第30話 グランゼウム部族連合王国8
ステップランド全土を包む秋の香りの中、
盛大な収穫祭が幕を開けた。
金色の稲穂がたなびき、通りには屋台が立ち並ぶ。
焼きたてのパン、香り高いスープ、果実酒と肉の匂いが風に混ざって漂った。
グランゼウム部族連合王国の新王・エドラムをはじめ、
各部族の若き代表たちが国賓として並ぶ。
「ようこそ、ステップランドへ!」
かつて交流を閉ざされた国が、今は歓喜をもって迎える。
その後ろを歩くチルトとエチェリカ、
そして随員の若い職人たちは、
胸を膨らませて笑みを浮かべていた。
「すごい……
これがステップランドの街……!」
石畳を照らす灯が眩しく、
屋台ごとの看板が絵画のようにきらめいている。
「チルト兄ぃ、あのパン、虹みたいだよ!」
「ああ、あんな色見たことない!」
二人の視線の先、
香草を練り込んだカボチャパンが焼かれ、
湯気が立ち上っていた。
収穫祭の中央広場には長テーブルが並び、
料理の海が広がっている。
カボチャのシチュー、
リンゴのアップルパイ、
牛肉のステーキ、香草ピザ、
巨大な蜂蜜ケーキ
――ステップランドの自慢の味が勢ぞろいしていた。
「う、うまっ……!」
「これは……肉が溶ける……!!」
グランゼウムからの参加者は
一口ごとに感動しきりだ。
「ま、まさか……自分たちの献上した
器や鍋がこんな形で使われてるとは……!」
ヴァルネラ族の職人が、
光を通す硝子皿を眺めて頬を赤くした。
「ありゃりゃ、
器を作ったこっちの方が緊張するな……!」
職人冥利という言葉が、
誰の胸の中でも実感に変わっていった。
エドラムは王席で大きなジョッキを掲げ、
高らかに乾杯を叫ぶ。
「はぁーっはっは! これぞ人生の宝だ! この泡立ちこそ王の褒美よ!!」
酔いの勢いも手伝って、
周囲のステップランドの兵士たちも
笑い声を上げる。
「王様、もうビール三杯目です!」
「この味が罪なのだ、止められん!」
その脇で、チルトとエチェリカは、
親友のリンクと共に屋台巡りを満喫していた。
「おお、これが生チーズピザ! うまっ!」
「これ、絶対グランゼウムでも流行るよ!」
楽しげな三人のもとへ、
赤いスカーフを巻いた少女が駆け寄ってきた。
「リンクーっ!
あれ、そこの子たちは……もしかして?」
「あっ、ミーナ!」
リンクが顔を明るくする。
「紹介するよ、グランゼウムの王様の
子どもたち、チルトとエチェリカ!」
ミーナは目を輝かせて叫んだ。
「へえーっ!
じゃあ王子様とお姫様!? すごいっ!」
二人は顔を真っ赤にし、同時に口ごもる。
「え、えっと……
そんな大したもんじゃ……」
「そ、そうですぅ……」
その時、チルトの視線が、
ふとミーナの耳元へ止まった。
「あ……それ、俺が作ったイヤリング……。」
その一言にミーナが跳ね上がった。
「え!? あなたが!? これリンクに貰ったの、
すっごく気に入ってるの!」
チルトは頬を赤らめ、視線を逸らした。
「……ありがと。」
エチェリカがすかさずニヤリと笑う。
「おーおー、チルト兄ぃが
女の子に褒められて赤くなるなんて珍しいね。
セレナイトじゃモテなかったのに?」
「うるさいな……!」
一方リンクは唇を噛みしめていた。
(なんだ、これ……
胸が、もやもやする……。)
「ねぇねぇチルト君、このイヤリング以外に
も何か作ってる? 今度見せてよ!」
「え、うん。いろいろあるけど……」
「ほんと!? 約束ね!」
ミーナは嬉しそうに飛び跳ねた。
「こんな綺麗な宝石の飾りを作れるなんて、
チルト君ってステキ〜♡」
そう言って勢いよくチルトに抱きつく。
「え、えぇぇぇ!?」
チルトの顔が茹だったように真っ赤になる。
エチェリカはぽかんと口を開け、
リンクは呆然。
「そ、そんな……ミーナが……!」
彼の心に“ガシャーン”という音が響いた。
「オレのミーナが……チルトに……?」
ミーナは小首をかしげながら笑う。
「だってリンクは“くれただけ”なんだもん。
チルト君みたいに作れる人、
ステキに決まってるじゃない♪」
精神的トドメが入った。
リンクは膝をつき、蒼白になった。
「……僕の恋……終了……。」
その肩に、ぽん、と小さな手。
「ま、人生いろいろだよ。」
エチェリカがニヤリと笑って言う。
「あ、それならさ、
フリーになった記念に、私にする?
