第11話 マリナス共和国6
共和国 漁業組合事務所 。
日中窓の外では漁船の帆が風を受け、
鳴り続ける通信機の音が室内に響く。
まるで戦場の司令室のようだった。
事務所の机一面に、海図と通信記録が広げられている。
壁にはマリナス領海の捜索エリアが赤線で
びっしりとマークされていた。
「――B班より報告!! マリナス東側領海に
海賊の姿、確認できず!!」
「続けてD班! 怪しい船を発見しましたが、外国船籍の商船で海賊とは無関係でした!!」
「C班より通信! 現在マリナス西側を捜索中!」
次々と報告が届き、複数の通信員が慌ただしく声を飛ばす。
レオナルド議員は、腕を組んで受信機の前に
腰を下ろし、表情一つ変えずに報告の波を聞いていた。
その隣で、漁師長が荒々しく頭を掻く。
「てやんでぃ!!一体どこに隠れてやがるんだ、クソ海賊共めっ!!」
海運リーダーも軽く地団駄を踏む。
「レオナルド議員のおかげで通信は強化
されたってのにな……!
これだけ探しても見つからねえとは、
何かおかしくねえか!?」
確かに――海で海賊が全く姿を見せないのは
不自然だった。
レオナルドは顎に指を当て、沈黙のまま地図
を睨みつける。
「…………おかしい。
これだけ広範囲を洗っても無反応とはな。
海賊が何か考えているにせよ、
目的も無いまま海をさまようとは考えづらい。」
ゆっくりと呟き、地図中央北端のマリナス本島を指先で叩く。
(海賊は海にいない……?
――いや、まさか。“灯台下暗し”、
マリナスの中に潜んでいるとでも……?)
その瞬間、管制席から緊張に満ちた声が飛び込んだ。
「A班より緊急報告っ!!マリナス領海南西側
外れの小島の裏手に、怪しい洞窟を発見
しました!!
洞窟の側には小さい砂浜があり、
人の手で造られた桟橋と小舟が2〜3隻!
現在、上陸して捜索中です!」
事務所内が一気にざわつく。
漁師長が飛びついた。
「海賊のアジトかっ!?」
海運リーダーはガッツポーズして
「とうとう尻尾を掴んだな!」
誰もが興奮に声を上げた。
拳を握り、息を呑む。
だが、レオナルドだけは無言で立ち上がり、
通信機の送話器を手に取る。
「A班、落ち着いて報告を続けろ。絶対に
単独行動を取るな。状況を逐一伝えろ。」
彼の声に、全員の熱が一瞬引き締まる。
数分後。
「A班より続報! 洞窟の内部を確認――!
かなり大きくくり抜かれた構造で、大勢が生活していた形跡あり!
しかし、海賊の姿は……確認できず!!」
「なに!?」海賊の姿が無い――空振りだった。
事務所内に、ため息と怒声が交じった。
漁師長は舌打ちした。
「チッ、逃げられたか!
あと一歩だったってのに!」
だが次の瞬間、通信機から再び声が走る。
「A班より追加報告があります!洞窟内部から
書き置きを回収!今から読み上げます――」
緊張が室内を満たす。
「『この恨み、我々は忘れない。神のしるべの元、マリナスに今一度トドメを刺さん。』」
読み上げる声が震える。
「紙には、数値教の紋章が刻まれております!!」
一瞬、全員の息が止まった。
時間が止まったかのようだった。
次の瞬間、会議室中が騒然となる。
海運リーダーは絶望の顔で、
「数値教……!? まさか奴らがまだ――!」
漁師長は汗が滲み、
「悪夢が戻ってきやがったかっ!」
レオナルドは、額に浮いた汗をそのままに、
書記官に鋭い口調で命じた。
「全班に警戒を告げろ。海賊は“信仰による過激派”だった可能性がある。
……首相府にも至急、情報を共有する。
これはただの海賊行為ではない。」
そして視線を落とし、低くつぶやく。
「神のしるべ……。やはり残党は息を潜めていたか。おのれ……。」
通信音が再び鳴り響く。
レオナルドの表情は既に戦う政治家のそれだった。
一方、
マリナス共和国 首相執務室
夕陽が窓越しに差し込み、書類の山を黄金色に染めている。
レニールとスカイが出発してしばらく後。
ガドリン首相は官僚たちとの緊急会議に呼び出され、室内にはララとエリアスの二人だけが残っていた。
ララとエリアスは、海賊関連の報告書や資料を整理していた。
「すみません、エイラさんまで付き合わせてしまって……。
お母さまの秘書官でもないのに、こんな地味な仕事。」
エリアスは笑って、
「いいのよ、気にしないで。王国での仕事も似たようなものでしたから。
……それより、ララさんこそ大丈夫?
