第41話 紫雲東方帝国11
朝霧が帝都を覆う公開処刑前日の朝。
2日前の抗議デモ事件の混乱が、
まだ街の空気に残っていた。
帝都朝の不穏な空気帝都・市場通り商人たち
が露店を並べる中、男たちの間でひそひそ話が飛び交う。
「趙昇明たちの抗議、考えてみりゃ正論だよな。
男に仕事一つ与えねえで幸福数値1位? 嘘くせえよ。」
「飯屋の雑用すら女優先だぜ!
俺らが餓死寸前でも女帝様は舞踏会かよ!」
一方、市政に携わる女たちからは不安の声が上がる。
「また抗議デモが起きたら…
中央広場の虐殺みたいなことに…
紫蘭華様の治安維持、本当に大丈夫かしら?」
「幸福数値は高いけど、
男たちの不満が爆発したら…
私たちまで巻き込まれるわ。」
そこへ、撹乱班のグループと援護班の商人グループが自然に混ざり、デマと事実を織り交ぜて大声で煽り立てる。
「聞いたか? 紫蘭華が
忠臣だった女官長を監禁したってよ!
忠臣すら切り捨てる暴君だぜ!」
「趙昇明の処刑は見せしめ!
次はお前らが牢屋行きだ!
紫雲宮廷に抗議に行こうぜ!」
市民たちがざわつき始め、
徐々に宮廷へ向かう流れが生まれる。
紫雲宮廷近くの留置場。
鉄格子の中で、公開処刑を明日に控えた
陽動班メンバーたちが焦りを隠せない。
1人は壁を叩き、
「明日処刑だぞ! 盧玄清殿の援軍来ねえかな…」
だがリーダー趙昇明は壁に寄りかかり、
呑気に鼻歌を口ずさむ。
同士の1人は呆れ、
「リーダー! なんでそんな落ち着いてられるんですか!?」
趙昇明はニヤリと笑うと、
「今日は面白そうなことが起きそうでな。
血が騒いでるんだよ。楽しみで仕方ねえ」
「根拠はどこにあるんですか!?」
「カンだよ、カン。」
そして小声で、
「どうか俺にもお楽しみを残しておいて下さいよ、
盧玄清殿…」
留置場入口。
朝霧の中、監視塔の当直兵が、
霧の向こうに不審な集団を確認。
「何だ、あの集団は…?」
突然、入口の鉄門から玉状の物体10個が投げ込まれる!
玉が爆発し、濃い煙が留置場内部を充満!
当直兵は咳き込みながら、
「ゴホゴホッ…
なっ、まさか抗議デモの残党かっ!?
仲間を取り返しにきたのかっ!?」
直ちに警報が鳴り響き、紫雲宮廷に応援要請が飛ぶ。
集団の先頭に立つのは、
陽動班予備リーダー陳鉄也と突入班の姜烈峰。
2人とも薙刀のような矛を肩に掛け、
笑みを浮かべる。
「ハッハーっ!! 紫雲宮廷の時は
ただ逃げ去るだけだったからなぁ!!
やっと暴れられると思うと武人の血が騒ぐ!!」
陳鉄也はニヤリと笑う。
「精々倒した相手の数でも数えて、趙昇明殿への自慢話にでもしましょうか!!!」
姜烈峰は後ろの味方を見渡す。
陽動班予備戦力50人+
抗議デモで逃げ延びた60人、
総勢110名の大所帯。
姜烈峰は矛を高く掲げ、
「いざ時は来たれり!!! 我らが同士、趙昇明とその同士達を解放し、紫雲宮廷へ突入する!!
今日こそ、紫蘭華の悪夢時代に引導を渡そうぞっ!!!」
ウオオオォォォォオオオオ!!!
留置場入口に轟音が響き渡る。
紫雲宮廷から援軍が出動し、
留置場正面鉄門に戦力が集中する中――
留置場裏側
誰もいないはずなのに雑草が踏まれる足音。
その正体は、エリアスの魔法で周囲の風景に溶け込んだスカイ・エリアス・盧玄清と誘導班精鋭数名。
盧玄清は鉄門の雄叫びを確認すると、
「どうやら始まったようだな。
陽動班が戦力を引きつけ、内部が手薄に。
時間を稼いでる今が好機だ。」
エリアスは周囲を警戒しつつ、
「姿が見えないと言ってもぶつかったら
気付かれるわ。なるべく接触は避けて。」
盧玄清は目標を再確認する。
「最優先は趙昇明と同士達。だがこの留置場には、言われなき罪で投獄された者もいる。
解放できれば我らの味方になってくれるだろう。」
スカイはニヤリと笑うと、
「よし、それじゃあ始めようぜ!!!」
こうしてスカイ達は留置場裏口へ静かに侵入を開始した――
留置場正面鉄門では、
陽動班と紫雲宮廷から駆けつけた
女兵士たちが激しく争っていた。
女兵士隊長は剣を振り回し、
「囲め! 反逆者どもを皆殺しにしろ!」
女兵士たちが数で勝るはずが、
逆に誘導班に押されつつある。
「くっ…男たちの力強すぎる…!」
陽動班の男たちの力と質が圧倒的だった。
特に陳鉄也と姜烈峰の2人が他を圧倒。
姜烈峰は、矛で女兵士3人を薙ぎ倒し、
「オラオラ!! 足りねえな!!
