直系の人で、エルトラ王宮の中枢で働いている。
復興し始めているフィラをまとめているのは、ヤトゥーイさんの双子の姉、リオネールさんだ。
言うなれば、この二人はフィラの希望の星で……何て言うか、憧れの存在で、絶対的な人なんだ。
それは、大人だけでなく僕たち子供にとってもそうだった。
そんな人が直々にアキラを紹介したもんだから、僕たちも色めき立っちゃって……。
でも、誰に聞いても満足な答えは得られなかった。フィラの大人も、いろいろな事情があってね、としか言ってくれない。
次の年の夏、アキラは再びエルトラにやって来た。
今度は1ヶ月ぐらいいて、僕たちと一緒に修業するらしい。
去年、ほんとに基本の修業だけ習ったアキラだけど、帰ってからもしっかりやっていたのか、だいぶん制御できているみたいだった。
呑み込みが早いのか、フィラの子達の中でも飛びぬけて上手だ。
僕は年が2つ上だったのもあってアキラよりは上手にできたけど、それでもアキラの力には脅威を感じた。
そうは言っても――僕は、アキラが嫌いな訳じゃない。
僕にとってはアキラは弟みたいな存在で、可愛かった。
子供たちをとりまとめている僕を見て、アキラは素直に尊敬してくれて、とても慕ってくれたし……時にやんちゃなことをして僕が叱ると、素直に言うことを聞いてくれたし。
「ヤトゥーイさん!」
ある日のこと。
修業が終わって外に出ると、ヤトゥーイさんが飛龍で帰って来たところだった。
「ヨハネか。修業が終わったのか?」
「はい」
「アキラ、他の子達とうまくやれてるか? フェルティガエのいない遠くの島で育ってるから、心配だったんだが……」
「……大丈夫です」
僕は何だか胸にチクリとしたものを感じながら答えた。
「僕、アキラと仲良くなったんですよ。わからないことがあるとアキラも素直に僕に聞いてくれるし……。他のみんなともうまくいってると思います」
「そっか。……それならよかった」
ヤトゥーイさんはホッとしたように笑った。
「あの……アキラって……何か、特別なんですか?」
ヤトゥーイさんにとって、という意味で聞いたんだけど
「まぁ、そうだな。ちょっと事情があって……だから離れて暮らしてるんだよ」
という返事が返ってきた。
アキラがエルトラにとって特別だっていうのは、何となく分かってた。
アキラの母親のアサヒさん自身が、特別扱いだったからだ。
アサヒさんは、アキラがエルトラに来るよりもずっと前から、たびたび見かけていた。
どういう人なのか子供のうちはよくわからなかったけど、アキラに出会ってから注意して見ると――ヤトゥーイさんと同じか、それ以上の扱いを受けているようだった。
神官もすごく丁寧に対応していたし、女王にもすんなりと……かなりの頻度で謁見していたし――何より、王宮の限られた人しか入れない場所にも出入りしていたから。
でも、アサヒさん自身からは何の強さも感じられなくて(むしろアキラの方が強く感じた)、フェルティガエとしてもそんなに大したことはなさそうなアサヒさんが、なぜエルトラ王宮で優遇されてるんだろう、と僕は少し不思議に思っていた。
「あの……アサヒさんって、どういうフェルティガエなんですか?」
「――何でそんなことを聞くんだ?」
「いや……えっと……」
ヤトゥーイさんの空気がちょっと変わった気がして、僕はドキリとした。
「ヤトゥーイさんだけでなくて、フィラのリオネールさんとも親しいし、エルトラの女王さまとも親密みたいだから……」
「……」
「僕、来年で12歳になるので、今年で修業が終わるんですけど……エルトラに残ろうと考えているんです。ヤトゥーイさんみたいにエルトラとフィラをつなぐ仕事をしたいと思っていて……」
話を聞いてもらえるいい機会だと思って、僕は思い切って畳みかけた。
「そしたら、アサヒさんってエルトラにとってもフィラにとっても大事な人みたいだから、僕も……知っておきたいなって……」
「……なるほど」
ヤトゥーイさんはそれだけ呟くと、少し考えたあと、僕の肩をぽんと叩いた。
