02:婚約破棄(記憶)
煌びやかなパーティー会場で、発泡性ワインを手にしたサフィルスは、周りの人達と共にその光景に釘付けになっていた。
冷えたシャウムヴァインは飲まれることなく温度をあげ、普段ならありえないほどグラスに水滴を浮かせている。
「ここまで言って解らないのか! やはり顔だけの馬鹿女だな! 俺は、お前との婚約を破棄すると言っているんだ!」
恥知らずで礼儀知らずな上に、無知な貴族。
叫ぶゼンケル公爵子息を見てサフィルスが下した評価はそれだった。
「そう言えば、まるっきり同じ印象を持った貴族が居たな……」
サフィルスは、そう遠くない記憶を思い出していた。
まだ一月も経っていない過去。
侯爵家の嫡男であるサフィルス・アルトゥル・シュターミッツは、人生で初の重大な事件に遭遇した。
友人である伯爵令息に招待されて参加したパーティーで、自分の為に用意された休憩室の扉を開けた瞬間に目に飛び込んで来たのは、自身の婚約者である伯爵令嬢の浮気現場だった。
それも、可愛いくちづけなどではなく、立ったままドレスを腰までたくしあげ、後ろから男に突き上げられ嬌声を上げている痴態だった。
一緒に居た、招待主である伯爵令息が顔面蒼白で「何をしている!」と叫ぶのを、サフィルスはどこか遠くで聞いていた。
サフィルスが呆然としている間に、間男は別室へ連れて行かれ、婚約者である伯爵令嬢とサフィルスは向かい合わせに応接用のソファに座っていた。
サフィルスの横には伯爵令息が座っており、ソファが汚されなくて良かった、とポツリと呟いていた。
確かに他人が性行為を行ったソファに座るのは嫌だよな、とどこか他人事のようにサフィルスも心の中で同意する。
その後は、沈黙が部屋を支配した。
メイドもおらず、重苦しい空気が漂っている。
バサリと布の動く音がした。
伯爵令嬢がドレスの中で大きく足を動かしたのだ。足を組んだのだろう。
「婚約者の為の休憩室ですもの。私が使っても問題無いでしょう?」
伯爵令嬢の第一声は、これだった。
そういう問題では無い。
使用理由の方が今は問題なのだが、伯爵令嬢――カーネリア・タビタ・ピーツカーは腕と足を組んでふんぞり返るようにしてソファに座っており、なぜ責められているのかと逆に憤慨している。
「そもそも純潔は守っておりますのに、責められる意味が解りませんわ!」
カーネリアがフンッと顎を上げながら言う台詞に、サフィルスは眉間に深い皺を寄せた。
そもそも不貞行為をしている事が問題なのだが、カーネリアの中では違うようである。
しかも彼女の言う純潔とは、一般的なものとは違うのだろうか?
思わずサフィルスと伯爵令息の二人は絶句してしまい、反論をしなかった。
それを自分の主張が通ったとでも思ったのか、カーネリアは勝ち誇ったように笑い、足を組み直した。
翌日。カーネリア有責で、婚約破棄が成立した。
不貞現場を目撃したのがサフィルスだけではなく、伯爵家の令息……第三者も一緒だった事。
不貞相手が性行為を認めた事。
カーネリアの「純潔は散らしてないから不貞では無い」という主張は、当然却下された。
間男は間違いなく行為を認めており、令嬢との意見の相違にサフィルスと伯爵令息、間男自身も戸惑っていたが、結局有耶無耶のまま終わってしまった。
とにかく、サフィルスとカーネリアの婚約は破棄された。
元々が愛など欠片も無い政略での婚約だった為、破棄後の交流は一切無く、全ての手続きが終わる頃にはサフィルスは相手の顔も思い出さなくなっていた。
薄情と言われればそうなのかもしれないが、義務での関係だったのだから、しょうがない。結婚してから関係を構築する夫婦も決して少なくないのが、貴族の世界なのである。
今回の婚約破棄騒動を見て、隠れて不貞行為をしておいて反省もしないのと、衆人環視の中で不貞相手を侍らし婚約破棄宣言をするのは、どちらが最低な婚約者だろうか、とサフィルスは口の端を持ち上げた。