オレを圧倒する敵はいねえのか!!」
その迫力に女兵士は尻餅をつく。
「ひぃっ! 化け物…!」
陳鉄也は矛で敵を蹴散らしながら、
「もっと敵を引きつけろ!!
倒すだけでなく鉄門への攻撃も忘れるな!!」
その言葉に周りも勢い付く。
陽動班の1人は斧を振り上げ、
「鉄也殿の言う通りだ! 門をぶっ壊せ!!」
女兵士隊長は焦る。
「援軍はまだか!? このままじゃ全滅だ!!」
戦いは激しさを増す一方だった。
留置場内部、正面鉄門側。
鉄門前に集まる留置場兵士たち。
閉ざされた鉄門からドン!ドン!と大きな攻撃音が続く。
留置場兵士は槍を構え、
「いつ破られるか分からねえ…心臓がバクバクだ…。」
だが、別の留置場兵士は違和感を感じていた。
「なぁ、おかしくねえか?
なんで敵はわざわざ閉じられた鉄門を攻めてくる?
普通なら開いた時を狙うだろ。」
その言葉に別の留置場兵士は苛立ち、
「そんなこと言っても、
現に外で戦いが起こってるんだぞ!!
鉄門も攻撃されてる。油断するなよ!」
しかし、留置場兵士たちの中には、
同じような違和感を持った者が少なからずいた。
「…なんかこっちに向かわせるのが
目的のような気がしてならねえんだが…
裏で何か企んでるんじゃねえのか?」
留置場建物内。中は慌ただしかった。
留置場職員は走りながら、
「正面に敵が集結中! 全員外へ急げ!」
外の混乱で職員が正門へ集中する中、
スカイ達はエリアスの迷彩魔法で堂々とすり抜ける。
留置場職員は書類を抱え、
「建物内は手薄でも、最低限の警戒を…
ん? 今何か通ったか?」
地下階段を駆け下り、趙昇明の牢獄へ到着。
突然開いた扉に驚く看守。槍を構え、
「誰だ!? 姿が見えねえぞ!」
後ろから盧玄清が手刀を
叩き込み看守を気絶させる。
盧玄清鍵束を奪い叫ぶ。
「無事かっ!? 趙昇明!!!」
牢内から声があがる。
「この声は…盧玄清殿かっ!?」
「助けが来たのかっ!? マジかよ!!」
そして奥の方から趙昇明の声が聞こえた。
「おお!! やはり来てくれたか!!
…ってあれ? 姿が見えない。大きい空耳か?」
盧玄清は苦笑する。
「今、迷彩魔法で姿を隠してる。
すぐに解放するゆえ、しばし待たれよ。」
歓喜の声が響き、次々解放。
互いに抱き合い喜ぶ中、
趙昇明が腕を回しながら牢を出た。
逃げ延びた陽動班が無事な姿を見て涙目に、
「リーダー! 無事でよかった…!」
趙昇明は笑って、
「いや〜、2日も牢獄にいると
身体を動かしたくてウズウズしたぜ。
救出感謝する、盧玄清殿。」
と右手を差し出す。
魔法が解け、盧玄清が握り返す。
「こちらこそ難儀をかけた。
どうかもう一度、我等と共に戦ってくれ。」
趙昇明は拳を胸にドン!と叩くと、
「おう!! まだまだ暴れ足りねえところだ。
我等の分のお楽しみはまだ残ってるよな?」
とニヤリ。
留置場内部・正面鉄門側。
外の戦い音が続く中、
突如、建物内から雄たけびと悲鳴が上がった。
留置場兵士は振り返り、
「な、なんだっ!? 建物内からか!?」
建物入口から趙昇明を先頭に、陽動班メンバー、冤罪囚人たち、スカイ達が雪崩のように突進してきた。
冤罪囚人たちは鎖を振り回し、
「紫蘭華め! 2年も濡れ衣で閉じ込めてた罪、
晴らしてやる!!」
「お前等も同罪だっ!!!」
留置場兵士達はパニックになった。
「う、うわあああ!! 後ろからかよ!!」
鉄門に追い詰められた兵士たちは趙昇明達の猛攻に耐えきれず全滅。
「裏をかかれた…くそっ…!」
鉄門が開き、
陳鉄也・姜烈峰ら誘導班予備軍と合流!
3人はそれぞれ拳をぶつけ合い、
「待ってろ紫蘭華め、次はお前の番だ!!」
姜烈峰はニヤリと笑い、
「無事だったか!趙昇明!!お前が牢獄で休んでる間に俺は32人倒したぞ!」
陳鉄也も嬉しそうに、
「俺は28だ。このままだとあなたの獲物も無くなりますよ!」
趙昇明は笑い返し、
「ハッ、倒した女の数がなんだ!!
