第5話 アル・ハラド砂漠王国3
~霧の恵みと別れの祈り~
バザールの視線がスカイに集中する。
スカイは落ち着いて一歩進み出た。
「割って入ってすみません。王国から来ました、クライムと申します。
バザールの代表殿、できれば私の話を聞いてくれませんか?
上手くいけば、水不足を解決できるかもしれません」
レイネの父親たちがざわつく。
「水不足を……?」
「王国から、そんな話が……本当かよ!?」
しかしバザールの代表は鼻で笑い、スカイを一瞥。
「フン、悪いが見ず知らずの者の話なんて、信用しかねる。商人は信用が命だ。
例え王国の方でも、そんな大言壮語を言われて、信用しろと言うのは無理な話ですな。」
冷ややかな空気が流れる。スカイは動じず、冷静に微笑む。
「なるほど、代表殿の言葉も最もだ。
ですが……それなら、彼女の前でも同じことが言えますか?」
そう言うと、スカイは素早く動く。
エリアスの偽メガネと日除けスカーフを、パッと外した。
「えっ……!?」
エリアス自身も、スカイのとっさの行動に反応できず、目を丸くする。
外れた途端に現れた、金色の長い髪。
霧の光に輝く澄んだ蒼い瞳。
そして、王女らしい整った顔立ち。
バザールの代表が、その姿を見て絶句。
「なっ……まさか、あなたは……
王国のエリアス陛下っ!?」
その言葉に、広場がどよめきに包まれる。
バザールの人々が一斉に息を呑む。
「エ、エリアス様!?」
「本物かよ!?」
「金髪の伝説の女王様だ!」
レイネが小さな声で、
「王国の女王様……!?」
とびっくりして、エリアスのローブを掴む。
スカイはオロオロするエリアスの隣に立ち、堂々と胸を張る。
「申し訳ありません。私もクライム改め、
ここにいるエリアス陛下の夫であり、
宰相兼国王代理を任されております、
スカイ・エニーフィートと申します。」
スカイの名を聞いた瞬間、代表の顔から血の気が引く。目を見開き、震える声で。
「な、な、なんですって!? では、あなた様が……あの世界中の数値教テロを叩き潰し、王国を救った英雄、スカイ様っ!?」
広場が静まり返る。バザールの人々、レイネの父親たち、警備員――全員が息を止める。
スカイは改めて他人から言われるとむず痒く感じつつ、クールに返す。
「あまり自分の立場をひけらかしたい訳では
ありませんが、一応、あなたの言う『信用』
とやらを示したつもりです。いかがでしょう?」
バザール代表は冷や汗ダラダラ。
膝がガクガク震え、スカイとエリアスの前で土下座のようにひれ伏す。
「さ、先ほどは存じ上げず、無礼な対応を……
申し訳ありませんでしたっ!!
謹んでお話を拝聴させていただきます!!」
その姿に、バザールの人々が絶句。
さっきまでの喧騒が嘘のように、広場が凍りつく。レイネの父親が呆然と呟く。
「スカイ様……本物の英雄が、俺たちを……?」
エリアスが優しく微笑み、スカイの手を握る。
「スカイ……そういうことだったのね。これで、話が進むわね。」
スカイが頷き、代表に手を差し伸べる。
「では代表。どこかで落ち着いて話を聞いてもらおう。
まずはレイネの父親たちの契約、猶予をくれ。
水不足の解決策、すぐにでも始めよう。」
バザールの代表が慌てて立ち上がり、
「は、はい! スカイ様のおっしゃる通りです!!」
と頭を下げる。
周囲の商人たちも、畏敬の目でスカイたちを見つめる。
レイネがエリアスの手を握り、涙目でスカイを見る。
「クライムお兄ちゃん……ありがとう……」
霧の晴れた太陽が、広場を照らし始める。
視線を一身に受け、二人はバザールの代表の案内の元、商工会議所へ向かう。
アル・ハラドの運命が、変わろうとしていた。
バザール代表の案内で、商工会議所へと足を運んだ。
そもそも人目を避けるための配慮だったはずが、
スカイ達の正体が露見した今となっては逆効果だ。
入り口付近はすでに商人や民衆でごった返し、
「スカイ様!」「女王陛下のお姿を!」
と熱狂の声が飛び交う。守衛たちが必死に制止する中、スカイとエリアスは
中会議室へ入った。重厚な扉が閉まり、
