無能は理解した。ここは死後の世界だと。
え?
なんで森?
私はほんの数秒前まで大都会のど真ん中の流行最先端ビルの最上階にある会議室で上司二人に叱責されていたのだが?
それで、地震が起きて足元崩壊して…。
あ!
死んだのか!
納得した。
死んで私はこんな見知らぬ場所に来たのか。
ここは死後の世界か!
だからこんなに薄暗くて肌寒くいのか。
…あのクソ有能な上司がいないのはきっと天国に召されたからだろう。
そして私は…うん、地獄?と、呼ぶには生ぬるいか…。
まあ、天国ではない場所にきてしまったのだろう。
あの二人と同じ場所に召されるとは思ってもいないし、いきたくもない。
あーいうキラキラしていて毎日充実していますオーラ全開の生き物は嫌いだ。
無能の僻みとも言う。
しかし、死後の世界とはいえ、ここに一人でいるのもなんだかおかしい。
天使とはいわないが、せめて死神でも赤鬼でもなんでもいいからお迎えが欲しい。
いきなりこんなところにほっぽりだされても死者は困惑するだけですよ。
…きっとどこの世界にも無能な奴ってのがいて、私はその無能な奴のとばっちりを受けて一人なのだろう。
…仕方ない。
とりあえず、私を探しているであろう死後の世界のコンダクターを探そう。
話はそこからだ。
私は前を向いた。
しかし、方向感覚ゼロの私にはどちらに向かえばいいのかさっぱりわからない。
道もない、本当の森の中に一人ってかなり心細い。
でも、上司とかやはり死んだと思われる会社の人を探そうとは思わない。
きっと互いを見つけても嫌な顔をされるだけだろうから。
私はいつも彼らの足を引っ張っていた。
彼らも死んだ後まで足を引っ張られてはたまらないだろう。
私は一人でいた方がいい。
たとえこんな場合でも話したり協力したりとか、無理。
私はそう結論づけて足元に転がる棒を手に取った。
そして指先で抑えてぱっと手を離す。
するとフラフラと揺れた後パタリと前の方に倒れた。
よし、こっちに進むか。
私は木の棒に従って進むことにした。
どっちに進めばいいのかわからない時は運を天に任せるべきだ。
私のようなバカには考えてもわからないのだから。
森の道なき道は非常に歩きにくかった。
ハイヒールだから余計に危なっかしい。
草むらを進み、小石を踏みつけながらひたすら進む。
段々と周囲が暗くなってきた。
森の奥深くまで入り込んだのと、太陽が傾いてきたからだ。
…死後の世界にも太陽ってあるのか。
そんなことを思いながら歩き続ける。
完全に夜になったら一晩一人で森で過ごすことになる。
死後の世界だから死ぬことはないけど、生者だった名残かそれは避けたいと思ってしまう。
だが、無常にも太陽は沈み夜となった。
しかし、思ったほど暗くはなかった。
…そりゃ、月が二つもあればね…
皓々と輝く金色の月と銀色の月が一つずつ。
合計二つの月が森を照らしていたのだ。
しかも都会では拝めない満天の星空。
状況も忘れて魅入ってしまう。
死後の世界も悪くないと本気で思ってしまうほど美しかった。
しかし、夜道は思ったほど暗くはないとはいえ昼間程ではないし、やはり進むのは危ない気もする。
ここは夜が明けるまでおとなしくしていよう。
私は木の根元に腰を下ろした。
それにしても死後の世界のコンダクターはいつになったら現れるのか。
それとも動いたのがまずかったか。
ふとその可能性にいきつく。
待っていればきちんとコンダクターに会えたのに、下手に動いたせいで大変なことになっていたりして…?
