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夢tube断章、スカイ・エリアス編  作者: grow
断章 世直し新婚旅行編
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第46話 商会連邦ゴールドリーフ3



翌朝。まだ日も昇りきらぬ薄曇りの空の下、

レオンは川沿いのスラムを歩いていた。



鉄屑と湿気の匂い、錆び付いた機械の残骸。

どこか懐かしい“現場のにおい”だった。 




ギャレンの工房を覗くと、

すでに彼は作業台に向かっていた。



「……おう、来たか。

律義に時間を守るなんざ、面白味の無ぇやつだぜ。」



レオンは朝早いのも相まってイラついた。


「口の減らねぇジジイだな。気に入らねぇなら帰るぞ!」



「帰る? 帰る家も無ぇクセに生意気なこと言いやがる。

オラ、お前のための課題は用意してんだ。

とっとと始めろ。」 



レオンは舌打ちをして、ため息を吐いた。


「……はぁ、こいつは朝から調子がいいぜ。」




文句を飲み込み、

台の上の壊れた部品に手を伸ばす。 




昨日と同じように分からないところは

ギャレンに聞き、教えられた通りに進める。

組み立てては失敗し、外して修正。

作業と呼気の音だけが狭い工房を満たしていた。 

その指先が少しずつ思い出す――かつての感覚。


魔力導線をつなぐときの“微かな音”、


調律の手応え、手の平から伝わる魔力の脈動。


時間を忘れて没頭しているうちに、

いつの間にか昼を過ぎていた。 

そして、壊れたオルゴールが鳴りはじめた。

控えめな、けれど確かな旋律。



「……動いた。」 


ギャレンが手を止め、ちらりと横目をやる。


「フン……まぁ、こんなとこだな。

これだけ時間かけてやっと一個か。」


「……」


「ちなみにオレはその間に三つ終わらせたけどな。」 



露骨なマウントに、レオンの我慢が切れた。



「いい加減にしろよ!

そんなに自分がすごいって言いたいなら、

最初からそう言え!」


「なに?」


「結局こうだ! 努力してもバカにされて、

資格取っても無駄だって言われ続けて! 

どこ行ってもお荷物扱い……!

金も無ぇ、寝る場所も無ぇ、

何のために生きてんだよ、オレは!」 



怒鳴りながら、レオンは汗と涙と埃の混ざる空気の中で拳を握った。



「……やっぱり仕事に戻るなんて考えるんじゃなかった! 

またこんな惨めな思いするくらいなら、

もう全部どうでもいい!」 



ギャレンは黙って聞いていた。

怒鳴り声が止まり、しばらくの沈黙。 

レオンは苛立ちを抑えられず、さらに吐き捨てる。



「だいたいアンタだってさ、そんなに仕事できんのに、

なんでこんなスラムでくすぶってんだよ!? 

……ああ、わかった!誰にも好かれねぇ

頑固ジジイだからだろ!くだらねぇ人生だな!」 



ようやくギャレンが口を開いた。


「フン……何を勝手にキレてんだか。

お前が役立たずなのは事実だろうが」


「……ッ!」


「だがな、昔のオレよりはお前はよっぽどマトモな方だ」 




意外な一言に、レオンの呼吸が止まる。


ギャレンは視線を伏せ、悔やむように言葉を続けた。



「オレは昔、工場を経営してたんだ。自分の腕一本でのし上がって、金も地位も女も手に入れた。毎晩酒と博打と笑い声さ。


けど、気づいたら誰もいなくなってた。

部下も取引先も、信頼も……全部失った。」



その声は、まるで金属の底で響く残響のようだった。


「金は逃げる、信用は戻らねぇ。助けも無ぇ。

そして残ったのはこの腕だけだ。」



「……じゃあ、なんで今も続けてんだよ。

なんでまだ、生きてんだよ。」




「その答えを探してるんだ。」




短く、けれど強い言葉。


工房の中に、しばし音が消えた。

外では風が鳴っている。



「オレだって死ぬことも考えた。だけどな、

オレにはこの腕しか残ってなかった。

せめて、誰かの役に立つなら……

そう思って直せるもんを直し続けてる。

償いかもしれねぇし、ただの自己満足かもしれねぇ。

でも今度こそ、もう一度、

“自分の存在意義”を見つけたくてな。」 


ちょうどその時、外のドアが軋む音。


「おう、差し入れだぞー。」


 スカイとエリアスが昼食を持って現れた。


「……なんか、空気が重い?」



「気のせいだ。」


ギャレンが短く答えた。レオンも何も言わない。 

淡々と昼食を終えると、ギャレンが立ち上がる。


「レオン、直したオルゴール持って来い。

行くぞ。」



「はぁ?一体どこへ……?」



「いいから来い。クライム、お前らもついて来な。」


 言われるまま、オルゴールを抱えてついていく。


 たどり着いたのは、狭い路地の奥にある古い家。

中から、背の小さな老婆が顔を出した。


「ギャレンさん……まぁ、わざわざ」


「頼まれてたこれを返しに来た。

……正確には、こいつが直したんだ。」


 ギャレンが親指でレオンを指す。 


レオンが差し出すと、老婆は震える手で

オルゴールを受け取り、静かに蓋を開いた。


カチリと音を立て、柔らかな旋律が流れる。

低くも温かい、懐かしい調べ。 

老婆の目から、涙がこぼれた。


「……この音。主人が私に贈ってくれた時と

同じ音だわ……。」 


スカイとエリアスは息をのむ。


ギャレンが小さく呟く。



「亡くなった旦那の形見だ。若ぇ頃、

プロポーズの時に渡したもんらしい。」



老婆はレオンの手を握り、何度も頭を下げた。


「本当にありがとうございます……。

私のおじいさんの想いを、直してくださって……。」 


レオンは言葉を失った。


胸の奥に、何か温かいものが流れ込む。



「……オレ、

……誰かの助けになれたんだな……。」 


ぽつりと漏らしたその声は、小さな旋律に溶けて消えた。

 


