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母の葬式に現れたのは三人の聖職者 〜勘違いが生んだ弔いの奇跡〜

作者: 舞茸 満
掲載日:2026/03/02

母の急逝に、実家へ駆けつけた私と妹。悲しむ暇もなく喪主となった長男の私は、妹や義弟とともに葬儀の準備に追われていた。しかし、誰も「母の宗派」を知らない。その後に私たち家族が起こした「勘違い」から、前代未聞の葬儀が始まる!?

 私の目の前で、牧師と宮司、ご住職が向かい合ってお茶を飲んでいる。なかなか見ることの出来ない光景だろう。それは、私たち兄妹の勘違いから始まったことだった。


 二日前、母の訃報が妹から届いた。前日まで病気の気配もなく、亡くなる様子などまるで感じられなかった。それゆえに、今の私は悲しみよりも、驚きよりも、呆気にとられている。


 早くに離婚した母は、私と妹を女手一つで育ててくれた。金銭面での苦労は多少あったが、私達は立派に成人を迎えることが出来た。その私も45歳、妹は40歳と、互いに家庭も持っている身だ。


 そろそろ母に孝行したいと思いながら、果たせないまま今日を迎えてしまった。私の目の前には母の遺体が安置されている。住み慣れた自宅の和室だ。早速葬儀に向けて準備をする。長男の私が喪主となった。


 富田という葬儀屋の担当者と、葬儀を行うための斎場や日程の日取り、祭壇、棺、参列者への料理を何にするか。次から次へと私は忙殺された。


「葬儀は何式で行われますか?」


「何式??」


 戸惑う私に、妹が答えた。


「仏教式か、キリスト教式かということですよね」


「はい。あるいは神式か。最近は自由葬、家族葬、直葬、音楽葬などもございます」


 葬儀屋は得意気に、早口で説明する。


「そんなに…??」


「智恵子、母さんの宗派は??」


 智恵子は妹の名前だ。


「え?え?待って。母さんって…お盆ってどうしてたっけ?」


 妹は2階に上がり、母が使っていた引き出しを探し始めた。何らかの手がかりを探すのだろう。妻も持っていた手帳を広げ、何かを調べている。


「兄さん、私も調べてみます!何か分かるかもしれないので」


「では、それはお分かりになりましたらご指示ください。私は一旦、社に戻ります」


 そう言うと、富田は戻る準備を整え、部屋を出ていった。それと引き換えに、近所の方々が次々に弔問に来て下さった。


「こんな良い人がねぇ…」


「人徳のある人だったのよ」


 私も妹も母と離れて暮らしていたため、日頃の様子は全く知らなかったが、色々と地域活動などに参加し、慕われていた様だ。


 そして、その対応に追われていた私や妹は、宗派の話が途中になっていたことをすっかり忘れていた。その時、インターホンが鳴った。


 妻がドアを開けると、スーツ姿の男性が立っていた。妻と二言、三言話すと部屋に入った。


「〇〇町バプテスト教会で牧師をしております、高田と申します」


「牧師先生…ですか…」


「恵子さんの急なお知らせをいただきまして…」


「恵子」は、母の名だ。


「恵子さんには、長年教会活動にご支援を賜り、お世話になりました」


「長年…ですか」


「ちょっと失礼いたします」


 妻が私を呼んだ。


「誰が牧師先生をお呼びしたんだ」


「私よ。お母さん、教会のボランティアによく参加されていたのを思い出したの。それに、ほら」


 教会のクリスマス会で、聖歌を歌う際にピアノを演奏している写真があった。


「母さん、クリスチャンだったの?」


「そこまでは分からないけど…」


 再びインターホンが鳴る。葬儀屋が戻って来たのだろう。妻がドアを開ける。そこには頭髪を短く刈った、大柄の目つきの鋭い男性が立っていた。妻と二言、三言話すと部屋へ入ってきた。


