氷竜王
上司日比谷視点
「なんでお父さんとお母さんはそんなに馬鹿なの?」
生まれた時から非常に聡い子供だった。
一度見た事聞いた事は忘れないし、一を聞いて百を知る応用力も持ち合わせていた。
三歳にしてコンピューター言語をマスターしシステムを組んで父親が勤めていた会社の業績を上げた。
四歳で十カ国語をマスターし、母親の勧めで子供親善大使を務め、脚光を浴びた。
IQを調べたら二百以上あり正確な数値は測定不能と出た。
自他共に認める天才であったが僕は不満だった。
周りと話が合わない。
大人も僕とは会話が合わない。
知的レベルが低いのだ。
あまりに話が通じなくてイラついた僕が初めてした質問がこれだったのだ。
無論僕にわからないことが馬鹿な両親にわかるはずもなく彼らを困惑させて終わった。
五歳でアメリカに留学。
留学の目的は日本では学ぶことがなかったから目新しい事を求めてという事と、飛び級制度がアメリカにあったから。
六歳で小学校卒業
七歳で中学校卒業
八歳で高校卒業
十歳で世界最高峰大学卒業。
以降、会社を立ち上げ世界を股にかけ荒稼ぎする。
ビジネスで知り合った数々の自称有能な人間は全て自分に劣るクズばかりであった。
自称有能な人間は僕の才能に嫉妬して嫌がらせをしてくる。
本当に気にくわない連中だったが、ビジネスを通じてビジネスを成功させる為には手足があればあるほど便利だと認識した。
自称有能な人間を小間使いさせるにはどうすればいいのか、考えた末に編み出した方法は至ってシンプルだった。
金をばら撒きと笑顔を振りまく。
この二つで面白いように自称有能な人間は僕の小間使いに堕ちた。
どころか、尊敬すらしてくる始末。
笑いがとまらなかった。
本当、彼らの頭はおめでたい。
こうして彼らを顎で使って不可能と言われるようなプロジェクトを数多成功に導いた。
しかし、虚しくて仕方ない。
成功した先に何があるのか、目指すべき目標が僕にはなかったから。
丁度この頃から僕の周りには女が群れるようになる。
若く有能なビジネスマンに女が群れるのは自然の摂理であった。
彼女達は切磋琢磨して見た目も中身も極上な者が集結した。
有名モデル、大企業の社長令嬢、やんごとなき血筋のお方…。
頭の回転も悪くない者も多かった。
女社長に、医師、弁護士…。
頭が良くなきゃなれない社会的地位のある女…。
だけど、僕にとっては彼女達は所詮僕以下。
自称いい女レベルでしかなかった。
刹那の遊びにはよかったが、長く付き合うと己の馬鹿さ加減を忘れて僕と対等だと勘違いしてくる。
その誤りを訂正すると確実にヒステリーを起こしてくるので女はほとほと迷惑な存在でしかなかった。
目標を無くし無目的に金だけを求めて刹那的な女遊びを繰り返し自暴自棄になっていたある日、とある企業家がテレビで紹介された。
起業してたった五年で上場した会社の社長のインタビュー番組。
なんとなく見ているうちにおかしいことに気づく。
とてもじゃないが、そんな切れ者には見えなかった。
これは何かカラクリがある。
有能なビジネスマンがいて影に日向に支えている者がいるとピンときた。
僕は自分で立ち上げたビジネには飽き飽きしていたから思い切って会社を売り払いそのビジネスマンを見る為にその会社に入社した。
入社して正解だったことはすぐにわかった。
彼は本当に優秀だった。
ビジネスにおいて建設的な意見を出し合える。
対等に物事を考え追求できる存在だった。
時に自分の上をいく彼を好ましく思った。
しかし、そんな彼だが、理解出来ない事もあった。
同じ会社で働くある女社員を特に目にかけていたのだ。
この女社員がこれまた有能ならばわかる。
しかし、真逆なのだ。
世の中こんなに無能な者がいるのかと僕を驚かせたことはある意味評価に値する。
仕事が遅い、話は要領を得ない、おまけにブス。
僕の周りにいた女とは対極の存在だった。
彼女を理解出来ないことが気持ち悪く感じていた頃、彼女の直属上司になる。
これ幸いと彼女を知るべくひたすら話しかけた。
話しかけて謎は深まるばかり。
いいところがまるでない。
こっちが満面の笑顔で話しかけて、仕事でミスをすればフォローしてやってるっていうのに表面上の謝罪と礼しかいわない。
僕の周りの女だったら花が綻んだような笑顔を見せてくるのに、彼女は精々愛想笑い程度。
いいところが分かるどころかイライラする事が増えた。
そんなある日、彼女が女子社員に取り囲まれている場面に出くわす。
助けてやれば笑うかと思い、進みでようとした時、いじめていた女の一人が核心をついた。
「貴女、日比谷さんが笑ってくれているのになんでそんなぶすっとしているのよ!?」
そうだ、僕も聞きたい。
僕は歩みを止めて彼女の答えを聞いた。
彼女はもごもごしながら何やら言い逃れをしようとしていたが、虐めていた女は彼女を逃さなかった。
そして遂に彼女は言った。
「…だってあの笑顔胡散臭いんだもの。」
…!!!?