ちょっと元気ないように見えるけど。」
ララは紙を束ねながら、ぽつりと、
「レニールに……距離を置かれたんです。
私のこと、“ラネーゼ嬢”なんて呼ぶんです。
理由もわからないまま、一人で行ってしまって……。」
エリアスは小さく頷くと、
「……あぁ、そういうことね。きっと彼なりの“守り方”なんだと思うわ。」
エリアスの言葉にララは顔を上げて、
「守るために、遠ざけるってことですか?」
エリアスは少し遠い目をして、懐かしそうに語る。
「私もスカイに同じことをしたことがあるの。
昔の戦いで、彼が意識不明で倒れて……
その彼を逃がす為に私が敵に降伏条件を出して、一人で戦ってた。
私は“危険から離しておけばいい”って思ってたのね。
でも、あとで一番傷ついたのは彼自身だった。
ボロボロの体で、逆に私を助けに戻ってきたの。
でも私は今も本当に守りたい人だからこそ、
危険に巻き込みたくない――そう思ってしまうの。」
ララは言葉を失い、静かに俯く。
その時――ガチャッ!扉が勢いよく開き、
まるで貴婦人のような女性が現れた。
膝下まであるドレスの裾がひるがえる。
「遅くなりましたわ、あなた――
……ってあら?」
焦って入ってきたが、夫の姿がないのを見て目を瞬かせる。
「……お母さま!? お父さまなら、さっき会議に行ってしまわれたわ。」
女性は息を整え、残念そうに微笑して
「そうなの。急ぎで書類を届けようと思ったのに……間に合わなかったのね。あら、この方は?」
ララは慌てて紹介する。
「エイラさん、ご紹介します。私の母、オレガノです。
お母さま、こちらは王国の女王――
エリアス陛下。今はお忍びで、私の仕事を
手伝ってくださっているの。」
エリアスは軽く頭を下げた。
「初めまして、オレガノ夫人。
エリアス・フォン・エニーフィートです。
首相とララさんには、本当に良くしていただいています。
ただ、今の私はお忍び。できれば“エイラ”、夫のスカイは“クライム”とお呼びください。」
オレガノは驚いたように目を丸くし、やがて優雅に微笑んだ。
「まぁ……! これは失礼いたしました。
改めて、私ガドリンの妻で、ララの母の
オレガノと申します。
陛下のお噂はかねがね夫から伺っておりましたわ。娘がお世話になっております。」
オレガノは優雅にカーテシーをして挨拶を交わす。
和やかな空気が流れたが、ふとオレガノは娘の表情に気づく。
「ララ……少し顔が硬いわね。
レニール君と何かあったの?」
ララは視線を落としたまま、
「ええ……。彼に遠ざけられて。何も言って
くれなくて、どうすればいいか分からなくて……。」
オレガノは娘の手を包み、エリアスが穏やかにうなずく。
「レニールさんは、きっとあなたを守りたかったのね。
でも、守られる側が悲しむってことを、
まだわかっていないのかもしれない。」
オレガノは微かに笑いながら、
「……まるで、あの娘を見ているみたい。」
エリアスは首を傾げた。
「あの娘……?」
オレガノは懐かしそうに微笑み、
「レニールの母、エミリアよ。
昔ね、私が落ち込んでいたとき、彼女がよく励ましてくれたの。
“困ったときはお互い様よ”って。優しくて芯が強くて……。
彼女がいたから、男の人たちもちゃんと前に進めたのよ。」
エリアスも微笑んで
「エミリアさんか……なんだか私の母を思い出します。
私もかつて、スカイを守りたくて遠ざけてしまった。
でもそれは自己満足だったと、あとで気づきました。
そして父から教わったの。
“相手に想いを伝えるなら、相手の耳に届く
うちに素直に言いなさい”って。
そのおかげで今の私たちがあります。」
エリアスの言葉に、ララの背筋が伸びる。
「……私も、ちゃんとレニールに伝えなくちゃ。
心配して黙っていたら、彼にだって届かないもの。」
「ええ。その方が、きっと彼の力になるわ。」
オレガノは二人を見て頷いた。
「ふふ、頼もしいわね。エミリアも、
きっとそう言ったでしょう。
本当に……生きていてほしかった。
そしたら今も、きっとこうして一緒に笑い合えたのに。」
三人の笑い声が、静かな室内に優しく溶ける。
やがてエリアスが机上の書類束を手に取り、微笑んだ。
「よし、もう少し片づけましょう。
首相が戻ったら驚かれるわね。」
ララは気分が晴れたように返事をした。
「はい!」
三人が再び作業を始め、オレガノも隣で書類を手に取る。
「懐かしいわね。エミリアと外交文書を夜明けまで整理したこともあったの。
お互いの惚気話をしたり、子どもたちの話をしたりしてね。」
エリアスはくすりと笑って、
「じゃあ、その頃の“書類整理のコツ”、ぜひ教えてください。
私、数字を見てるとすぐ目が回るの。」
ララが笑いながらページをめくる。
するとふと眉を寄せた。
「……あれ? この書類、何か変?」
「見せて。」
エリアスは覗きこみながら、
「本当だわ。どこかおかしい……。」
オレガノも資料を受け取り、目を細める。
「行方不明者の記録? しかも“部外秘”。
どうしてここに……?」
書類に記されていたのは、マリナスでの
「数値教テロ」の首謀者二名の個人情報だった。
彼らは壊滅作戦で捕縛され、留置後に
なぜか“仮釈放”されていた。
だが――その後、行方不明。
一人は布教活動のリーダー格。熱心に信者を増やす術に長けた男。
もう一人は、数値教内でも最も過激な
“粛清官”と呼ばれた暗殺者。
二人の姿は、どこにも記録されていなかった。
三人の背筋を冷たい風が撫でた気がした。
ララは背筋が凍る様な思いで、
「この二人が……行方不明。」
エリアスも声を低くして、
「まるで――裏で、誰かが放ったようね。」
オレガノも硬い表情で、
「……もしこれが事実なら、マリナスが今の海賊騒ぎに巻き込まれた理由も、見えてくるわね。」
三人の間に、不吉な沈黙が流れた。
夕陽が沈み、窓の外の海がゆっくり夜に沈んでいく。




