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ガラス細工を、あなたに  作者: こうだ悠
第二話 カットグラスはきらめいて
8/9

カットグラスはきらめいて 3


 その声におびえるように、こそこそと秋津はサフィーの後ろにかくれた。さながら子供みたいに。

 彼女の姿を見た少女は、あきれを込めたため息を一つして、

「ほら、お姉ちゃん、サフィーさんに迷惑をかけないの。帰ろうよ、お母さんも心配してるから」

と、さとすように言った。ふるふると首をゆらす秋津の方が、妹に見えてしまう。

 姉と妹、こうも違うものなのか――とフィオは不思議と感心していた。兄弟のないフィオには、新鮮にうつった。

「秋葉ちゃん、こんにちは」

 彼女特有のやさしい微笑みを浮かべながら、サフィーは二人のあいだに立っている。そのすっとした立ち姿は、ちょっとした慣れを感じさせる。おそらく、以前にも似たことがあったのだろう。

「サフィーさん、こんにちは。今日は姉が非常に多大なご迷惑をおかけしてごめんなさい。すぐに連れて帰りますから」

 よどみなく話す秋葉に、サフィーは少し押されてしまった。けれど、とっさに言い返す。

「いいえ、迷惑なんてこれっぽっちもかけられていないわ。それよりも、久しぶりにあったのだから、もう少し話がしたいと思っているの」

「それはそれは。しかしサフィーさんすみません、こちらは一刻も早くお姉ちゃんに帰ってきて欲しいんです」

 両腕をくっ、と曲げて、励ますかのような仕草で秋葉はつづけて言った。

「お姉ちゃんは、有名人なんだから!」

 そのとき、秋津が悲しそうな表情を浮かべたのを、フィオは見逃がさなかった。


 妹に、秋津は手を引っ張られていた。観念したのか、けれど動こうとしない。

「秋葉は、いいの? お母さんが工房をやめてしまうなんて」

「仕方ないよ。お姉ちゃんがグラシィで有名になったんだもん」

「だったら、私は有名になんてならなくてもよかった」

 肩から垂れた黒髪を、指先でもてあそびながら、

「……私、帰らない」

「えっ」

 サフィー、フィオ、そして秋葉は同時に言葉にならない声を発した。

「私、ここではたらくから」

 いつも悠然としているサフィーがたじろいだ。

 これはいけないわ――と混乱する頭を強いて整理して、彼女はたった一言、

「だめ、よ」

とだけひねり出した。

「落ち着いて、秋津ちゃん。あなたは黛ガラス工房の跡継ぎでしょう?」

「落ち着いているよ」

 ふう、とため息をついた。弱々しい笑みを秋津はつくった。

「帰るわ」

 短く、彼女はつぶやいた。


 サフィーは心配がぬぐえなかった。ここまで落ち込んだ秋津をいままでに見たことがなかった。

「私も、一緒に行っていい?」

 サフィーの提案に、こくりと秋津はうなずいた。


 道の途中で、秋津は話し始めた。母と自分のことを。


 私はお母さんの作品に囲まれて育った。お皿もコップも花びんも、ぜんぶお母さんがつくったものだった。

 当たり前のように身近にあった。だから、お母さんのすごさなんて、本当に小さいころは、わかっていなかった。

 初めてこころから感動したのは、九歳の誕生日のとき。お母さんが私に、ってくれたの。

 グラシィだった。夢のように、壊れてしまいそうなほど精巧で、やわらかな感じだった。

 花の咲いた庭。風が吹くようにゆれて、そのあいだを鳥や虫がとんでいる。光を受けて輝きながら、少しずつ時間が過ぎていく。ガラスの箱のなかで光景がどんどん変わっていく。春夏秋冬、本当の世界がそのまま入っていた。

「こんなの、初めて見た!」

「どうかしら? お母さんの自信作なのよ」

 にこにこと微笑みかけてくれた。すごく嬉しかった。私もお母さんみたいになりたいと思った。

 そのときに言ったの。

「私、お母さんのような職人になる」

って。


 思い返すように空をながめて、秋津は語った。

 そこまで美しい作品って、どんなものだろう――ぼんやりとフィオは思った。きっとすばらしいものに違いない。

 くるくると毛先で遊びながら、秋津は言った。

「この髪も、お母さんの真似なの。……」

 気づくと、すでに工房の前に着いていた。切子ガラスのグラスなどが並べられたショーウィンドウに目を奪われる。

「大丈夫――」

 ふいにサフィーが口を開いた。

「秋津ちゃんなら大丈夫。あなたのお母さんのような職人になれるわ。……いいえ、もうなっているわ」

「え?」

 ふふっ、とサフィーは笑った。

「不安だったのよね、工房を任せられて。秋津ちゃんのお母さん、秋代さんから聞いていたわ」

 秋津の手を取って、つづける。

「秋津ちゃんなら、きっとうまくいくわ」

 まっすぐに顔を見るサフィーに、恥ずかしいのか秋津は顔を背けた。

「ありがとう。私、がんばるよ」

 へへっ、と彼女ははにかんで、秋葉とともに工房に入っていった

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