第28話 グランゼウム部族連合王国6
山の霧が開ける頃、
グランゼウム部族連合王国の中心――
「火の大広間」には、
五部族すべてが集まりつつあった。
天井は吹き抜け、
壁には古来からの火皿が何十も灯され、
中央には巨大な炉がうなりを上げている。
年に一度、王を決する祭――
「鉱神祭」が始まる。
鍛冶の国らしく、鼓動のように鉄と火の音が響く。
「……壮観ね。」
エリアスが息をのむ。
周囲の光が暗く見えるほどの熱量だった。
スカイとリンク、エリアスは、
深い灰色のローブを纏い、顔を隠して
セレナイトの列の後方に身を潜めていた。
「見物人だと思われないようにしてくれよ、リンク。」
「わ、分かってるよ……すげぇ熱気だな。」
「これが全部族の誇りの集約……
火が競い合う瞬間です。」
チルトの声が低く響く。
広間の壇上には、
連合同盟の長老評議員が立ち、
開会の鐘が鳴った。
「これより、五部族の作品を披露し、
鉱神の祝福に預かる者を“王”と定める!」
歓声が響き渡る。
「まずは――ラドーン族!」
鉄の戦鎚が地を叩く音。
鎧に身を包んだラドーン族の鍛冶師達が、白布に覆われた台を押して入ってくる。
「大きい……!」
エチェリカが思わず声を漏らした。
白布が外されると、
そこには炎を食むような曲線をもった大剣が現れた。
刀身は赤金色に輝き、
火皿の光を受けて龍のようにうねる。
「“紅蓮牙”と申す!」
代表の鍛冶師が声を張る。
「この刃は、
神鉄を七度鍛え、八度焼き入れた霊鋼。
振るえば刃自身が熱を纏い、敵の鋼を焼き断つ!」
観客席がどっと沸いた。
「まさしく力の象徴ね。」
エリアスが呟く。
「迫力も重量も完璧だが……
これを人が扱えるか?」
スカイが目を細める。
「あ、でも見た目が“勝利”っぽいです!」
リンクは目を輝かせていた。
剣の炎が一瞬だけ閃光のように走り、
展示は終わる。
「さすがに強すぎる……」
チルトが小声で言う。
「力こそ誇りの部族だ。
彼らにしかできぬ“火”だよ。」
スカイが頷く。
「続いて――ヴァルネラ族!」
舞台の左右から現れたのは、精鋭の工芸師たち。
彼らが運び込むのは巨大な硝子と青銅の礼器。
「あら、美しい。」
エリアスが目を細める。
透明なドームの中には砂鉄で練り込まれた
複雑な模様があり、光を受けると淡い緑に輝く。
「これ、香を焚く器か?」
「“翠輪の杯”と申します。」
代表が説明した。
「杯に水を満たせば、光が反射し祭壇の天井全体に模様を描く。祈りの象徴です。」
実演が始まる。透明器の中に清水を注ぐと、光が天井へ散り、草原の風のような模様が
踊った。
「うわぁ……」
エチェリカが口を開ける。
「穏やかで温かい……。」
エリアスがぽつりと言う。
「力ではなく“癒やし”を火とするか。
柔らかい火だ。」
スカイの声が少しだけ緩んだ。
「飲めるかな?」
リンクがこっそり囁いて、
エチェリカに肘で突かれた。
水のきらめきが収まると、
静かな拍手が広間を包み込んだ。
「第三――グリオニス族!」
重低音の太鼓と共に、
岩だらけの大地を模した台が押し出される。
中央にそびえるのは、黒曜石で彫られた神像。
「……これまた別格だな。」
スカイが感嘆する。
神像は高さ四メートル、
腕には炎を象る彫刻が施され、
顔には表情がない。
「『沈黙の守護者』。
“神の怒りを鎮め、民の火を守る”の意……
らしい。」
チルトが説明する。
「……ちょっと怖いかも。」
エチェリカが顔をしかめる。
「でも石の彫刻なのに、細部がすごいです!」
リンクが目を丸くする。
「力ではなく“伝統”。長い時が作る火だな。」
スカイが呟く。
審査評議員たちはうなずきながら感嘆の声を上げた。
