第26話 グランゼウム部族連合王国4
セレナイト族長の執務室に、
緊張した空気が流れていた。
壁一面には古い鍛造具と宝飾の原石が飾られ、天井から吊るされたランタンの火が淡く室内を照らしている。
左右にはチルトの兄二人が腕を組み、
母と妹エチェリカが少し離れた席で固唾を
のんで見守っていた。
エリアスとリンクは背筋を伸ばし、
スカイは堂々と立っている。
部屋の奥、重厚な椅子に腰掛けるのは族長エドラム。
その鋭い眼光が、まっすぐスカイを見据えていた。
この場に沈黙が落ち、火皿が小さくパチリと音を立てる。
「ようこそ、クライム殿。」
エドラムの低い声が響いた。
「改めて言おう。ここは我が家であり、
セレナイトの心臓部。異国の人間を通すのは、
これが初めてだ。」
その眼は警戒と誇りを孕んでいる。
「感謝致します、エドラム殿。」
スカイは穏やかに頭を下げた。
「挨拶より先に……
少し、心を温め合いましょう。」
「……心を?」
スカイが机に布を広げる。
そこには包みが三つ並べられた。
「まずはこちらを。
ステップランド産、百年樽熟成のワインです。」
木栓を抜くと、芳醇な香りが部屋に広がった。
「ほう……」
エドラムの眉がわずかに動いた。
「それと、お子様方へは絞りたてのミルクと
果実ジュースを。昼食のお供に、我が仲間が
こしらえたハンバーガーをどうぞ。」
「ハン……バーガー?」
と兄のひとりが怪訝な顔をする。
「パンに挟む肉料理です。
地元では人気の商品でして。」
スカイがにやりと笑う。
香ばしい香りが漂い始めると、
エチェリカの鼻がぴくりと動いた。
「いい匂いっ……!」
「あら、すごく柔らかいパン生地ね……」
母が感嘆の声を漏らす。
兄二人も最初は渋々口にしたが、
噛んだ瞬間、表情が緩んだ。
「な、なんだこの味は……」
「肉が溶ける……!?」
「だろう?」
リンクが胸を張る。
「ステップランドの味覚は胃袋から
世界を平和にするんだ!」
エチェリカが頬をふくらませながら笑う。
「美味しい!!リンク料理上手!」
「ほえ!? あ、ありがとう……」
リンクの耳まで真っ赤に染まった。
場の空気がようやく和んだところで、
エドラムが杯を置いた。
「……まずは礼を言おう、クライム殿。
この手土産もさることながら、先日の作品。
あれには心の底から驚かされた。」
その声が少しだけ柔らかくなっていた。
「まさか欠けた宝石を繋げ、あのような形に
するとは。あれは“新しき火”の証だろう。
……我も、久方ぶりに胸が震えた。」
「光栄です。」
スカイは軽く頭を下げる。
「しかし、我等にも誇りがある。」
エドラムが鋭く言葉を戻す。
「外の者の手を借りて作品を作るなど、
本来恥ずべきことだ。」
「ええ、その通りです。」
スカイはあっさりと肯定した。
「私は力を貸すつもりはありません。
私が提供したいのは、“想像”です。」
「……想像?」
族長の太い眉がわずかに動く。
「目には見えないが、火を灯す種のようなものです。
形は作り手が決める。私はその“種”をお渡ししたい。」
そう言うとスカイは鞄から筒を取り出し、
慎重に机の上に広げた。
「これは……?」
「図面です。ご覧ください。」
「……我は外の文字は――」
「文字ではありません。見ればわかる。」
スカイの瞳の奥に浮かぶ真剣さに押され、
エドラムは静かに紙を手に取った。
「――――ッ!!!」
その瞬間、族長の目が見開かれた。
「こ、これは……!」
透き通るような墨線で描かれていたのは、
幾重にも重なる円環と宝石の配置図。
曼荼羅のような光の模様。
息を呑むほど精密で、たった紙一枚なのに、光が出ているように見える。
「ステップランドの土産屋で見た、未発表の
タペストリーデザインを参考にしました。」
スカイの声が静かに響く。
「これは私が提示する“想像”です。
絵では終わらせません。セレナイトの総力
で、この図に命を吹き込んでいただきたい。」
しばし、重い沈黙。
