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第一話〜依頼と命令と、強制登録

夜が明ける。過ぎない風のないように、明けない夜もまた、ない。


ゴゥン――!

「うわーッ!」

耳元で鳴り響いた轟音に、ジンは一気に覚醒した。

何事かと辺りを見回す。そして、隣の部屋の機関室の音だと思い当たった。

「ヤバ、もうこんな時間だ!完全に寝坊してる!」

ジンは掛けてあった毛布を払いのけ、大急ぎで支度を始めた。

ベットの向かいにあるクローゼットに手を伸ばし、両扉を勢いよく開ける。

特に悩むこともなく、油汚れにまみれた一張羅を取り出して身に付ける。

クローゼットの横に立てかけてある姿見をチラッと見て、前後が間違ってないことを確認する。

ベッドの下に手を突っ込んで軍手を取り出し、パンパンと軽く払って両手に嵌める。

その間も「ヤバい、ヤバい」を連呼しつつ、である。

「よしっ!」

一つ気合を入れると、勢いよく部屋から飛び出していく。

轟音を響かせる機関室の前を通り過ぎ、上り階段を二段飛ばしで駆け上る。


ここはエンポリウムの機械屋<クルドメカニック>。

店はまだ開店前だが、店の横にはカバーの降りた一台の車輌らしきものが止まっている。

機械の街<エンポリウム>の朝は騒々しい。

クルドメカニックも例外ではなく、今日も騒音が店内から響いている。

「すいません、寝坊しました!」

「おぅ、起きたかジン!早速で悪いが、炉の調子が悪いみてぇなんだ!見てきてくれるか!」

「はい!」

地下から突き上げる重低音や店内に響く甲高い駆動音に負けないようにと、大声を張り上げる二人の男。

一つはまだ若干幼さを残した顔立ちの青年の声。油にまみれ、黒染みの目立つ一張羅を着込み、手には軍手を嵌めている。

もう一人は壮年の凄みの聞いた男の声。黒のタンクトップを着て、頭にはタオルを巻いている。

朝の挨拶もそこそこに、ジンはクルドに言われた通り、店の外にある炉を見に行く。

「よっ・・・と」

正面シャッターを押し開け、差し込む陽光に目を細める。たてがみのように広がった髪は、朝日を浴びて銀色に輝いた。

青年ことジン=アサハは、ここエンポリウムではちょっと名の知れた青年だ。

というのも、ジンが住み込みで働くクルドメカニック店長クルド=F・チェンバーは、<機械の街>と呼ばれるエンポリウムにおいて、

右に出るものはいないと言われるほどの腕の立つ技術士だからだ。ジンが有名になるのも無理はない。

何故ならこのクルドという男、頑固一徹で通っているのだ。弟子を取った、という話は、クルドを知っている者なら、

誰もがまず自分の耳を疑い、次にその話をした者の頭を疑うことだろう。


ジンは突き抜けるような蒼天を仰ぎ、朝の空気を肺に取り込む。

「ふぅ〜・・・今日もいい天気だ」

「おぅ、何か言ったか!?」

「いえ、別に――」

背後からクルドの声がして、振り向こうとする。途中でジンは動きを止めた。

脇に止まっている車輌が眼に止まった。

「なんだ・・・?」

その周りだけ、なんとなく違和感を覚える。

「おやじさん!これは!?」

「あぁ!?あぁ、そりゃ何だろうな!今朝起きたらもう止まってたんだ!」

「客ですかね!?」

「分かんねぇな!依頼なら開店前になんてこねぇだろ!?」

それもそうか。ジンは小さくつぶやいた。

「それより、炉の方はどうだ!?」

「あ、はい!今見ます!」

客のものではないとすれば、誰かが置いていっただけなのだろうか。

気にはなったが、ひとまずその車輌のことは忘れ、炉を見に行く。

何のことはない、薪が切れていただけだった。

ジンは店の裏手に回ると、薪を一抱え持って炉に放り込んだ。

「あちちっ!」

途端に火力が上がり、炎が噴出す。

ジンは急いで飛びのき、ついでに炉の扉を蹴り閉めた。

「おやじさーん!どうッスかー!?」

「おぉ、いい感じいい感じ!サンキュー!」

「よしよし」

ジンは頷くと、正面口から中へ戻った。ついでに、脇にある郵便受けを確認し、中身を取り出すことも忘れない。

「えーっと、いつもの新聞とこれは、手紙・・・?」

新聞を作業台の上に置き、二通の封筒を手に取り、見比べる。

一つはL/Iから街への通達。もう一つは差出人はなく、「ジン=アサハ様」という宛名だけが書かれたものだ。

「おやじさん!はい今日の新聞!」

「おぅ!そこ置いとけ!」

クルドに新聞を渡し、まずはL/Iの手紙から封を切る。

「X-GrandPrix 開催!」

まずそんな見出しが大きく書かれている。

「この度、わが社では新たに開発した重力制御装置−GravityControlSystem、略称<GCS>公開の場を設けることに相成りました!