堂々とした威厳は、芸術を超えて信仰そのものだった。
「第四――アークメリア族!」
最後に壇上へ運ばれたのは、布包みのような箱。
ほどかれた瞬間、甘い香りが広間を満たす。
「ん? 香り……花の匂い?」
「染料と薬香を混ぜた布製の作品です!」
代表が誇らしげに声を張った。
「『蒼炎の衣』
――火を纏う王の象徴。
我らが染め上げた鉛光の布は、
動くたびに色が変わる!」
演者がその衣をまとい、舞い始めた。
光が当たるたび深い青から紫、
そして燃えるような橙へと瞬時に変化する。
「すごい……!」
エチェリカが身を乗り出した。
「まるで火の精霊だな。」
スカイが呟く。
「科学という理をもって“火”を操る。
さすがアークメリア族。」
チルトの声に、誇りも感嘆も混じる。
演舞が終わると同時に、
観客席からはため息と拍手が混じった。
「……これが四部族の炎か。」
祭壇の上で再び太鼓が鳴り、
次の発表者――セレナイト族の名が呼ばれる
その瞬間まで静寂が広がる。
エリアスが小声で呟く。
「どの部族も、
それぞれの“火”を誇りにしているわね。」
「ああ。力、癒やし、守り、理――
いずれも立派だ。」
スカイが深く頷く。
「これ、勝てるのかな……。」
エチェリカの声が震える。
「勝つさ。」
チルトが拳を握る。
「俺たちの火は、まだ見せてないけど――
誰より温かいんだ。」
リンクが笑って軽く背中を叩く。
「そうそう、腹にも火を灯してあるしな!」
「言わないでよ……!」
エチェリカが顔を真っ赤にして拳で小突く。
スカイがふっと笑い、視線を壇上に戻した。
「さあ、次はいよいよ――セレナイトの番だ。」
火皿の炎が一際大きく揺れ、鐘が鳴る。
観客の視線が一斉に彼らの方向へ向いた。
だが、灰色のローブの影に隠れたスカイ達の表情は見えない。
燃え尽きた灰のような沈黙――その奥では、確かな希望の火が静かに燃えていた。
いよいよセレナイト族、登壇。
次の瞬間、世界の見方すら変える“光の誇り”が広間を包み込む――。
鐘の音が静寂を切り裂いた。
火の大広間に、再び中央の扉が開かれる。
「最終出場――セレナイト族!」
その一呼びに空気が変わる。
人々の視線が一斉に舞台へと集まり、
セレナイトの面々が現れた。
白銀のローブを纏い、堂々と先頭に立つのは
部族長エドラム。
その背後には弟子職人たち、
そして灰色のローブで顔を隠したスカイと
仲間の姿も混ざっていた。
「……父様。」
チルトが苦く唇を噛む。
布で完全に覆われた作品が、
四人の職人によって静かに押し出される。
その姿は、小ぶりで決して華美ではない。
「随分と小さな台だな。」
「セレナイトの貧相な象徴か。」
ラドーン族を筆頭に、他部族の列から嘲笑が上がった。
「小物を積めば“王”になれると思ったか?」
笑いが響く。
壇上でエドラムは、
その罵声を一切気にせず、
深く息を吸い込んだ。
「――本作品。
題して『光環連珠』。」
その堂々たる声に、笑い声が少しだけ弱まる。
「説明いたそう。この作品は大小さまざまな宝石を組み合わせ、一つの火を描くものだ。
いかなる欠片も捨てず、すべてを結び合わせて完成する。
それこそ、我らセレナイトの“集う火”の証。」
「つまり……寄せ集めのごった煮か!」
「ははは! 祭りを遊び場と勘違いしたか!」
再び、嘲弄の声。
チルトが震える拳を握りしめ、
エチェリカが悔し涙をこらえる。
「父様……!」
「あいつら……!」
だがその時、
スカイがそっと二人の肩に手を置いた。
「見ていろ。努力の炎は、いつも笑われるものだ。
けれど、同時に誰より“眩しい”。」
チルトは息を呑み、頷いた。
エドラムの顔にも、