ようやく静寂が訪れる。向かい側の長テーブルには、
バザール代表とその後ろに屈強な警備員が並び、
スカイ達の後ろにはエリアスの希望でレイネとその父親、仲間たちも立ち会っていた。
代表は明らかに渋い顔で、レイネたちをチラリと見やりながら咳払い。
「スカイ様のご英断とは存じますが……この者たちを同席させるのは、いかがなものかと。商談には不適切では?」
スカイが即座に鋭い視線を返す。
「代表殿。彼らこそが、この国の『現場』だよ。
オレの解決策は、絵空事じゃない。実際にラクダを動かしてる彼らの力がなければ、実現しないんだ。異論……無ぇよな?」
代表がゴクリと唾を飲み込み、渋々頷く。「……承知いたしました。スカイ様のお言葉とあれば」
レイネの父親が感激に震え、涙を流す。
「スカイ様っ! 俺たちみたいな者に、そんな栄誉を……!」
仲間たちも
「すげぇ……」
「国レベルの話に俺たちが!?」
と目を潤ませる。
レイネは父親の手をギュッと握り、小さな声で呟く。
「お父さん……私たちも、役に立てるんだね……!」
その顔は希望を感じていた。
スカイが地図を広げ、落ち着いた口調で切り出す。
「さて、本題だ。水不足の解決策だが――
朝霧を活かせ。バザールのメッシュを、特別
な角度で網に仕立てる。霧の中の水分が凝結
して、水滴になって落ちる仕組みだ。
これはメッシュの規模の面積が大きいほど効果がある。高さを活かして貯水槽に集めりゃ、毎朝確実に新鮮な水が手に入る。」
代表が眉をひそめ、半信半疑の声で。
「霧で……水を? 昔話に出てくるようなお伽話じゃありませんか。
スカイ様のお力は疑いませんが、実証も無しに……」
スカイが窓辺を指し、ニヤリと笑う。
「昨日と今朝の霧、見てみろよ。メッシュに水滴がビッシリ付いてただろ?
あれを街全体に拡大すりゃ、再現性はバッチリだ。
ラクダの水代、果樹の灌漑――全部賄えるぜ」
代表の目がカッと見開き、前のめりに。
「なっ……確かに! 朝霧だけでも、ラクダ一頭の水は十分!これならバザールの気球切り替えも見直せますな!」
レイネの父親が声を震わせる。
「スカイ様……!それが本当なら、俺たちにも仕事が! 家族が救われるんですか!?」
仲間たちも
「希望が……!」
「ラクダが生き返るぜ!」
と涙ぐむ。
レイネが父親の腕にしがみつき、笑顔がこぼれる。
「お父さん、果物も元気に育つよ! 見ててね!」
スカイは畳み掛けるように続ける。
「水質汚染も解決策がある、これを見てくれ。」
スカイは、水筒を取り出し、コップを持ってこさせた。
スカイはコップに水筒の水を入れるが、その水は濁っていた。
それを見たバザールの代表は顔をしかめた。
「スカイ様、その水はまさか……」
スカイはニヤリと笑った。
「ああ、問題の汚染された水だ。だが、見てほしいのはここからだ。」
スカイは何か粉薬の様な物を濁った水に入れ、棒を使ってかき混ぜた。疑問顔をしていたバザールの代表だったが、
少しすると水の中で何かくっつき始めた。
それが目で見えるようになるとコップの底に溜まり始め、それに比例して、水が透明になっていく。
それを見た周りはどよめいた。
「水が……」
「何かの魔法なのかっ!?」
「信じられない……、あの汚染された水が見る見る内に!!」
バザールの代表も目を見開いた。
「スカイ様っ!?これは一体どんな魔法ですか!?」
スカイは苦笑した。
「これは魔法ではないよ。詳しくは言えないが、王国が最近完成させたものでちょうど
実験中なんだ。
水の汚れ同士をくっつけて底に貯め、透明になった水を家庭用ろ過装置で解決だ。
砂利と布、木炭を層に重ねて汚れを濾過、
煮沸すりゃ安全な水になる。砂漠の古い知恵さ。」
バザールの代表は透明になった水を凝視する。
スカイは続ける。
「さらに日傘で日差し対策、
塩飴で熱中症予防――きっと需要は大きいぞ。
これで労働力も跳ね上がる」
スカイは他にもアイデアを語った。
バザールの代表がますます食いつき、メモを飛ばす。
「日傘に塩飴!? 商売の匂いがプンプンしますな!
