01:婚約破棄
「お前のような見た目しか価値の無い女との結婚なんて、そんな地獄みたいな未来はお断りだ!」
人工的な光が埋め尽くす煌びやかなパーティー会場。華やかな装飾に彩られた、明るい雰囲気のバンケットホールに、無作法な男の大声が響き渡った。
何事かと皆の視線が注目する。
ダンスホールのド真ん中に、三人の人間が立っていた。
周りで踊っていたカップル達も動きを止め、興味津々で三人を見ている。
相手を威嚇するように大声を出したのは、くすんだ金髪に薄い水色の瞳をした男である。
公爵家子息、アクア・ヴィルフリート・ゼンケル。
三男の為に家督を継ぐ事も、ゼンケル公爵家が所有する他の爵位や土地を継承する事も出来ない。
いや、優秀な男ならばその限りでは無かったのかもしれない。
実際に、パーティー会場で変な注目の集め方をしている事実が、その愚鈍さを証明している。
「突然腕を掴んで、無理矢理会場の真ん中へ連れて来たと思いましたら、何をおっしゃってますの?」
男に指を差され、大きな声で罵倒されたというのに、相手の女性は表情を変えずに静かに問い掛けた。
驚きよりも呆れの強いその表情に、相対する男――アクアの顔が怒りで歪む。
「お前のその他人を馬鹿にしたような表情が嫌なんだよ! 女ならもっと愛想良く笑え! 俺に気を使えよ!」
アクアは隣に立っていた女の腰を引き寄せた。
「このルビィのように!」
ルビィと呼ばれた肉感的な女は、あら、と微笑んでアクアにしなだれ掛かった。
赤い巻き髪に少し桃色がかった赤い瞳のルビィは、勝ち誇ったような笑顔を目の前の令嬢に向けた。
「それで、私の従姉妹を横に侍らし、結局ゼンケル公爵子息は何がしたいのですか?」
アクアに誹謗された、見た目だけの女――フローレス・アデーレ・ヴァラハは、冷静に状況把握を試みた。
国庫と同額の資産があると噂されている、ヴァラハ子爵家の令嬢である。
光が反射してキラキラと輝く白金髪を揺らし、見る角度によって色を変える黒にも銀にも見える神秘的な瞳でアクアを見つめ、フローレスは首を傾げる。
本当に意味が解らなかったから。
友人と談笑していたら、突然婚約者に腕を掴まれ、有無を言わさずダンスホールの真ん中まで引き摺られるように連れて来られたフローレス。
着いた先には従姉妹のルベライト・アーダ・ポシュナー伯爵令嬢が腕を組んで立っており、その隣に当たり前のように婚約者が並んだ。
当然フローレスは放置され、訳が解らずに立ち竦んでいた。
そして始まった意味不明な主張。
フローレスにしてみれば「だから何?」である。
「ここまで言って解らないのか! やはり顔だけの馬鹿女だな! 俺は、お前との婚約を破棄すると言っているんだ!」
アクアが意気揚々と宣言した。
馬鹿はどっちだ。
そう思ったのは、フローレスだけでは無い。
そもそも婚約とは家同士の契約である。この場合はゼンケル公爵家とヴァラハ子爵家になる。
それを当主でもない、しかもたかが三男が勝手に破棄できるものでは無い。
更に公の場で自身の不貞行為を肯定するように別の女性を伴うなど、自分有責の婚約破棄だと宣言するようなのもので、以ての外だ。
公爵家だから子爵家相手に好き勝手出来るのかと言うと、そうでもない。
ヴァラハ家は限りなく伯爵位に近い子爵であり、商売に力を注げなくなるとの理由で、代々陞爵を断り続けているとの噂がある家だ。
それ程の財力と人脈が有る、という事である。
この婚約を申し込んだのは、実はゼンケル公爵家の方だった。
婚姻前に後継者のいない傍系伯爵家に養子に出し地位を持たせるので、との破格とも言える条件でこの婚約をゴリ押ししていた。
「俺は伯爵を継ぐ男だ! なぜ子爵家のお前など嫁にしなきゃいけないんだ!」
裏事情を知らない傍聴人は、首を傾げる。
なぜ彼が伯爵位を継ぐのか、と。
裏事情を知っているフローレスも首を傾げる。
彼が伯爵家に養子に入る条件は、自分との婚姻ではなかったか、と。
その事実に後日アクアが気付いたとしても、これだけの聴衆……証人がいれば、間違いなく婚約は破棄されるだろう。
フローレスはドレスを摘み、腰を落とす。
完璧な淑女の礼と共に、完璧な淑女の微笑み。
「婚約破棄、承りました」
アクア・ヴィルフリート・ゼンケル公爵家子息と、フローレス・アデーレ・ヴァラハ子爵令嬢の婚約破棄が、今、この瞬間に決まった。