毎日おいしいご飯作ってくれたらさ、
お嫁さんになってもいいよ?」
「えっ、本当!? いいの!?」
リンクの顔に一瞬、希望の光が灯る。
「ほう……?」
低く響く声が背後から落ちた。
振り返れば、そこには豪快に
酒瓶を片手にしたエドラム王。
頬は赤く染まり、しかし眼光は冴えている。
「我が娘エチェリカを嫁にするとは、
良い度胸だな。……ならば問おう、
リンク少年。」
ゴゴゴ……と空気が震える。
「我が王座を手に入れたように、
貴様も料理人の“王座”を掴む覚悟があるのだな?」
「ひぃ……!」
リンクは震えた。
エチェリカが慌てて父の袖を引く。
「ちょっ、父様! 冗談だってば!」
しかしエドラムは聞かない。
「王族の言葉は重い。
そなたが言葉にした以上、我は見定めねばならぬ!」
酒の匂いと威圧感が混ざり、
リンクは逃げ場を失った。
彼は拳を握りしめる。
「わ、わかりました!!
僕、必ずステップランドで
一番の料理人になります!!
エチェリカ様を幸せにできる男になります! 皆さんの舌を唸らせ、笑顔にします!!」
宣言に、空気が止まった――
そして次の瞬間、
「よく言った!」
エドラムが豪快に笑い、
リンクの背中をバンッと叩いた。
「胆力あるな!
チルトとは違う肝の太さよ!
その志、王として賞賛する!」
「ぐぇっ!」
叩かれて前につんのめるリンク。
「良かろう!
エチェリカを嫁にする資格、
その手で掴んでみせろ!
約束を果たせた暁には喜んで
家族に迎え入れようぞ!!」
「あ、ありがとうございます……!!」
喝采が起き、周囲の客も笑い声で包まれた。
エチェリカは真っ赤になり、うつむく。
「もう……父様ったら……。」
チルトはその光景を見て肩をすくめ、笑った。
「こりゃ、親友どころか
兄弟になる日も遠くないかもね。」
ステップランドの夜空に、火花が花のように咲いた。
新しい恋と、新しい約束と、新しい時代に燃え上がるように。
収穫祭を終えて、
ステップランドの秋風は乾いて澄んでいた。
黄金の麦畑が見渡す限り続き、
地平線には雪をいただいた山々――
その向こうに、新しい友国グランゼウムの
山稜がかすかに見えている。
国境の小さな丘に、数人の影が立っていた。
スカイとエリアスが馬車に荷を積みながら
身支度を整える。
その背後にチルトとエチェリカ、
そしてリンクが並んでいた。
背にはステップランドの旗と、
グランゼウムの紋が並ぶ。
「もう行っちゃうんだね、クライムさん。」
チルトの声が少し震えていた。
スカイは荷を閉め、静かに頷いた。
「ああ、ずいぶん長く居ちゃったからね。
……けど、今度はもう“国境”って感じがしないな。」
「うん!」
エチェリカが両手を広げた。
「だって、もう行き来できるんだもん! 私、次はステップランドのケーキを習いに行くの!」
エリアスが笑う。
「ふふ。いいわね。
今度会ったら食べさせてね?」
「うん!約束だよ!!」
リンクが頬をかく。
「僕ももっと料理上手くなります!!なんせ
“王座”を目指さなきゃいけませんから!!」
「おお、まだ挑戦は続いてるんだな。」
スカイが軽く肩を叩いた。
「はいっ! 負けてられませんから!」
リンクの隣で、エチェリカが照れくさそうに笑った。
「あの時のプロポーズ、覚えてるから。」
「ひぃえ!? そ、それはっ……!
