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羊水に銃弾  作者: 狗山黒
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 分かっていたことだが、研究所は跡形もなかった。地下にあった研究所を爆破したんだから、当然だ。土で埋もれてしまって手が出せそうになかった。研究所のカモフラージュだった建物は、建物が属する商店街ごと潰されていた。

「ここカルヴァドスのシマじゃなくなったみたいだ」

 辺りを見回したアザレアが言う。俺達はマフィアじゃないから、マフィア同士の縄張りのやり取りや抗争には特別興味はない。金を出してくれれば手伝うが。

「多分、パンテーラだ」

「どこだ、そこ」

 アンが質問すると

「レオンカヴァルロの同盟マフィアだよ。小さいけど、昔からある」

 とアザレアが答えた。

 おそらくレオンカヴァルロの親戚の俺が研究所を破壊したのが知れたのだろう。あるいは、ヴェロニカさんが情報を流し、シマを奪わせたか。カルヴァドスは弱小ではないが、少なくともカルヴァドスだけならレオンカヴァルロの敵ではない。シマを奪うのは簡単だろう。

 悪刀は欠伸をし、アンは溜息を吐いた。

「無駄足だったな」

「まあ、承知の上だからな」

「せめて残党でも残ってればいいのに」

 俺の返事にアンが返す。馬鹿じゃないが脳筋だとたまに思う。

「手掛かりがあったとしてもカルヴァドスが持ってったんじゃないか。まだラベンダと繋がってるなら、有り得るだろ」

 アザレアの言葉に、アンと悪刀は目を輝かせた。カルヴァドスに攻め入る気だ。

「攻めるのはいいが、隠密に」

「やるわけねえだろ! ついでにカルヴァドス潰そうぜ、レオンカヴァルロの敵だろ」

「いや、アン、俺は敵を増やしたくないし、金も出ないし」

「金はいらん、戦いたい」

「悪刀、それじゃ生活できないから」

「俺もカルヴァドス行ってみたい」

「アザレアよ」

 最後の砦アザレアが陥落し――よく考えたら元凶もこいつだ――俺も折れることになった。決して俺が弟達に甘いとか押しに弱いわけではない、断じて。ただ、経験上言っても無駄なことを知っているだけだ。無駄なエネルギーを消費するのを防ぐ賢い選択といえよう。

 カルヴァドスの主要アジトは有名だ。マフィアとしてそれはどうかと思うが、一般人でもどこにあるか知っている。この都市シフォンは、治安のいい都市の中央に位置しているが、さらにシフォンの中央には森がある。カルヴァドスのアジトはそこにある。周辺の住民は「森の中の小さなお家」くらいに認識しているらしい。住んでるのは凶悪なおっさんばかりだが。

 住民達の認識もあながち間違いではないようで、カルヴァドスのアジト周辺にはりんごを初めとする果樹が並び、菜園が広がっていた。俺の知ってるアジトと違う。

 凶悪なおっさん達はどうでもいいが、俺としては菜園は荒さず盗みたかったが、三人のドミヌス達はお構いなしだった。ここに来る前に一度家に帰って得物を持ってきたのが間違いだった。ついでに、とオプティムスを飲んだ彼らは、もう人間の域にいない。前は俺と双子でケロベロスだったが、これからは双子とアザレアの三人でケロベロスでいいんではないだろうか。俺は三途の川の船頭とかでいいよ。

 俺が何もしなくてもカルヴァドスの小さなお家は、すぐに森の中の真っ赤なお家と化した。研究所を所有していたくせにネガティウスは使わなかったらしい。持っていなかったのか、使う前に殺られてしまったのかは分からない。俺が四本目の煙草に手を付ける頃には悲鳴も聞こえなくなっていた。

 どうせ、目的など覚えていないだろう、と食べごろだと思われる作物を収穫してから家の中に入ると、アザレアに取り抑えられた組員が、アンに拷問を受けていた。悪刀は笑いながら刀で手を抉っている。拷問は始まったばかりではないらしく、足が間接の可動域外に曲がっていた。それ以外にも口の裂けた死体や爪のない腕が転がっていたから、何人かは拷問を受けたのだろう。手掛かりを探しに来たことを覚えているらしかった。

