第38話 紫雲東方帝国8
ダンスの余韻が残る華宴の間で、
スカイと蓮姫は夜宴の席に着いていた。
紫雲特産の霊芝酒、
龍の形をした金箔の菓子、
翡翠の器に盛られた珍味――
豪華絢爛な料理が並ぶ中、
招待客たちが次々に蓮姫に話しかけてくる。
「蓮姫様! 先ほどのダンス、
まるで天上の舞のようでしたわ!
スカイ殿との息の合い方…
一体どれだけ練習されたのですか?」
蓮姫は胸を張り、得意げに、
「ふふふ♡ それは内緒じゃよ!
ただただ妾とスカイが心を一つにして、
日夜練習に励んだ結果じゃ! な、スカイ?」
スカイ、箸でつまんだ龍菓子を
口に運びながら、困ったように苦笑い。
「ま、まぁな…練習は確かにしたけどさ…
そんな大層なもんじゃねえよ。
ほら、食えよ蓮姫。この飯、美味いぞ。」
貴族男性は感嘆の声で、
「しかしスカイ殿!
あのような踊りは初めて見ました。
それをあそこまで完璧に!
さすが王国が誇る英雄…
蓮姫様をリードする姿、惚れ惚れしましたぞ!」
蓮姫はさらに調子に乗って
「ほれ見よがし!♡ 妾とスカイの絆は固いんじゃ!
これだから妾はスカイをフィアンセ(予定)と決めたんじゃよ~!」
招待客たちが「おお~!」と盛り上がる中、
スカイは汗だくで笑う。
(フィアンセ(予定)って…勝手に決めんなよ…!)
その時――エリアス一行が静かに近づいてきた。
エリアスは声を震わせ、
「…スカイ」
その一言で、スカイがガタッと立ち上がる。
スカイは喜び、
「っ!!エリアス!!!」
二人の間に流れる再会の喜び。
スカイが一歩踏み出そうとした瞬間――
蓮姫がスカイに電光石火の如く抱きつき、
「な・ん・じゃ!!
こんな所までノコノコ現れるとは!?
しつこい女は嫌われるのじゃぞ!
意地汚い泥棒女!!」
スカイの左腕にガッチリしがみつき、
エリアスを憎悪の視線で睨みつける。
エリアスはカチン!と目が立つと
「泥棒女はどっち!?
無理矢理スカイを攫ったあなたに
言われたくないわよ!!
だいたい! さっきのダンスは何!?
蓮姫一人で舞うって聞いてたのに、
なぜスカイまで一緒なの!?」
怒りで頬が紅潮し、拳を握り締めるエリアス。
スカイは間に挟まれオロオロ。
スカイは慌てふためき、
「お、おいおい二人とも落ち着けって!
オレはただ…!」
だが蓮姫は自慢げに胸を張り、
スカイにさらに密着。そしてドヤ顔全開で、
「ふっふーん♪
妾とスカイの熱い舞いを見て嫉妬したのじゃな?♡
本番まで毎日毎日、二人きりでくっついて
練習したんじゃぞ!
汗だくで息が上がって…熱い夜を何度も何度も過ごしたのじゃ♡
どうじゃエリアス!? 羨ましかろう!?」
スカイは顔真っ赤で絶叫。
「おい!!誤解されるような言い方すんなー!!!
夜に練習っつってもダンスの振り付け確認しただけで…!」
招待客たちが「熱い夜!?」「おお~!」とざわつき始める。
しかしエリアス、負けじと反撃の猛攻。
エリアスは誇らしげに
「ふん! それがなんなの?
スカイが私にプロポーズした後に倒れた時、
私が毎日毎晩スカイを看病して、
傷口を拭きながら耳元で愛を囁き続けたのよ♡
トイレの世話だってしたんだから!!
それに結婚した後の毎夜の熱い語り合い、
スカイの唇の感触…全部知ってるわ!」
スカイはさらに真っ赤。
「お、お前も大概だぞエリアス!!!」
蓮姫は負けじと、
「ふ、ふん!
じゃあダンス練習の紳士なエスコートはどうじゃ!♡
スカイが妾の手を取って優しくリードしてくれて…
躓きそうになると身体を張って抱きとめてくれたんじゃ!
『大丈夫か蓮姫!』って頼もしい腕で支えてくれたのじゃぞ♡♡」
段々と収集がつかなくなり、
「朝寝坊の説教はどう!?