現在建設中のドームを利用した一大イベントです!エンポリウムに住まう方々も、そうじゃない方も、ドンドン参加しちゃってください!

参加条件は一切ありません!誰でも参加が可能なので是非是非!参加してみてください!

詳しい日程などは後日、改めて通知いたします!質問・相談はL/I本社受付センターまで!」

とまぁ、内容はこうだ。なんとも明るい文面だが、内容はかなり大事である。

「重力制御・・・?」

なんとも現実味のない言葉だ。重力を制御する、ということは空でも飛ぶのだろうか?

確かに、L/Iは空を飛ぶ新しい技術を最近開発中だ、という話を聞いたことがある。

だが、少なくともあと三年は掛かる、と言っていたのではなかったか?

予定が早まったのか、何らかの偶然に偶然が重なったのか。

「まぁ何にしろ、発展するのはいいことだろうけど」

L/Iの通達から目を逸らし、作業台に置いておいたもう一通の手紙に視線を移す。

「これは・・・差出人がない、か。何だろうな・・・」

消印もないところを見ると、郵便局を通さず直接ポストに投函されたものらしい。

軽く振ってみる。かさかさと、何かが紙と擦れ合う音がした。

「開けてみるか」

作業台からパテを取り、封の隙間に差し入れ、切り開く。

中から出てきたのは、手紙と、

「これは、鍵、だよな・・・」

何の飾り気もない、単一な鍵。プレート部分にはXという刻印が彫られている。

扉の鍵とも、金庫の鍵とも取れる形状。何の鍵なのか、さっぱり見当がつかない。

鍵を作業台に置き、まず手紙を読むことにする。内容はこうだ。

「ジン=アサハ様へ

突然のお手紙、お許しいただきたい。

訳あって名は明かせぬが、貴方に折り入って頼みがある。

この度L/Iが開かれるグランプリの通知は既に届いていることと思う。

貴方には、そのグランプリに出場して貰いたい。

マシンは既に手配させてもらった。クルドメカニックの脇に止まっているものだ。鍵はこの手紙と同封する。

ロールアウトしたばかりのものだ、調整・改良はクルド=L・チェンバーに任せて貰って構わない。

マシンについてはリオに尋ねるといい。私の愛しい娘だ。

突然のことで誠に申し訳ないと思うが、既に出場登録は済ませてある。」

あまりにも一方的だった。

「・・・・・は?」

ジンは思う。何だこれは。

手紙と鍵を何度も見比べる。やはり訳が分からない。

まず、何故自分なのか。そして、手紙の主は何者なのか。

理解が追いつかない。ますます混乱する。

「――だーッ!なんなんだ〜ッ!!」

分からない。分からない。分からない。

よし、ここは一つ深呼吸して落ち着こう。

「すぅ〜・・・・・はぁ〜・・・・・」

うん、大分落ち着いた。それじゃあ、最初から順番に理解していこう。

まず、手紙の主は訳ありで名は明かせず、折り入ってジンに頼みがあるという。

そして、その頼み事というのが、L/Iの主催するグランプリに出場してほしい、というものだ。

マシンは既に手配されており、現在店の脇に止まっている。鍵は手元にある。

そのマシンはロールアウトしたばかりの新型で、調整やなんかはクルドに一任する、とある。

・・・ここまでは、なんとか理解していけている。

続きを読もう。

そのマシンについては、リオという人物に尋ねればいいらしい。その子は手紙の主の愛娘であるようだ。

そして、ジンの是非にかかわりなく、出場登録は既に済まされているらしい。

ここだ。何故既に出場登録が済んでいるのか。

大体、マシンはL/Iから配給されるのではないのか。・・・ということは、これはL/Iからの正式な依頼、ということか?

