第25話 グランゼウム部族連合王国3
エドラムとの話し合い後、
スカイ達の見送りを申し出たのは、
チルトと妹のエチェリカだった。
部族長エドラムも渋い顔で許可を出したが、
本音では外の連中にさっさと出て行ってほしいという思いもあったのだろう。
「裏口まで送るよ。
あそこなら誰にも見つからない。」
「助かる。」
薄暗い坑道を歩くあいだ、
スカイは興味津々とばかりに
チルトに質問を繰り出していた。
「チルト、ここセレナイト族以外には
どんな部族があるんだ?」
「鉄や銀を鍛えるラドーン族、
青銅や硝子を扱うヴァルネラ族、
石で神殿を建てるグリオニス族に、
薬や染料を作るアークメリア族の五つだよ。」
チルトの説明にスカイは頷く。
「なるほど。得意分野で支え合ってるわけだな」
「……本当はね。でも今は皆、
鉱石が取れなくて余裕がないんだ」
チルトの声に影が落ちる。
「大昔の鉱神祭ではね、鉄を鍛える者も宝石を磨く者も一緒に“火の力”を競ってたんだ。
でもいつからか、部族同士で張り合うようになって……」
落ち込みチルトを見てスカイは話題を変えた。
「過去の優勝作品には、どんなものが?」
「ラドーン族の“刃が火を噛む剣”、
ヴァルネラ族の“陽光の杯”、
グリオニス族の“光を閉じ込めた宮”。
そして、うちの最初で最後の王の作品は
“宝石の虹冠”。……もう何十年も前だけど」
スカイは顎に手を当てて頷く。
「なるほど。“火の芸術祭”ってところか。
話を聞くほど面白くなってくるな」
「前向きなのはいいけど、
外の人が口出すと余計に揉めるから……」
とチルト。
「まあ、話を聞くだけさ」
スカイは微笑みながら答えた。
それからもスカイは、食事はどうしているか、
酒は誰が作っているのか、宝石は何で磨くのか
など、矢継ぎ早に質問しては頷いていた。
エチェリカが笑う。
「クライムさんって、うちの採掘小屋より
うるさいね」
「はは、知りたいことが多い性分でな。」
そうして歩くうちに、外へ通じる石の裏口へ
たどり着いた。
「ここから丘までは一本道。
夕方前にはステップランド側に出られるよ。」
チルトの言葉に、スカイは深く礼をした。
「助かった。いずれまた会おう」
そう言って懐から小さな笛を取り出す。
青磁色の金属で作られ、光を当てると虹色に輝く。
「これは……?」
「遠くまで響く“共鳴笛”だ。
もし俺たちに用ができたら、
丘から吹いてくれ。すぐ気づく」
「笛……? ほんとに!?」
チルトが目を輝かせる。
「ずるいっ!」
エチェリカがむっとして唇を尖らせた。
「チルト兄ぃだけもらうなんて!」
「手に入れたら君の分もあげるよ」
スカイが苦笑する。
エチェリカは目を輝かせた。
「約束だからね!」
傍らのリンクも笑って頷いた。
「次は僕が案内するよ、
チルトをステップランドに連れて行く!」
「ほんと!?」
「もちろん」
「じゃ、あたしも!」
快活な笑い声が狭い坑道に響いた。
その後、互いに手を振り合いながら別れの道を進む。
小さな火が、確かに心に灯っていた。
午後、ステップランドの大使館。
スカイ、エリアス、リンクの三人は
テーブルを囲み、リンクが持参した弁当を
広げていた。
焼きパンにハーブチーズ、
トマトのマリネと果汁ワイン。
ありふれているが、
山での食べ物を思い出すと格別だ。
スカイはノートに鉛筆を走らせながら言った。
「今日の収穫をまとめよう。
彼らの問題は“鉱脈の枯渇”
“誇りの競い合い”“外の拒絶心”。
だが、希望も見えた」
「鉱神祭、ね。」
エリアスが頷く。
「そこに突破口がある」
リンクが首を傾げる。
「祭りをどう使うの?」
「あの祭で勝利すれば名誉も信頼も取り戻せる。
ステップランドの利点を組み合わせて、
“外との融合”を形にできれば―
取引の再開にも繋がる」
「なるほど……でも材料が足りないよ。」
エリアスがパンを手にしながら言葉を挟む。
「彼らの弱点は“味気なさ”。火を芸術として信仰しているのが、食や香りには目がない。
でも、火は人をあたためる力。
そこに提案できる余地があるわ」
スカイは頷いた。
「つまり、どう鉱神祭に支援するが鍵か。
鉱神祭で彼らの魂を揺らす作品――
それを一緒に創ればいい」
リンクが目を丸くする。
「そんなこと、できるのかな」
「できるさ。俺たちは解決屋だからな」
