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ゆうたとまこと

 まことは、先生によく叱られる子でした。

 だって、ろうかはすごいスピードで走りまわるし、先生のお話の時もほかの子としゃべったりしているんだもの。

 でも、かけっこではいつも一番。お歌の時間も人一倍大きい声で歌うので、ゆうたのクラスはいつも元気のいい歌とほめられていました。叱られたときにあやまる声だってすごく大きいんだ。まことの謝る声が聞こえないと、さみしくなっちゃうほど。

 ゆうたは、そんなまことがうらやましくてしようがありませんでした。

 じぶんがしたいことをする。それが悪いことだったらあやまる。当たり前のことだけど、ゆうたにはそれができませんでした。

 これっていいこと?それとも悪いこと?

 迷った時はゆうたには何もできなかったのです。


           ◆


 ある日、ゆうたが「みんなのおもちゃ広場」の近くをとおりかかると、男の子の泣き声が聞こえてきました。先生が泣いている理由を聞いています。男の子の足元には手がとれてしまったおもちゃが転がっていました。他の男の子と引っぱり合って取れてしまったのです。

「泣いても、こわれてしまったものはもどらないでしょ?もうおもちゃをひっぱりあったりしちゃだめよ」

 男の子は泣きやみませんが、しゃくりあげながらこう言いました。

「おもちゃがかわいそう」

 ゆうたが言えずにいたその一言をその男の子が言いました。


           ◆


 昼ごはんのあと、子どもたちは園庭に出て遊んでいます。

 誰もいなくなった「みんなのおもちゃ広場」にゆうたはいました。

 こわれたおもちゃをなおしてあげなくちゃ。でも、どうせまたこわされてしまうんだからそんなことをしなくても・・・。今までだってぼくは何もしなかったじゃないか。

 そうじゃない。

 ぼくがなおしてあげなくちゃいけないんだ。

 あの男の子がしゃくりあげながら言ったひとことは、迷ったときには何もしなかったゆうたを動かしました。

 手がとれてしまったおもちゃは、ソフトビニールでできたものです。ゆうたは、先生の机の上にあったボールペンをうまく使って取れた腕をなおそうとしていました。取れた腕と身体をつないでいた部分のソフトビニールをねじ曲げて、身体に空いた穴に入れるのは、力のないゆうたには大変でしたが、それでもなんとか腕を取り付けることができました。

 取り付けた腕が回転するかどうか、ゆうたが確かめていると、

「すげえ!」

 ゆうたがびっくりして顔を上げると。そこにまことがいました。

「ゆうたってすげえな。壊れたおもちゃをなおせるんだ」

「ええっと・・・・」

 うらやましいと思っているあいてから、すごいとほめられたのです。ゆうたはなんだか、どきどきしてきました。

「おれ、おもちゃ壊すことはあるけど、なおすことできない。先生にほめられるぜ。言ってきてやるよ」

 走りだしそうになったまことを、ゆうたはあわてて止めました。

「待って。いいんだ。先生に言わなくていい」

「どうして?ほめられなくていいのか?」

 ゆうたはだまってうなづきました。

「おれ、いつも先生に怒られてっからな。たまにはほめられることしたかったんだけど・・・。ああ、ほめられるはおれじゃなくてゆうたか」

 へろりとした表情でまことが言うので、ゆうたはふきだしました。

「へへ、じゃ、言わない。でも、おれ覚えてるぜ」

 そのとき、ろうかの扉の方でがたっと音がしました。ゆうたとまことが振り向きましたが、そこには、誰もいませんでした。


          ◆


 お絵かきの時間。

 その日は、自分が一番大切にしているものの絵でした。女の子は人形。男の子たちは、おもちゃの絵ばかり。ゆうたは、ルーベンカイザーの絵をかきました。

 先生が絵を廊下にはり出しました。

 はり出された絵を見ていたゆうたの目が輝きました。その絵は、ソフトビニールの戦闘ロボット、バージルカナル。宇宙からやってきた謎の生命体ルーベンカイザーから人間たちを守る戦闘ロボットです。つまり、ルーベンカイザーの敵なのですが、ソフトビニール独特のやわらかいデザインは、合金で角ばったビュートルグラスとは違ったカッコよさがあって、ゆうたのお気に入りでした。

「バージルカナルって言うんだぜ。それ」

 ゆうたが振り向くとそこにまことが立っていました。

「知ってる。ぼくルーベンカイザー持ってるんだ」

「へえ。バージルカナルを持っている子は知ってるけど、ルーベンカイザー持ってる子は初めてだ」

「ぼくも、バージルカナルの方がカッコイイと思うよ」

「そうか。おもちゃ広場にバージルカナルが置いてあるの、知ってた?」

「えっ?バージルカナルが置いてあるの?」

「うん。来なよ。見してやるよ」

 二人は「みんなのおもちゃ広場」に向かいました。

 そこには、しんぺいとそのなかまたちがいて、ソフトビニールのおもちゃで遊んでいました。

 しんぺいのまわりにはいつも二、三人の男の子がいて、年中や年小の子をよく泣かしていました。だから、ゆうたは、しんぺいがいるとそこに近寄らないようにしていたのです。しんぺいの姿をみかけたゆうたの足が止まりました。

