獣人料理長の愉快な一日
こんにちは。私は魔王城の料理長をしているアルと申します。
私、実は毎日毎日とてもとても大変な日々を過ごしています。
今日はそんな私の一日をお見せするそうです。少し恥ずかしいです。
自分のことをほんの少し紹介します。
アルナ・アーカイブ。通称アル。種族が獣人の犬種です。炎系統の魔法が得意です。年齢は……………あれ?私今何歳でしたっけ?少なくとも五百歳は超えていたと思うのですが…。え?長生きすぎるって?そんなことないですよ魔王城の料理人の方々年齢四桁いってる人少なくないですよ。魔王様なんてもう五桁突入しそうなところ………げふんげふん。何でもないです。脱線しました。もう料理人はじめてから四百年近いんじゃないでしょうか。今いる人の中で一応一番長く料理人やってるので料理長やらせていただいているかんじです。
自分に関してはこんなところでしょうか。私の一日は日が昇る前から始まります。
まず、私の一番最初の仕事は料理の下準備です。これは一人でやります。もちろん魔王城にはたくさん人がいるので量が半端じゃありません。
「ふぅ………」
今のは私の溜め息です。やっぱり量が多いので大変です。そんなに大変なら料理人呼べばとか言われますが、やはり皆さん朝早いのは大変なので一人でやります。お人好しだって?ほっといてください。
さてさてそんなことしている間に下準備終わっちゃいましたよー。次は料理人の皆さん起こして来ないといけませんねってあれ?皆さん起きてきましたよ?おかしいですね普段は私が起こしにいかないと起きないのに………。
「おはようございます。アル料理長、下準備はもう終わっているのですか?」
静かな声で些細な疑問は吹き飛びました。こちらの魔王様曰く『くーるびゅーてぃー』な女性はアスカさん。アスカ・ナーベルさんです。一応私の部下……なのですが年上なので敬語を使っています。
「はい、終わっています。今日のメニューはこちらですので、確認してください」
アスカさんはメニュー表をちらりと一瞥すると「わかりました。皆さんには私の魔法を通じて確認してもらいます」といつも通りの声で言った。アスカさんの魔法は伝達。大勢の人に一斉に声ではなく直接指示を伝えてくれます。この魔法にどれだけ助けられてきたか………。
「それでは私も仕事に参ります。料理長もくれぐれもご自分の立場をわきまえて行動してください」
ぼんやりしていたのを見咎めたのか釘を刺されてしまいました。いけないいけない。注意しないと。
「さて、急がなくては」
これからが本番です。窓の外から日が見えました。本当の戦いはこれからなのです。
その時から調理場は戦場と化しました。調理器具がぶつかり合う金属音が響き、料理長の指示や
料理人の皆さんの返事は悲鳴のような(朝早くて疲れてるんです)悲痛な声でした。
「ミーシャさん! 火力強すぎです! 弱めてください焦げちゃいます!!」
「あっはいすいませぇん!」
「アリアさんそれお皿間違えてます! 奥の棚の物を使ってください!」
「えっ!?あっ……ごご、ごめんなさい! すぐ取り替えてきます!!」
とまあこんな感じですが。
混乱を極めた調理場も大体落ち着いてきて。お城の今日の朝食は全て運ばれて行きました。しばし休憩です。とその時。
「アル様はいらっしゃいますか?」
長い紫髪を二つ結びにし顔を覗かせるのはこのお城のメイド長のハルウさん。人魚族だそうです。
「ハルウさん、私に何か………?」
「魔王様がお呼びです。部屋に三秒で来てほしいそうです」
理不尽です。ですがいつものことです。けれど今は仕事中。魔王様の話はいつも長いです。行ってしまうと仕事に間に合いません。
「アル料理長。お仕事の面なら心配ご無用です。魔王様をあまり待たせないでください」
「アスカさん………」
いつのまにいたんですかアスカさん。ですがその心遣いすごく有り難いです。
「ありがとうございますアスカさん。じゃあいってきます」
「その様子だと本当に気付いてないみたいですね………」
「え?」
アスカさんが何か言ったみたいですが聞こえませんでした。
「なんでもありません。急いで行って下さい。片付けは私たちが済ませておきます」
私は無言で一礼し、走り出しました。
「背負いすぎなのですよ。たまには肩の荷を降ろすのも悪いことではないのですから」
アスカさんの言葉は、私には聞こえませんでした。
「ふう……」
魔王様の部屋の前に着きました。扉を丁寧に慎重にノックします。
「魔王様、アルです。失礼しま」
ばたん!!と突然扉が開きました、顔をぶつけるかと思いました。危なかったです。
「アル! 遅い! 遅い遅い遅い!! 三秒で来いっつったでしょ!?」
機嫌を悪くした子供のような叫び声を上げるのは魔王、リーファ・セント・アライド。超絶美人の三十五代目魔王様です。
「も、申し訳ありません魔王様………。仕事が残っておりまして……」
「ならいいわ」
あれれ?普段だったら長い長い説教(理不尽)があるはずなのに……。今日はなんだか不自然なことが多いですね。
「魔王様、それで何故私は呼ばれたんですか?」
「ああうん、ちょっとそれは私の部屋に来てちょうだい」
魔王様は私を部屋に入れて扉を閉めて鍵も閉めてからってか鍵も閉めるんですか。
「城下町に行くわよ」
城下町というのはお城の周りの町のことでって、え?
