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泣いてないよ!

作者: 瑞鳥ましろ

好きって言いたい

  もう恋なんてしない。

  そう決めたのはいつだっただろう。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆





日南(ひな)ちゃん、また明日」

「うん。バイバイ山崎(やまざき)くん」


  手を振って、山崎くんと別れる。バス停の屋根の下。


  バスを待っていると、肩にかけたスクールバッグがブルッと震えた。

  携帯のバイブだ。私はバッグのファスナーを開けて携帯を取り出した。


「……友理奈(ゆりな)ちゃんからだ」


  中学の同級生からメールが来ていた。

  内容はクラス会の案内。中学三年のときの担任の先生が結婚したらしい。そのお祝いパーティーを開くって。

  そこに書かれていた日付は特に予定もなかったから、私はメールを打ち返す。


『誘ってくれてありがとう。出席します。久しぶりに皆に会えるの楽しみ』


  送信すると、すぐにまた返事が帰ってきた。


『ねーっ!私も楽しみ!

  っていうか日南ちゃん、まだガラケーだったんだね(笑)』


  たぶんスマートフォン向けの無料アプリ……なんていうんだっけ、とにかく大人数で同時に会話できるそういう機能で、もう話が出回ってるんだと思う。スマートフォンを持っていない人にはこうやって個別にメールを送ってるんだ。


  私はお母さん以外とはあまり連絡を取らないし、アドレスや番号を交換しているのは仲のいい女の子数人だけ。


「あ……」


  ふと思い出した。

  女の子だけじゃない。ひとりだけ、私の携帯のアドレス帳には男の子のものがある。

  クラスメイトの山崎くん。

  最近学校からの帰りも一緒だし、クラスでも噂されているらしい。そんなんじゃないんだけどな。


  バスが来た。


  バスに乗ると、比較的空いていたので珍しく座れた。アナウンスが流れて発車する。

  のんびりと揺られながら、私は考える。


  私たち、付き合ってると思われてるのかな。


  私と山崎くんは友達だ。だって山崎くんがそう言ったから。

  私たちは友達だって。

  もちろんそんな言葉に甘えちゃいけないのはわかってる。山崎くんはちゃんと言った。付き合おうって。

  でも私はあやふやにしか返事できなかった。


  言いたいことは言えないのに。

  言いたくないことは口をついて出る。


  ちょうど今から3ヶ月ぐらい前。

  私は最低なことを言った。

 

「……先に言ったのは向こうだもん」


  言い訳みたいにつぶやいて、それから自分が間違っていることに気づく。あのときのことをよく思い出してみる。

  私ばっかりがひどい態度を取って、向こうは困った表情をしていたような気がする。


『さっきの人、彼氏じゃないの?俺と一緒にいたら、勘違いされると思うけど』


  勘違いしてるのは向こうなのに。勝手に勘違いして、勝手に私を拒絶しようとして……!

 

  トン。


「……わっ」


  突然肩に手が置かれた。


「驚きすぎーっ」


  由里(ゆり)ちゃんがお腹を抱えて笑っている。そして空いていた私の隣の席に腰をおろした。


「日南ちゃん、ボーッとしてたね。考え事?」

「……別に、考え事ってほどじゃ」

「その顔は、恋の悩みですか」


  同じ中学から進学した由里ちゃんは、事情を知っているふうに笑う。


「もしかしてまた山崎に言い寄られてるの?」

「ち、違うよ」

「だよね、山崎はそんなことする奴じゃないか。逆に優しすぎて罪悪感ってとこかな」


  由里ちゃんは思ったことをズバズバ言うタイプ。その物言いが率直すぎて、私は何も言えない。


「そういえば友理奈から聞いたんだけど、元3年4組でクラス会するんだって?伊藤先生、結婚したらしいじゃん」

「……うん」

「なあに、その浮かない顔は。もしかして日南ちゃんが山崎をふった本当の理由は、伊藤先生ですか?」

「もう、そんなわけないよ」

 