頬を伝う涙を、レオンは風に任せた。



老婆にオルゴールを届けてそれからの日々。




それを機にレオンはギャレンの元で

本格的に手を動かすようになった。



喧嘩腰のやり取りは相変わらずだ。


ギャレンが怒鳴り、レオンが睨み、工具の音が鳴る。

だが以前のような重苦しさはない。

今では、そのやり取りすら工房の日常になっていた。 



レオンはすぐに諦めなくなった。

不器用でも、分からないところを何度も

尋ねては、一つずつできるようにしていく。



ギャレンも、昔なら突き放していたであろうそこを、今では苛立ちながらも手を取って教えた。



「見てろ。この角度で外す――

ほら、こういう風に力を流してやるんだ。」


「……へぇ、そうやって繋ぐのか。」


「わかったなら次はお前がやれ。

覚えねぇ限り意味ねぇぞ。」 



こうして、ギャレンのやり方を見て、

聞いて、真似て――

それを繰り返すうちに、レオンの手の感覚が

少しずつ磨かれていった。



レオンは分からない箇所を素直に聞き、

ギャレンは苛立ちながらもできる限り分かりやすく教えた。



 時には作業を見せ、時には手を取らせ、

何度も指導と模倣を繰り返す。


その合間に、

レオンがふと見せる集中の表情を、

ギャレンは黙って見ていた。 


その二人の光景は、どこか楽しげな空気がある。

 



やがて修理した品を届ける時には、

レオンも同行するようになった。




依頼先は個人の修理客だけでなく、

他の工房、時には小規模な工場まで。



ギャレンが独りで積み重ねてきた信頼の人脈が、少しずつレオンの足でも巡るようになる。


「おや、ギャレンさん。そちらの若いのは?」


「この若造か?オレの弟子みてぇなもんだ。」


「へぇ、あの頑固なギャレンが弟子? 

こりゃ珍しいねぇ。」


 常連たちは笑いながら冷やかした。

 


レオンはバツが悪そうに頬を掻き、

ギャレンは「うるせぇ!」と手を振る。 

だが現場に出るたび、レオンの手には

かすかな自信が宿っていった。




資格で学んだ魔動機の構造、過去に覚えた操作手順――



依頼先では持っている資格のおかげで、

作業補助として魔導機を動かさせてもらうこともあった。 


たとえ移動や簡単な作業といった軽いことでも――

“動かしている実感”がそこにあった。


 スイッチを押し、魔力が魔動機に伝わり、魔動機が動き始めたのを感じたとき、胸が高鳴る。



小さな魔導機を動かすだけでも、

レオンは心が高鳴った。




「こいつ、案外根っこは現場向きかもな。」



その様子を見て、

ギャレンは煙管をくゆらせながら呟いた。 



一ヶ月が経つ頃には、仕上げ作業や簡易修理を一人で任せられるようになっていた。



ギャレンは黙って見守りながら、

時折わずかに口元を緩める。 


そんなある日のこと。




修理の依頼票を整理していたレオンが、

眉をひそめた。



「なあギャレン、

気のせいかもしれねぇけど……、

最近持ち込まれる魔力器、どれも同じメーカーじゃないか?」



「なに? 見せてみろ。」 


ギャレンは記録帳を開き、確認した。


「……ほう、言われてみりゃ確かに。

客はそれぞれ違ぇのに、製造元は全部同じだな。

お前よく気付いたな。」



「別に、整備するたびに同じマークを見りゃ覚えるさ。」



「フン、口は悪いが観察は鋭ぇ。」



 ギャレンは顎に手を当て、考え込んだ。



「だが、このメーカー……、

このゴールドリーフでも最大手のひとつだ。

金持ちの飛行船や官庁機関の魔力器まで納めてる。

そんなところの品が、こうも続けて壊れるなんざ、普通じゃねぇ。」



「部品の質が落ちたとか?」



「いや……そこまで雑なもんじゃねぇはずだ。」



 二人で過去の修理記録を洗い直す。



 数日前、週をまたいで、同じ箇所――

制御炉の調整ユニットに偏っていたことに気づく。


「……本来ならリコール対象だ。

この部品、構造そのものに欠陥がある。」



「けど、どこにもそんな話は出てねぇよな。」



「ああ。普通ならメーカーが回収してるはずだ。」



「じゃあ、なんで回収されてねぇ?」





ギャレンの額に汗が滲んだ。


「まさか……、

部品事故をもみ消してるのか……?」 



彼の声は低く沈んだ。


修理工たちの間で、

絶対に口にしてはいけない言葉――

“企業ぐるみのリコール隠し”。 



レオンは無意識に拳を握り、呟く。



「見たくねぇもんが、見えちまったな。」



ギャレンも頷いた。


「ああ。けど、見ちまった以上、

知らん顔もできねぇ。」



二人は、油の匂いが漂う工房の中で黙りこんだ。

外の風の音が、いつもより不穏に響いていた――。






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