第10話 マリナス共和国 5
~スラムの情とドックの罠~
港の外れ、スラム街。
薄汚れた小屋がひしめき、魚の干物と汗の匂いが漂う。
スカイはレニールと並んで歩き、目を丸くする。
「は〜…意外だな。 ガドリン首相の統治でもスラムがあるなんてさ」
レニールは苦笑する。
「ははっ、クライム。お前も物好きだな。
俺一人でいいって言ったのに…。
首相は頑張ってるように見えるけどよ、
社会の歪みってのは消えねぇもんだ。
ここもその一つさ」
「へぇ~…でもさ、レニール。
お前がスラムと繋がってるとは思わなかったぜ。
いつからここを知ったんだ?」
レニールは懐かしげに笑って、
「仲間と海運会社始めたばっかの頃さ。
顧客獲得に苦労してた時に、ここに住んでる
奴が『俺もお前の会社に入れてくれ!』って
乗り込んできたんだよ。
そいつのツテで情報が手に入って、客が増えた。
それ以来、俺も時々来てんだ。そんなアイツ
は今もウチで働いてるぜ。いい奴なんだよ。」
スカイはしみじみと、
「お前らしいな…俺も昔、そんな出会いが転機だったよ。なんか、グッとくるぜ」
薄暗い小屋前。レニールが老人に声をかける。
「よぅ、爺さん! 相変わらず暗ぇとこ好きだな。
外出て太陽浴びて海見りゃ、気分晴れるんじゃねぇか?」
老人はレニールを見て、
「はん! ワシはここが気に入ってるんだよ。
それに外に出ても、お前の親父への怒鳴り声
が聞こえるなら辟易するわい!」
レニールは苦笑して、
「なんだよ、今朝の喧嘩、もう広まってんのかよ……。」
そして真剣な眼差しで、
「なら話は早ぇ。昨夜、俺の船が海賊に
やられた。アドルも被害者だ。仇取りてぇ。
知ってることを教えてくれよ。」
老人は目を見開いた。
「アドルがっ!? あいつ無事か!? どうなったんだ!?」
レニールは肩を掴んで落ち着かせる。
「命に別状ねぇよ。今医者のとこで休んでる。大丈夫だ。」
老人は安堵のため息をして、
「…ハァ、そうか。確かに許せんな。
いいだろう。最近の話、教えてやるよ。」
そして静かに話し始めた。
「港に怪しい3人組が出始めてな。
2人が盗みやボヤ騒ぎで目立って、
1人が壊れた造船ドックをウロウロしてたってよ。」
スカイが不思議がる。
「造船ドック?」
レニールは、
「オイオイ、海賊が壊れたドックに今更何の用だよ? テロで機材は全部オシャカだろ!」
老人は眉を潜め、
「さぁな。だがガドリンの若造が、
使える機材を運び出したって噂がある。
気になるなら自分で調べろ。アドルを頼むぞ。」
レニールはニヤリと笑って右拳を左手で受け止め、
「面白ぇじゃねぇか! ありがとよ爺さん。
海賊にアドルの借り、返すぜ!」
壊れたドッグに向かう道中、
スカイが尋ねた、
「さっきのアドルって…まさか…」
レニールは笑った。
「ああ、スラムの奴だよ。お前もピンと来たか?
アドルのおかげで情報網できたんだ。
あいつは7歳で捨てられたのを爺さんが孫みたいに育ててさ。」
スカイはニヤニヤして、
「なるほどな~。レニール!
お前、やっぱいい奴だよな。大事なララ嬢を
守るために、わざと突き放したり…いいとこあるじゃねぇか!」
レニールは顔を真っ赤にして、
「なっ!? お前どうして知って…!?