や、約束だからっ!」
言葉を詰まらせるリンクの姿に、
周囲の三人は声を上げて笑った。
チルトもその笑いに混じり、空を仰ぐ。
「……まさか、
ステップランドとグランゼウムが
本当に仲良くなれる日が来るなんてね。」
その言葉に、スカイは優しく頷いた。
「火の神様も笑ってるよ。“集まる火”の意味を、みんなが理解したから。」
「……僕、クライムさんに出会えなかったら、
きっと今でも小さな欠片のままだった。
ありがとうございます。」
チルトが深く頭を下げた。
「俺の方こそ、君たちに学ばされたよ。
“努力の火”に勝るものはないってね。
あっ、そうだ。リンク、エチェリカ。」
そう言って、スカイは鞄から小さな革袋を取り出した。
「――お別れの代わりに、これを。」
中から取り出されたのは、
銀と真鍮で組まれた小さな笛だった。
光沢のあるリングを持つ、見慣れた形。
「チルトに渡したのと同じものだ。
関係が修復できたからもう
要らないかもしれないけど。」
「この笛……!」
チルトが懐に忍ばせた笛を取り出す。
二つの笛を同時に吹くと、澄んだ音が重なり、麦畑に響いた。
まるで秋空を渡る鳥の声のように柔らかく、美しく。
「すごい……!」
エチェリカが頬を輝かせた。
「わぁ、覚えててくれたんだ!!」
「要らないなんてとんでもないです!!
ありがとう!!クライムさん!!」
2人は笛を見て目を輝かせた。
エリアスが優しく微笑む。
「何もなくたって吹いていいの。
その音色があの時の思い出にもなるから。」
リンクが笛を両手で握りしめた。
「僕の料理もこの音色のように、
いつか遠くまで届くようになります。」
「楽しみにしてる。」
スカイが頷いた。
エドラム王からの使者が遠くで馬を引いて待っていた。
吹く風が強まり、空が茜色を帯びる。
「そろそろ行かないとね。」
エリアスが言う。
「うん。国王に報告と礼を。」
スカイが頷く。
チルトはその背を見つめ、
胸の奥から湧き上がるものを
抑えきれずに言った。
「クライムさん! また来てくれる?」
「もちろん。」
振り返ったスカイの笑顔は、いつもの
穏やかさに少しの寂しさが混じっていた。
「今度は旅人としてじゃなく、友として。」
エチェリカが笛を胸に当てて笑う。
「じゃあ、次は私が呼ぶね。
だって……また会いたいもん。」
「任せた。」
「……さよならじゃないよね。」
リンクが言った。
「ああ。」
スカイが麦畑の向こうを指差す。
「この風の行く先で、まだ見ぬ火が待ってる。
だからこれは――旅の続きだ。」
三人が同時に吹いた笛の音が、
ゆるやかに風へ溶けていった。
その音を背に、スカイとエリアスは
馬車に乗り込む。 夕日が山の端に沈む。
空は燃えるような朱に染まり、
麦の穂は揺れながらきらめいた。
チルトが手を振る。
「ありがとう、クライムさん! またね!」
リンクも声を張った。
「今度は僕の料理でおもてなししますから!」
エチェリカが大きく息を吸い込み、空へ向けて叫ぶ。
「火の国と食の国、ずっと友達だよーーっ!!」
スカイは振り返り、帽子を軽く上げて笑った。
「約束だ!」
馬車の車輪がきしみ、ゆっくりと動き出す。
彼らの旅は次の地平へと続いていく。
その背を見送りながら、
チルトは笛を唇へ当て、
もう一度静かに音を吹いた。
高く澄んだ音が、山と平野を渡り、
やがて空の彼方へ消えていった。
――そして、その響きが示す通り、
二つの国の火はもう、二度と消えることはなかった。




