無能、異世界で初めて肉を食べる
奴隷。
この言葉が妙にしっくりきてしまった。
考えてみれば思い当たる節はいくらでもある。
食事は皆より一段低い物を床で食べさせられる。
服は替えの一枚があるだけで靴はない。
労働に対する対価がない。
小汚い地下室で家具も毛布もない部屋で寝泊まり。
寧ろ今まで奴隷の単語を思い浮かばなかった私の頭がおかしいのだ!
…そっか、私奴隷だったんだ。
奴隷って珍しいのかな?それともよくいるのかな?私にはわからない。
そういえば、初めてルキアに会った日に焼入れされたんだった。
鏡もないこの世界では背中の焼入れを見るすべがなく痛みもないので忘れていたが、もしかしたら奴隷の証みたいなのが刻まれたのかもしれない。
焼入れって刺青みたいなもんできっと一生消えない。
だから私は一生奴隷。
どんな扱いを受けても文句は言えない。
一日一日命があるだけで感謝しなくてはいけないのだから。
食べ物が粗末でも、ゴキブリを素足で踏み潰さなくてはならないような労働環境でも、水をぶっかけられても、魔物の餌にされようと、私に文句を言う権利はないのだ…。
私はルキアに担がれながら涙を落とす。
「××××」
きっと文句を言っているのだ。
ここで少し過ごしてわかったのだが、彼は偉い人。
多分、私が住んでる屋敷の主人で、この男達のリーダー的存在。
彼の機嫌を損ねれば私は魔物の餌にされる。
泣き止まなくては…!
屋敷の人達が彼を恐れている理由がわかった。
偉いうえに、気が向いたら平気で人間を魔物の餌にするような人なのだ。
そりゃ怯えもする。
私ならそんな職場即辞める。
やめないのは…なんでだろう。
わからないけど、そんなことより私は自分の命を守る事の方が大事だ。
彼の機嫌を損ねてはならない。
私はあまり人の心の機微に聡い方ではない。
おまけにグズでノロマだからそれこそ必死にならないと彼を怒らせ続けてしまうだろう….!
私は唇を噛み締め必死に涙を堪える。
「ちっ!」
舌打ちされた!
びくっとする。
堪えようとしても体の震えが止まらない。
魔物が怖いんじゃない、ルキアが怖いのだ。
「×××××!」
「××××!」
熊男達がやってきた。
後をついてきたらしい。
彼らは私達を驚いた目で見ていた。
その目が気に入らないのか、彼らを睨みつける。
途端に視線を彼らは逸らした。
「×××××?」
「××」
熊男がルキアに殺された魔物を指差して何か言い、それにルキアは頷く。
熊男は戦隊髪色男達に合図をすると彼らは台車を持ってきて魔物を乗せる。
え?お持ち帰り!?
涙が引っ込むほど驚いて彼らを見ていると、予想どおりお持ち帰りするようで、ガラガラ台車を引いていく。
…マジか。どうするんだよ、この魔物。
私はルキアの肩に担がれたまま、首と胴体に別れた気味の悪い魔物の死体を凝視する。
やがて馬車に着いた。
私は馬車に乗せられ、ルキアも隣に座る。
…帰れるんだ…。
ここに至って私は本当に命拾いしたんだと実感した。
別の馬車に魔物を詰め込み、馬車は一路屋敷へと戻る。
屋敷に戻った後は労われることもなく、地下室に押し込まれてしまった。
ようやく私の安全地帯に戻ってこれてほっと一息。
私は何もないこの部屋で誰にはばかることなく泣き続け、気づけば寝ていたのだった。
翌朝。
あんなに疲れたのにいつも通りに目が覚めた。
目が腫れぼったいが仕方ない。
働かなくなったら、魔物の餌だ。
昨日のあれはもっとマシに働かないと餌にするぞという脅しだったのだろう。
昨日のことは肝に銘じしっかり働かなくては。
とはいえ、早々私の無能が直るわけではなく。
今日も失敗を繰り返し、作業が遅いと罵られて、最後に鳥の餌を与えられた。
床で食べていると、コウさんが私の顔を覗き込んでくる。
なんだ!?
