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9.夜斗の記憶(1)

「少し涼しくなったね」


 サンの上から地上を見下ろしながら、ユウがポツリと呟いた。


「そうだな。……だから、今のうちに湖の調査をしたかったんだよ」


 ユウの後ろに座っているソータさんが答える。そして地図を取り出すと、書き込んだ線を指でなぞった。

 もう9月も半ば……ソータさんの調査は、かなり進んでいた。

 まずは東の大地の外側を回っているんだが、半分は踏破したらしい。

 俺達三人は、北東の遺跡を南西方向に下った……キエラ要塞からは東にある、小さい湖に向かっていた。


宝鏡(ほかがみ)の気配は、北東の遺跡から感じる。ただ、すごく……弱いけどな。そっちも早く調べないと駄目なんだが……湖の中に潜るとしたら暖かい時期じゃないと辛いしな。だからこっちが先」

「何で湖に潜るんだ?」


 そもそも、この東の大地の調査は宝鏡の場所を調べてるんじゃなかったかな。


 不思議に思って聞くと、ソータさんは

「闇の波動からいくと、結界の楔になるものがある。……多分」

と言って、地図から目を離して俺を見た。


「多分って……宝鏡以外に?」

「そう。まさか四つ目の神器があるとは思えないが……」


 ソータさんは腕を組むと、少し唸った。


「気になるだろ? だから……早く調べたかったんだ。でも、俺が一人で潜ってうっかり溺れたり、何かあったら……」

「それは困る」

「だろ? だから、二人に協力してほしかったんだよ」


 しばらく飛ぶと、湖が見えてきた。ユウはサンに下降するように言うと、俺とソータさんの方に振り返った。


「それで、俺がソータさんと一緒に潜ればいいの?」

「やめとけ。俺が行く」


 俺が言うと、ユウが少し不満そうな顔をした。


「何で……」

「お前、そこまで身体が強くないだろ」

「そんなことないよ」


 ユウはムッとしたように口を尖らせた。


「色が白いからそう見えるだけだよ」

「そうじゃなくてだな。朝日に、ユウが無茶しないように見張っててくれって言われてるから」

「……!」


 俺が答えると、ユウはギョッとしたように目を見開いた。

 そして小さな声で

「朝日、他に何か言ってた?」

と聞いてきた。


「いや? ただ、ソータさんに絡むと極端に遊びたがるからって……」

「何じゃ、そりゃ!」


 ユウではなく、ソータさんが大きな声を上げる。


「あー、確かに……そうかも……」

「人で遊ぶなよ!」

「ははは」

「はははじゃない!」


 ユウが楽しそうに笑う。

 ……朝日が言っていた通り、ユウはソータさんがかなりお気に入りなんだな。

 まぁ、でも……ちょっとわかるかも。ソータさんてまっすぐで遠慮がないから、何か気が楽なんだよな。


「さ、着いたよ」


 サンが湖の傍に降り立つ。俺、ソータさん、ユウの順にサンの背中から降りた。

 湖の中を覗きこむ。かなり透明度の高い水だ。


「んー……やっぱり……よくわからないな……。水で阻まれてるのかな。潜るしかないみたいだ」


 ソータさんは湖を覗きこむと、上の服を脱ぎ捨てた。俺は湖一帯を隠蔽(カバー)すると、服を脱いでユウに「持ってろ」と言って渡した。

 ユウは少し不満そうだったが、大人しく受け取り、脱ぎ捨ててあったソータさんの服を拾った。


「ユウはサンと一緒にここで待っててくれ。夜斗、何があるか分からないから慎重にな」

「この俺がまさかそんなことを言われようとは……ユウじゃあるまいし……」

「悪かったね」

「二人とも真面目に聞け。神器だとしたら、触れるだけでマズいこともあるからな。神剣(みつるぎ)みたいに」


 ソータさんが真面目な顔をして腰に差したままの神剣を指差した。


「それ、差したまま潜るのか?」