私がスカイを叩き起こして、
『急がないと公務に遅れるわよ♡』って
叱りながら、
朝食一緒に食べて幸せ感じる瞬間よ♡」
「練習後の汗拭きはどうじゃ!?
スカイがハンカチで妾の額拭いてくれて…♡」
招待客から吹き出し笑いが連鎖。
姜烈峰すら肩を震わせ、
腹を抱えての笑いを堪える。
「くっ…ハハ…こいつら…本気でやってる…!」
ついに痴話喧嘩は完全な言いたい放題状態。
お互いの悪口と「私のスカイが一番!」
宣言が飛び交い、
会場はラブコメカオス状態に包まれる。
痴話喧嘩のカオスが続く中、
スカイは汗だくで助けを求める視線を
エリアスに送る。
スカイは切羽詰まって、
「頼むよエリアス…! この空気、もう限界だ!
隣の銀髪の男性でも紹介してくれ!
なんでもいいから話題を変えてくれー!」
エリアスは蓮姫をギロリと一瞥し、
唇を尖らせながら渋々応じる。
エリアスは不機嫌MAXで歯噛みして
「…ふんっ、仕方ないわね。
こちらはリディアス・デルフィンガー卿。
王国で次期王位継承戦の時にゼストールから離脱した王族の一人で、
この辺りに潜伏してたところを私が偶然発見したの。
ゼストールの脅威が無くなったって伝えたら、
お礼に付き人を買って出てくれたのよ。
で、後ろの無骨な護衛が姜烈峰。以上!」
スカイは紹介された銀髪モノクル紳士に視線を移す。
どこかで見たような…
しかし記憶の糸を手繰り寄せ、丁寧に挨拶。
スカイは違和感抱えつつも、
「どうもお久しぶりです、リディアス卿。
スカイです。よろしくお願いします。」
リディアス卿こと盧玄清は、完璧な
貴族微笑で応じつつ、
スカイだけに聞こえる微妙な抑揚で返す。
盧玄清は意味深に、
「こちらこそお久しぶりです、スカイ殿。
こうしてエリアス陛下のお力になれて…本当に嬉しく思いますよ」
その「お力になれて」の部分に、
スカイの目がキラリと光る。
即座に状況を察知し、ニヤリと不敵な笑み。
「おう、なら今後もエリアスを助けてやってくれよ、リディアス卿。
あなたみたいな有能なのがいてくれると、俺も助かるぜ。」
二人の間に、電光石火の共犯者契約が成立。
姜烈峰が「やるな…」
と小さく呟き笑う。
盧玄清は自然な動作で蓮姫にも向き直り、優雅に一礼。
「蓮姫様にもご挨拶を。
リディアス・デルフィンガーでございます。
以後お見知りおきを」
だが蓮姫は、スカイから離れず、
ジーッと盧玄清の顔を凝視。
蓮姫は首傾げ、不思議そうに、
「ふむ…お主、どこかで妾と会ったことがないか?
その目つき、この声…なんだか懐かしい感じ
がするんじゃが…」
盧玄清、心臓が跳ね上がりながらも、
鉄壁のポーカーフェイスを維持。
「いいえ、蓮姫様とはこれが初対面でございます。
私の顔に似ておられる方がいるのなら会ってみたいものですな。」
周囲の招待客も「そうか…?」と首を傾げる中、
蓮姫は何か懐かしさに押され、突然真剣な表情に変わる。
「リディアス卿…もし、もしじゃよ?
妾が母上の跡を継いで皇帝になったら…
この紫雲東方帝国を、良くしていけると思うか?」
会場が一瞬静まり返る。冗談ではなく、
10歳の少女の国家への本気が響く。
盧玄清、蓮姫の瞳を見て――
ハッと息を呑む。
かつて自分が教えていた、あの真っ直ぐな瞳を思い出す。
ゆっくりと膝を折り、蓮姫と目線を合わせ、
かつての師匠のような、優しくも力強い声で語りかける。
「蓮姫様。
それは貴女ご自身が決めることでございます。
誰かの許可も、誰かの数値も要りません。
しかし…一つだけ申し上げます。
貴女様が今この瞬間、国と民を想う心を
お持ちなら――
それを信じて進むことです。
恐れも迷いも抱えながら、それでも民の笑顔
を信じて歩むことが、やがて国をより良く
する道になるのです。
貴女様なら…きっとできると、
私は信じておりますよ。」
蓮姫の大きな瞳が、みるみる潤んでいく。
盧玄清の言葉が、
かつて紫霞武館で受けた教えと重なる。
蓮姫は震える声で、
「…民の、笑顔を…信じて…」
胸がジーンと熱くなり、
涙がこぼれ落ちそうになる。
ワガママ姫の仮面の下に、
未来の女帝の片鱗が確かに輝いていた。
スカイも、エリアスも、姜烈峰も――誰もが息を呑む、感動の瞬間。
盧玄清の心揺さぶる言葉に、
蓮姫の瞳が潤む感動の余韻の中――
招待客の1人が周囲を煽り立てるように、
「そういえば蓮姫様!
