第45話 商会連邦ゴールドリーフ2
灰色の街並み。ひび割れた石畳の上に、金属の破片と霧のような煤煙が浮かんでいた。
スラムの下は昼でも薄暗い――
それが、商会連邦ゴールドリーフの現実だった。
スカイはスラムの中を歩くレオンの腕を
軽く掴み、振り返らずに言った。
「今日は“生活支援局”へ行く。
まずは住む場所と食料の手続きだ。」
「意味あるのかよ、そんなもん。」
「なくても、やるんだ。
動かないと“無駄”しか残らない。」
レオンは黙り込んだ。
足どりは重く、だが止まらなかった。
福祉事務所――
正確には「生活再建支援局」という古びた建物。
扉を開けると、列ができていた。
壁の張り紙には赤字で書かれている。
《申請殺到中につき、審査結果の通知には
最長三ヶ月を要します。》
受付の女性職員は疲れ切った表情だった。
「失業証明と身分票……はい。ええと、前職歴確認ですね。……ただ、現状ですと支援対象の優先度は――」
「わかってます。ダメでも構いません。
手続きだけでも。」
スカイは即座に遮り、軽い笑顔を見せた。
「何もしないより、形だけでも大事でしょう?」
レオンは呆れたようにため息をついた。
「……ほらな。どうせ通らねぇんだ。
役所仕事なんざ、誰が助けてくれるもんか。」
「諦めるのは早い。
無理にでも足跡を残しておくんだよ」
「足跡?」
「未来を見失った奴がまた前を見るには、
軌跡が必要なんだ。無駄でも、後で
“やった”って言える足跡が。」
その言葉に、レオンは視線をそらした。
スカイに言われるまま署名をし、
半ば投げやりに提出する。
「……バカみたいだな、俺」
「その“バカ”が一番強ぇんだよ。止まらない限りな。」
沈んだ空気のなか、エリアスが小さく咳払いをした。
「クライム、次は大使館に行くの?」
「ああ、そっちが本命だ」
場面は切り替わる。
大使館は解決屋と外交を兼ねているが、
現在は街の“駆け込み寺”のような場所になっていた。
スカイが書類を見せると、
事務担当の初老の男性が眉を上げた。
「技術資格が十ですか……たいしたものですな。
現在は実務の空白が五年?」
「ああ、少々“人生の休止期間”が長くてな。」
レオンは乾いた笑いを浮かべる。
レオンについてある程度確認した事務担当は、
「……ただいま、
連携技師の協会に連絡しましょう。
訓練を請け負える人を探します
。」
「そんな物好きいるかよ」
レオンはソッポ向く。
それにスカイは肩を竦める。
「レオン、また始まったよ」
「事実だろ。
誰がこんな“落ちこぼれ中年”なんかを構うんだ。」
スカイは静かにレオンの腕を叩いた。
「構うさ。人に言われなくても手を伸ばす奴が。
“動く”ってのは、それだけでも才能なんだ。」
沈黙が落ちる。
レオンは無言で窓の外を見ていた——
灰色の街に、夕陽がほんのわずか差し込んでいる。
「……お節介だなお前ら」
「そういう性分なんだ」
そのあと、協会からの返信が届いた。
「ひとり、“魔力器修理職人”の
ギャレン・アンダーという男が引き受けるかもしれませぬ。場所はスラムの川沿いだそうです。」
「スラム、ねぇ……」
レオンの肩がわずかに震えた。
「捨て場所に戻るみたいだろ?」
「違う。拾うために行くんだ」
そうスカイが言うと、
レオンは少しだけ笑ったように見えた。
その笑みを見逃さず、エリアスが呟く。
「記録しておきましょうか?