 床が血塗れなおかげで、靴が濡れる。水が染み込むだけならいいが、血が染みた靴は履きたくないから、靴を買い替えないといけない。少ないときでも年八回は替えてる。

「もう終わってるぞ」

 俺に気付いたアザレアが言う。三人ともまだオプティムスが抜けきってないらしく、目が爛々と輝いている。

「だから来たんだよ。手掛かりは」

「それらしいものはなかったから、吐かせようと思ってるんだけど、みんな「知らない」の一点張りなんだ」

「そいつら下っ端だろ、ボスは?」

「ここのところボスの姿は見てないらしい。どこに行ったかも知らないって」

「役立たねえな」

「ボスの携帯電話も繋がらないし、行きつけの店でも姿を見てないって」

「探しようがない、と」

「そうなるな」

 組員の悲鳴を背景に、アザレアと話すが収穫はなし。得られたのは、野菜と果物少々だけだ。

「アン、悪刀、その役立たずの拷問やめていいぞ」

「殺しちゃってオーケー?」

「ああ」

 俺の返事にアンは待ってましたと頭を撃ち抜く。手に刺さっていた刀は、代わりに心臓を刺し、悪刀はまたしても抉る。

「なあ、いつもこんななのか。後始末はどうするんだ」

「アザレアは初めてだもんな。マフィア一つ潰すときは基本的に依頼を受けてるときだから、依頼先が後始末してくれるんだけど。今回はなー、多分放っとけば、今にカルヴァドス殲滅が知られてマフィア同士でなんとかするだろ。もし俺達がやったってばれてもレオンカヴァルロがいるしな」

「俺、あんたはもう少ししっかりしてると思ったけどそうでもないな」

「まあ、別に金が発生してるわけでもなんでもないしな」

 俺が頼りになるお兄さんだと思った? ざーんねん。俺は平和主義という名のめんどくさがりでした。

「帰る前にシャワー浴びて服パクってこいよ。さすがに血塗れの男三人と連れ立つ気はやだぞ」

 俺がそういうと、三人ともシャワーのあるだろう方へ向かった。本人達も返り血で濡れた服が気持ち悪かったんだろう。しかし、マフィアのおっさん達は大概がたいのいい奴ばかりだ。インテリヤクザみたいな奴でも俺より立派な体をしてることが多い。寧ろ、俺みたいな奴の方が少ない。三人共俺より小さいし、特にアザレアは実験の影響で痩せてるが、果たして着れる服があるだろうか。

 俺は煙草を吸いつつ、組員達の持ち物を物色しながら、小さなお家を見て回る。金目のものなんかがあれば頂いていくつもりだ。

 家の奥に隠してあった金庫をこじ開けると、日誌らしきものが出てきた。三人は殺戮に集中していたようで、ここまで探さなかったらしい。分かっていたけど。

 研究日誌のようだ。至る所にエドゥアルダの名が出てくる。エドゥアルダは双子の母親だ。初っ端からストーカーみたいな内容の日誌だから、多分双子の父親ウーリヒのものだろう。自分の奥さん培養液に漬けてあるっていうくらいだし、ストーカーでもおかしくない。

 双子の兄としてというのは建前で、興味本位で読み進めてみる。どうやら両親どちらも純粋なドミヌスらしく、にも拘らず生き残った稀有なドミヌスのようだ。ウーリヒがズッパイングレーゼに入る前にいた研究所で薬の開発に成功したとき褒美にとらされたそうだ。ウーリヒはそれ以前からエドゥアルダのことが異常に好きだったみたいだが、エドゥアルダは家族共々そこのマフィアに飼われてた性奴隷だったらしい。よくある話じゃないが、聞かない話でもない。双子を妊娠してからシフォンに来て、ズッパイングレーゼ以外の研究所で研究を続けていたらしい。外から来たっていうのは珍しい。

 ネガティウスに関することも記されているようだから、金庫に入れてあるんだろう。しかし、研究日誌というよりかエドゥアルダ観察日誌の方が正しい気がする。こいつ絶対頭変だ。もう死んでるけど、どうかしてる。

 「神の子」が実験のモルモットだとするならば、そいつも培養液という名の羊水でおやすみしてるんじゃなかろうか。

 しかし、探すのは面倒だ。この都市は知られてないだけで、研究所はわりと多い。培養液漬けの人間なら掃いて捨てるほどいるだろう。そこを虱潰しとなると日数がかかりすぎる。おそらく研究所の中にはレオンカヴァルロや傘下、同盟マフィアの所属もあるだろう。さすがに見学させてくれはしないだろうが、ボスが把握してないところで「神の子」創ってました、なんてことはないだろうから、そこは行かなくてもいいと思う。それを差し引いとしても研究所の数は少ないとはいえない。この都市のマフィアなら、一つのファミリーに一つの研究所、一家に一台は少なくともある。研究所を破壊するたびに(穏便にやればいいと思うだろうが、無理に決まってる)マフィアに追われてたんじゃ、魂が九つあるという猫でも足りない。あの三人はともかく、俺は普通の人間だから、無理だ。せめて目星をつけないと。

