週刊馬券予想小説
「僕もポップロックの単複と大将とのワイドを買って儲けたんです。どうもっす。お見事でした」
日曜日の夜、WINS帰りの常連客達がこぞって来店、ヒロ坊が、感謝の意を表明。
ニコつくはずの航介が、
「なんでヴァーミリアンを買わなかったんだろう」とか、
「ムーンで鉄板なのに、どうしてブチ込まなかったんだろう…」
とショボ暮れている。
「競馬は文化だなんて言って勝負勘が鈍ったのかもしれないですね」とヒロ坊。
航介がしかめっ面で
「鉄板だと言っているんだから、弟子のオメェがもっと俺を盛り立ててだな、デカい勝負させなきゃダメだべや。それに何でポップロックよ。師匠の本命をワイドの相手にするか?普通」
馬券道の愛弟子、ヒロ坊に見事な責任転嫁。
自身の博打の流れを読み、自らの考え、単複馬券で勝負すること。
と航介に教えられてきたヒロ坊。
理不尽な叱責にショボ暮れたんだと。
「それにしてもMサムソンが三着とはなぁ」
単複買って複勝と遊びの三連単が的中し、JCはチャラったが、JCDでは馬連で儲けた水道屋の晴彦がつぶやくと、航介がアゴを少しだけしゃくりあげて応じる。
「いやぁ、よく走っていた。ムーンにあそこまで詰め寄ったんだから強くなったよ。有馬では自分からレースを作れば勝てるべ。それよか武豊のコメント知ってるか?馬が案外だったんだとさ。外を廻さざるを得ない乗り方したのはテメェじゃんよな。また干されるぜ」
「Aムーンはこれで引退、種牡馬ですって。大将残念でしょう」
とヒロ坊。
「あぁ…2歳から追っかけ回したが本当に強かった。クラシックがダメで見込み違いだったと諦めていたんだ…3歳での札幌記念、パドックみたらチャンこくて、やる気なさそうに周回してんのよ。それで切ったら気持ちよさそうに差し切って。すっかり惚れ直して、ずっと買い続けたんだ。あぁ…また1頭、追っかけ廻す馬がいなくなった…あっヴァーミリアンもダートに変わってから追っかけ廻したのになぁ…なんで買わなかったんだろう…」
またまたショボ暮れだしてやんの。
劇団主宰の会社員ナバちゃんはインティライミで玉砕。
障害戦の老鬼ジャンパパは、コスモバルクでささやかに負け。
チビ烈こと凛果はDパスポートで照れ笑い。
ノリ専門、おでん屋「波止場」の大沢は、実に素直な馬券を披露。
航介の本命から常連客の本命へ馬連流しでキメたったんだと。
「悪いが、御祝儀の振る舞い酒は1杯だけ。天皇賞とJBCで大負けしてるから…」
航介が人数分のハイボールを作りながら小さく言った。
木曜日の25時、麻奈美がパー・ビシャスに入ると、航介は自分の為のギネスビールを注いだばかりだった。
背が高くてボサボサヘア、グダグダな優男風情。
「いらっしゃいませ。ようこそ」
低いトーンが響く。
上着を預け、席につく。
「ねぇ、クラウディなんとかってカクテルある?」
「クラウディ・スカイ・リッキーのことか?赤くてサッパリした酸味のある」
「わからないわ。本の主人公が飲んでいたカクテルだもの。それと何か聴かせてね。攻めている感じの」
「おいょ」
決して手際よくはないが、航介は丁寧にカクテルを作る。
カクテルに口をつけると酸味が清涼感を生み出した。
「酸味があるのに優しい味。美味しい」
というと、照れた航介がCDをチョイスして聴かせた。
ピアノの音色が流麗。
航介がCDケースを差し出した。
Bill Evansの「My Foolish Heart」という曲。
静寂なピアノの中に、無常感、やるせなさが漂っているが、なんとか乗り越えていこうとする意志を確かに見つけた。
ベースとドラムがそれを盛り立てようとしている。
三者の音が協調している。
「攻め」は感じないなぁ。
曲が変わるとき、覚えたてのシングルモルトを注文した麻奈美。
「いい感じのカフェがあるの。今度行かない?女の誘いを断らないでね」
「コーヒー旨い?」
「凄い苦いの。渋味さえ感じるのよ」
「いいねぇ。来週にでも行こう」
「うん」
月変わりの土曜日、早い時間から忙しかった。
今晩からチビ烈が従業員として働きだして、その門出を祝おうと、チビ烈お付きの客が多かったのだ。
北二十四条のヒロ坊が遅い時間にやってきて、店じまいを手伝ってくれて午前四時。
「ふぁ〜疲れたよ」とチビ烈。
ヒロ坊がクラガンモアでハイボールを3つ作った。
地下鉄の始発まで2時間近くある。
「新しい店は、どんな感じなんだ?」
ヒロ坊は12月いっぱいで今のバーをやめて、1月から自分のバーを持つ。
「質素で小綺麗、大将気に入ってくれると思うなぁ」
「俺はババァがやっているションベン臭い酒場が好きなんだ。BARでございます的な、飾り立てた内装や高級品を見ると空虚感に襲われる」
「素朴ですよ。前に大将が、酒飲みにはロマンチストが多いから、下手な装飾は逆に邪魔になるって言ってたでしょ。一度、見に来てください。シンプルで落ち着くから」
「あぁ、近いうちにな。そうだチビ烈よ、俺なんかより余程、お付きの常連客が多いじゃん。オメェの姉御肌が若い奴らにウケるんだべな。将来的に独立したらいいんじゃねぇか?」
「アンタがまた女と失踪するかもしれん。そん時は譲り受けちゃるよ」
「…」
チビ烈の勝ち。
3人が今度はストレートでモルトをやっつけだした。
これを飲み干した頃合に航介がコーヒーを飲みに行こうと言い出すのは鉄板だ。
「大将、明日のG?は?」
「2歳の牝馬だからなぁ。ささやかに買うよ」
「中日新聞杯で勝負?ハンデ戦ですよ」
「いや、競馬は毎週あるんだから功を焦ることはないべ。明日は勝負するレース日じゃない。俺は今、そういう流れなんだ。うしっコーヒー行くべ」
身支度を済ませビルを出る。
キュッとした冷気。
モルトが染み込んで火照っている身体に心地よい。
大粒の雪がヒラついている。
すぐ近くの茶店に着くと、航介がバッグから競馬新聞を取り出した。
それを見てヒロ坊が
「僕はアンカツの?オディールって馬が前走強かったから狙ってみます」
それに航介が応える。
「俺は藤田の?アロマキャンドルだなぁ。輸送さえこなせりゃ勝てるだろう。パドック次第では金額を減らすわ。なんせ2歳の牝馬だから…わかんねぇ」
「関西のレースで関東馬を本命にするのって珍しいですね」
「前走で牡馬を相手に勝ってるし、その時に負かした牡馬が活躍している。マイルの距離実績もあり、中山でも勝ってるから、阪神のゴール前の坂もイケるべや。段違いに強いかもしれん」
「確かに…」
「アンカツの年間G?勝利新記録を阻止しようと武豊シンパが意識して乗るだろうからオメェの馬どうだべな」
「うーん…」
あれだけ忙しかったのに、競馬の話になると無邪気になる二人を見て、感心した(呆れた?)と言わんばかりにチビ烈が大きなアクビをかました。
●阪神ジュベナイルフィリーズ(G?)
阪神競馬場 芝1600m
◎?アロマキャンドル(藤田伸二)
単勝1万円
複勝2万円