「もし神器なら、反応するかもしれないからな」

「ふうん……」

「よし、行くぞ」


 軽く運動すると、ソータさんはざぶんと湖に飛び込んだ。「冷た!」と小さく叫ぶ。

 俺はユウに「じゃ」とだけ言うと、湖に飛び込んだ。

 もう夏が過ぎたせいか、少し冷たく感じたが……潜るには問題なさそうだ。

 ソータさんと自分に障壁(シールド)をかける。……これで、少しは長く潜れるはずだ。

 俺達は顔を見合わせると、湖の中に潜った。


 外から見ただけでは分からなかったが、中は思ったより広い空間だった。

 深い方は、大地の下にまで潜り込むように水が広がっているようだ。

 ソータさんは辺りをキョロキョロ見回しながらゆっくりと下へ潜っていった。

 楔の気配とやらを感じられるのはソータさんだけなので、俺は黙って後についていく。


「……ん?」


 ソータさんは少し首を傾げると、右手を広げて俺を制した。


「どうした?」

「……近い。何かある」

「……」


 黙って辺りを見回す。確かに……何か波動のようなものが感じられる。

 ……でも、おかしいな。俺には、神器の気配はわからないはずなんだが。


「――これは……!」


 ソータさんは腰の神剣を手にとると、鞘からは抜かずにそのまま両手で構えた。神剣には女神ウルスラだけでなく、2年前の闇も封じられている。迂闊に抜く訳にはいかないからだろう。


 その途端――ソータさんの表情が一変した。


「あれは……!」


 ソータさんが湖の底に何かを見つけたらしく、さらに潜ろうとした。

 しかし――そのとき、俺の背中にゾクリと悪寒が走る。


「待て!」


 俺は思わずソータさんの腕を掴んだ。


「何……」

「わからないか? 何か……嫌な感じが……」

「え?」


 ソータさんは逆に、俺が感じている気配はわからないようだ。不思議そうに、辺りをキョロキョロと見回す。


「とにかく……離れないで、一緒に潜ろう。念のためこのまま腕を掴んでおく」

「わかった」


 俺に腕を掴まれたまま、ソータさんは片手でさらに深くへ泳ぎ始めた。

 しかし……俺が感じている波動が、だんだん強くなっていく気がする。

 どこかで感じた……これは……何だったか……。


「――わっ!」


 ソータさんの大声で、我に返る。俺達のすぐ横に、真っ黒い穴が開いていた。

 しまった……障壁(シールド)をかけていたせいで、気づくのが遅れた!


「これ……!」

「危ない!」


 穴に引き込まれそうになったソータさんを引っ張る。その瞬間、神剣と――湖の底の何かが光った。


「うわっ……!」


 あまりの眩しさに驚き、思わず手を離す。

 ソータさんが光に引き付けられるように遠ざかっていく気配がした。とりあえず穴に落ちずに済んだみたいだ。

 だが、安心したのも束の間……今度は俺の身体がすごい勢いで引っ張られた。

 そうだ。これ――次元の穴だ。フィラの丘の上にある、アレと同じ気配だったんだ。

 何で、こんなところに……。そうか、神器の影響……?


「夜斗――!」


 ソータさんの声が遠くで聞こえたが……俺の周りは、既に真っ暗闇に包まれていた。


   ◆ ◆ ◆


「バッカじゃないの!」


 リオの声とバコッという音が聞こえ、振り返る。

 村の倉庫の陰で、一人の男がリオに殴り飛ばされていた。

 あああ……可哀想に……。


「リオネール、何……」

「くだらないこと考えている暇があったら、どうしたら戦争を終わらせられるか考えなさいよ!」

「くだらなくなんか、ないだろう」


 男が頬をさすりながら立ち上がった。……なかなか、根性はあるようだ。


「戦争はずっと長引いていて……いつ終わるかも分からない。僕はもうすぐ25だし……リオネールだって22だ。結婚して子孫を残すことも、フィラの人間にとっては重要なことで……」