いや、L/Iならば堂々と名乗るはずだ。わざわざ隠す必要はない。

では、一体何処からなのか。手紙の主は一体どんな人物で、どんな思惑でこんなことをしているのか。

「・・・だめだ、さっぱり分からん」

とにかく、手紙のことをクルドに話さなければならない。

手紙にクルドの名が出ている以上、無関係ではないからだ。


「おやじさん!ちょっといいか!?」

「おぅ!なんだ!?」

店の奥から返事が届く。クルドの仕事場は店の奥にある。

大型車輌の修理をする場合を想定して、かなりの広さを持っている。

その作業場から、クルドが手を拭いながらやってきた。

「で、なんだ?」

「この手紙なんだけどさ」

手紙をクルドに差し出す。

一通り目を通したあと、クルドは言った。

「何だこりゃ?」

期せずしてジンと同じ第一声であった。

「えーと・・・ふむふむ・・・・・。つまりこういうことか?準備はこっちで済ましてあるから、グランプリに出てくれってことだろ?」

「多分」

「随分と自分勝手な言い草だな。その上名乗りもしやしねぇ。どうにも怪しいな」

一方的な、これは命令だった。依頼料がもらえるというわけでもなさそうだ。

「こういう依頼だったら、普通ルビーの方に行くはずなんだ。でも、これは俺宛に名指しでご指名ときてる」

「確かに、あの何でも屋ならこういうのはうってつけだな」

ルビー―ルビーウルフはエンポリウムで何でも屋を営む元盗賊の名だ。

ジンはよくその仕事の手伝いに借り出される。といっても、武器や巡行車輌の手入れが主な仕事だが。

そのルビーを差し置いて自分に依頼がくることに、ジンは不思議でならなかった。

「は〜ん・・・とりあえずよ、このリオって嬢ちゃんに会えば何か分かるんじゃねぇか?」

「あぁ、俺もそう思ったんだ。けど、知り合いにリオなんて奴はいないし・・・」

――まさか。ジンは嫌な予感がした。

もしかしたら、そのリオって子は外に止めてあるマシンの中に居るのかもしれない。

いくらカバーを掛けてあるとはいえ、いや、掛けてあるからこそ、マシンの中に長時間居るのは危険だ。

「――おい」

「あぁ、分かってる!」

クルドも同じことを考えていたのだろう。ジンは頷くと、鍵を手に外へと走り出た。

店の脇に入り、マシンのカバーを外す。ガラスは全てスモークガラスで、中の様子を窺うことはできない。

「チッ!」

ジンは舌打ちする。このわき道はかなり細く、ドアを開けることが不可能だったからだ。

「おやじさん!」

クルドが飛び出してくる。二人でマシンの後ろに回り、力いっぱい押す。幸いギアは入っていなかったようで、すんなりと前へ進んだ。

「ジン!ハンドルを!」

「了解!」

わき道を出たところでクルドから指示が飛ぶ。

右側の扉を鍵で開け、中を覗き込む。

「・・・あれ?」

「どうした!?誰かいたか!?」

「いや、それが――誰もいないんだけど」

「はぁ?」

とりあえずそのままマシンを押し、店内に運び入れる。

「で、どうなってんだ?」

「さぁ・・・」

リオはいなかった。車内には誰も乗っていなかったのだ。

では、リオというのは誰のことなのだろうか。

ジンはドライバーシートに座り、内装をチェックする。

「どうやら本格的なレーシングマシンみたいだな・・・」

タコメーターと燃料モニタの他に、タイヤの消費度を映すパラメータが見えた。

更に、マシンの丁度真ん中にコンソールがあり、「Sleeping...」の文字が左右に流れていた。

「A.I.・・・?」

エンポリウムでは、A.I.搭載型車輌は、そう珍しくない。

操縦・調整・整備・補修など、様々な仕事をA.I.−機械知性体に任せるのが、現在では基本となっている。

そのため、マシンの整備は任せてしまってよくなるが、変わりにA.I.の整備が必要になる。

もちろん、自己診断機能は付いているが、それだけでは気付かないものもある。

もしかして、手紙にある「リオ」というのは、このA.I.のことを示すのかもしれない。

ジンはキーを差込み、捻った。


ピ――ッ


<Good Morning>

コンソールに光が灯る。次いでエンジンに火が入り、低い咆哮を上げた。

「うわ」

見た目より音は低く静かで、レーシングマシンというよりはスポーツカーみたいだ、とジンは思った。

<Aria Search...>

と、しばらくコンソールに流れ、周辺の大まかな地図が表示された。