ダンス前に仰ってました重大発表とは
一体何でしょう!?
いやはや、気になって夜も眠れませんよ! 皆さんもそうでしょう!?」
周囲の貴族・女官たちが
「そうそう!」
「早く教えてくださいませ!」
とどよめく。
蓮姫、ハッと我に返り、
パァッと満面の笑みを取り戻す。
スカイの腕をガシッと掴み、勢いよく立ち上がると――
華宴の間の中央に飛び出し、招待客全員を見渡す。
蓮姫は自信満々に、声を張り上げ、
「聞いておくれ、
紫雲東方帝国の諸貴族、女官たちよ!!
妾はまだ10才の未熟者じゃが…成人の15歳になった時、
この隣にいる王国の英雄、
スカイ殿と結婚する!!!」
会場――完全凍結。
招待客たちの箸が落下し、酒杯が傾く。
女官たちの扇子が止まり、貴族男性たちの目が見開かれる。
招待客たちは一斉に
「はぁぁぁぁ!?」
「結婚!?」
「15才で!?」
「スカイ殿と!?」
この爆弾発言にスカイは絶叫。
「はぁっ!? おい蓮姫!!
勝手に宣言すんなー!!!聞いてねぇぞ!!!」
顔を真っ赤にして抗議するスカイを尻目に、紫蘭華は最前列でニヤリと笑う。
紫蘭華は面白そうに、
「ふふふ…面白い子ね、あの子♡ やるじゃない」
だがその瞬間、エリアスの堪忍袋の緒が
ブチッと切れる。
エリアスは蓮姫を指差し、絶叫。
「ふ、ざ、け、ないでっ!!!
スカイは私と既に結婚してるのよ!!!
王国では重婚なんて認められてないわ!!!
あなた、私からスカイを奪うつもり!?
それに、5年間スカイをどうするつもりよ!?」
怒りで顔を真っ赤にし、
テーブルをバン!と叩くエリアス。
蓮姫、動じずニマッと勝利の笑み。
ドヤ声で、
「ふふん♡ ここは紫雲東方帝国じゃ!
母上が法を改定し、一妻多夫制を可能にしたのじゃよ!
何の問題も無い!
それに5年もスカイがこの帝国にいれば、
民衆から絶大な人気者になるじゃろ♡
妾のフィアンセに相応しい男に育つんじゃ!」
招待客たちが
「一妻多夫制!?」
「確かに紫蘭華様の新法!」
「しかし…!」と騒然。
スカイは、「育つって何だよ!」と頭抱える中――
蓮姫、調子に乗った勢いで突然の行動に出る。
蓮姫はスカイの顔を両手で掴み、
「約束じゃ、スカイ! 5年後の結婚、
忘れるでないぞ♡」
そして観衆が見守る前で――
蓮姫がスカイの唇に強引にキス!!!
スカイ、固まる。
「!?!?」
会場内は悲鳴のようなどよめき。
「きゃあああ!!!」
「キスした!!!」
「姫様大胆!!!」
紫蘭華も、「ふふふふ…!」と手を叩いて喜ぶ。
エリアス、その瞬間をガン見してしまい――
脳内が真っ白に。
震える唇、そして鬼気迫る声で、
「…よくも…よくもスカイの唇を…!!!」
指がブルブル震え、目が血走る。
堪忍袋どころか、全ての理性が粉々に。
エリアスは絶叫した。
「もう許さない!!!!!
私が何も考えずにこの紫雲宮廷に
ノコノコ来たと思ってるの!?