エドラムは紙を撫でながら息を整えた。
「……確かに、これが形になれば前代未聞の作品だろう。だが、鉱神祭まで三週間。
これほどの細工を仕上げるのは無謀だ。」
「ええ。難しいでしょうね。」
スカイは一歩、机の前へ出て微笑んだ。
「ですが、難易度・手間、そして
“見る者を惹きつける美”。祭りの条件を
すべて満たしているのはこれ以外にない。」
「言うな。分かっている。」
エドラムの声が震え始める。
スカイは畳みかけた。
「王座を狙う部族であれば、
代々の伝統を超えてみせる覚悟――
それが誇りでは?」
「む……」
「この作品に使うのは、
加工された宝石小物が絶対条件。
ただ拾った欠片をばら撒いただけの作品に、誇りを感じられますか?」
スカイの挑発に、族長の拳が微かに震えた。
「……貴様ぁ……!」
「王座を夢見るのをやめたいなら、
今ここで図面を破ってください。」
その言葉に、室内の空気が凍りついた。
エリアスが息を呑み、チルトまで息をひそめる。
だがスカイは一歩も引かない。
「長年追い求めた王座への道が、
今、目の前にあるんです!」
「……っ!」
エドラムが机を叩き立ち上がった。
「クライム殿……貴様――いや!」
険しい表情が、次第に――笑顔へと変わった。
「よくぞ言ったな!!!」
部屋が揺れるほどの声。
「面白い! この挑戦、受けて立とう!
セレナイトが火を恐れてどうする!」
兄たちが驚きの声を上げる中、
エドラムは拳を突き上げた。
「我らが長年待ち望んだ王座への機会、
是が非でもここで掴むぞ!
誇りを火皿にくべてでも完成させる!
職人を総動員だ!」
「父様……!」チルトの声が震えた。
「よし、息子よ、迷うな!
この“想像”に、セレナイトの火を与えろ!」
スカイはゆっくり息を吐き、にやりと笑った。
「なら話は早い――“神の火”をこの手で見せてください。あなた方の信じた火を。」
「望むところだ、クライム殿!!」
炎が、一斉に灯ったようだった。
こうして、セレナイトとステップランドの歴史を変える共同制作が正式に始まった。
エドラムの宣言が終わる頃、部屋の空気は熱を帯びていた。
誰もが胸の奥に炎を宿したような高揚を感じている。
しかし、その中でスカイだけは、
ひとつの思いを胸に秘めていた。
「エドラム殿。」
再びその声が響いた時、場がぴたりと静まる。
「――ひとつ、お願いがあります。」
「なんだ?」
エドラムの鋭い視線が、再びスカイを射抜いた。
「この作品で、あなた方が『鉱神祭』の王座
を手に入れた暁には……
ステップランドとの交流を再開して頂きたい。」
一瞬で空気が変わった。
息をのむ音があちこちから上がる。
チルト・エリアス・リンク、そしてエドラム
の家族までもが驚愕に目を見開いた。
「クライム殿……それは――」
エドラムの声が低く震える。
「長年追い求められなかった王座を掴む作品です。
その価値にふさわしい対価だと思いませんか?」
スカイの瞳は真っすぐで、揺るがない。
「そして王の言葉は絶対。違いますか?」
族長が眉を寄せ、深く目を閉じた。
室内に沈黙が落ちる。
火皿の音だけがパチパチと微かに響いた。
「……外との交流、か。」
やがて彼が低く呟くと、チルトが一歩前へ出た。
「父様!」
「チルト……?」
「お願い、父様!
僕もステップランドに行きたいんだ!!
リンクと、もっと仲良くなりたい!
外の世界を見たいんだ!」
エドラムは目を見開いた。
「馬鹿を言うな、チルト。我々はまだ――」
「子供だからこそ、怖れずに行けるんだよ!」
その一言に、部屋の空気が震えた。
続いてエチェリカが立ち上がる。
「私もお願い、父様!!」
「エチェリカ、お前までも――」
「だって!リンクが作るご飯、
あんなに美味しかった!笑顔になれる味なのよ!
そんな美味しい料理を作るステップランドの
人たちと仲良くなれない理由なんてないじゃない!」
「……っ」
「ステップランドは
私達に手を差し伸べてくれてるんでしょ!?