そんなもんいくらでも逆転できらぁ!!」
その勢いで紫雲宮廷の女兵士たちを一掃。
女兵士隊長は膝をつき、
「援軍が…間に合わなかった…」
盧玄清は勝利を確認すると、
「良し! このまま紫雲宮廷へ向かう!!
紫蘭華の終焉は目の前だ!!!」
陽動班総勢200名超は奮い立った。
ウオオオォォォォオオオオ!!!
冤罪囚人達も、
「俺の人生取り戻すぜ!!」
「男の時代が来る!!」
クーデター勢力は人の雪崩となり、
紫雲宮廷へ突き進む――。
紫雲宮廷・玉座の間。
玉座に座る紫蘭華は、次々と届く報告に顔を歪めていた。
完璧な女帝の仮面が、音を立ててひび割れていく。
伝令が、息を切らし飛び込む。
「至急報告! 留置場で大規模な反乱発生!
抗議デモを率いていた趙昇明が救出され、
仲間と合流! 総勢200名以上がこちらへ進軍中です!」
紫蘭華は扇を握り潰し、
「何!? 趙昇明が脱走だと!?
留置場の連中は何をしていた!」
直後、別の伝令。
その顔は青ざめていた。
「帝都市民が千人規模で宮廷前に集結!
『男の仕事よこせ!』『幸福数値は嘘だ!』と叫んでいます!」
紫蘭華は立ち上がり叫ぶ。
「民が!? 私の民が私を裏切るだと!?
幸福数値最高を記録した私がこの帝国を作ったのに!?」
女兵士伝令が血まみれで入って来た。
「留置場正面の女兵士部隊、全滅いたしました…。
陳鉄也、姜烈峰、趙昇明の3人が
化け物です…援軍出動中ですが…。」
紫蘭華が玉座を蹴り、
「全滅!? 私の精鋭が男ごときに!?
女官たち! 全員門へ向かわせろ!
門を閉めるのだ!」
だが女官たちは互いに顔を見合わせ、動かない。
女官の1人が汗を滲ませながら震える声で、
「紫蘭華様…私たち、もう無理です…。」
「留置場敗報、民衆デモ…もう勝てません。
女官長、いえ盧婉蓉様が監禁から解放された噂も…」
紫蘭華は発狂した。
「何だと!? 盧婉蓉が脱走!? 私の人質が!?
貴様ら! 命令だ! 全員門へ行け!
裏切り者は即刻処刑する!」
女官たちは沈黙。
正面玄関から響く民衆の怒号と
クーデター軍の雄叫びに震えるだけ。
女官達は全てを悟り、
「もう…終わりです…紫蘭華様の時代は…」
後が無いと悟った紫蘭華は血相を変えて
玉座を飛び出し、正門へ向かう。その目は血走っていた。
紫蘭華は走りながら、
「こんな事があってたまるかっ!
私が生きてさえいれば帝国は…!」
だが正門に辿り着いた瞬間――
千人規模の帝都市民の人垣。
「紫蘭華ァ!! 男に仕事をよこせ!!」
「こんな統治で未来は無い! 私たちまで不幸よ!!」
「お前は俺達を騙していたんだ!!」
「私達はこんな社会、望まない!!!」
紫蘭華、民衆の前に凍りつく。
退路を失い、後ろを振り返る。
後方からクーデター勢力200名超がなだれこむ、
趙昇明は、
「紫蘭華ァ!! お前の悪夢はここまでだ!!」
姜烈峰は矛を振り、
「オラオラ!! 女帝だろうがぶっ潰す!!」
さらに左翼から、盧婉蓉率いる女官集団100名が堂々と参上した。
盧婉蓉は短剣を構え、
「紫蘭華様…もうおやめください。
あなた様の失政は私たちが正します。」
その瞬間、
前方市民・右方クーデター軍・左方女官団の
三方から紫蘭華を包囲。
追い詰められた紫蘭華は絶叫した。
「裏切り者共め! 民も女官も私を裏切るのか!?
私の幸福数値は! 私の完璧な統治は!?
なぜ私だけがこんな目にっ!?」
クーデター軍中から盧玄清が飛び出す。
「婉蓉! 無事だったか!
父として…すまなかった!」
盧婉蓉は父の姿に胸が熱くなり、涙を流す。
「父上! 私も…紫蘭華様の監禁から…!」
父娘、対面に涙を流す。
周囲が一瞬静まり、感嘆の声が上がる。
「盧親子の再会だ…!」
「こりゃ本物だぜ…!」
そして、クーデター勢力から、
スカイとエリアスが前に出て、
その中から人垣が割れ、
静かに歩み出る少女の姿。
その姿に紫蘭華は愕然とした。
「蓮…姫…?」
蓮姫が涙を堪え、母親を強く見つめた。
「母上…もう終わりです。」
対峙する母娘。玉座の間から正門へ、
全てが崩れ落ちる瞬間――
帝国の未来が変わろうとしていた。




