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作者: しろあん

 兄が死んだ時、僕は悲しめなかった。


 出来の良い弟を持った兄は辛い思いをするとよく言われるが、うちはまさにそれだ。僕は進学校に通っていたが、成績は常に学年上位だった。しかし兄は勉強には才能を発揮できない人で、部活動一本で努力を重ねていたのだがうちの父と母はそんなもの認めず、結局辞めてしまった。

「勉強は努力すればするほど自分のためになるけど、それ以外の分野は周りを置き去りにするくらいの才能がないと無意味じゃないの」

 とは母の言葉だ。それに続いて父は

「そもそも頭が良くないと、自分の才能をプロデュースできない。才能はそれが世に出て初めて価値を持つものだ」

 と語る。

 そんな両親に育てられた兄がグレたことは至極当然なことだと言えるだろう。しかし僕がグレなかったのは、勉強ができたからというよりも、兄のグレ方が異常だったからだと言った方が正しい。

 兄は高校1年生の時、つまり僕が中学2年生だった時、父と母を部活動で使っていたバットで殴りつけ、それが原因で施設に入れられた。

 僕はそのことに少なからず驚いた。

 家の中で唯一、人間の気配があったのが兄だった。この寒々しい家庭の中で暖かみを持っていたのは兄だけだったのだ。

 兄が施設に送られたことは別に悲しくなかったのだが、家が今までよりも寒くなるのを感じた。

 それが原因なのかは分からないがその日から僕の成績は落ち始め、そのことで父と母の仲は険悪になり、両親に溜まったストレスは暴力という形をもって僕に注がれた。毎日悪夢を見るようになった。

 そんな生活を続けて1年ほどがたった日、僕はいつものように親のストレスを受け止めていたのだが、父が僕の髪を掴んで床に叩きつけたその瞬間、周りの全てが温度を失くしたように感じた。僕の中に蓄積されていた何かが溢れ出てきたのを自覚した。

 その日の夜中、バットを借りようと兄の部屋に入った。そして机の上に写真が置かれていることに気がついた。小さい頃はよく兄と2人で野球をして遊んでいて、その時に撮った写真があった。その頃に使っていたバットは机の隣に大切そうに置かれていた。

「お前それで何する気?」

 突然声が聞こえ、驚いて振り返った僕はそこに立っている兄を見てさらに驚く。

「そーゆーのはオレの仕事だから」

 そう言って写真をポケットに突っ込み、バットを持って階段を降りていく兄の背中を僕は夢を見ているかのように見送った。


 兄の死因は胸を刺されたことによる失血死だった。胸を20回以上刺されていたらしい。兄を殺した両親には、自己防衛と情状酌量で執行猶予がついた。

 あの写真とバットは兄と一緒に燃やしてしまったが、両親はもう暴力を振るわなくなった。

 そして高校へ上がると同時に僕は家を出た。


 兄が死んだことで、僕は悲しめなかった。ただ少し、世界が寒くなったような気がした。

 悪夢はもう見ない。

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