「仕事については……もう一人ぐらい、補佐が欲しいと思っていたところだから、前向きに考えておくよ。ただ、朝日については……今はまだ、駄目だな」
「え……」
「女王とも親密だってわかってるんなら……容易に話せないことぐらい、わかるだろ?」
ヤトゥーイさんはそう言うと、僕の肩をポンポンと叩いて
「とにかくアキラのこと、よろしくな」
と言って去っていった。
僕の胸の中は、何だかもやもやしていた。
……アキラが現れて、ヤトゥーイさんが冷たくなったという訳ではない。
――ただ、アキラが特別だったっていうだけだ。
「ヨハネー!」
急にアキラの声が聞こえて、僕はドキッとして振り返った。
「何してるの?」
「ヤトゥーイさんがいたから……ちょっと話してた」
「ふうん……何の話?」
「……仕事の話」
「仕事!?」
アキラが驚いたように目を見開く。
「ヨハネ、もう働くの?」
僕は笑って手を振った。
「そうじゃないけどね。12歳になったら基礎の修業は終わるから、フィラの子達はみんなフィラに帰るんだよ。でも……僕はエルトラに残るつもりなんだ」
「何でヨハネはフィラに帰らないの?」
「ヤトゥーイさんがエルトラに残ってるから。エルトラとフィラをつなぐ仕事をしてるんだって。僕もそうなりたいんだ」
「ふうん……」
アキラは素直に頷くと
「ヨハネはもうそんなことまで考えてるんだ。すごいなー」
と言って羨望のまなざしで僕を見上げた。
僕はちょっと可笑しくなって
「アキラは将来、何になりたいの?」
と聞いてみた。
多分、まだ何も考えてないだろうとは思ったけど。
「う……」
案の定――アキラは口ごもると、頭をポリポリ掻いた。何だかいろいろ考えているようだ。
アキラが住んでいるという島は、どんなところなんだろう。
どれぐらい人がいるんだろうか。エルトラのように、誰かが統治してるんだろうか。
それとも、まさかアキラの家自体がその領主とか……?
いや、それはないか。
「まだ、わかんないや。いろいろ見てから考える」
だいぶん考えたあと、アキラは少し恥ずかしそうに答えた。
まだ9歳だから、そんなところだろう。フィラの子たちだって、まだ何も考えてない年齢なんだから。
「それでいいと思うよ」
僕が言うと、アキラはちょっとホッとしたようで「そうだよね」と言って笑った。
……思えば、僕はアキラに兄貴面したかったのかもしれない。
恐らく僕よりずっと強い力を持っているアキラが、素直に僕を尊敬してくれるのが嬉しくて……もっともっと、と望んでいたのかもしれない。
でも……それは、幼い間のことだけだ。力の差や――出自の差は、どうにもならない。
――そう思い知らされたのは、それから間もなくのことだった。
「ヨハネ、一度フィラに行ってリオに会っておくか?」
ヤトゥーイさんが僕にそう言ってくれたのは、それから2週間後のことだった。
「え、いいんですか?」
「リオはマオの世話でしばらくフィラを動けないから……。こっちに残るなら、話をしておいた方がいいだろ?」
「ありがとうございます! 嬉しいです!」
僕が言ったことをヤトゥーイさんがちゃんと考えてくれて……根回しまでしてくれた。
それだけで、僕はとても嬉しかった。
「今から……?」
「いや、今日は朝日と暁をフィラに送ったあとに仕事があるから……リオも二人の相手で忙しいしな。明日でいいか?」
……やっぱり、あの人たちが優先なんだな。わかっては……いたけど……。
「――明日は、先生がいないので僕が子供たちの世話をしないといけないんです。だから明日なら……昼になってすぐ……早い方が……」
「んー……そうだな。わかった。じゃ、そうしよう。リオに伝えておくよ」
「よろしくお願いします」
ヤトゥーイさんは「じゃな」と言って去っていった。
その後ろ姿を見送りながら……僕は、今まで経験したことのない、ある感情が湧き出てくるのを感じた。
それはあまり気持ちのいいものではなく……頭を振って追い払う。
明日リオネールさんに会ったら、もう一度あの二人のことを聞いてみよう。
どうして二人は遠い島に住んでいるのか。エルトラ王宮でも特別扱いなのか。
――そして、いったい何者なのか。