どこか余裕の笑みが浮かんでいた。
「……ならば、その目でしかと見よ!」
その声が大広間に響き渡る。
「――これが、
我らセレナイト族の汗と涙と誇りの結晶だ!!」
布が跳ね上がり、光が爆ぜた。
「――――っ!」
次の瞬間、大広間の空気が凍りつく。
布の下から現れたのは、
無数の小さな宝石が連なって描かれた、
見たたこともない曼荼羅模様だった。
赤、青、緑、金――千を超える色彩が、
炎を宿したように瞬き続ける。
光の粒は互いに反射し、
天井へ虹の輪を映し出した。
「な、なんだ……この光は……!!」
「まるで……火が生きて動いているようだ!」
評議員たちが立ち上がり、観客席からも風を切るような息の音が響いた。
光は天井いっぱいに広がり、
巨大な火車のような波紋を描き出してゆく。
「……すごい。」
エリアスが震えながら呟く。
「これは……芸術なんて言葉じゃ足りない。」
スカイが汗を滲ませ笑う。
「ひゃ、光が広間全体に……!」
リンクの眼が潤んだ。
チルトが胸に手を当て、涙を滲ませた。
「これが……僕らの“火”か……!」
「そうだ。」
スカイが小さく頷く。
「集めた欠片たちが、火を取り戻したんだ。」
ラドーン族の長が恐る恐る壇上へ近づいた。
「まさか……
すべてが小物で組まれておるのか?」
「近くで見ると……
一粒一粒、形も素材も違う……」
ヴァルネラ族の代表が、陶然と呟いた。
「しかも、角度ごとに光が変わる……
何度見ても模様が違うぞ。」
「……これが“集の美学”か。」
アークメリア族の染師が涙ぐみながら言う。 やがて、全員が沈黙した。
光の曼荼羅の中心で、
澄んだ結晶の層が心臓のように鼓動している。
まるでグランゼウムそのものが
呼吸しているようだった。
「……祈りたくなる。」
誰かがそう呟き、
観客席で一人、また一人と手を合わせた。
その連鎖はやがて、会場全体を包み込み、
音もなく溶けた。
長老評議員たちは壇上に上がり、
他の四作品と照らし合わせながら品評を始める。
あらゆる角度から光を測り、細工の精度を確かめ、互いに言葉を交わす。
その間、スカイたちはただ息をひそめて見守っていた。
「……結果は?」
「焦るな。」
スカイが静かに笑う。
チルトが真剣な表情で見守る。
「火の判断には、時間がかかるものです。」
やがて、審査の瞬間が訪れた。
長老評議員の最年長が前に進み、杖を鳴らす。
「本年の“鉱神の火”を最も美しく示した部族は――」
会場が息を呑む。
「セレナイト族!!!」
その瞬間、静寂が崩れた。
そして……
ウオオオォォォォオオオオ!!!!
歓声、叫び、涙。
セレナイトの職人達が互いに抱き合い、
エドラムは一歩、天を仰いだ。
「……やっと、届いたか。」
その拳をそっと胸に当て、
そして強く空へ突き上げた。
涙が頬を伝い、火皿の光に溶けていく。
チルトとエチェリカが跳ね回りながら叫ぶ。
「やったぁぁぁぁーー!!」
「僕ら、王座だ! 本当に王族だ!!」
リンクも涙を拭いながら笑った。
「ほら、言ったろ? 腹の火は消えないって!」
「リンクっ!」
エチェリカが笑顔で飛びつく。
スカイとエリアスはローブを押さえたまま、互いに小さく拳を合わせた。
「成功だ。」
「……ええ。“火の輪”が、閉じて完結したわ。」
金の冠が運ばれ、
エドラムの額に静かに置かれる。
「我らセレナイト族、
ここに“火王”として立つ!!」
その声に人々が応えた。
「火に栄光を――!」
「栄光を――!」
五部族の歓声が混じり合い、
山全体が震えるような音を立てた。
その日は、火と涙と笑顔で夜が明けた。
――欠けた光が一つに集い、
新しい時代の炎となって、
グランゼウムを照らし始めたのだった。