スカイを返しなさい!! 今すぐ!!!」
テーブルをバンバン叩き、
髪が乱れ、涙と怒りで顔がぐしゃぐしゃ。
完全に取り乱した女王モード。
招待客たちが
「これは…」
「まずい空気…」
と後ずさる中、
紫蘭華の眉がピクリと動く。不審げに
「…何も考えずに、ですって?
エリアス陛下、一体何を言ってるのかしら?」
会場のどよめきに
盧玄清が冷や汗をかく。
(マズイ…!!!)
完全にタイミングを逸した暴走。
エリアスの完全暴走に、
紫蘭華の目が鋭く細まる瞬間――
盧玄清が、即座に姜烈峰と
目を見合わせ、頷き合う。
盧玄清が通信石を握り潰す勢いで叫んだ。
「こちら盧玄清!!作戦開始!!!
全班同時行動!!
スカイ殿を連れて紫雲宮廷を脱出する!!!」
――クーデター発動。
その瞬間――外庭から怒号の爆発。
「我々にも権利を返せ!!」
「幸福数値は嘘だ!!!」
魔導通信がけたたましく混線。
「東棟不審者!」
「南門突破!」
「偽報か!?」
宴会場中の照明がチカチカと明滅し、
パニックの悲鳴が響き渡る。
「何!?」
「反乱!?」
「逃げろー!」
混乱の隙に、盧玄清がスカイに飛びつく。
「スカイ殿!!今だ、エリアス陛下と
一緒に脱出ルートへ!!」
スカイは状況を把握した。
「お前…そういうことか!やるじゃねえか!」
だが――蓮姫がスカイの腰にガッチリしがみつき、泣き叫ぶ。
蓮姫は恐怖で震え声で
「スカイぃぃ!! 怖い…怖いよぉ…!!
行かんといて…! 妾を置いていかんといて…!!」
涙でぐしゃぐしゃの顔、スカイの服を掴んで離さない。
「蓮姫…! お前…!こんな時に…!!」
その瞬間、姜烈峰が豪快に動く。
「しゃーねえ!姫もまとめて連れてくぞ!!」
蓮姫を軽々と肩に担ぎ上げ!
ジタバタ暴れる蓮姫をガッチリ固定。
「な、なんじゃ!? 放せ、この野蛮人ー!!」
姜烈峰はニヤリと笑って、
「おとなしくしてろ、姫!
お前も革命の同志だ!」
エリアスはスカイの手を強く引く。
「スカイ!! 行くわよ!!」
「おうっ!!!」
スカイの手を握り締め、姜烈峰の後を全力疾走!
最前列で全てを見ていた紫蘭華
が立ち上がる。
優雅な微笑は消え、鬼気迫る殺気に変わる。
こめかみには血管が浮き出てていた。
「計ったな、リディアス卿!!!いや、盧玄清!!!
私の夜宴を…私の娘を…私の幸福数値を
否定する気か!?生きて帰すと思うなっ!!!」
盧玄清はゆっくりとモノクルを外し、本性を露わにする。
銀髪が解け、かつての宰相の鋭い眼光が
蘇る。盧玄清はニヤリと不敵に笑い、
「その通りだ、紫蘭華!!
これからお前の化けの皮を一枚残らず剥がしてやる。幸福数値? 民の笑顔? 全て嘘っぱちだ!!
己が築いたこの歪んだ統治の綻びを直視するがいい!!!
お前の時代は…終わりだ!!!」
紫蘭華の顔が、初めて焦りと恐怖に歪む。
脱出ルートへ突入する一行。
最後の瞬間、盧玄清
が振り返る。
そこには――紫蘭華の側近女官、
盧玄清の娘が、
涙を流しながら手を伸ばしていた。
「父上!!! お願い、行かないで!!!」
盧玄清は心を引き裂かれる思いで娘の名を呼び、駆け寄ろうとするが、即座に足を止め、
娘の顔を脳裏に焼き付けながら、唇を噛み締め走り去る。
脱出する中、盧玄清は心の中で娘に謝っていた。
(すまんっ…娘よ!!
だが、…お前を必ず…!!!)
爆破解錠装置が作動。
石壁がゴゴゴと開き、一行は闇の中へ消える。
地下水道の闇の中、息を切らして走る四人。
彼等は作戦の成功と再会を喜んだ。
紫蘭華の怒号と追跡の足音が響く中で――




