おもちゃの願い
ルーベンカイザーは、だまってゆうたの話を聞いていました。
「いつもだまっていたんだ。おもちゃが壊されているのは知っていた。でも、それってぼくが言うこと?ほかの誰かが言うことじゃないのか?そう思うと何も言えなかったんだ。それなのに・・・」
「ゆうたは、しんぺいを止めたことが間違ったことだと思っているのか?」
ルーベンカイザーの問いに、ゆうたは首を横に振りました。
「ゆうたは正しいことをした。わたしもそう思う」
と響く声でビュートルグラス。
「でも、そのせいで、ルーベンカイザーをしんぺいに取られてしまうかもしれないんだ。ぼくのせいだ」
「まだ、取られると決まったわけではない」
とルーベンカイザー。
「でも、ぼくはかけっこ苦手なんだ。保育園のかけっこでもいつもビリだもん」
「そんなことはない。私は知っている。お兄さんがふざけてゆうたからおもちゃを取り上げて逃げた時、ゆうたは何メートルも先を走っていたお兄さんに追いついたことがあった」
とビュートルグラス。
「それは、保育園に入る前だよ」
「まことが走り方を教えてくれる。きっとあのときのスピードを取り戻せる」
ビュートルグラスのことばにも、ゆうたはただ黙ってうなだれるだけでした。
「ゆうた、あなたの言葉が私たちの争いを止めました。あなたの勇気が、私たちを救ったのです。これは、保育園のおもちゃたちを救うためにゆうたに与えられた試練。この試練を乗り越えなければルーベンカイザーだけでなく保育園のおもちゃも救われないのです」
アンジェリエッタの声には、ゆうたに対する大いなる期待と凛とした厳しさがこもっていました。
しかし、ゆうたはうなだれた首をあげようとしませんでした。
「おれを保育園に連れて行ってくれ」
ルーベンカイザーが言いました。
「えっ?」
ゆうたが顔を上げます。
「永遠の敵バージルカナル。彼とぜひ話をしてみたいんだ」
「でも・・・」
「これから日曜日まで、おれは保育園にいる。そして、必ずここに帰ってくる」
◆
ルーベンカイザーは、悪者のおもちゃ。
「みんなのおもちゃ広場」に置かれていても、あまり手に取る子はいません。そんなルーベンカイザーを手に取る子がいました。まことです。
「ルーベンカイザーは敵なのに、バージルカナルを助けるためにここにやってきたんだ」
まことは、ルーベンカイザーを見ながら言いました。
「おれ、必ずゆうたを勝たせてやる。ぜったいしんぺいなんかに渡さないから」
まことが振り向くと、ゆうたがルーベンカイザーの様子を見に来たところでした。でも、そこにまことがいるのを見ると、逃げるように廊下に出て行ってしまいました。
「・・・ゆうたはやっぱり、おれのこと許してくれてないんだ」
まことは、力なくルーベンカイザーを元の位置に戻しました。
◆
夜。
みんなが寝静まっても、ゆうたは眠ることができませんでした。おもちゃ箱の先頭にいるはずのルーベンカイザーの姿はありません。自分がしてしまったことの重さを感じて、ゆうたはギュッと目をつぶりました。
「ゆうた」
澄んだ声が聞えました。ルーベンカイザーの声です。
ゆうたが目をあけると、窓のはしが開いていて、そこに黒いルーベンカイザーのシルエットが浮かび上がっていました。おにいさんやお母さんたちは起きていません。
「どうやってここまで来たの?」
「王国の守護者は、世界の隅々まで放浪し監視するのが務め。保育園から抜け出すことなど朝めし前だ。ゆうたにバージルカナルの言葉を伝えるためにここに来た」
「バージルカナルの言葉?」
「おれは宇宙から来た謎の生命体。バージルカナルはおれから地球を守る戦闘ロボット。おもちゃの世界では敵同士だが、おれたちはお互いの持ち主のために同盟を結んだんだ」
「お互いの持ち主?」
「バージルカナルは持ち主と離れたくなかった。だが、持ち主が父親から新しいおもちゃを買う代わりに古いおもちゃを捨てるように言われたので、自分が犠牲になると決めた。そして、保育園に来たのだ」
ゆうたは、自分がおもちゃを捨てられずにいたことを思い出し、すこし胸がズキッとしました。
「その持ち主は、保育園にバージルカナルを持ってきた時、彼のことを忘れようと思った。だが、忘れられなかった。いつもバージルカナルのことを気にしていた。忘れようとする心と気にする心の間でいつも迷っていた。だから、一番大事な時にも声を出せなかった。バージルカナルが壊されそうになったそのとき、持ち主の代わりにそれを止めたのはゆうたの言葉だった」
「ぼくが・・・」
「ゆうたの言葉が、持ち主に勇気を与えた。持ち主はバージルカナルを、おもちゃ広場のおもちゃたちを破壊者から守ろうと決意したのだ。だが、勝負を挑まれたのは持ち主ではなくゆうただった」
「じゃ、あのバージルカナルの本当の持ち主は・・・」
「バージルカナルからの言葉をつたえる。わたしの持ち主は、ゆうたの許しを求めている。そして、いっしょに戦うことを望んでいる。どうか、その思いにこたえてほしい」
ゆうたをじっと見つめるルーベンカイザー。
「おれはこれから保育園に戻る。ゆうた、ぜひこの勝負に挑戦してほしい。その結果、ゆうたがかけっこで負けたとしてもおれはゆうたのことを誇りに思う。バージルカナルと話して分かったのだ。ゆうたの言葉は自分のおもちゃだけでなく、すべてのおもちゃに向けられているということが」
ふと気付くと、ルーベンカイザーのシルエットは消えていました。わずかに開いた窓から涼やかな風が吹きこんでいました。
◆
翌日、ゆうたは保育園に行くとすぐに廊下にはられた絵を見に行きました。そして、バージルカナルの絵の右下に書かれた名前を見ました。
そこには「さかにわ まこと」と書いてありました。
ゆうたは、走ってまことのいる教室に飛び込みました。まことを見つけると、ゆっくりと近づいて行きました。
「ご・・・」
どう言えばいいんだろう?まことの思いなんか考えもしないで、自分ひとりでひねくれていたことが急にはずかしくなりました。まことは、しんけんな表情のゆうたの言葉をだまって待っていました。ゆうたの目からポロリと涙が落ちました。それと同時にせきを切ったように言葉が飛び出しました。
「ごめん。ぼく、走る。必ずしんぺいに勝つ。だから、速くなる走り方を教えて」
まことは、笑顔で大きくうなづきました。
◆
日曜日まではあっという間でした。
ゆうたは走りました。転んですりむいたり、おなかの横がいたくなっても、走り続けました。
「おれの背中にタッチしろ。おれの背中にタッチできれば、おれを追い越すことなんて簡単さ」
まことの教えるとおりに走り続けるうちに、まことの背中はみるみる近づいてくるようになりました。
何度も何度も走り続けるうちに、疲れているはずの足がどんどん前に出るようになってきました。
そして、ついにまことの背中にタッチすることができたのです。
「すげえ。こんなに早くタッチされるなんて。おれ、足おそくなったのかなあ」
まことは、笑いながらそれでもうれしそうに言いました。
でも、まことの背中にタッチできたのは一回きりでした。ついに、ゆうたは、やくそくの日曜日までに、まことを追い越すことができませんでした。