…
でも、そんなの死にたての私に分かるわけないし。
あの場合誰でも遅かれ早かれ移動したでしょ。
…多分。
正直バカだから自信ない…。
あのクソ有能な上司二人ならきっとあっさりどうすれば良いのか見抜いて最善の動きをしていただろう。
しかし、私は新人以下の無能な社会人。
そんな神業出来るはずもないのだ。
ぐるる…
お腹のむしが鳴いた。
死んでも腹が減るってどう言うことだ。
責任者でてこい。
喉もカラカラだ。コンダクターに出会えたら真っ先に文句言ってやる。
そうは思えどポケットには飴玉ひとつはいっていない。
そういえば、五十嵐さんのジャケットにはいつもお菓子が入っていた。
私が一人でいると飴玉とかチョコとかくれた。
らしくないと思いつつもお菓子に罪はないので受け取ってはいたが…。
それらは全て机の引き出しの中で眠っている。
私もポケットに入れておく派にしておけばよかったなぁ。
まあ、この反省は次の人生で生かそう。
太陽が沈んだせいか、かなり寒い。
でも疲れた。
丸まれば、ギリ眠れるかな…?
私は体育座りをして体を縮め、目を閉じた。
死んでも眠る必要があるなんて初耳だ。
そんな事を考えてうつらうつらしていると、遠くで犬の遠吠えがした。
一頭がわおーんと吠えるとあちらこちらからわおーん、わおーんと返事が響く。
案外近くに犬がいるのかもしれない。
犬か…。飼いたかったけど、世話をし忘れそうだからやめていた。
来世では飼いたいなぁ。
その時、一際近くで犬の声がした。
顔をあげて犬を探してみる。
餌はないけど、呼べば近くにきてくれるかな?
しかし、犬は見当たらない。
…なんだ、いないじゃん。
つまらないなともう一度目を閉じる。
また少しうつらうつらしていたらガサリと音がした。
顔をあげて目を凝らす。
先程はなかった黒い影。
….!犬!!
ぱっと腰を上げた。
それに合わせて犬が茂みから出てくる。
….犬?
それを犬と呼んでいいのかいささか自信がなかった。
大きさは狼くらい?
赤い瞳が三つあって鋭く細かい牙がギラギラと光っている。
涎がダラダラと垂れ流されていた。
….
犬?
ここ死後の世界だものね。
犬も三つ目ってこともあるかな。
でも、絶対友好関係は結べそうにない。
こいつら、私のこと餌だと思ってる。
馬鹿な私もさすがにやばいと思うが、どうすればいいのかわからず混乱する。
こういう時ってどうするの?
逃げる?逃げ切れるの?
戦う?論外でしょう。
死後の世界だし死なないから食べられても平気かな?
そう思うと少し気が楽になった。
ほっとした時、犬が駆けた
そして、鋭い爪がある前脚で私を押し倒し、肩に噛み付いた。
瞬間人生最大の痛みが体を襲った。
目の前が赤く染まり星がチカチカする。
息が詰まる!!!
死んでも痛みを感じるなんて聞いてない!!
「た….」
助けてと言おうとしたまさにその時。
「キャイン!」
犬が悲痛な声をあげてその場にひっくり返った。
「!!?」
肩の痛みを堪えて見てみれば犬は喉元を矢で射抜かれていた。
生前の世界の物差しで測るならば即死であろう。
…何はともあれ、助かった。
まさか、死んでも痛いとは思わなかった。
肩に触れば手に赤い血がべったりとつく。
血特有の鉄臭さがあった。
死んでも血が出るのか…。
痛みといい、血といい生きているのとなんら変わらないではないか。
ピクリとも動かない犬を見ながら呆然としているとガサガサと音がした。
さすがに警戒する。
でも、考えたら警戒したところで何に対しても対処できないのだけどね。
それに私の警戒なんてたかが知れているのだ。
はっきり言って音がした方を見ているだけ。
そんな状態だが、ガサガサという音が大きくなり、やがて音の主が現れる。
それは….人だった。
いや、死後の世界だし、人に似ているだけで人ではないのかもしれない。
その人は生前の世界基準でいえば男の人のように見えた。
金髪碧眼、黒地に金糸で龍が描かれた…なんというか、騎士?っぽい格好をした人だった。
死後の世界だものね、アニメっぽい衣装でも不思議はないか。
とりあえず、迷子?の死者だと伝えなくては。
私が口を開くより早く彼が口を開いた。
「×××××××!」
え?
まさか、言葉が通じない?