無能、攫われる
お肉美味しかった!
鹿って確か高級食材だよね?
ジビエ?ジエビ?なんかそういうんだよね?
また、食べたいから頑張って働こう!
くちくなったお腹をさすりながら上機嫌で地下室へと戻ろうとする。
そこに…
「あかり」
エドが声をかけてきた。
優しそうな笑顔で私も思わずにっこりする。
私はここに来てから笑顔が増えた。
奴隷になってからのほうが毎日楽しくて笑顔が増えるって本当おかしな話。
環境劣悪な倉庫整理に寡黙で何を思っているかわからない庭師からの毎日の水攻めと嫌なこと、辛いこともたくさんある。
これは日本では決して体験することのないレベルの嫌なことだ。
だけど、厨房でたくさんの人に受け入れて貰えた。
日本ではありえなかったことが純粋に嬉しくて私はそれだけで笑顔になれるのだ。
それに、ルキア。
私を刺して奴隷にして、さらには魔物の餌にしようとした怖い人。
だけど、私を拾ってくれて言葉を教えてくれる優しい人。
怖いけど優しいから私は彼の事が嫌いじゃないし、役に立ちたいと思える。
この増えた笑顔は全てルキアのおかげだ。
「なに?」
「かえるならついでにすててきて」
渡されたゴミ袋。
「?」
私は手渡されたそれを持って疑問に思う。
まだ軽い。
つまり、まだまだゴミが入る余地があるってこと。
コウさんは経費削減かはたまた単にケチなのか、結構ギリギリまで詰め込む。
だからいつもかなり重たい。
「…捨てる?」
「捨てる」
気になったから確認した。
エドは笑顔で捨てると返した。
聞き間違いじゃない。
捨てるという単語は何度も使うからきちんと覚えている。
数少ない間違えない単語だ。
きっと何か理由があってのことなのだろう。
私は頷くとゴミ袋片手にゴミ捨て場に向かった。
ゴミ捨て場は屋敷の外に集積所として一角が常に解放されている。
近いとはいえ屋敷の門外に出るのだ。
毎回少し緊張する。
この世界に関して言えば私は屋敷と森しか知らないのだ。
こんな僅かな距離とはいえ屋敷の外にあたるので、感覚的には冒険なのだ。
…ちょっと大げさだけどね。
私はゴミ捨て場にゴミを置いた。
考えたらいつもゴミは昼間に捨ててた。
こんな夜に捨てに来たのは初めてだ。
今夜も二つの月が輝きを放ち、満天の星空が私の瞳に鮮やかに映る。
本当にこちらの世界の夜は美しい。
この夜だけでもこちらの世界に来てよかったとさえ思える程に。
しかし、夜の静寂を破るように馬が車を引く音がした。
かなりの駆け足。
きっと馬を限界まで走らせているのだろう。
轢かれてはたまらないので音のする方を向いた。
闇を切り裂くようにして現れたのは予想通り一台の馬車だった。
しかし、何か途轍もない違和感を感じた。
…なんだろう、何か変だあの馬車。
二頭の栗毛の馬が馬車を引き私の目の前を通り過ぎようとした。
馬車は止まらない。
速度を緩めることさてしなかった。
だからまさか馬車の扉が開くなんて思わなかったのだ。
うわっと思う間も無く姿を現したのは、だんしゃくさん!
彼が手を伸ばした。
伸ばした手の先には私。
彼は私の腰に手を回すと一瞬で馬車に押し込んでしまった。
え?と思った時には馬車のドアがしまった。
え?え?と頭に疑問符が浮かぶ。
何が起きたのかわからなかった。
慌てて反対側の扉を開けて降りようとするも鍵がかかっていて開かない。
仮に開いてもこの速さの馬車から飛び降りるのは自殺行為だ。馬車の窓から外を眺めたら何故か塀の外にエドがいた。
「エド!」
私は叫んだ。
エドと私は間違いなく目があった。
そして彼はにこやかに笑った。
私が好きな笑顔だったはずなのに、今は寒気がした。
馬車は一瞬で駆けていき、彼の笑顔を置き去りにする。
…あれ?
私の鈍い頭がガラリガラリと周り始めた。
軽いゴミ袋を捨てに行かされた。
捨てに行ったら馬車の中に押し込められた。
塀の外にはそこにいないはずのエドの姿。
ゴミ捨てを命じたのはエドだった。
…名探偵じゃないから絶対の自信はない。
ただ、もしかして…エドにはめられたのかなぁって思った。
証拠はないけど、状況的にきっと正解。
だけど理由がわからない。
何故だろう、実は嫌われていたとか…?
まさか!だってエドはいつだって優しかった!
…優しいのは表面だけで実際は違った?
人の心の裏側を読むみたいな高等技術を持たない私にはわからない。
わからないから…帰ったら聞こう。
すごい勢いで屋敷から遠ざかっていく馬車の中で私はそう誓う。
問題はいつ帰れるかなんだけど…。
そして、どこに向かっているのかだ。
「あの…」
「はなすな!」
言われて口を閉ざす。
だんしゃくさんは顔色が頗る悪い。
具合が悪そうだ。
「だいじょうぶ?」
「うるさい!だまれ!!」
激昂するだんしゃくさん。
私の甲高い声が癪に触るようだ。
大人しくしていたほうが彼の具合もよくなるだろう。
色々書きたいことがも多々あったが具合が悪いのでは仕方ない。
あまりにいきなりだったから実はとても不安なのだけど、ルキアの家に来てご飯を食べるくらい親しい間柄なら酷いことされないだろう。
…そうかな?二人喧嘩してたよね?
もしかして、その喧嘩の腹いせに攫われた?
じゃあ、行き着く先で私はどうなる??
不安がどんどん大きくなるが、だんしゃくさんの青ざめた顔色を見ていると問い質さない。
どうしよう…。
なんとなく、窓から外を見る。
馬車は尋常ではない速さで街を駆け抜けていた。
これ、ちょっとした自動車並のスピードだ。
…馬車ってそんなに早く走れるの?
おかしいでしょ。
所詮馬がエンジンに叶うはずない。
窓にへばりついて馬を見た。
確かに大きい馬だけど、そんなに早く走れるようには…
…
ここで、ようやくこの馬車の変な所に気づいた。
あの馬、足が八本ある。
八本の足で地面を力強く駆ける馬は馬ではなくて馬の形をした魔物だったのだ。
この馬車、魔物が引く魔車だったのだ!!
ねえ、これって本格的にまずいんじゃない!?
隣のだんしゃくさんが超危険人物に見えてきた。
「ねえ!降ろして!!」
ばしっ!
頬を平手打ちにされる。
「う、煩い!!だまれ!!!」
私を叩いたことでより一層顔色を悪くしただんしゃくさん。
なんなのだ、一体!?
「ねえ!どこにつれて…!」
「煩い!」
言ってだんしゃくさんは私の顎を掴み口をこじ開ける。
厨房の時は口の中に肉が入っていたから意地でも開けなかったけど、今は違うので口を開けた。
「ひっ!」
だんしゃくさんは一瞬恐れ慄くが、意を決したように私の口の中に丸い玉を放り込む。
「!?」
あ…
「あまーい!!」
こちらに来て初めての甘味だ!!
大きさ的にこれは…
「キャンディ!!」
やだ!だんしゃくさんいい人!!
状況を忘れてキラキラした目をだんしゃくさんに向ければ彼は顔を引きつらせる。
甘い味は口いっぱいに広がり幸せになる。
あー、今日はお肉も食べれてキャンディも舐めれて幸せだ…なぁ…
急に不自然に眠くなって…そのまま私は寝てしまったのだった…。