 そのしんぺいがバージルカナルを持っています。ほかの男の子の持っていた恐竜のおもちゃを組み伏せるために、足を変なふうに曲げようとしていました。そのまま無理に曲げようとすれば、足が取れてしまいます。

「あっ、だめだよ!」

 ゆうたは、思わず叫びました。

 しんぺいが、ゆうたの方を振り向きます。バージルカナルをもったままゆうたの方に歩いてきました。

「何がだめなんだよ」

 ゆうたはしまったと思いました。次のことばが出てきません。

「そんなふうにしたら、おもちゃが壊れちゃうだろ!」

 ゆうたの隣にいたまことが言いました。

「ほかのおもちゃだってこわれているだろ。なんでこれだけ壊しちゃいけないんだよ」

 しんぺいにそう言われた瞬間、ゆうたの中で何かがはじけました。はじけた何かは、ことばとなってゆうたの口から飛び出しました。

「これだけじゃないよ。ほかのおもちゃだって壊されたくなんてないんだ!」

 そこへ、先生がやってきました。

「何をしているの?」

 しんぺいは口を閉じました。

「しんぺいがあのおもちゃをこわそうとしていたんです」

 まことがはっきりした口調で言いました。

「こわそうとしたんじゃない。おもちゃで遊んでいただけだろ!」

 しんぺいが叫びます。

「しんぺいくんは、遊んでいただけと言ってるけど」

 と先生。

「あんなふうにすれば、こわれちゃうだろ!」

 まことも叫びます。

「ふつうに遊んでたって、ここにあるおもちゃはみんな壊れてるじゃないか!」

 しんぺいも負けてはいません。

「しんぺいくん、ふつうに遊んでいたらおもちゃは壊れません。もっとおもちゃをていねいに扱わないとだめです」

 先生のこのことばで、この争いは終わりだと思われました。

「じゃ、年小や年中の子はここで遊んじゃだめってことだ」

 しんぺいが言いました。

「そんなことない。小さい子たちだって、おもちゃを壊さないように遊ぶことできるよ」

 と言うゆうたに、不機嫌そうなしんぺい。

「じゃ、おれだけがここで遊ばなきゃいいってことなんだな」

「そんなことは言ってないわ」

 しんぺいのことばに困ったように先生が言いました。

「じゃ、こうしよう。勝負しておれが負けたらもうここで遊ばない」

 まことに向かってしんぺいが言います。

「何で勝負するんだ?」

 まことが聞き返すと、しんぺいが答えました。

「かけっこ」

 まことは、ゆうたの方を振り返りました。

 まことなら、どんな子にもかけっこで負けるわけありません。まことは、しんぺいの方に向き直るとうなづきました。

「いいよ」

 しんぺいは、いじわるな笑みを浮かべました。

「じゃ、決まり。おれが負けたらもうここで遊ばない。そのかわり、もしおれが勝ったら、ゆうたの一番だいじなものをもらうからな」

「えっ?」

 ゆうたは、どきっとしました。

「ゆうたが一番だいじにしているものってなんだ?」

 しんぺいは、廊下に出ました。廊下の壁にはられた絵の右下には一まい一まい名前が書いてあります。しんぺいは、その名前を見ていき、そして、ゆうたの絵を見つけました。

「この絵のおもちゃをもらう」

 それはほかならぬルーベンカイザーの絵でした。

「そんなことはいけません。ものをかけて争うなんて、先生が許しません」

「いいよ。そのかわり負けたら絶対おもちゃを壊すなよ」

 まことが言いました。

「よし。じゃ、約束な。こんどのにちようび、なかよし広場に必ず来いよ、ゆうた」

「えっ?」

 ゆうたはぽかんとしています。

「言っとくけど、おれはまこととかけっこするなんて一言も言ってないぜ。かけっこするのはお前だからな」

 そう言ったしんぺいの人差し指は、一直線にゆうたを指していました。


           ◆


「ごめん。おれのせいだ。しんぺいがゆうたとの勝負のこと言ってるなんて思ってなかったんだ」

 まことが謝ります。

「いいんだ。ぼくだって、まことなら勝てるって思ってたんだから」

「おれ、走り方教えるよ。日曜日までまだ時間があるから速く走る練習しよう」

「うん・・・。でも、きょうは帰る」

「・・・そうか。分かった」

 まことは残念そうに言いました。

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