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『早起きは3文の得』
先人の残した諺である。ただ、本当に得をするのかどうかは甚だ疑わしい。
少なくとも私は早起きしたところで得をした記憶などない。そもそも3文分の得って一体!?なんて現金なことを考えてしまうのが私、葛木月子である。
特筆すべき特徴は無い。平凡を地で行く女なのだ。
普通が一番。得なんかしなくていいからフツ―に暮らしたい。それが私。
刺すような光に意識が浮上する。
あれ、昨日カーテン閉め忘れた?そんな事よりも私は今モーレツに眠いのだ。
「う~ん…」
肌寒さを感じ、思わず光から逃れるように横を向くとそこにある温い“モノ”にすり寄る。
なんだコレ。すごく心地いい。そう、まるで誰かに包みこまれているような…
………誰か?
嫌な予感に今度はすっかりと目が覚める。
…が、どーしても目を開ける事が憚られる。
だってだってだって!
確かめるようにペタペタと動かした手に伝わってくる熱は目が覚めてしまった今、此処にいるのが“人間”の“おとこ”である事がほぼ疑いようがないのだから。
昨夜の私に何が起こった!?
「ぅん…くすぐったぃ………」
私以外の声に思わず目を開ける。まず目に入ってきたのは抱きしめるように回された腕と裸の男の上半身。
身動きが取りづらいながらも、思わず自分の体を見ると下着は着ている。…何とも疑わしいライン。
「何やってるの?」
聞こえた声にギギギギ…とそちらを向くと、寝ぐせって何?ってくらいの栗色のさらさらの髪と甘い整った顔立ちの“男”がそれはそれは甘い微笑みでこちらを見下ろしていた。
「おはよ。つきこ」
この男、いい男だということは間違いないだろう。おおよそ私レベルの女では見合わないくらいの特上のいい男。
………義弟でなければ。
「あ、あんたここで何やって…」
「ナニって…ひどい。忘れたの?」
わー!
あんたは本当に生物学上でいうオトコなのか?
そんなうるうるの目で私を見ないで!私の女としての何かが確実に負けている気がする。
「な、なにいって…」
「つきこ、責任...とってね?」
ハートマークが見えそうなほど甘えた声でそう言われた私の脳が考える事を拒否したのもキャパオーバーで意識を失ったのも許して欲しい。
なんだか焦った声が聞こえた気もするけれどもう知らん。
絶対に目を覚ましてなんかやらない!
『早起きは3文の得』
先人の残した諺である。ただ、本当に得をするのかどうかは甚だ疑わしい。
少なくとも私は早起きしたところで得をした記憶などない。むしろ損をした気がしてならない。得させてくれるというのなら、さっきの平凡とはかけ離れた状況をだれかどうにかしてください。
私の願い。それは平凡に生きていく事だけなのだ。
【早起きは三文の得】 ・・・ 旺文社 成語林
早起きをすると何かと得をすることがあるというたとえ。
参考:もともとは早起きをしても三文の得にしかならないの意であったといわれる。(以上、『成語林』より)
【早起きは三文の徳】 ・・・ 旺文社 故事ことわざ事典
人より早く起きて働くのは、なにかしら得になるものだというたとえ。「徳」は「得」に同じ。