びくっとする。
食べてはいけなかったのか?
「ご、ごめんなさい…」
とりあえず謝ってスプーンを置いた。
その仕草にコウさんは眉を顰めてどこかへ行ってしまった。
食べていいのかわからずじっとする。
一緒に働いている人が身振りで食べていいと言ってくるが厨房で一番偉い人の許可がない。
私は首を横にふって大人しく待つ。
やがて、倉庫に行く時間になってしまったがコウさんは帰らない。
許可がなかったのだ、今日はご飯を食べさせる程の働きをしていなかったのだろう。
私は食事を諦めて厨房を後にした。
さて、倉庫整理だ。
…と、思っていたら、昨日の魔物の死体が倉庫前にでんっと置かれていた。
くらっと立ちくらみがした。
昨日の今日でこの死体と再会はキツイ。
立ちくらみを起こした体を誰かが支えてくれた。
誰だと思い視線を上に逸らせば、ルキアがいた。
「あ、ありがと…」
全て言い終わる前にルキアは私の手を掴んで死体に近づける。
「いやぁぁ!!」
思わず叫んで逃げようとする私をルキアは離してはくれなかった。
「××××?」
「××!」
熊男とルキアが言い合うが、ルキアと熊男ではルキアに軍配があがる。
一体私に何をさせたいのか。
嫌がらせか?昨日充分楽しんだでしょう?
半泣きでルキアを睨むがルキアは全く気にしない。
そうこうしているうちに戦隊髪色男達が台車でなにやら色々持ってきた。
まずは私も含めて軍手のような物を嵌めさせられた。
そして、火をおこすように言われる。
竃に火をつける事が最近出来るようになったのでそれと同じように火をつけた。
少し勝手が違ったがまあ初めてにしてはマシな焚き火ができたと思う。
さらに水を持ってこいと大鍋を渡されたので井戸までひとっ走りする。
…まさか、食べるとか…?
ま、まさかね?
しかし、鍋を火にかけてお湯を沸かし始めた。
辺りを見回し塩とかないかそっと確認する。
無い。
よかった、食べないんだね?信じるよ?
軽く沸いたお湯を魔物にかける。
その後、戦隊髪色男の一人レッド(仮名)が魔物の毛を毟り始めた。
さっきのお湯は毛穴を開く為だったのか。
見ていたらレッドがお前もやれと指図するので、恐々短い青毛を毟る。
昨日、殺されかけた魔物の毛を毟るって想像外すぎてついていけない。
皆で頑張るが毟り残しが出るのは仕方ない。
毟り残しはナイフで剃り落とし、それでも残る細かい毛は焚き火の火を利用して焼き切る。
かなり大物なのに、案外簡単に毛が毟れた事もあり一時間程度で綺麗に脱毛されてしまった。
こうなると、魔物というよりお肉の塊にしか見えない。
刺殺後の家畜みたいな…。
皆で狼の腹を出すように寝かせる。
ここでルキアは何を思ったか小ぶりのナイフを取り出す。
….いや、小ぶりすぎてカッターナイフにしか見えない。
きょとんとする私を見てニヤリと笑うルキア。
悪魔の笑顔にしか見えないのは私だけでしょうか。
彼はカッターナイフを使って狼を喉から股までを切り裂く。
胸は大胆に、腹部は慎重に、この大きな獲物をカッターナイフで彼はサクサクと切り裂いていく。
股の部分でカッターナイフを器用に操り骨盤を露出させ、腰骨を取り除く。
レッドが私にバケツを渡した。
その中に腰骨をルキアは入れる。
さらに、胸部でもカッターナイフを操り胸骨を取り除きバケツの中へと放り込む。
ここで、レッドが別のバケツを持ってきて骨の入ったバケツと交代させる。