地図にはリアルタイムで情報が書き込まれていき、車輌では抜けられない脇道や、現在は使われていない橋などが削除されていく。

地図が左下へ縮小され、コンソールには女性の顔が大写しになる。

「君が・・・?」

彼女が、リオ、なのだろうか。

女性が眼を開く。人ではありえない銀色の瞳。機械知性体の証だった。

ジンと彼女の視線が絡み合う。

「君は・・・――」

<搭乗者の認証を行います.指紋認証を行いますので,ハンドルを握ってください.>

「・・・ぁー」

どうしたものか、とクルドに目をやる。

クルドはニヤリとした笑顔で、頷いた。やっちまえ、ということだろう。

「・・・・・えーっと」

ジンは頭をポリポリと掻きながらリオに向き直る。

<搭乗者の認証を行います.指紋認証を行いますので,ハンドルを握ってください.>

「――よし」

ジンはハンドルを握――ろうとして、自分が軍手を付けっ放しだったことに気付き、慌てて外し、改めてハンドルを握った。

<指紋を取得中...データバンクにアクセス...ジン=アサハ様と確認.マスターに設定します.>

「これでよかったのかな・・・」

今更、後悔が押し寄せる。

「今更何言ってやがる。やっちまったモンは仕方ねぇさ。これだけの高性能だ、変更くらい簡単に出来るさ」

「そうなの?」

クルドの言葉が本当なのか、リオに尋ねる。

<私のマスターはジン=アサハ様のみです.変更・再登録は認められません.>

「・・・・・」

「・・・・・ぁー。ま、しゃあねぇわな」

しゃあねぇ、で済ませられる問題だろうか!?

「・・・・・はぁ」

こうなることは薄々勘付いてはいた。いたが、避けられない宿命というのもある、ということだ。

「それで、君は・・・君が、リオなのか?」

<YES.私の名はLio.OPTF-00<ゼロ>のナビゲーションA.I.です.>

Lio―リオ。やはり手紙に書いてある「リオ」とは彼女のことだったようだ。

それにしても、ゼロ、とは・・・。

「ゼロって・・・?」

「ん?どっかで見たなぁ・・・えーっと、何だったかなぁ」

クルドは懸命に思い出そうとするが、出てこないようだ。仕事の事以外にはとんと関心がないクルドのこと、しばらく時間が掛かりそうだ。

そういえば、確かにどこかで見た名前だ。OPTF-00・・・ゼロ・・・。

つい最近、そう、今朝方だ。今朝見たものはL/Iからの通知と謎の手紙、それから・・・。

「それって、今朝の新聞じゃない?」

「おぅ、それだ!確か・・・」

クルドは作業台においてあった新聞を手に取り、バサッと広げた。

「ほら、ここだ」

一つの記事を指し示す。「捜索願」の欄だった。

「なになに・・・「ロールアウトしたばかりの新型Xマシン、OPTF-00<ゼロ>が何者かに奪取された疑いがあります。心当たりのある方はL/I本社まで」・・・って、L/I !?」

「あぁ。何だ、やっかいなモン拾っちまったなぁ、ジン」

これは・・・どうしたらいいんだ?ぁー・・・ちょっと整理しよう。

まず、このマシンはL/Iから何者かに奪取された。

次に、あの手紙と共にジンの元へ来た。ということは・・・。

「あの手紙の主が奪取した、ってこと?」

「多分、そうだろうな。名前が明かせないワケってのはそれだろう」

ということは、ジンたちはその何者かに加担した、と取られてもおかしくないということだ。

OPTF-00はおそらく極秘で進められたプロジェクトの完成体なのだろう。

だから、L/Iも公にすることができない。

いつ奪取されたのかは分からないが、おそらくはつい最近、一週間以内と考えて間違いない。

さすがに一週間以上も経てば大々的に公表されるはずだ。L/Iの長はそれほど馬鹿じゃない。

「このこと、L/Iに伝えたほうがいいよね」

「ああ。もし強査で見つかることになったら俺たちが犯人にされちまう」

「だよね・・・」

<マスター,よろしいですか>

「ん、何?」

<そのL/Iというのは,リト・インダストリーのことでしょうか>

「そうだよ。知らなかった?」

<YES.リト,というのはリト=S・ファスターのことですか>

「ああ。L/Iの社長をやってる」

こうして主人公・ジン=アサハはX-RACINGに出場する運びとなったわけで。

他のエントリーシートはいずれ埋まることでしょう。

終わり際に出てきたリト=S・ファスターとは、一体どういった人物なのでしょうね?

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