机の上に散らばる紙片に矢印が引かれていく。
――鉱神祭=王の選定。
――誇りを保ちつつ外とつながる唯一の場。
――勝利の鍵=食文化×火。
「問題は、どうやって再び彼らの信頼を得るか、だな」
スカイは鉛筆を置く。
「あの笛が鳴れば、もう一度入るチャンスがある。
今のうちに“最高の手土産”を考えておこう」
三人は顔を見合わせ、思わず笑った。
まだ何一つ決まってはいない。
だが不思議と、光が見えている気がした。
その頃、グランゼウムの坑道では、
チルトが父エドラムの叱責を受けていた。
「外の者を連れてくるとは何を考えている!」
「す、すみません……」
「この件はリンク少年の心遣いに免じて
大目に見る。だが次はない」
部屋を出ると今度は兄二人が冷や笑いを向けてきた。
「まるで女職人だな、兄貴」
「指先ばっか器用で力仕事もできねぇ。祭りじゃ役に立たねぇよ」
エチェリカも笑い、悪気なく言った。
「兄ぃ、ほんと女の子だったら良かったのに!」
「……ほっとけ」
一人アトリエに戻ったチルトは、
机に座ると深呼吸をした。
宝石を磨く火皿の上で光が揺れる。
硝子越しに、
丘で別れたクライム達の姿を思い出していた。
(リンク……約束、守らなきゃな)
火をくべ、細工用の工具を手に取る。
ゆっくりと研磨を始めた。
火花が散るたび、宝石に映る光が心を温める。
少しずつ、腕が上がっていく感触があった。と、その時。
廊下の奥から父・エドラムと幹部たちの声が聞こえた。
「各部族の動向はどうだ」
「ラドーン族は断片的な鉄片を集め剣を作ると。
ヴァルネラ族は硝子細工に苦戦。
グリオニス族は石材不足で祭壇が未完成。
どこも資源が欠けております。」
「ふむ……皆同じか。
我らセレナイトも宝石が足りぬ。
作品が作れねば栄光どころか恥を晒すだけだ」
苦悩に満ちた父の声。
だがチルトはふと、ポケットの中の笛に触れた。
クライムの言葉が脳裏に響く。
「問題があるなら、それは解決屋の領分――」
火皿の炎がゆらめき、宝石の光が天井に舞った。
チルトの瞳にも、小さな決意の灯が宿る。
いつかこの火を、山を、誰かの心を照らせるように。
彼はもう一度、炎を強くした。
部族長の部屋には沈んだ空気が漂っていた。
エドラムが机に広げた羊皮紙には、
他部族の作品構想が記されている。
「ラドーン族は銀と鉄の“双刃の剣”、
ヴァルネラ族は硝子と青銅の“大杯”。
グリオニスは石柱の神像、
アークメリアは染料の祭服……。
どこも派手だ。
やはり前回と同じで一点物できたか。」
「では我らも——」
副官が口を開いたが、エドラムは首を横に振った。
「宝石が足りぬ。
小粒ばかりで虹冠の再現もできん。
これでは勝負にならん。」
唸るような溜息が室内を満たす。
「火を持たぬ職人に栄光は降りぬ。
……無念だ。」
扉の外で、その会話を聞いていたチルトは、拳を強く握り締めた。
「そんな……また“無理”かよ……。
でも、他に手が……!!」
彼の目に一瞬、光が宿る。
諦めるには早すぎる気がした。
同じころ、ステップランド。
昼下がりのリンクの食堂には、
穏やかな香草の匂いが漂っていた。
スカイ、エリアス、リンクの三人がテーブルを囲む。
「酒の次は、どう攻める?」
とリンクが言う。
「今回は“火”ではなく“心”で勝負だ。」
スカイは、赤いワインを指先で回した。
「外の者が誠意だけで踏み込める土地じゃないわ。
何か彼らの誇りに響くものが必要よ。」
エリアスの言葉にスカイが頷いた瞬間、
入口のベルが鳴る。
「リンク〜! お昼、ここでいい?」
「ミーナ!?」
リンクが飛び上がる。恋人のミーナが軽やかに入ってきた。
「来ちゃった。ね、見て見てっ!」
彼女は耳たぶにきらめく小さなイヤリングを見せる。
「……またか。チルトの作品だね。」
リンクが呟く。
「チルトの?」
スカイが興味を示す。
「これ? チルトって人が作ったの?
リンクがくれたの。すごく綺麗……。
なんか見てると元気になるの。」
スカイはイヤリングに目を凝らし、
わずかに首を傾けた。
「……不思議だ。形は均一じゃないのに、
光が柔らかく揺れる。欠けた角度が光を踊らせてる。」
エリアスが笑う。
「欠けてるからこそ、優しいんでしょ。
完璧じゃない美しさって、きっと“火”も同じね。」
「小物の宝石か……。」
ピィィィイイイ!!
