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僕の家電シリーズ

今日も洗濯機はご機嫌ななめ

作者: 沖田猫

 僕の家にある洗濯機はとにかく暴れん坊だ。


 洗濯物を洗っている最中はガタガタと音はうるさいし、やっと静かになったと思ったら、洗濯機の位置が数センチ手前にずれていた。きっと暴れたときの振動で勝手に移動したのだろう。



 でも、それはまだ良い方で、あるときなんかは洗濯機の暴走が止まらないこともあった。




 洗濯機をまわして僕が一休みをしていたとき、急に部屋が静かになった。


 洗濯物を取りだそうと僕はいつものように洗面所へ向かう。けれど、そこに洗濯機はなかった。どこにいったのかと慌てて探してみると、思わぬ場所で発見する。洗濯機は、我が家のキッチンに居座っていたのである。


 ここはマンションの一室で、洗面所からキッチンまでは数メートル離れていた。さらに、その途中には通路を妨げる壁や棚があるため、人間でも直線的には歩いてくることができなかった。それなのに、うちの洗濯機は上手いことそれらを避けて、キッチンまで移動していた。



 一体どれほど暴れたのかと僕は危うく感心しそうになって、慌てて首を横に振った。


 洗濯機に感心している場合じゃなかった。

 僕はこれから、このキッチンまで移動してきた洗濯機を、再び洗面所へ戻さなければならないのだ。洗濯機のプラグはコンセントから外れちゃっているし、ホースも取れちゃったから水漏れの後始末もしなければならない。



 僕は大きな溜め息を吐いて、重い洗濯機を一人で洗面所へ運んでいった。




 数日後、またも洗濯機の暴走は止まらなかった。


 僕がソファーに座ってテレビ観賞をしていたときのことである。

 ふと、何かの違和感を覚えて隣を見てみると、そこには洗濯機がいた。



 確か数分前に洗濯機をまわしたばかりなのに、もう暴れてしまって、このリビングまで移動してきたらしい。それで洗濯機は、僕と一緒にテレビを見ていたという訳である。



 僕はまた、洗濯機を洗面所へ戻さなければならなくなった。溜め息を吐き、テレビの電源を消して、僕はソファーから立ち上がる。そして洗濯機を運ぶために僕はまず準備運動をはじめた。




 とまぁこんな風に、僕の洗濯機の行動力はずば抜けていた。とはいえ、音がものすごくうるさいから、僕のもとに苦情がくることもあった。




「何とかなんないッスカ」


 このマンションに住む隣人の男性から、僕は苦情を受けた。


 玄関先に立ったその人物は、髪を金髪に染めた若者だった。ミュージシャンを志しているのか、その手にはいつもギターケースが握られていた。たぶん僕と同年代なのだろうけれど、全然親近感はわいてこなかった。きっと僕とは住む世界が違うのだろう。



「スミマセン」


 僕は目の前に立つ若者に頭を下げた。騒音の原因となった洗濯機は自分で言葉を話せないから、僕が代わりに謝っておいた。


 若者はそれで納得してくれたのか、その日は大人しく帰ってくれた。




 このままでは他の人にまで迷惑をかけてしまうと危ぶんだ僕は、とりあえず洗濯機の取扱説明書を読むことにした。


 もしかしたら洗濯機があんなに暴れていたのは、僕の使い方が間違っていたせいなのかもしれない。取扱説明書を読めば、何か解決の糸口がつかめるかもしれないと思った。



 けれど、その洗濯機の取扱説明書には何だかおかしなことが書かれてあった。


『この洗濯機は褒めて伸びるタイプです。とてもデリケートな製品ですので、優しい言葉をかけてあげてください』



 なんだこれ。


 僕はあともうちょっとで、その取扱説明書を破り捨てるところだった。何だか自分が馬鹿にされているような気がしたのだ。洗濯機を購入した家電量販店に文句を言いにいこうかとも考えて、僕は思い直した。



「今まで頑張ってきたんだな。ありがとね」


 僕は一応、その取扱説明書の通りに、洗濯機に向けてねぎらいの言葉をかけてみた。まさか、それで本当に洗濯機の暴走が落ち着くとは思っていなかったが、その予想は大きく裏切られた。


 洗濯物を洗いはじめてから、いつものようにガタガタと騒音を立て暴れはじめた洗濯機が、僕が優しい言葉をかけた途端に大人しくなっていた。



 僕は言葉を失い立ち尽くすだけだった。取扱説明書の通りになって驚いたのである。


 でも、まだ疑い深かった僕は、試しにもう一度声をかけてみることにした。



「君って可愛いよね」


 僕の発した言葉と同時に、洗濯機は今までの騒音が嘘みたいに静かになった。


 決して故障したのではなく、ちゃんと動いている。


 それに気のせいか、僕が「可愛いよね」と言葉を出した途端、洗濯機の色が白からピンクに変わったような感じがする。まるでそれは、好きな人に告白をされた女の子のように照れているみたいにも見えた。もしかしたら、この洗濯機にも性別があるのかもしれない。




 それ以来、僕は洗濯機に声をかけるようになった。



「今日もお疲れさま」



「うわぁ~こんなに服の汚れが落ちているよ? 君って凄いんだね」



「どんどん綺麗になっていくね。あっ、洗濯物のことじゃなくて……君が綺麗になったって意味だよ?」



 僕が褒め言葉を贈るようになってから、洗濯機は落ち着きを取り戻し、ちゃんと機能を果たすようになった。音も静かだし、勝手に移動することもなくなったのである。



 騒音がなくなったおかげで隣人からも文句を言われなくなった。僕は快適な毎日を送っている。こんなことならもっと早く、取扱説明書を読んでおけば良かったと後悔した。




 でも、ある日、ついに洗濯機の寿命がきてしまった。


 どのスイッチを押しても、どんな褒め言葉をかけても、全く動かなくなってしまったのである。仕方ない、これは買い替えが必要だなと思った。



 僕は家電量販店へ足を運び、新しい洗濯機を購入した。古い洗濯機には今までの感謝の言葉を述べ、別れ挨拶をして、業者に引き取ってもらった。



 我が家に到着した新しい洗濯機は、機能性が抜群で音も静かだった。



 しかし、そういう状態だったのは最初の数日間だけで、気づけば僕の部屋中に大きな音を響かせるくらい暴れるようになった。



 僕は慌てて、洗濯機の取扱説明書を読んだ。


『この洗濯機は甘やかすと駄目になるタイプです。たいへん気難しい製品でもありますので、注意しながら厳しく叱ってください』



 なんだこれ。

 前の洗濯機と真逆じゃないか。



 でもとりあえず、暴れはじめた洗濯機を大人しくしたかったため、僕は取扱説明書の通りに厳しい言葉をかけてみた。



「こら! 静かにしなくちゃ駄目だぞ」


 すると洗濯機は、急に音が小さくなった。どうやら僕の言葉は効果があったらしい。




 そうして、僕と洗濯機の新たな共同生活はスタートしたのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 日本の未来にはきっとこんな家電が溢れかえる...無いとは言えないのがmade in Japanの恐ろしい所w 褒めて伸びるタイプの洗濯機が可愛くて、自分だったら壊れたら号泣するなと思いまし…
[一言] あ~未来世界ではありそうだね。 家電にAI積むとか・・・どこの天地無用GXPだって話になるが^^;
[一言]  沖田猫 様  おもしろいです!  いろいろと物言えぬ洗濯機の感情を想像してしまいます。   コミュニケーションの大切さ  そんな想いが伝わってくる作品でした。
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