てかララのことまで!? うわぁマジかよ!!」
スカイはニシシと笑って、
「海浜公園で会ったんだよ。なかなか泣けたぜ?お前らのラブストーリー。」
レニールは自分たちの馴れ初めをスカイに知られ、真っ赤になって悶えた。
「うぐぐ…声に出すなって! 恥ずいだろ!!」
しかしスカイはレニールに向かって右拳を突き出し、
「安心しろよ。俺は解決屋だ。お前らの未来に不幸なんて似合わねぇ。一緒にぶっ飛ばそうぜ。」
スカイの言葉にレニールはニヤリと笑って、
「ナマ言いやがって…! ありがとな、クライム!」
とスカイに左拳でグータッチ。
壊れた造船ドック。鉄骨が折れ、船の残骸が散乱する廃墟。
「うわぁ……。荒れ放題だな。テロの連中、やりすぎだろ……。」
「あぁ、見てみろ。ここに機材が置かれた跡がある。それに残骸が少ねぇな…ガドリン首相の運び出しの噂も本当かもな。」
「でもガラクタを集めても、修理できる
ドックが無いと意味無いだろ? 大型ドックはテロで全滅してるはずだ。」
「いや、実はテロ掃討時に半壊で済んだドックが一つだけあったんだ。
一部の機材故障で造船断念したが…壊れたとこから部品集めて修理したら或いは……。」
その時、スカイはララのオフレコ話を思い出した。
「まさか……新造の大型船か!?」
「??? なんだよそれ。」
「昨日ララから聞いたオフレコ話だ。
今、マリナスで三隻の大型船が完成してるんだ。それで投票日の二日前に1隻がお披露目されるらしい。」
スカイの話を聞いたレニールは目を見開いた。
「!? なんだそれよ!? マジか!? ドックが復活して大型船3隻!? くぅ~見てぇぜ!! ララ乗せて世界旅行も夢じゃねぇ!」
スカイは興奮して喜ぶレニールを見ながら、
「よかったな~!なんだ大型船は作れるんじゃないか。
……でも待てよ。3人組の1人がこのドックを
調べてたって話だろ? もしここの機材の運び出しを知って移送先を追ってたとしたら……っ!!」
その時、ドッグの外から声がした。
「へへへ、オイ兄ちゃん! さっき面白い話してたな?」
気づくと怪しげな6人に囲まれ、全員武器持っている。
「半壊ドックに新造大型船が、なんだって? ツラ貸せよ!」
レニールは持っている武器を見て怒りが湧き上がった。
「テメェら…海賊共かっ!!?」
6人が不気味に笑った。
海賊たちは金属バールや鉈、銃を構えていた。
スカイはちらりと周囲を見渡し、息を吐いた。
「……六人か。数が多いな。どうする?」
レニールは拳を強く握り締め、
「決まってんだろ――ぶっ潰すっ!!」
レニールの怒声が響く。
海賊の一人がにやりと笑い、舌打ちした。
「はっ、若造ども。おとなしく吐いた方が賢明だぜ?」
「あんたら二人じゃ、動く間もねえよ!」
彼らの笑い声の最中、レニールがふと視線を動かす。
足元の瓦礫の隙間に、一本の金属棒。
彼の背丈より少し長い鉄製の部材だった。
レニールはニヤリと笑うと、
「……ちょっと重いかもしれねぇが、仕方ねえな。」
コォン!!
彼は棒を蹴り上げ――掴む。
次の瞬間、
ブンッ! ブォンッ! ブンブンブンッ!!
金属棒が空気を裂く。
まるで棍術の達人。
上下左右、回転しながら光の輪を描く。
その鮮やかな動きに海賊達が身構える。
「な……なんだあいつ……!?」
「ただもんじゃねえ……!」
金属棒を構えたレニールの表情は、
まるで嵐そのものだった。
「おうっ! 伊達に海洋航海大学出た訳じゃねえ!
船の上は常に揺れてる、だから体のバランスも武術も叩き込まれるってわけさ!!
――さあ行くぞォ!!」
彼は踏み込み、金属棒がうなった。
一撃、突き――槍のように敵の腹部を貫くような速度。
次の瞬間、薙ぎ払い。別の二人が吹き飛ぶ。
レニールは止まらない。
「突けば槍! 払えば薙刀! 打てば太刀!
全部こなしてやるっ!!」
棍の一撃が地面を叩き、火花が散る。
海賊の一人が反撃を試みるも、棍が逆手に返ってその腕を払う。
音もなく倒れる影。レニールは叫ぶ。
「おらおらおらっ!! こっちは朝から
ストレス溜まりまくりなんだよっ!!」
彼の一撃ごとに、海賊が雪崩のように崩れていく。
――残り二人。
――そして一人。
最後の男が恐怖を押し殺して叫ぶ。
「クソっ! このままやられっぱなしで終われるかよっ!!」
彼はレニールを避けて背を向け――スカイの方へ疾走した。
「なっ!?……クソっ、一人逃した!