「魔王様、今、なんて?」
「だから城下町行くんだって」
「…………………」
「でもまあこのままだとまずいから着替えてから行こう」
「ほんきですか、まおうさま」
「あんたも早く着替え渡すから着替えな」
どうやら仕事に戻れるという選択肢はなさそうです。
現在、変装して魔族でごった返す城下町にいます。
「さて、今日はパーッと遊びに行くわよ」
「…………………魔王様。何考えているんですか」
今の私は少し不機嫌ですよ。
「何って遊びにきまってるじゃない」
「私だって仕事があるんです。今だって皆さんに迷惑かけてるんです。遊びが済んだら早く戻って仕事しないと」
私だって料理長なんです。そのくらいの自覚がないとやっていけません。
「あ、あんなところに魔道具店あるわよ、行きましょ」
ここまで完璧にスルーされて、諦めてしまうのはいけないことですか?
その後も何店か店などを回ったのですが、魔王様の顔は段々曇ってきました。
「ねぇアル」
「なんですか」
「そんなにつまらない?」
「なんでそう思うんですか」
「顔に書いてあるわよ。早く帰りたいって」
そんなに嫌そうな顔してたんですか。
「ね、もう一店だけ。最後の最後!」
「………これで最後ですよ?」
そういえばなんで魔王様は私と城下町に行こうなんて思ったのでしょう?
魔王様の言う最後のお店。そこは洒落たアクセサリー店でした。
「さあ、買って買って買いまくるわよ、アル。これからセールやるみたいだから」
魔王様、なんでいつもお城にいるのにアクセサリー店のセール開催の時間を知っているんですか?とはもう聞こうとは思えないです。もう魔王様だから知ってるってことにしましょう。そうしましょう。
「ねえアル、なんか欲しい物ない?」
「はへ? 欲しい物………ですか?」
欲しい物、欲しい物………そんなこと聞いて何するのでしょう?
考えていたことが顔に出てたのか心を読んだのか魔王様がほんの少し顔をしかめて
「だからァ、欲しい物なんでも買ってあげるわよって意味よ。なんでもいいのよ、今まで見た店にある物なら」
「………………………………………………………………え?」
意味がわかりません。というか、
「今、なんて?」
「ッ……! だーかーら、欲しい物なんでも買ってあげるから言いなさいってこと! 何回も言わせないでよ!」
「え?」
なんでも!?なんでもってどういうことですか買ってあげるってどういうことなんですか正直私今まで町とかお店とか来たことほとんどないんで欲しい物なんてわかんないですよ……。
「なんでもいいのよ?」
いやでもここには面白い物がいっぱいありますよあのパズルみたいなアクセサリー面白そうですよいやでもあっちも面白そう……。
この時私はいろいろと錯乱していたんですね。一心不乱にアクセサリー見てました。だから、気付くことができませんでした。
「動くな、小娘」
真っ黒な、影に。
「っ?!」
振り向くと同時に首を強い力で掴まれ、宙に持ち上げられるような体勢になってしまいました。首を絞められ、声も出せません。
「珍しいモノを見つけた。獣人の犬種はほとんど死んだと聞いていたのだが」
男の声で独り言のように紡がれた言葉。その言葉は、私の空気の回ってこない脳を無理矢理に刺激します。
「ふむ、ただの獣人は高くは売れんが、犬種となれば別だろう。これはいいモノを手に入れた」
売れる売れないと言ってるところをみると、この男は奴隷商人みたいです。ということは、私は売られるのでしょうか?そんなのいやです。足を動かし首を掴む手を払おうと逆に手を掴むのですがだめです。離れません。
「っざけんじゃないわよ」
冷たい、氷のような声が聞こえました
ドン!!と男の体が浮いて、あ、私を落ちてまあいた!?い、痛いです!床に落ちました、背中うちました、結構痛いです。
「な…」
男の驚いた声が聞こえました。見るとなんか床から伸びている鎖に縛られています。黒い鎖。影鎖という魔法です。
「ふん、奴隷商人ね。この前潰しに行ったばかりなのに懲りないわね。逮捕よ逮捕」
魔王様が鎖を握っていました。潰しに行った?え?それってどういうことなんですか………?