ルキアが獲物の喉笛をカッターナイフで搔き切るり、筋を引っ張ると内臓が全て引きずり出された。
邪魔な骨がないからか見てて驚く程スムーズである。
その内臓は私のバケツの中へ…。
ここで私は貧血を起こして倒れたので、リタイアとなった。
そういえば、アニメでもあったな。
冒険者がモンスターを倒すと素材の買取って事でそのモンスターが解体されるんだ。
アニメによっては倒すと解体された状態でドロップされたりもするが大抵のアニメでは解体部分は描写されない。
主人公以外の誰かがやってくれて主人公はただ受け取るだけ。
しかし、現実はこうだ。
これがアニメなら主人公はルキアだと思う。
その主人公が嬉々としてナイフ片手に魔物を解体し、私に手伝い?見学させた。
…勘弁してください…。
目を覚ましたらふかふかのベッドの上だった。
「?」
いつもの地下室ではなくて驚く。
「×××?」
隣には上半身裸でルキアが横になっていた。
「?」
「××××…。」
何かため息混じりに言われた。
「×××。×××××」
言って彼はベッドから起き上がり机の上に乗っていた小さな鐘を鳴らす。
わあー、なんかお金持ちっぽい!
いや、事実お金持ちなんだろうけどさ。
鐘を鳴らして少し経つと怯えた表情をしたメイドがやってきて食べ物を差し出した。
「×××」
それを私に差し出した。
中にはお肉がゴロゴロ入ったスープ!!
ごくり。
自然と溢れてきた唾を飲み込んだ。
ちらっとルキアを見る。
「×××」
スプーンを私に渡してくる。
これは食べていいんだよね…?
毒入りとか?
ああ、でも毒が入っていたとしても、それが原因で死んでしまったとしても、これが食べたい!
私はそのスープを食べた。
お肉がおいしーーー!
久しぶりのお肉!!
ジューシー!柔らかい!!
A5ランクの和牛だぁぁぁ!
「×××…」
野菜も新鮮で美味しい!
こっちに来て初めて鳥の餌以外の物を食べた!
キャベツ、人参、ジャガイモ!!
勿論、こっちの言葉じゃ違うけど、見た目も味もほぼ同じ!!
懐かしいよぉぉぉ!!
「×××…」
何かルキアが言っているがそれどころではない!
美味しいよぉぉぉ!
生きてるって素晴らしい!!!
あっという間に食べ終わってしまった。
ああ、ルキアがいなければ皿を舐めたい!
ちらっとルキアを見る。
いなくならないかなぁ…
「×××…ごめんなさい…」
「へ?」
ぎょっとした。
聞き間違い?
じっと彼を見つめる。
「××?…ごめんなさい…」
聞き間違いじゃない!!
ルキアが謝った!!!
すると何か!?このスープは罪滅ぼしか?
さすがのルキアも魔物の餌に仕掛けた事を悪いと思ったのだろう。
なら、もうやるなよ?
もうやらないって信じるからな?
それと、お代わりが欲しいなぁ…。
じーっとルキアを見つめて目で訴える。
ルキアは引きつった顔をしつつも鐘を鳴らしてお代わりを持って来てくれた!
やってみるもんだ!
私は二杯目のスープに気をよくしてむしゃむしゃ食べる。
それにしてもこの肉は美味しい!!
本当、和牛だぁぁぁ!
こっちの世界にも和牛があるんだなぁ!
ウキウキして食べていたら、何か異物が浮いていたので、掬ってみたら毛だった。
一瞬料理人の毛かと思ったが違った。
そして、私の顔が強張る。
短い青毛。
これ、狼の毛だ。
ってことは…?
すごい勢いで自身の食欲が落ちていくのを感じたのだった。