第22話 マリナス共和国17
海賊テロ事件の決着から、三日が過ぎた。
空と海には平穏が戻りつつあるが、
街の人々の胸にはまだ戦いの記憶が残っていた。
ガドリン首相は、国民に向けて事件の終結を
発表した。
「マリナスを襲った数値教残党による
海賊テロ事件は、鎮圧された。
皆が勇気を持ち、力を合わせた結果だ。」
街中に歓声が上がり、
同時に犠牲者たちを偲ぶ静寂の祈りも各所で捧げられた。
喜びと悲しみが交錯する、まさに再生の
幕開けだった。
海賊とその協力者たちはすでに拘束され、
首謀者である粛清官と布教担当は裁判にかけられていた。
粛清官には死刑、
布教担当には仮釈放無しの終身刑――。
正義は、静かに、しかし確実に執行されようとしていた。
そして事件の中心にいたレオナルド議員は、
自らの責任を取る形で議員辞職を表明。
「私が信念のもとに選んだ決断が多くの犠牲を生んだ。
ゆえに、その償いと慰霊を生涯の務めとする。」
だがガドリン首相が、
真っ先にレオナルド議員を庇ったのだ。
多くの市民はその姿に驚いた。
「彼は命をかけて戦った。私も同じく責任を負う。
この国を再建するためには、互いの力が必要だ。」
犠牲となった市民や兵士のために、
新たな慰霊式が計画され、
遺族への補償と支援が約束された。
一方、港の人々の間では思いがけない変化が
起こる。
重傷を負いながらも戦ったレオナルドの姿
に、
非難よりも称賛と尊敬の声が広がっていった
のだ。
「あの人は命を懸けて戦った。」
「もう一度、彼に舵を取ってほしい。」
その声は、次第に大きな波となっていく。
そして、ガドリン首相は国民の前に立ち、
新造大型船の正式用途を発表した。
「一隻は“病院船エミリア号”。
もう一隻は“海洋巡視船”として――
新しいマリナスの象徴とする。」
街にはどよめきと歓声が広がり、
世界中から「新たな希望の国」として
マリナスの名が再び注目される。
その頃、スカイとエリアスはマリナス議会に招かれ、
王国代表として再建支援を表明していた。
「破壊された全てのドックの再建を、王国が支援します。」
ガドリン首相は壇上で深々と頭を下げ、
マリナス代表として感謝状と記念の勲章を
二人に授けた。
場内を包む拍手の中、エリアスは静かにスカイへ微笑む。
「あなたは、本当に“海を変えた男”ね。」
そして、選挙の日が来た。
数値教テロの影響もあり、レオナルドの票は伸び悩み、
ガドリン首相の続投が決まった。
落選を伝えられたレオナルドの陣営で、
支持者たちは涙を流す。
だが彼はその一人ひとりの肩を叩きながら、穏やかに言った。
「私は死力を尽くした。
国民が選んだ未来が正しいなら、
それでいい。皆の協力に感謝する。」
その言葉に、誰一人として顔を上げられないほどの敬意が満ちた。
一方のガドリン首相は就任演説で、
新たな国の方向を高らかに宣言した。
「マリナスに“海洋治安機構”として、
マリナス海上保安庁を正式に発足させる!」
そして、その代表に――
まさかのレオナルド・ジョシュアを指名した。
マリナス全土に衝撃が走った。
だが、市民の多くはすぐに歓声と拍手でその決定を称えた。
「あの人なら、マリナスを守れる!」
療養を終えた後、レオナルドは防衛大臣と
して正式に復帰し、再び新しい舵を取ること
となった。
晴れ渡る港で、スカイとエリアスが旅立ちの支度を整えていた。
その埠頭に、スカイとエリアスの姿。
そして、見送りに訪れたララとレニールがいた。
海風は穏やかで、潮の香りが心地よい。
四人の間に、しばしの沈黙が流れた。
だが、その沈黙には言葉にできない多くの想いがあった。
スカイが、柔らかく笑う。
スカイは振り返るように、
「長かったようで……あっという間だったな。
最初に会った時、お前らはあんなに不安気味な顔だったのに。」
ララが少し赤くなり、レニールが苦笑をこぼす。
「うるせぇよ……でも、あの時スカイに
出会ってなかったら、今のオレはいなかった。
あんた達はオレ達を救ってくれた恩人で、
マリナスを守るって覚悟を、教えてくれた。
本当に世話になっちまったな。
2人のおかげでマリナスにも新しい風吹いて、
オレとララの婚約も認めてもらえた。
オレたちも、二人に絶対に負けねぇよ!
マリナスをもっと良くしてみせる!」
スカイは言葉を返さず、ただ静かにレニールの肩に手を置いた。
その手に込められたのは、仲間としての信頼、教えを渡す者の誇りだった。
エリアスも微笑む。
「貴方たちは、もう立派に自分達の航路を描けているわ。
誰かに導かれなくても、きっと迷わない。」
ララは小さく頷き、握った手の中に涙が落ちた。
「……二人に出会えて、本当に良かった。
戦いの中で失いかけた希望を取り戻せた
のは、スカイ様とエリアス陛下のおかげです。
私……絶対に、レニールと一緒にこのマリナスを平和な国にします。」
スカイは穏やかにその言葉を聞き、空を仰ぐ。
眩しい太陽が、きらきらと波を照らしてい
レニールは笑って拳を突き出す。
「約束だ! もう二度と、この海を汚させねぇ!」
スカイも迷わずそれを合わせた。
「あぁ、次に会う時は――互いにもっと胸を
張れるようになっていよう。」
スカイは笑って頷き、レニールと拳を会わせる。
拳と拳がぶつかった音が、潮騒に溶けて響く。
エリアスが最後にララを抱きしめ、
微笑みながら船へと向かう。
スカイがタラップの上から振り返る。
ララとレニールは寄り添いながら手を振っていた。
ララは白いワンピースを翻し、笑顔で声をあげる。
「スカイ様、エリアス陛下!