  ふざけた様子の由里ちゃんに、私は口を膨らませて否定する。


「あはは、わかってるって」

「ううー」


  私は。

  私が本当に好きなのは。


「日南ちゃん、チョコ食べる?」


  私の機嫌を直そうと思ったのか、由里ちゃんがチョコレートをくれた。キャンディー型のひとくちサイズで可愛い。


「チョコといえば」


  私の手にころんとチョコを落として、由里ちゃんはにやっとした。


「もうすぐビッグイベントがあるよね。日南ちゃん?」


  ビッグイベント……。

  チョコを握った手が熱を持つのを感じた。


  もうすぐ1月が終わる。

  そして2月に入って、やって来るのは……。


「クラスの男子たちが話してるの聞いたんだけど、山崎だけじゃないみたいよ、日南ちゃんのチョコ期待してるの」


  ……そんなの、期待されても困るよ。

  また由里ちゃんの冗談だろうか。


「頑張ってね」


  ポン、と肩を叩かれた。






 ◇◆◇◆◇◆◇◆







  中学のとき同じ部活だった友理奈ちゃんの家には1度だけ遊びに行ったことがある。喫茶店「プチ・カノン」の裏にある、とてもお洒落な洋館だ。

  友理奈ちゃんの両親は喫茶店を経営している。今回のクラス会はそこを使わせてもらうらしい。


「わーっ!日南ちゃん久しぶりっ!」


  集合時間の15分ほど前に行くと、喫茶店の入り口に友理奈ちゃんが立っていた。茶色のカフェエプロンを着けている。お店の手伝いかな。


「友理奈ちゃん、久しぶり」


  私は小さく手を振る。友理奈ちゃんが近寄ってきて言った。


「そのワンピース可愛いね。コートの色もいいし」

「本当?嬉しい」


  普段はあまり着ない白のワンピースと、お気に入りのコート。ブーツもコートとおそろいだ。


「もう皆来てる?」


  ちょっとドキドキしながら聞いてみた。

  ……もう来てるかな。


「うーんと、今のところ10人ぐらい。男子は委員長しか来てないよ」


  このクラス会は元委員長の佐伯(さえき)くんが企画したらしい。中学のときも、文化祭とか学級のレクリエーションとかを積極的に仕切っていた。


「寒いでしょ?私も看板かけに来ただけだから、早く中入ろ」


  友理奈ちゃんは扉に貸し切りの札をかけて、お店の中に入れてくれた。


「あ、日南ちゃーん!」

「久しぶりー」

「こっちこっち!」


  中学のとき仲がよかった数人が私に気づいて、手招きする。


「ねえ日南ちゃん聞いて!この子ね、高校で彼氏できたんだって!」

「ちょっと恥ずかしいから言わないでよ」

「いいじゃない。この際だから好きなだけのろけちゃえば」


  見ると、中学のときは眼鏡をかけていておとなしそうだった子がコンタクトになっていて、頬を赤らめている。


「彼氏に眼鏡外されて、こっちの方が可愛いじゃんって言われたんだって。少女漫画か!」


  エプロンを外しながら友理奈ちゃんが話に参加してきた。


「ゆ、友理奈ちゃん!」

「でも正直羨ましー」

「ねーえ」


  それから一気に恋バナが盛り上がる。その色めいた雰囲気に私は圧倒されてしまって、なかなか話に入っていけない。


「私、前から思ってたんだけど、伊藤先生って下手な男子より格好いいよね」

「奥さん、美人らしいよ」

「おおーっ」


「高校で誰かいい人いた?」

「うちの学校、バスケ部のイケメン率高い」

「いいなー、うちは女子校だし」


「ぶっちゃけ、このクラスだとどう?私、野球部だった今井(いまい)くんとかいいなーって思ってた」

「吹奏楽の朝倉(あさくら)くんは?」

「知ってる?朝倉くんって、金髪の女子大生と付き合ってるらしいよ」

「え、そうなの!?」


「あ、三木(みき)さん!この照明って一瞬で落とせる?」


  お店の奥から委員長の佐伯くんが出てきて、ふと女の子たちは静まり返った。


「うーんとどうだろう。たぶん、できると思う」


  友理奈ちゃんが答えた。


「そっか、ありがとう。あれ、まだ人あんまり来てないな」

「男子で真面目なのは委員長だけだよー」


  そういえば佐伯くんは女子に人気があったと思い出した。真面目で性格もよくて。


  喫茶店の入り口が開いた。また誰か来たみたい。


「……こんにちは」


  入ってきたのは。

  背の高い男の子。


  私はドキッとして目をそらした。彼は何かを探すようにお店の中を見渡す。


「おっ。桜井(さくらい)


  佐伯くんが親しげに声をかける。

  それと同時に彼の目は何かを見つけた。


「………………」


  彼が口を開きかけた。でも。


  そのまま止めてしまった。諦めたみたいに。

 

「………………」


  なんだろう、この苦い気持ち。ビターチョコレートよりも苦くて、胸がきゅうって締め付けられる。

  空調のせいかお店の中は暖かくて、暖かすぎて、私の心をチョコレートみたいにどろどろと溶かしていく。


  チョコは本当に溶けていた。

  コートのポケットに入っていた小さなそれは、甘い香りを漂わせながら静かに溶けて……。

読んでいただきありがとうございます。

感想・アドバイスなどがあればよろしくお願いします。

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