砂漠にゴミを撒き、シロアリとラクダのフンで緑化とは……正直信じられませんが、うむ、試すのも面白い!」
レイネの父親が拳を握り、
「スカイ様の知恵……俺たちで材料集めます!
国家プロジェクトだなんて、光栄です!!」
だが代表が頭を押さえ、
「問題は費用です。いくら手に入りやすいとはいえ、一国規模となれば、バザールだけじゃ荷が重い。
スカイ殿は王国が半分負担すると仰いますが……まずは我が国の国王陛下にご相談を。」
スカイが即答。
「了解だ。まずはできるところから始めよう。
レイネの父親たち、材料調達を頼むぜ。
ラクダ使って集めろ。俺たちも大使館で動く。」
父親たちが大喜びで敬礼。
「お任せを!」
「やるぜ、みんな!!」
レイネが飛び跳ね、
「お父さん、良かったね!」
その日のうち、大使館職員と民間クエストで総動員。
網、メッシュ、貯水槽の試作を急ピッチで設置した。
翌朝――結果は驚異的だった。
クラウドフィッシャーがバザール全体に張り巡らされ、霧からメッシュに伝わり水が滴る!
その水量はバザールの住民全員の1日の消費量を上回る量を確保。
家庭用ろ過装置も完璧、煮沸で輝く水に。
「飲める!」「甘いぜ!」
と歓声が上がる。塩飴を舐めた商人が叫ぶ。
「これはいい!仕事が捗る!」
日傘の下で笑う民衆。
「これ売れる! バザール復活だ!」
水不足解決の目処が立ち、生活水準が一気に上がった。
翌日、スカイとエリアスは砂漠王宮に招待された。
世界サミットで顔見知りのアル・ハラド国王が笑ってはいるが嫌味っぽく迎える。
「全く、エリアス陛下、スカイ殿も人が悪い。
前もって仰ってくれれば、国を挙げて歓待したものを。
我が国の恥を晒して解決していただくとは、我らの立つ瀬がありませんぞ。」
と一応感謝された。
エリアスが優雅に微笑み返す。
「国王陛下のお顔を拝見できて、私こそ何よりですわ。友好の証として、これからもお互い様ですもの」
スカイが調査結果を提出し、
「これで緑化も交易拡大も夢ではありません。王国も協力します。」
と付け加える。
アル・ハラド国王、渋々ながら深く頭を下げる。
「……全く見事。王国との長い友好を誓います。感謝の言葉も無い。」
砂漠王国を発つ日。
オアシス脇の見送り場に、レイネと父親たちが集まった。
レイネの父親は憑き物が落ちたような清々しい顔で、涙を拭いながら深々と頭を下げる。
「スカイ様、エリアス陛下……数々の無礼と恥を見せてしまい、申し訳ありませんでした。
そして、我らを助けてくださったこと、一生忘れません。
本当に、本当にありがとうございますっ!!」
レイネがスカイに飛びつき、抱きついて叫ぶ。
「クライムお兄ちゃんっ!果物、絶対元気に育てるから!本当にありがとぉ!!」
スカイがレイネの頭を撫でる。
「おう、レイネ。次来たら、でっかいデーツ食わせてくれよな」
次にエリアスへ抱きつき、
「エイラお姉ちゃん、大好き! ずっと忘れないよ!」
エリアスが抱きしめ返し、頰を寄せる。
「レイネちゃん、良かったわね。お父さんを支えてあげて。あなたならできるわ。」
父親が祈るように両手を合わせ、
「お二人の世直しの旅に、幸多からんことを!! 砂漠の神のご加護がありますよう!!」
と見送る。
馬車が動き出し、手を振るレイネの姿が遠ざかる。
馬車の中でエリアスが頰を膨らませ、少し拗ねた。
「それにしても、急に私の正体を明かすんだもの。びっくりしたんだからっ!もう、スカイったら♪」
とスカイの頬をつつく。
スカイが頭をかき、照れ笑いしながらフォロー。
「悪い悪い、エリアス。
信用を得る一番手っ取り早かったのは、
エリアスの方だったからさ。
最強のインパクトだったろ? 許してくれよ。」
エリアスがクスクス笑い出す。
「もう、仕方ないわね。機嫌直してあげる。次はどの国かしら?」
スカイが地図を広げ、
「港湾都市国家マリナスだ。
今度は海が見れるぞ。楽しみだ。」
砂漠の風に送られ、二人は次の場所へ。
アル・ハラドのオアシスに、新たな水が湧き続けていた。