 という話をシャワーから出てきた三人にする。やはり服は大きかったようだ。背丈はともかく横が余ってる。

「全部襲えばいいじゃないか」

「アン、お前人の話聞いてたか」

「アンって呼ぶな! アイフは別として、俺達三人が分かれて一つずつ潰せば、三倍だ」

 興奮が醒めたのか、アンは自分の通称につっこむ。興奮してるときは言わないから楽なんだけどな。別に今だって謝るつもりも変えるつもりもないけど。

「ネガティウスに当たったときどうするんだよ、お前ら三人ともドミヌスだぞ」

「オプティムスを過剰(オーバー)摂取(ドーズ)すればいいだろ」

「アン、お前、馬鹿だな」

「アンじゃねえ! せめてアンディーにしろ! あと俺は馬鹿じゃねえ!」

「アン、ネガティウスはオプティムスを過剰摂取すれば効果は切れるけど、その逆も然りだ」

「アザレアまでなんだよ、俺アンじゃねえっつーの」

「じゃあアンディー、お前馬鹿だな」

「お前ら蜂の巣にするぞ」

「とりあえずレオンカヴァルロ系列の研究所は行かなくてもいいだろ。それで半分くらいにはなるんじゃないか」

 悪刀のスルースキルには素直に感心する。

 悪刀は床に落ちてた指の欠けた手をこねまわしながら話している。今更だが、変な弟だな。

「それでも数は多いだろ」

「ズッパイングレーゼとカルヴァドスの系列にすればいいじゃないか。ラベンダ関係の線が濃厚なんだから」

「いや、ズッパイングレーゼはレオンカヴァルロの系列だっただろ、あそこはどことも繋がってないんじゃないか。カルヴァドスの系列だけでいいだろ」

 とアザレアが提案する。アンは拗ねたのか、自分の銃で遊び始めた。うるさいから、死体を蜂の巣にするのは止めてほしい。

「アザレア、ズッパイングレーゼがいくつ研究所持ってたか知ってるか」

「俺がいたところだけだよ。レオンカヴァルロに隠してこそこそするのに必死であまり数は作ってないらしい」

「じゃあ、カルヴァドスのところだけでいいか」

「そこになかったら、他のところ行けばいい」

「カルヴァドスはどこと繋がってる?」

「多くない、カルヴァドスそのものが小さい方だからな。だが、小さいから後ろ盾に一つ大きいところと繋がってる。カルヴァドスはそこの傘下だ。アクアヴィテだ、知ってるだろ」

「名前くらいはな、そこそこ大きいし、レオンカヴァルロほどじゃないけど」

「レオンカヴァルロと比べたら殆どどこも小さいだろ」

「本当、よく俺達襲われなかったな」

「後ろにレオンカヴァルロがいるの分かってるだろうし、カルヴァドスには自由にやらせる分、そこまで面倒も見てなかったみたいだからな。アクアヴィテはレオンカヴァルロと友好関係じゃないが敵対もしてないしな」

「カルヴァドスは対立してたのにな」

「マフィアって分かんねえな」

「本当にな」

 そういうわけで結論が出た。アクアヴィテを筆頭に、カルヴァドス、カルヴァドスの同盟のアルマニャック、ワラギの研究所を襲うことになった。アクアヴィテ、アルマニャック、ワラギは研究にそこまで力は入れてなかったらしく、アクアヴィテに関しては大きいが、研究所は一つずつしかないそうだ。反対にカルヴァドスは研究に力を入れてたらしく、小さいくせに四つも持ってる。そのうちの一つはズッパイングレーゼから継いだものだから、あと三つだ。

 罪もないのに殺される研究員が可哀相といえば可哀相だが、まあこの都市に生きてる時点で長生きは諦めてほしい。俺だって好きで殺すわけじゃないが、生かしておくと厄介だし、逐一レオンカヴァルロにどうにかしてもらうのも面倒だ。マフィアに至ってはいつだって死ぬ覚悟できているだろうからいいけど。