対象・レオン氏、わずかに“前向き反応”を確認。」
「記録すんな。」
「冗談ですよ。」
笑いとも溜息ともつかぬ空気の中で、
三人は再び歩き出す。
魔導灯の灯りがひとつ、またひとつとともっていく。
その光の下で、レオンの影はほんの少しだけ――まっすぐになっていた。
スラム街の外れ、
川沿いの湿った空気の中を三人は歩いていた。
沈んだ雲が反射して、水面が灰色に濁っている。
そこに、壊れかけの魔力器が山のように積まれ、まるで金属の墓場のようだった。
レオンが足を止めた。
「……ここか?」
「住所は合ってる。ギャレン・アンダー。
魔力器修理職人」
「職人、ね。スラムの中で?」
「工房の屋根がテントってだけさ。」
かすれた煙の匂いの中で、薄汚れた布をくぐると、
小さな明かりが灯っていた。
そこにいたのは、髭を伸ばした精悍な男。
膝に古い魔力器を抱え、
ドライバー型の工具を振るっている。
「あー? 誰だテメェら。
修理なら順番待ちな!」
「いえ、彼を見て欲しくて。」
「……修理じゃねぇってか?」
「レオン・グリムウェル。
魔導荷役起重機操作士ほか十資格持ち。
現在、再訓練を希望しています。」
ギャレンはスカイ達に眉をひそめた。
「……オイ、若ぇの。
あんた、オレの客でもねぇのに何者だ?」
「これは失礼いたしました。
解決屋のクライムと言います。
ゴールドリーフ大使館の人間です。」
「大使館? 堅ぇな。
んで、そっちのスネかじりが資格持ち?
冗談きついぜ。」
レオンは少しムカつきながらも周りの魔力器の山を見てギャレンに質問した。
「オッサン、これ全部あんたが直してんのか?」
「おいコラ! “オッサン”言うな!
オレにはギャレン・アンダーって名前がある!」
ガツン、と工具箱を叩く音が響いた。
スカイが苦笑する。
「悪気はありません。彼の口が悪いだけで。」
「フン、知ってるよ。職人気質だと
だいたいこういう態度取られるってな。」
レオンがぼそりと吐く。
その言葉にギャレンの眉がピクリと動いた。
「……お前、面倒くせぇ奴だなあ。
しょーがねぇ、ヒマそうだし雑用くらいなら
させてやるよ。ほら、そこにあるパイプ取れ!」
「は?」
「聞こえねえのか! 腰抜けが!
口より手ェ動かせ!」
レオンは舌打ちをしたが、スカイに背中を押される。
「行け、やるだけやってみろ。」
レオンは頭をガシガシ掻きながらも、
「……ったく。」 作業が始まった。
ギャレンは怒鳴りながらも、指示は丁寧だった。
レオンが分からなければ、
言葉を噛み砕き、手本を見せる。
「おい、そうじゃねぇ。
“魔力管”は折るんじゃなく撫でるように外すんだ。
……そう、それでよし!」
「……うるせぇな。」
「うるせぇくらいが丁度いいんだよっ!」
喧嘩腰の声が、昼の工房に響いた。
だが、夕方になる頃にはその怒鳴り声にも、どこか温かさが混ざっていた。
作業を終えると、
ギャレンが腰を伸ばして煙管を取り出した。
「お前、すぐ逃げると思ったが……
案外しぶといな。」
「バカにしてんのか?」
「褒めてんだよ。それにしても手つきは悪くねえ。腐っても資格者ってとこか。」
そのとき、スカイがそっと古びた資格証を 取り出し、ギャレンに見せた。
「彼、こう見えて十種類も資格を取ってまして。努力の塊なんです。」
「ほう……“魔導荷役起重機操作士”に、
“魔力炉点火技師”……。
なかなかやるじゃねぇか。だが、
よくある話だ。取って満足して、現場で腐る」
ギャレンは肩をすくめた。
「まぁ、口より手を覚えりゃまた使える手になる。」
そう言うと、レオンを真っ直ぐに見つめた。
「明日、朝また来い。
落ちたカンは叩き直してやる。文句あんなら、
工具より先に言葉叩き込んでやるからな。」
レオンは黙り、視線を落とした。
「……好きにすれば。」
「へっ、まあその意気だ。」
ギャレンは軽口で笑った。
スカイはその様子を見て、エリアスに目配せした。
「どう思う?」
「ギャレンさんの指導は乱暴だけど、
効果はありそうね。」
エリアスは微笑んだ。
「だろ?」
工房を出ると、陽は落ちかけ、
魔導灯が一つ、二つと点っていた。
レオンがぽつりと呟く。
「……あのオッサン、何考えてんだか。
まぁ、悪人じゃねぇな。」
スカイはニヤリと笑った。
「だろ。人間、
叩く時ほど優しく見えにくいもんだ。」
「……あんた、やっぱお節介だな。」
「それ、褒め言葉にしとくよ」。
三人の影が、ゆっくりと伸びていく。
スラムの風はまだ冷たいが、
レオンの手のひらには、久しく感じなかった
“熱”が残っていた。