本当にありがとうございました!」
エリアスは優しく手を振る。
スカイはララとレニールを見つめて想った。
「任せたぞ。
お前らの海は、もうお前たちの手の中だ。」
船の汽笛が鳴り響く。
白い帆が膨らみ、潮風が未来を誘う。
スカイとエリアスを乗せた船が出航する。
朝焼けの光に照らされた港の沖合で、
病院船《エミリア号》が静かに進水していた。
その船体に刻まれた名は、たしかに未来へ向かう光。
スカイとエリアスの視線の先、
新しいマリナスの物語が、波間に広がっていく。
新たな航路の光が延びていた。
ララの瞳から一粒の涙がこぼれ、
それを見たレニールがそっと笑って抱き寄せる。
それは再生の証、
この海が、もう二度と血ではなく――
“愛と希望”の光で染まる日々の始まりであった。
――
海を望む岬の丘には、潮騒の音が穏やかに響いていた。
ここは、マリナスの海浜公園に近いところにある墓地。
とある石碑には
「エミリア・ジョシュア
この海と共に眠る」
と刻まれている。リハビリを兼ね、杖を手に
したレオナルドが、
一人、花束を抱えて墓前に立っていた。
しばしの沈黙ののち、
彼は花をそっと墓標に置き、静かに呟く。
「……もう、あれから何年経ったかな。
君が見ていた夢を、ようやく形にできた気がするよ。
マリナスの海は、今日も穏やかだ。」
背後から、柔らかな声がした。
「お久しぶりです、レオナルドさん。
……こうして直接会うのは、エミリアの葬式
以来でしょうか。」
レオナルドは振り向き、かすかに目を細める。
「オレガノか。
あの時は、泣きすぎて君の顔も
よく見えなかったな。」
オレガノは少し笑って、
胸に抱えた花束を見つめた。
「あなたは、喪服のまま港に立ち尽くしていましたね。
――エミリアがよく言っていました。
『あの人は、私とこの海に縛られてる』って。」
レオナルドは目を閉じ、
遠い過去を懐かしむように微笑んだ。
「あいつらしい……。
風と潮に生きて、風と共に去っていった。
でも、その風はまだ吹いている。
レニールの中にも、スカイたち若い世代にもな。」
オレガノは風に揺れる髪を押さえ、微笑む。
「ええ。ララもようやく前を向けるようになりました。レニールがそうさせてくれた。
あの二人、本当にいい顔をしていますよ。」
レオナルドは頷き、オレガノに墓標へと道を譲った。
「エミリアも、君も――彼らに生きる強さを
残した。
戦いではなく、“繋ぐ強さ”を。」
風が吹き、海の光が墓石を照らす。
オレガノはエミリアの墓標に花を添えて
その光を見つめながら、静かに祈りを捧げた。
「今のマリナスを見ると、あの日のエミリアも報われた気がします。
交易と守りがひとつになって……この国は、
本当に変わりましたね。」
レオナルドは遠くの海を見つめ、
穏やかに言葉を返す。
「ガドリンが造った航路は、もう国境を越えている。
人が人を助けるために海を渡る――。
それが、この国の“防衛”なんだ。」
オレガノは微笑んだ。
「あなたらしい言葉ですね。
……それにしても、不思議です。
私たちは同じ人を想いながら、別々の道を
歩いてしまっていたのに。」
レオナルドはかすかな笑みを浮かべた。
「……だが今、こうして同じ場所に戻ってきた。
きっと――エミリアが導いてくれたんだ。
海の風でな。」
二人は言葉を失い、ただ静かに海を眺めた。
波の音が響き、沖には白い船の影が見える。
その船体には金色の文字―― 《エミリア》。
「見てください。あの船。
新しい病院船“エミリア号”です。
スカイ様たちが名づけたんですよ。」
レオナルドは静かに頷き、瞳に光を宿した。
「……いい名だ。彼女も、喜んでいるだろう。」
「ええ。
これからあの海を渡る若者たちが、きっと
私たちの願いを引き継いでくれます。」
太陽が昇り、海面がきらきらと輝いた。
レオナルドとオレガノは、それぞれの胸の奥でエミリアに語りかける。
レオナルドはエミリアを想い、
「……ありがとう、エミリア。
君の見た夢は――今、生きている。」
オレガノは微笑み、穏やかな声で返す。
「そして、まだ続いていく。
――それが、マリナスの未来ですね。」
風に乗って、遠くの港から鐘の音が響いた。
白い船が水平線の彼方へと進み、
海と空がひとつに溶け合っていく。
その光の中で、マリナスという名の国が新しい時代を迎えていた。
風は、もう悲しみを運ばない。
それは未来へと続く――希望の風だった。