 そして俺達は計六つの研究所を破壊した。ワラギの組員は殆どが研究員で、アジトも研究所と一つになっていた。この都市で研究を続けるための策だろうが、それが裏目に出て研究所もマフィアもどちらも殲滅してしまった。今は無きカルヴァドスの三つの研究所もアルマニャックの研究所も無事破壊したが、「神の子」らしきものはなかった。

 アクアヴィテの研究所は、噂通り大きかったが、カルヴァドスのあそこほどではなく、他の研究所同様に三人の手によって殲滅させられた。

 研究員が本部に連絡すればたちまち応援が来たかもしれないが、来たところでただの人間しかいないなら殺られてしまうし、連絡をとる前に殺されるから、応援は一切なし。研究所が破壊されたと気付くのはいつになるだろう。

 研究所はどこも白く、そこが赤い血で染まっていくのは一種快感というか、奇妙な達成感を伴う爽快さすらあった。朱に交わればなんとやら、とはいうが、俺も案外そうなのかもしれない。

 アクアヴィテで暴れている途中、培養液に浸かった双子に似た女を見つけた。赤毛の髪で、色素はアンと同じだろうが、顔は若干悪刀に似てる印象だ。これがエドゥアルダだろうか。

「アン、悪刀、来てみろよ」

 そんなに遠くにいなかった双子を呼び寄せる。返り血を浴び続けた服は、どこもかしこも真っ赤で、白い肌にも血が飛び散っている。獲物を追う青緑の瞳は、いつ見ても関わりたくないと思う輝き方をしてる。

「これ、お前らの母親じゃないか」

「あ、本当だ、母さんだ」

 拍子抜けするような調子でアンは言う。母親を見たせいか、心なしか興奮が醒めているように見える。獣らしさが少し薄れている。普通、生き別れの母親を見つけたら、もっと驚くなり喜ぶなりすると思うんだが、俺だけだろうか。

「どうする、生かして連れてくか?」

「別にいいよ、生きてたって仕方ないし。悪刀も別にいいだろ」

「ああ、いいよ。俺、母さん好きじゃないし」

「俺も好きじゃないな」

「そんなにか」

「母さん、俺達のこと全然面倒見てくれなかったもん。おばさんがいなけりゃ、俺達死んでたよな」

「ああ、俺もおばさんの方が好きだな」

 双子の言うおばさんは、俺の母親ではなく、俺が拾う前に双子を世話していたおばさんだ。今でもたまに会うが、肝っ玉母ちゃんという言葉がよく似合う人だ。なんでこいつらに名前をつけてやらなかったのか不思議だ。

 前から家族に執着のない連中だとは思っていたが、父親はともかく母親に対してここまで乾いてるとは思ってなかった。父親が母親を殺しかけたところを逃げてきたみたいな話は聞いたり聞かなかったりしたんだが、俺はもっと「私のことはいいから逃げなさい!」「母さん!」みたいなのを想像していた。俺って普通だなあ。

 結局、双子の母親は双子によって殺された。

 アクアヴィテの研究員を殺し終え、「神の子」についての手掛かりを探す。

 アクアヴィテの研究所には地下はなく、全て地上にある。だが、どこかに繋がる通路が地下にあった。

 出たところがうっかりどこかのマフィアさんのアジトでした☆ なんていうのはごめんだが、それでもドミヌス三人いれば死ぬことはないだろうから、突き進む。

 そんなに頻繁に使われないのだろう、照明はセンサー式で、人がいなくなると順次消えていく仕組みになっていた。それでも、埃がたまっているわけでも、コンクリート打ちっ放しの床が白くなっているわけでもないから、それなりに使用されていたようだ。しかし、俺達以外には誰もいなかった。

 そこそこの距離を歩くと平面から階段になる。地上へと続いているのだろうが、マフィアのアジトでないことを祈る。できたら廃墟とかがいい。

 天井に扉が現れるが、鍵がかかっているらしく開かない。ナイフでピッキングするのもいいが、それより鍵を破壊した方が早かったから、無理にこじ開け、地下通路を出た。

 出た先にも人はいないが、応接室のような造りの部屋だ。上質そうなソファがガラス張りの机を挟み、壁にはテレビがかけられ、向かいには抽象画が飾ってある。

 留まっていても意味はなさそうだから、すぐに部屋を出る。急かすアンを無視して、扉を開けて外を除くと見たことのある風景だった。ワイシャツを着た人々が机に向かって働いている。この街で、この光景を見ようと思ったら、ここに来るしかない。都市に一つしかない役所だ。

