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ガラス細工を、あなたに  作者: こうだ悠
第一話 ガラスの蝶
5/9

ガラスの蝶 5

よろしくお願いします。


 陽はすっかり落ちてしまっていた。街灯の少ない路地をフィオは走っていく。

 アイリちゃんの家は、住宅街にあるって言っていたっけ――かけながら、彼女は思い出した。

 住宅街は街の北側、特に北西側に広がっている。大半の人がそこに住み、いつも灯りが絶えない場所でもある。きちんと整えられた街路や外観は、海の方から見ると幾何学的に美しい。

 フィオの両親も、そこに住んでいる。

 その南側には広場がある。石畳で、半径二百メートルほどの円形をしている。街の主要施設が集まっており、催事などもここで行われる。役所、図書館、博物館と言った建物は、少し古風なレンガ造りで、壁にはツタがはっている。

 昼間は市や何やらがひらかれにぎわう。その反動か、夜は人の姿がまばらだ。等間隔に並べられた街灯とベンチが、ひっそりとした広場に浮かぶ。

 直角に交わる道路を曲がり、フィオは広場へと入る。住宅街に行くには、ここを通るのが手っ取り早い。主要な道路の行きつくさきがここだから、迷ったら広場に、とまで言われている。

 ……と、彼女は急に足を止めた。ベンチに座り、街灯に照らされながら空を見上げている女の子が目に入った。黒い髪でおさげをつくる少女。

 アイリちゃんだ――確信を持ってそう思えた。フィオの姿が目に映ったのか、アイリは彼女から顔をかくすようにうつむいた。

 一直線にアイリの方へ向かい、声をかける。

「ここで、何しているの?」

 アイリの顔は不安ではちきれてしまいそうだった。表情を見せないようにしているが、口角が下がっているのがわかる。不自然な表情だった。組んだ指がもぞもぞと円をえがいている。

「なんだか、帰りづらいんです」

 そう言って、また空を眺める。

「お母さんがブローチをくれたとき、こう言ってたんです。『大切にするのよ。――これはお母さんの思い出のものだから』って。それをなくしちゃった、なんて……」

 フィオはうなずきながら聞いていた。そして、口をひらく。

「……実はね、サフィーさんから話を聞いたの。たぶん、アイリちゃんのお母さんとそのブローチの話」


 しずかにアイリは聞いていた。ときおり目を袖でこする。

「そんなことがあったんですね。なのにわたしは……」

 小さく丸まって、見るからに落ちこんでいる。はぁ、と大きくため息をついた。

「で、でも、まだあきらめちゃダメだよ」

 とん、とフィオは自分の胸をたたき、アイリの肩に手をおいた。

「案外、近くにあるのかもしれないよ」

「えっ?」

 二人は顔を見合わせて、フィオはふふっ、と微笑んだ。


 横に並んで二人は歩いた。チェス盤のように、縦横に走る街路を北へ上っていく。両脇には同じに白く塗られた家の壁があり、なれていないと迷ってしまいそうだ。

「こっちです」

 アイリはフィオをリードする。くねくねと曲がりながら、次第に家に近づくと、アイリの歩みはだんだんゆっくりになっていく。

「大丈夫だよ」

 立ち止まろうとするたびに、フィオはこう声をかけた。「はい」とアイリは応える。


「ここ、です」

 白い外壁に、黄色く塗られたドアが目印となる。内側からはぼんやりとした灯りがうかがえる。家に沿って並べられた鉢植えには、色とりどりの花々が咲いていた。

「もう、すっかり真っ暗になってしまいましたね」

 頭上には細長くひかる月が浮かんでいた。

 手をぴんと伸ばして、意を決したように、まっすぐフィオを見つめる。

「今日はありがとうございました。ご迷惑をおかけしました。わたし、正直に話します。……本当に、ありがとうございました」

 深くアイリは頭を下げた。力なく笑う。くるりとフィオに背を向けて、ドアノブに手をかけた。

「なくしてしまったことは、残念でしたが、でも、……それでもうれしいかったです。手伝っていただけて。……フィオさんと出会えて」

 ドアノブをひねる、そのとき――

「まって!」

 フィオの声がしんとした住宅街にひびく。

 驚いてアイリはふり返る。フィオは道の向こうをずっと見やっていた。

 その薄明かりの中に、きらりとひかる何かが見える。それは、

「蝶、だ」

 思わずフィオの口からもれる。ひらひらと羽ばたくそれは、確かに蝶であった。近づくにつれて、はっきりと見えるようになる。

 見覚えのある蝶。ガラスの羽を持っている。

「探していた蝶のブローチだよ!」

 興奮してフィオの声はふるえている。アイリの目にはじんわりと涙があふれていた。

 蝶は、落ち着く場所を探すように、はたはたとアイリの周りをとび、やがて彼女の手のひらの上にとまった。

「帰ってきてくれたの?」

 胸に抱きしめて、彼女は涙を流した。大切なものを、ブローチにこめられた思いを包むように、彼女はしっかりと抱いていた。


「ありがとうございました」

 その言葉には、よろこびがにじみ出ていた。目元は赤くはれていたが、今日一番の笑顔をたたえていた。

「よかったね。見つかって」

 ふふっ、とフィオは笑う。顔を向き合わせて、互いに笑いかける。

「わたし、絶対に、絶対にこの子を大切にします。もうなくしません」

 こくりと頭をさげて、アイリは黄色いドアの向こうに入っていった。

 かちり、とドアが閉まるまで、フィオはずっと手をふっていた。


♦︎エピローグ


「それは、お疲れさま」

 サフィーはフィオの話を聞き終わるとうなずいて、にっこりと笑った。澄んだ紅色の紅茶を口にふくんで、うっとりとした表情を浮かべた。フィオも、香りを心地よく思っていた。

 昨日のできごとを思い出していた。昨日帰ってからはすでに遅くなっていて、話す時間がなかった。

 ゆったりとした時間が流れる。春の陽気はそれを一段と感じさせる。

 かしゅん。

 ドアのベルが鳴った。

「いらっしゃいませ」

 ドアへかけよると、そこには黒髪の女の子が立っていた。

 アイリだった。白いワンピースをきて、照れたように足元を見ている。

「フィオさん、こんにちは、です」

 はにかむ彼女の胸元には、黄色い蝶がきらきらと、居心地が良さそうにかがやいていた。

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