衝撃だった。
モデルも令嬢も女社長も虜にする完璧な笑顔を胡散臭いの一言で切り捨てるなんて。
僕はあまりに驚いてその場を後にした為、その後彼女がどうなったかは知らない。
しかし、胡散臭いなんて初めて貰った評価だった。
憤慨した。無能なあの女に僕の何がわかると。
しかし、僕は頭がいい。
無駄に天才などとは言われていない。
このスーパーコンピュータ並みの頭脳が感情を抜き去り彼女の答えをを正解だと弾きだすのにそう時間はかからなかった。
僕の人生楽しいことも面白いことも何一つとしてなかった。
これから先もないと断言できる。
おそろしく退屈な人生があと半世紀以上あるのだ。
その事を想像するとぞっとした。
そんな人生を歩む僕が心の底から笑ったことなんてあるわけないのだ。
僕の笑顔は所詮誰かを思い通りに動かす為だけの仮面にすぎない。
更には僕の周りには本気で笑っている人間がいない。
僕が誰かを思い通りに動かす為だけに笑うように僕の周りも僕を思い通りに動かしたくて笑う仮面のような笑顔でしか僕に向かなかった。
僕は本物の笑顔を生まれてこのかた見た事がない…。
その事実を突きつけられて僕は激しく動揺した。
こんなにも心を揺さぶられたのは初めてだった。
そうなると、自然と彼女が気になる。
今まであの男が気にするから知りたいだけだったのに、今度は僕が彼女を知りたくて近づくことになる。
笑顔で彼女に近づくが、どんなに気をつけても僕の笑顔は偽物でしかなく彼女は僕に心を許さない。
それが堪らなく嫌で更に彼女に近づいては逃げられる。
ドツボにはまってしまった。
どうすれば彼女の笑顔が見れる?
そんなある日、あの男が彼女に菓子を渡しているのを見かけた。
彼女は困惑した顔をしつつも受け取った。
男は仕事に戻りその場を離れる。
彼女は手にした菓子を見て….笑った!!!
はんにゃりとした笑顔。
僕は今まであの笑顔以上に美しい笑顔をたくさん見てきた。
なのに、あの笑顔より心を揺さぶられた笑顔はない。
形が整った模造品より不恰好でも天然物の方が価値が高いのは当たり前といえば当たり前だ。
そうか、菓子を与えればいいのか、と悟るがあの男と同じ菓子を与えるのは嫌だった。
あんなポケットに入る一山幾らの菓子であの笑顔ならもっと高級店の菓子なら凄い笑顔が見れるに違いない。
店ならいっぱい知ってる。
そうだ、有名パティシエが最近出店したケーキ屋なんてどうだろう?
凄く並んでいるけど、コネがあるからいつでも並ばずに食べに行ける。
しかし、どういう名目で誘うかだ。
普通に誘ってくるとは思えないし、なんとなくあの男が邪魔をしてきそうだ。
少し考えて僕は完璧な計画を思いつく。
計画というほどのものではないが、彼女が仕事で失敗した時に少し話し合うという名目で誘えばいい。
うん、仕事でミスして落ち込む部下を食事に誘うのはすごく自然だ。
唯一の問題は食事に誘うほどの大きなミスをいつするかだ。
待っていればいつかはする。
必ずするが、僕は早く彼女の笑顔が見たいのだ。
ならば、少しくらい早めてもいいよね。
僕は彼女がいつもしている書類整理の仕事に目をつけてうまい具合に重要書類を紛れ込ませた。
予想通り廃棄されて社内は大騒ぎ。
だけど、こうなることはわかっていたからすぐに対応できて損害はゼロ。
落ち着いたところで、あの男が彼女を会議室に呼んだので僕もいく。
そういえば呼ばれてないけど、まあ、行くのは自然な話だ。
そして、激昂する男、俯く女、慰める僕という最高の図式が成立する。
彼が怒鳴れば怒鳴るほど、彼女を食事に誘いやすくなるのでほくそ笑む。
しかし、予想外のことが起こり全てが瓦解する。
大地震が起きたのだ。
足元が崩れるなか、必死で彼女を守るべく抱きしめた。
彼女を抱きしめた時、世界が歪むのを見た。
確かにあったはずの会社は跡形もなく消え去り代わりに現れたのは見た事もない森。
その様子にさしもの僕も唖然としてしまう。
そして、それに気を取られたのがいけなかったのか、彼女が腕の中にいない事に気づくのが遅れた。
「そんな!?何故いない!?」
思わず叫んだ。
男は己の腕を呆然と見つめていた。
腕をいくら見つめても、空に向かって叫んでも彼女は帰ってこない。
僕らは不本意ながら手を取り合い彼女を探した。
最初は森の中を、次は森の外を。
途中邪魔する奴は潰し、協力するものは馬車馬の如くこき使い草の根をかき分ける勢いで探し続けた。
気づけば、『氷竜王』と呼ばれ、あの男と対をなす存在だと思われてしまう。
実に不本意である。
そして、世界中をひっくり返す勢いで彼女を探してなんと三百年も経った。
人間の寿命を超越しているのは明らか。
だけど、深くは考えない。
そんなことよりも彼女の捜索のほうが優先度が高かったから。
自分の人生は退屈なものであり続けると思い、一時は絶望さえした。
しかし、この三百年、明確な目標がありそれに邁進出来て退屈なんてしている暇はなかった。
あの男より先に彼女を見つけてそして…!
その願いが叶うかもしれない時が唐突にやってきた。
僕達がこの世界に来た時と同じような大地震が起きたのだ。
もしかしてと期待を持ってかつての森に人をやったが発見には至らず。
しかし、送り出した男爵の報告によれば彼女と思しき人物を発見したとのこと!!
手段は選ばず彼女を連れて来いと命じた。
きっと彼はうまくやってくれる。
僕は三百年前に別れたきりの彼女を想い、次はいかにあの男を出し抜くかの計算をはじめたのだった。