「私、〇〇寺住職の釈と申します」


 袈裟を着て手には数珠。


「おい、どういうことだ」


「知らないわよ、私は牧師先生にしか連絡してないもの」


「恵子さんには、長年、我が寺の活動でご尽力いただきました」


「長年…ですか」


 2階に上がっていた妹が降りてきた。


「ご住職、急にも関わらずありがとうござい…」


 挨拶の途中で、私は妹の手を引いた。


「どうなってるんだよこれは」


「え?どうなってるって?見てよ。これ、お寺の清掃当番表」


 エクセルを使って作られたと思われる表にはしっかり母の名前が書かれていた。


「確かお母さん、お盆にも接待のお手伝いで伺ってたしね…え??」 


 妹は牧師先生の姿を見た。


「お兄ちゃんこそ、どうなってるのよ」


「私が連絡したんです。お母さん、教会で活動されていた写真がありまして…」


 妻が妹へ答えた。


「まずは、牧師先生とご住職に相談しよう。俺もどうして良いか分からないんだから…」


 その時、インターホンが鳴る。私と妻、妹の三人が顔を見合わせる。


「3人目…??」


「まさか。葬儀屋さんよ」


 妻がドアを開けると、袴姿の男性が立っていた。長い羽織を着て、手にはお祓い用の幣束へいそく。妻と二言、三言話すと部屋へ入ってきた。


「私、〇〇神社の宮司をしております、設楽と申します」


「神主さん…」


「恵子さんには、長年に渡り、当神社に多大なご支援を賜りまして。ご訃報に、万難を排してお伺い致しました」


「長年…ですか」


 義弟が奥の部屋から出てきた。


「僕が連絡しました。お義母さんが神社で清掃やお祭りのお手伝いをされていた写真がありましてね。そう言えば僕も、一度だけお母さんとお手伝いに伺いましたよ」


「お前…」


 妹と妻が義弟をじっと見ている。


 牧師先生とご住職、さらには神主さんの御三方が一同に揃う光景。


「え…っと、お忙しい中、お出でいただきましてありがとうございます…私共の手違いと申しますか、このようなことになってしまいまして…大変申し訳ありません!」


 私は手を床について謝った。それ以外、何を言えというのか。

 

「頭をお上げください。まあ、良いではありませんか」


 ご住職が笑みを浮かべている。


「偶然ではなく、全ては必然です。謝ることではありません」


 高田牧師も優しく微笑んでいる。


「どうでしょう。恵子さんとの繋がりをここでお話しませんか」


 設楽宮司が提案した。


「今、新しいお茶をお入れします」


 妻が急須に新しい茶葉をいれ、お湯を注いだ。


「では、私からよろしいでしょうか」


 設楽宮司が、幣束を静かに傍らへ置き、遠くを見るような目で言った。


「恵子さんには、我が神社の祭礼や節分の豆まきなどで長年ご尽力いただきました。祭り後の深夜、たった一人で境内のゴミを拾い集める彼女の姿がありました。私が声をかけると、『神様が気持ちよく朝を迎えられるように』と。彼女の立ち居振る舞いそのものが、清らかな『神事』そのものでした」


 次に、高田牧師の番になった。


「教会でも、設楽宮司のお話と相違ない恵子さんのお姿でした。恵子さんは、長年ボランティア活動での炊き出し、子ども会主催のクリスマス会におけるピアノ演奏や愛餐奉仕など、本当に多岐に渡るご支援をいただきました。まさに、愛の奉仕でした」


 最後に釈住職となった。


「高田先生、それはまさに『隣人愛』ですな。寺でも同様でした。恵子さんはお寺の掃除を終えた後、いつも本堂の隅で静かに手を合わせておられました。『今日、みんなが怪我なく掃除を終えられたことに感謝しています』と。見返りを求めぬ、まさに観音様のような微笑みでした」