「だから馬鹿だって言うのよ!」


 リオが男を制して激しく罵倒する。


「私はこれから極秘任務でしばらく王宮に詰めるって言ったわよね!」

「言った。でも……しばらくって、どれぐらい?」

「さあ?」

「だから、どれぐらいかかるかもわからないなら、約束が……」

「……救いようがないわね」


 リオはふんと鼻をならした。


「約束するわ。あんたとだけは結婚しない。――他所をあたってちょうだい」


 リオがこっちに歩いてくる気配がしたので、俺は慌てて身を隠そうとしたが……間に合わなかった。

 しかしリオは特に気にするでもなく

「あら、いたの」

と言ってちょっと笑った。


「……あいつ……」

「前から煩かったの。ちょうどよかったわ」

「……気の毒だな……」

「何を心配してるのよ。ヤトこそ、どうなの? 聞いたわよ? 村の女の子に泣きつかれたって……」

「……逃げてきた。情けをくれとか言われても、困るから……」


 思い出して、俺はちょっと溜息をついた。


 俺達の祖国――フィラは、一面焼け野原で……今はもう、誰もいない。そして生き残ったフィラの人間とその子供は――エルトラの近くの村で、まとまって暮らしていた。

 さっきの男が言っていたように――20歳ぐらいになると、村の中で伴侶を選び、家庭を作る。


 しかし俺とリオは長引く戦争の中、エルトラで兵士として仕官していたから――それは先送りにしていた。

 リオは、戦争を終わらせてフィラの人間を取り戻す、ということを最優先にしていたし、俺は……どうにも興味が沸かなかったからだ。


 リオと違って、男の俺は結婚が妨げになる訳ではないし、別にしても問題はなかったのだが……なぜか全くその気にならなかった。

 ……というより、そう思える人間には出会えていなかった。

 ひょっとすると――一生、このままかもな。


「そうよね。ちょっと……どうなるか、どれぐらいかかるかもわからない――先が読めない任務だものね」


 リオが緊張した面持ちで呟いた。

 女王の託宣――『いくさの終焉 ミュービュリ 朝の光を以て』――これにより見つけられたミュービュリの少女、朝日。彼女をエルトラに連れてくるという任務だ。

 ミュービュリに潜入するために、言葉や慣習――色々な知識を身につけ、いよいよ今日、俺とリオはミュービュリに行く。

 しかし、朝日の傍にはかなり優秀なフェルティガエがいる。二人に警戒されずに近づき――奪取しなければならない。

 下手を打てば、異国の地から二度と戻れないかもしれない――それほど、危険な任務だった。


「――待っていたぞ、リオネール……ヤトゥーイ」


 大広間に入ると、フレイヤ女王が厳しい面持ちで俺達を見下ろしていた。


「覚悟はよいか」

「……はい」

「……できています」


 フレイヤ女王は小さく頷くと、神官に合図をした。

 二人の神官が祈りを込めながら空間に手を翳す。すると……光が溢れ、空間に切れ目が現れた。

 これが……ミュービュリと繋ぐゲートか。

 ミュービュリのことを知ってから教えてもらってはいたが……間近で見ると、かなり凄い技だ。


「――行って参ります」


 フレイヤ女王に会釈をすると、俺とリオは切れ目に飛び込んだ。


「急ぎましょ、ヤト。ゲートって、長居すると消耗するって聞いたわ」

『わかった。……でも、ここからは日本語でいこう。うっかりテスラ語が出てしまってバレたら、マズいだろ』


 日本語で返すと、リオはハッとしたような顔をした。そして小さく頷くと『わかったわ』と日本語で返して駆け出した。

 神官が繋いでくれたゲートは少し長めで……出口から飛び下りたときには、リオは肩で息をしていた。


『ちょっと……息苦しいわね……』

『ゲートで?』

『そう。……多分、私は……限界が近いのね、きっと』


 ゲートを越える回数には制限がある。

 俺達は双子で、リオはかなり強いフェルティガエなのだが――ゲートを越える回数については、俺の方が余裕があるようだった。


『ところで……神官はどこに繋げたのかしら?』


 辺りを見回すと、どうやら公園の外の茂みのようだった。

 確か、ターゲットの朝日が定期的に訪れていた場所で……。


『――あれかな……。ん!?』


 指差して――俺は自分の目を疑った。

 朝日の傍から片時も離れなかった少女が、たった独りで二人の人間と闘っている。

 闘っている相手は――俺達の敵でもある、キエラのディゲだ。


『どういう……こと……?』


 リオも愕然としている。エルトラの人間でもキエラの人間でもない人間がターゲットを守っているという事実に……驚きを隠せない。

 そしてその少女は――恐ろしく、強い。恐らく……リオよりも圧倒的に強いと思う。


 隣のリオを見ると、かなり険しい顔をしていた。

 戦闘タイプのフェルティガエであるリオは、少女の強さを肌で感じているのかもしれない。


『とりあえず隠蔽(カバー)しよう。……誰かに見られたら厄介だ』


 俺が力を使うと、リオは二人をじっと見つめたまま頷いた。


『俺はとりあえず幻惑をかけてくる。リオは様子を見てろよ』

『……ええ』

『……絶対、仕掛けるなよ』

『わかってるわよ。これは、かなり慎重にいかないと駄目な相手だって――十分わかったから』

『……』


 俺はリオを見て――それから広場を見た。……いつの間にか、朝日が傍にいて――少女が朝日を庇い、凄まじい攻撃を跳ね返すのが見えた。




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「旅人」シリーズ

少女の前に王子様が現れる 想い紡ぐ旅人
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使命のもと少年は異世界で旅に出る 漆黒の昔方
かつての旅の陰にあった真実 少女の味方
其々の物語の主人公たちは今 異国六景
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其々の状況も想いも変化していく まくあいのこと。
ついに運命の日を迎える 天上の彼方

旅人シリーズ・設定資料集 旅人達のアレコレ~digression(よもやま話)~
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