 応接室らしき部屋の扉はカウンターの外側、つまり客のいる方ではなく内側、役人のいる方に繋がっていた。これは厄介な話だ。

 シフォンもとりあえず都市だから、無法地帯とはいえ役所があり警察がいて、とちゃんと公的機関がある。ただ、とりわけ警察が機能してないだけだ。他の公的機関も大体マフィアと繋がっていることが多い。

 レオンカヴァルロは公的な権力を嫌うマフィアだからどこかと癒着してるってのは聞かない。アクアヴィテの規模はそこそこ大きい、と称するのが相応しい程度だが、どうやら役所と繋がっているようだ。

 マフィアを潰すのは別にいい。どうせマフィア同士で潰し合うのだから、少し手間なだけで誰が殺ろうと一緒だ。でも警察や役所は違う。ここを相手にまわすのと、マフィアを敵にするのは話が違う。いくら後ろに最強マフィアがいても無意味だ。どこの公的機関も結局は世界政府に繋がる。世界政府もどうせマフィアか、少なくともマフィアの息がかかっているのは間違いない。世界政府に息をかけられるのだから、レオンカヴァルロなど目ではないほどのマフィアだ。レオンカヴァルロを強い強いと崇めるのは、大海を知らない井の中の蛙だ。

 今にも飛び出して皆殺しにしそうな二人――アザレアは聖の遺伝子が混ざっているせいかオプティムスの効きが弱く、まだ冷静だ――なんとか押して、扉をそっと閉める。

「どうするんだよ、ここから出るのは難しいぞ」

 ちなみにこの部屋に窓はない。シット! 換気口でもあればと見渡すが、人間の通れる大きさではない。

「アン、俺を担げよ。ちょっと天井に穴開けるから」

 と悪刀が言うから、大きな音をたてないように注意してからやらせるが、ちょっと通りたくない感じだった。屋根裏は却下。

「やっぱり皆殺しか」

「アン、お前、やっぱり」

「馬鹿じゃねえぞ」

「いや、脳筋だな」

「アイフ、蜂の巣に」

「そんなことしたら、ここにいるのばれるぞ」

 双子やアザレアも役所を襲うのは賢くないと分かっているらしく、静かにしている。ここまでの会話もすべて小声だ。

 だからといって、いつまでもここにいられない。お役所仕事だから五時には閉まるだろうが、それまで待っていられるわけがない、特に双子が。

 みんな仕事しているしこっそり隠れて出たらばれないだろ、ということになった。行き当りばったりはよくないと思っているが、計画なんてたてるだけ無駄だし、いつものことだから慣れてる。

 最低限度扉を開け、床を這うように出ていく。武器は音が鳴らないようにしっかり掴み、息を殺して歩く。泥棒の家系なだけあって気配を消すのは得意だから、こういうとき本当に役立つ。三人も戦闘でなくても体の使い方を理解してるから、気配を消して移動するくらいはできる。よかった、よかった。

 住民の皆さんがいる方には出ないで、職員玄関とかを探そうと、とりあえず人のいないところに出た。

 やりきったことに安堵の溜息をそっとする。

「研究所と繋がってるって変だよな」

 未だに小声だが、アザレアがそういった。脳筋気味のアンとぼんやり気味の悪刀と一緒に過ごしてきたせいか、アザレアがすごく頭のいい人みたいに感じる。実際頭はいいんだが、普段組手をしている姿ばかり見ているから、新鮮だ。

「確かにな。癒着してるだけならわざわざ繋げる必要はないし、繋げるにしたって普通アジトとだな」

「役人にマフィアがいるとか、そういう話は聞いたことないしな」

「役所なら襲われないと踏んで、ここになんか隠してあるとかな。襲われないだけで盗まれないとは言ってないんだがなあ」

「探すのか」

「探すか」

「殺しは」

「絶対にばれないんならいいだろ」

 役所を襲うのはまずいが、役人を殺すのはまずくない。ようは、世界政府を敵にまわしたことにならなければいいのだから。


 階ごとにそれぞれ見て回ったが特に怪しいものはなかった。金目のものはいくつかあったので頂いた。これでしばらくの間は生活が楽だ。煙草代と食費をケチらなくていいのが一番嬉しい。

