カットグラスはきらめいて 4
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「秋津さんのお母さんからお話を聞いていたんですね」
お店にもどったフィオたちは、テーブルをはさんで話をしていた。ティーカップがならび、透きとおった紅茶が湯気を立てている。
「もっとも、まさか家出をするなんて思わなかったけどね」
ふふっ、とサフィーは笑い、カップに口をつける。つられてフィオも紅茶を飲んだ。あまい香りが鼻をくすぐる。
「秋津さん、大丈夫でしょうか」
「彼女なら平気よ。……もしかしたらこれを機にしっかりしてくれるかも」
いたずらっぽい笑顔を浮かべる。よほど信頼しているんだな――とその微笑みを見てフィオは思った。
ことり、とカップをおいて、
「昨日の夜のことなんだけどね」
と始めて、彼女は語りはじめた。
秋津ちゃんの電話を受けて、私はいてもたってもいられなくなった。だからすぐに折り返して電話をしたの。そうしたら秋津ちゃんのお母さまがでて、話してくれたの。
コンテストですばらしい評価を受けて、お母さまとしてもうれしかった。だけど、同時に成長した娘が自分のところを巣立って、一人前になるのがさみしかった。それはもちろんよろこばしいことなのだけど。
冬から、一人前として認めるのを先延ばしにしてきた。いっそ認めなければいいのではとも思っていた。……ひどい親よね、とおっしゃっていたわ。
でも、否応なく独立しなくてはならなくなった。秋津ちゃんに、グラシィの才能が芽生えたから。知っている? グラシィを扱える職人は、一つの工房に一人まで、と決められているの。
たくさんのガラス細工工房があるこの街では、グラシィの職人がいるかいないかで人気に差が出る。その差を広げ過ぎないようにって言う、委員会の考えなの。これには従わなくてはならない。
彼女のお母さんもグラシィを作れる。つまり、どちらかが工房をやめると言うことになるの。
そこでようやく決心して、昨日、秋津ちゃんに話したそう。案の定彼女は認めなくて、ケンカになった。
そのときに、秋津ちゃんは賞を取った作品を壊して、
「だったら、こんなものいらない」
と言って、部屋にこもってしまった。
「そして、私が秋津ちゃんから電話を受けた」
「お母さんの方も苦しかったのでしょうね。……娘さんのために引退すると決めたのに」
「あら、秋津ちゃんのお母さん、秋代さんは引退なさらないわよ」
サフィーは実にあっけらかんと言う。フィオはあぜんとするしかなかった。
「電話口でも、『言い方がまずかったかしらね。工房をやめるなんて言ったから。あの子、私が引退するもんだと思って、泣いちゃって、ろくに話を聞かないんだから』って、言っていたもの」
「それじゃ、引退はしないんですか?」
「ええ。なんでも、山にこもって私の先代と工房を開くそうよ」
それでは、あの騒動は何だったのか――フィオはこころの底から問いたかった。けれど、口には出さず黙っていた。
「何はともあれ、よかったですね」
「そうね。これを機に、秋津ちゃんのおっちょこちょいなところが少しでも治ればいいのだけど」
サフィーはにこりと微笑んで、また紅茶を味わった。
♦︎エピローグ
「聞いて! お母さん、引退しないんだって!」
ドアを開け、ベルの音が鳴り終わらないうちに、秋津は言った。嬉々として話す彼女の声ははずんでいた。その隣でぺこりと秋葉がお辞儀をする。
秋津が家出をしてから、早くも一週間がたっていた。
「それは良かったわね」
とサフィーは手を合わせて微笑した。彼女が変わりないことを知って、安心したのだろう。
「お姉ちゃんは早とちりがすぎます」
あきれたように、秋葉は秋津を見上げた。そんな目を知らずに、秋津は話し続けていた。
「それで、山の奥でサフィーちゃんの師匠、オパールさんと工房を開くんだって」
そんな姿をながめながら、フィオは、いつか自分もサフィーさんとわかれるのかな――と思った。
「あ、そうだ。サフィーちゃんにフィオちゃん、迷惑をかけてごめんなさい」
ゆったりと頭を下げて、秋津は手提げのなかから、二つの小さな箱を取り出した。
「これは、なに?」
と、サフィーが尋ねると、
「開けてみて」
とだけ答え、秋津はにやにやとしていた。
箱を開けると同時に、うっとりとしたサフィーの声が聞こえた。
「すごいじゃない!」
「お母さんのには負けるけどね」
そう言いながら、自信たっぷりと言ったようすだった。
それは小ぶりなペンダントだった。緻密な直線をいくつも重ねて、白熱灯のやわらかな光をふわりと反射して、きらきらとしていた。
いつまでも見ていたい。そう思った。
「秋津さんはすごいなあ」
自然と口をついたフィオの言葉に、秋津は「恥ずかしいな」と言いながら、頬を染めていた。
彼女のカットグラスは、彼女の未来のように、まぶしくきらめいていた。
改稿版→http://ncode.syosetu.com/n4039ccにて、連載を続けています。