「そ、その、魔王様、今日は本当に申し訳ありませんでした」
「何回言ってんのよ、気にしないで」
今は町からお城へ帰る途中の道です。あの奴隷商人は逮捕され、しょっぴかれました。ちなみに『潰しにいった』というのは魔王城から派遣した軍隊が、という意味だそうです。ちょっと勘違いしちゃいました、紛らわしかったです。少し。
「い、いえ、今日は折角誘ってもらったのに、「いいから早く帰るわよ」
あう………。できたら最後まで言わせてもらいたかったです………。というかなんでそんなに急いでいるんですか?ってそんなに速く行かないでください!!速すぎます!
門の前に着きました。なんか省きすぎな気もしますが。あれ?門番さんがいません。サボっているんですかね?
「さてアル。目を閉じて」
え?入らないんですか?
「いいから早く」
は、はい………。なんか有無を言わせぬ威圧感(殺気ともいう)を感じました。従わないと生命の保証ができないような気がします。
「さて、いくわよ」
いくって何をですか?という前に、軽く背中を押され、バランスが崩れます。え!?ちょっと魔王様さらに押さないで転ぶ転ぶ転びます本当にッ………!!
そのとき、目を瞑っているのに、強い光を感じて。
とん、と両足で地面を踏んだことがわかって。
あれ?と不思議に思って目を開けると。
「「「「「「「「「料理長! 誕生日おめでとうございます!!」」」」」」」」」
「はっ………?」
誕生日?だれの?料理長?
料理長?
「まーったく、まだわからないの?」
魔王様の声。後ろを向くと、楽しそうに笑う魔王様が。
「おかしいとは思わなかった? 朝、料理人がいつもより早く起きてきたこととか、私の態度とか、さっき門番が居なかったこととか。いやあでもここまで気付かないなんて思わなかったわ」
そうですね、確かに今日は皆さんおかしくて………。
でも、なんで私、自分でも誕生日なんて憶えてなかったのになんで、私なんかのために、みんな……。
「なんでこんなことみんなはしたのでしょうか、と言いたげな顔をしていますね」
「アスカさん……」
そうです、おかしいです。確かに今日は私の誕生日ですが、なんで……。
「そんなこと、決まっているのですよ。料理長、あなたは普段、私達がやるべき仕事を一人でこなしています。なのに文句の一つも言わず、いつも迷惑をかけてしまっています」
アスカさんはいつもと同じ表情で言っているはずなのに、その声はとても優しく聞こえました。
「だから、何らかの形で感謝の気持ちを示したいと思ったのですよ」
じわり、と目頭が熱くなって、膝から力が抜けて。床に座り込んで、涙が出そうだったから両手で顔を覆って、それでも堪えきれなかった涙が溢れてきました。
みんな、そんなこと考えていてくれたなんて………。
「結局はそういうことなのよ、アル。あんたが分かってないだけでみんな、あんたに感謝してんだから」
優しく背中を叩かれて、涙に濡れた顔をあげるとこれ以上ないくらいの笑顔を浮かべた魔王様がいました。
「ほら、泣かないの。料理冷めちゃうし、プレゼントだってあるのよ?」
「料理長、実は意外と芸大会なるものが用意されているのですよ」
「え?そ、それってホントにやるんですか?私今までずっと冗談だと…………」
賑やかな喧騒の中で、そっと微笑んで、私は小さく言いました。
誰も聞いていなかったと思いますが、心からの感謝をこめて。
ありがとうございます、って。
こんにちは。私は魔王城の料理長をしているアルと申します。
私、実は毎日毎日とてもとても大変な日々を過ごしています。
それでも、たまにはとてもとても嬉しいことがあるんです。
いつもいつもすごく忙しいけど、それでもとても楽しいです。
なぜなら、とても優しいみんなと、一緒に仕事しているからです。
………魔王様も、とっても優しいです!
初投稿です。アドバイスや感想などお待ちしています。