そのとき、丘の方から
――笛の音が鳴り響いた。
「チルト!?」
三人は顔を見合わせ、慌てて店を飛び出す。
丘の上でチルトはうなだれていた。
手の中の笛をぎゅっと握りしめている。
「鉱神祭……もう無理だ。
宝石はどれも小さすぎて使い物にならない。
父様も……もう降参だよ。
今年もダメなんて、悔しいよ……。」
「本当にそう思うか?」
スカイが近づく。
「え?」
「火が小さいほど、近くで見ると暖かいものだ。
チルト、失敗作でも欠片でもいい。
色も形もどうでもいい。集められるだけ持ってきてくれ。全部だ。」
「失敗作を? ……なにする気?」
「分からん。」
スカイは笑った。
「だが、何かが見える。火を集めたら、
きっと形になる。可能性を信じるんだ。」
「……分かった。やってみる!」
チルトの目が再び光を取り戻す。
「クライム、本当に考えなしで言ったの?」
帰り道、エリアスがため息をつく。
「そう見えるか?」
「見える。」
「俺の頭の中で、何かが燃え始めてるんだ。まだ形がないけどな。」
スカイの目が町の一角で止まった。
「あれは……何だ?」
「……お土産屋?」
二人はふと足を止めた。
店には羊毛のタペストリーや絨毯がずらりと並び、眩しい色に染め上げられている。
「うわぁ、綺麗……。
模様の一つひとつが生きてる……。」
エリアスが感嘆の声を上げる。
店員が笑って近寄った。
「羊毛を天然染料で染めて、何週にも分けて織るんです。同じ模様は二度とできませんよ。」
スカイは黙ったままその言葉を噛みしめた。
「一本の糸じゃ弱くても、
集めれば布になる……か。」
「クライム?」
「そうだ、“集める火”だ……!」
次の瞬間、スカイの表情が一変した。
炎が瞳に宿る。
「エイラ、準備をするぞ。
閃いたんだ。火を織るんだ!」
「だから意味が分からないってば!」
次の日の朝。
「これだけ集めたけど、ほんとに使えるの?」
チルトが必死に運んできた大袋には、
小物や欠片が山盛りになっていた。
「充分だ。立派な宝だ。」
「そう言えるの、クライムさんくらいだよ……。」
「信じてくれ。俺は“無駄”って言葉が嫌いなんだ。」
昼から夜にかけて、ステップランド大使館の工房には火が灯り続けた。
スカイは一つひとつ火で温めて接着し、
エリアスは色を分類し、リンクは丁寧に磨きをかける。
「なんか、宝石で画を作ってるみたい。」
「違う、火の曼荼羅だ。」
スカイは細かな欠片を円心に並べた。
「“火のマンダラ”? そんなの初めて聞く……。」
「俺もだ。だが、見ろよ。」
炎をかざすと、散りばめられた欠片から
虹色の光が弾け、壁いっぱいに映し出された。
「うわっ……!」
リンクが思わず息を呑む。
煌めく光の粒はやがて模様を形作り、
まるで生きた火が踊っているように見えた。
「な、なんだこれ……!」
「火だよ。小粒の宝石という小さな火が手を取り合って、大きな光になる。」
エリアスの頬が赤く染まる。
「……きれい。まるで命みたい。」
「さあ、チルトに見せに行くぞ。」
スカイは笑った。
丘の上、チルトは待っていた。
「遅かったね、何してたの?」
「待たせたな、ほら。」
スカイが覆い布を外すと、
太陽光を受けた宝石の群れが一斉に輝いた。
チルトの目が大きく開かれる。
「何、これ……これって、僕の失敗作……!?」
「ああ。全部、お前の火だ。」
「でも、なんで、こんな……!」
「欠けた光も集まれば虹になる。
あとはお前がこの火を次に繋げる番だ。
どうかエドラム殿によろしく伝えてくれ。」
チルトは胸にこみ上げるものを感じ、唇を噛んだ。
「ありがとう……クライムさん。
これ、父様に見せる!」
「頼んだ。火は絶やすなよ!」
セレナイトの工房。
「もうやめよう……。材料も光もない。」
「どの部族も一点物で出すそうだ。
小物では勝てぬ……。」
悲観的な声が響く中、エチェリカが拳を握って叫んだ。
「お父様、本当にこれで終わりなの!?」
「エチェリカ!」
「私、嫌だよ!!諦めたくない!!」
その時、扉が音を立てて開いた。
「チルト兄ぃ……?」
「チルト……!お前また外に……!」
「みんな、これを見てくれ!」
彼は大切そうに布をほどいた。
光が差し込んだ瞬間――部屋の空気が揺れた。
無数の宝石の欠片が、一斉に光を放ったのだ。
まぶしい閃光が壁を照らし、七色の輪が浮かび上がる。
まるで火の神が息を吹きかけたような……
幻の輝きだった。
「……っ……これは……!」
誰もが言葉を失う中、エドラムが震える手でパネルに触れた。
「失敗作で、これを……作ったのか?」
「はい。クライムさんが。
俺たちの宝の可能性を見せてくれました!」
エドラムの瞳に、いつの間にか涙が滲んでいた。
「馬鹿な……何十年、鍛え続けても
届かなかったものが……今、ここに……!」
長年重ねた“誇り”が壊れる音ではなく、
凝り固まっていた心が、解けてゆく音が確かに響いた。
「チルト。クライムとやらはまだ丘にいるか?」
「いえ、ステップランドに戻りました。」
「ならば呼べ。
……例の手土産も忘れずにな。」
「え!? うん! そう伝えます!」
チルトの胸に熱いものが広がる。
工房には再び鉄槌の音、火皿の音が戻り、
炎の明かりが、セレナイトの谷を再び照らし始めていた。