 いずれも私たちの知らない母の姿だった。私たちを精一杯育ててなお、地域の活動で奉仕を続けていた。


 そんな時、インターホンが鳴った。三人の聖職者が顔を見合わせる。私たち兄妹も顔を見合わせ、妻がおそるおそるドアを開けようとするのを私は止めた。


「待て!皆、もうどこにも連絡していないな!?大丈夫だな!?」


 妻がドアを開けると、葬儀屋の富田だった。


「いや〜すみません、戻りました。お分かりになりましたで……え?」


 葬儀屋は持っていたファイルを床にバラバラと落とした。


 一息入れたところで、富田と改めて葬儀の打ち合わせとなった。


「こういうのは初めてです」


 富田はハンカチで仕切りに汗を拭っている。


「葬儀ですが、こうするのはどうですかな」


 釈住職が私と富田にある提案をした。



 翌日、通夜の日を迎え、母の亡骸は棺に納められ、寝台車で斎場へと向かった。後から私達が着くと、祭壇が完成されていた。百合の花の中に榊が飾られ、さらに中央に位牌がある。


「どうでしょう。高田先生、設楽先生とも話したのですが、協力してお見送りするのは……前代未聞かもしれませんが、それが恵子さんに一番相応しいかと」


 釈住職の提案に、富田は驚きと戸惑いつつ、表情を引き締めた。


「承知いたしました。弊社、全身全霊で取り組ませていただきます!」


 通夜の時間を迎えた。参列者のざわつく声が聞こえた。無理もない。仏式、神式、そしてキリスト教式が一同に揃う葬儀など聞いたことがない。線香が立ち、百合と榊、十字架が並ぶ葬儀は富田ですら経験がなかった。


 まず設楽宮司が清め、祓いを行った。続いて釈住職の読経となり、最後に高田牧師が祈りの言葉を捧げた。


 通夜が終了したあと、釈住職、高田牧師、設楽宮司の三名が前に立った。釈住職は、母が「愛と奉仕の人」であった事を意味する戒名をつけて下さった事を説明した。


「神社での清らかな心、教会で見せた慈愛、お寺で見せた献身、源流は同じ。ならば、見送る我々が形に拘泥するのは、彼女に失礼というものでしょう」


 設楽宮司は話した。高田牧師は設楽宮司の話に何度も頷いていた。


「まさに『隣人愛』でした。ご遺族の皆様の悲しみが、1日も早く癒されるよう祈ります」


 母の遺影で見せる微笑みが、少し滲んで見えた。


 翌朝告別式を迎えた。澄みわたる青空を私は見上げ、まもなく訪れる永遠の別れに、寂しさを感じていた。


 出棺の時を迎え、棺の蓋が開けられた。三人の聖職者は下がって私たちを見守っていた。母は私達を育て上げ、次は地域で生きていた。私の知らない母の姿がたくさんあったのだ。母の冷たくなった手を握り、私は落涙した。棺の中をいっぱいの百合の花で埋めた。


 蓋が閉じられ、高田牧師が切り出し、続けて釈住職が続いた。


「恵子さんは、愛に生きた方でした」


「何を信仰するかは大切です。しかし、それ以上に、どう生きたかではないでしょうか」


 設楽宮司も微笑みを浮かべていた。


「神様に、そして仏様に愛される生き方をされたこと。私は敬意を持っております」


 母が多くの方々に慕われ、母自身も尽くすことが幸せな生き甲斐になっていた。私たちの勘違いが招いた葬儀の準備が、結果として、知らなかった母の姿に出会わせてくれた。


「全ては必然です」


 高田牧師の言葉が、胸に響いた。


 棺は斎場に併設された火葬棟に移動し、火葬炉に入った。重たい扉が閉じられ、永遠の別れを迎えた。


 妹が私に近づいてきた。


「お兄ちゃん。お母さんの信仰ってなんだったのかしら」


「さぁな」


 そう言うと、私は後ろで見守っている三人の聖職者に頭を下げた。






お読みいただき、ありがとうございました。

私自身、日頃よりあらゆる宗派に深い敬意を持っております。この話は、かつて教会での礼拝で神主さんをお見かけた実体験、通夜でのご住職の素晴らしいお話に触れた経験から、この物語が生まれました

前半はドタバタコメディ、後半は人への愛のお話と展開しました。どうぞよろしくお願いいたします。

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