 ついに最上階まで来た。ただの役所のくせにでかい建物で、最上階は十七階だ。地下で暮らしていたせいかアザレアはどことなく興奮――オプティムスとは別の、歓喜の興奮――していて、窓から身を乗り出していた。多分ここに来るまで人一人くらいは殺しているだろうけど、そんなこと微塵も感じさせない。

「アイフ、ここ頂上じゃない」

 興奮冷めやらぬ感じでアザレアが言う。俺も一緒に窓から上を覗けば、確かにまだ建物は上にのびている。見たところ窓もなく、ただの空洞のような気がしないでもない。

「まだ先があるのか」

 悪刀も身を乗り出し、アンも一緒になった。平均的なサイズの窓に男が四人は狭いぞ。

「何かあると思うか」

「ここの怪しさからすれば有り得るだろ」

「刀差して登っていけるんじゃないか」

 若い三人はそう言うが、ただの人間で君達より年のお兄さんにはそんな芸当無理だよ。

「泥棒の勘とかないのか」

 アザレアに話を振られる。

「自分達でも入れないところにものは隠せないし、通路がないなら何もない、通路があるなら間違いなく何かあるってところだ」

「ありきたりだな」

「俺泥棒が本職なわけじゃないからな」

「継がないのか」

「スリはしてるし、継ぐっていったらもう継いでることになるだろ」

 そう言ってると、アンと悪刀が勝手に壁や天井を傷つけ始めた。上にまだ何かあると踏んだのだろう。野生の勘か。

「あ、なんかあった」

 アンが何かを見つけたようだ。壁にあった絵画は扉になっていたようだが、アンによって破壊されていた。高いものなら闇ルートに流せたのに、と少しショックを受ける。絵画の中には声帯認証の装置もあって、特定の誰かでないと絵画は扉にはならなかったんだろうが、この破壊魔にあっては無意味だった。ドミヌスの侵入は想定してないだろうし、泥棒もこんなところには来ないと予想していただろうし、決して防犯が雑なわけではない。

「なんだ、このボタン」

 アンがそう言いながら押すが反応がない、ただの屍のようだ。

「このボタンそのものが指紋認証になってるみたいだな」

 男四人で顔を寄せてボタンを見る。なぜだろう、悲しい。

「俺らじゃ無理じゃん」

「押せばどうにかなるんならいっそ思いっきり押してみたら」

「でも壊れたら、また探し直さないといけないだろ」

「認証装置はボタンの上にくっついてるようなもんじゃないのか」

 アザレアがそう言い、アンがその通りにはがしてみると、確かに認証装置だけがはがれ、キーの外れたキーボードのような様相を現した。

 それを押してみると、壁の向こうで鍵の外れる音がした。その四人揃って壁をたどると扉になっている部分があり、暗い中にガラス張りのエレベータがあった。

 アンと悪刀は昔からこういうのを見つけるのが上手くて、俺よりよほど泥棒に向いていると思う。俺も技術は教え込まれているが、勘というか運が圧倒的に足りない。彼らの性格さえ除けば、立派な跡継ぎになれるだろう。これが主人公補正というやつだろうか。

 エレベータは上で止まっているようだが、ボタンも何もなく下に下ろすのは無理そうだ。

「ガラスぶち破って登るか」

「いや、避けられなさそうな赤外線が張ってある」

「アイフのサングラスって暗視装置だったのか」

「いや、普段つけてるのはただのサングラスだけど、襲撃のときとか忍び込むときはこっちにしてる」

 エレベータは随分と高そうで、登るにしても一般人のお兄さんには無理そうだ。ロープでもワイヤーでも持って来ればよかったんだが、必要ないと思ってたからな。

「どうするんだよ、俺は壁伝いとか無理だぞ」

「分かってるよ、アイフには無理だよ」

「せめて煙草やめろよ」

「俺から煙草をとったら何が残ると思ってるんだ」

 その言葉に三人は黙った。なんで黙るんだ、俺は悲しいよ。

「で、どうする」

「壁伝って天井ぶち抜いて登るか、俺らだけで」

「それっぽいのがあったらとってこいよ」

「殺しは」

「いいだろ」

「じゃあ行くか」

 三人が登り始めたのを見て、俺は煙草を取り出す。

「言ったそばから」

とアザレアに言われたが、煙草をとったら何も残らないお兄さんは吸うしかないんですよ。

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