だったら、怖がってるだけじゃ何も変わらないよ!」
少女の声は震えていたが、
そのまなざしは真っ直ぐだった。
エドラムは椅子に座ったまま、拳を握り締めた。
「お前達……」
その声は小さく、だが確かに揺れていた。
その時、トレイを握りしめたリンクが立ち上がった。
「僕からもお願いします!」
「リンク……?」
「確かに、三年前のテロで皆さんは傷ついたと思います。
外を信じられなくなったのも分かります!」
「……」
「でも、僕はチルトに会って、
あなた達と話して、笑ってる顔を見て思ったんです!
怖いだけで終わらせたくないって!」
リンクは唇を噛みしめ、息を飲み、言葉を重ねた。
「僕はチルトともっと仲良くなりたい!
一緒にごはんを食べて、笑って、時々喧嘩して……
大人になっても“最高の親友”になりたいんです!!」
その声に、母親は目頭を押さえ、
エリアスまでもがそっと胸に手を当てた。
「……素直な心は、どんな火より眩しいわね。」
スカイは静かにチルトの肩へ手を置く。
「――エドラム殿。」
「……」
「あなたには、もう分かっているはずです。」
「……?」
「私の作品を見たあなたなら。
“一つひとつは小さくとも、集まって生まれる
光の大きさ”を覚えておいででしょう。」
スカイは微笑んだ。
「この子供たちは、まさにそれを体現している。
生まれも考えも違う三人が、同じ想いで火を灯したんです。」
「…………」
エドラムの拳が震えた。
頬を伝う光がランタンの火に反射する。
「……まったく、
しがらみを知らぬ無垢な心とは、
眩しいものだな。」
低く呟くと、エドラムはゆっくり立ち上がった。
その背筋は堂々と伸び、瞳には再び炎が宿る。
「よかろう!」
その声が響いた瞬間、スカイ以外の全員が息を呑む。
「我が名、セレナイト部族長エドラムの名に
おいて誓う!」
「――!」
「我が王の座に就いた暁には、
ステップランドとの交流の扉を開く!
過去の鎖を断ち、未来へ繋ぐ約束をここに宣言する!!!」
その言葉を聞いた途端、
チルトが大きく息を吸い込み、涙目で笑った。
「父様っ……!」
エチェリカも跳び跳ねるようにチルトに抱きついた。
「やったぁぁぁ!
本当に!? 本当に約束よね!?」
「ああ。お前たちがそう望むなら、
私は父としてそれに応えよう。」
リンクが真っ赤な顔のままチルトに手を差し出す。
「チルト! やったな!」
「うんっ! 本当にうれしいよ……!」
二人は固く手を握り合った。
エリアスが微笑みながら呟く。
「……子供たちの心が、国を動かすなんてね。」
「火とはそういうものだよ。」
スカイが答えた。
「広がって初めて、意味を持つ。」
エドラムは感無量の面持ちで三人の姿を見つめ、
力強く頷いた。
「よいか! 今日より、
我等は王座を奪い返すために全力を尽くす!
“光環連珠”の炎を、
セレナイトの誇りとして示すのだ!」
「はいっ!!」
「了解!」
「うんっ!」
チルトが涙で目を潤ませながら叫ぶ。
「ありがとう、父様!
ありがとう、クライムさん!」
「礼を言うのはまだ早い。」
スカイが笑う。
「これからが本番だ。」
部屋中が再び熱に包まれた。
火皿の炎が高く揺れ、赤い光を皆の頬に映す。
「さあ、やるぞ!!」
エドラムの雄叫びとともに、
セレナイト族の民が動き出した。
工房の門が開き、ハンマーの音が響き渡り、
久しく沈んでいた谷に笑い声が戻る。
「チルト、エチェリカ。」
スカイが二人の背に声をかけた。
「君たちの心が、
初めて王国に風を通したんだ。誇りに思え。」
「うん!」
「もちろん!」
リンクも笑いながら拳を突き出した。
「じゃあ、約束だ! 祭りが終わったら
絶対に一緒に食べに行こうな!」
「当たり前でしょ!!」
エチェリカが威勢良く頷く。
その光景を眺めて、スカイはふっと微笑んだ。
「火が広がっている――大丈夫だ、もう消えやしない。」
こうして、セレナイト族の「鉱神祭」
作品制作が正式に始動した。
誇りと友情と約束の火が、夜空に燃え上がっていく。