クライム、危ねぇ!!」
レニールが警告するも、
だがスカイは、まったく動じない。
海賊がナイフを突き出した瞬間、
スカイは軽く身をひねり、刃を避け、
敵の手首を掴み上げる。次の瞬間、
空気を切る音。ドシャァンッ!!
――柔道のような投げ技。
海賊が地面に叩きつけられ、動かなくなる。
「なん……」
レニールが呆然とその光景を見つめ、棒を肩に担ぐ。
「……だと……?
オイ!クライム!今の技、どこで覚えた!?」
スカイは、倒れた海賊の横で襟を直し、にやりと笑う。
「……夢で学んだのさ♪」
五人の海賊をレニールが金属棒でなぎ倒し、残るひとりをスカイが地面に押さえつけていた。
スカイは膝をつき、抑え込んだ男の襟をぐっと掴む。
「さて――ではこちらの方から、君たちの
“面白い話”でも聞かせてもらおうかな?」
地面に伏せた海賊は歯を食いしばり、
もがきながら叫ぶ。
「くっ……誰が話すかっ!! 痛めつけようが無駄だっ!!」
その瞬間――。ガァンッ!!!
金属棒が地面を叩きつけられ、高い金属音が空気を裂く。
レニールが怒りを内に押し殺しつつ、
笑みを浮かべて近づいていた。
「ほう、よく言ったな。
――だがな、こっちも仲間が散々痛めつけられたんだ。
同じ痛み、感じてもらわねぇとフェアじゃないよなぁ?」
棒の先を構え、ギラリと光らせる。
海賊の額に汗が滲み、息が詰まる。
そこへ、スカイが手を挙げて制した。
「まぁ待てよ、レニール。
こっちもちょっと、試したいことがあるんだ。
痛めつけるのはその後でいい。」
レニールが眉をひそめた。
「試す? 何を?」
スカイは無言のまま、押さえつけていた海賊
の片方の靴を脱がし、さらに靴下を剥ぎ取った。
「お、おいっ!! いったい何をするつもりだ!?」
スカイの口元に、策士めいた笑みが浮かぶ。
「こうするのさ♪」
五分後――。レニールは金属棒を担いで、
呆れた顔でスカイとその“被害者”を見ていた。
そこには、涙と笑いにまみれた地獄絵図が
広がっていた。
「アヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!!
あっは、や・め・ろっ!! やめてくれぇぇぇ!!!
死ぬっ、死ぬっ!!!
アヒャヒャヒャヒャヒャ!!!」
地面をのたうち回り、涙、鼻水、よだれを垂らす海賊。
スカイは無表情のまま、その足の裏を淡々とくすぐり続けている。
「あ〜、聞こえないなぁ。別に話さなくていいぞ?
このまま続けるだけだから。」
海賊は笑いながら絶望した。
「いやぁぁぁっ!!! アヒャヒャヒャヒャ!!!
話す! 話すからっ!!! ぜんぶ話すっ!!!」
レニールがため息をつき、棒を肩に預ける。
「……おいおい、こんなの聞いたことねぇぞ。
尋問で笑い殺されるとか……。」
やがて、スカイがようやく手を止めた。
海賊は肩で息をしながら、涙と汗にまみれていた。
「さて、じゃあ質問だ。昨日、マリナス船籍
を荒らし回ってた連中はお前たちで間違いないな?」
海賊は息を切らせながら答えた。
「そっ、そうだ……。」
「お前たちは全部で何人だ? リーダーは?」
「だいたい……25人くらい。リーダーの本名は……知らねぇ。
ただ、“ボス”と呼べって言われてる。」
「ふむ……。じゃあ次の質問だ。お前たちが言っていた“大物”とは何だ?」
海賊は一瞬ひるんで、
「……っっ!! そ、それは……!」
スカイの目が鋭く細まる。
「お前らか仲間かは知らんが、最近
“壊れたドック”を調べていたな?」
「ぐっ……その通りだ。」
「ここにあった機材、いくつか消えてる。
ガドリン首相の命令で移送されたらしいな。
その行き先を、お前たちは探っていた……違うか?」
「……ああ。」
スカイはさらに踏み込む。
「そして探し当てた。つまり――お前らの言う“大物”とは……
“復活した大型ドック”と、そこで建造中の
“大型船三隻”!! そうだろう?」
海賊は敗北を悟った。
「……っっ!! ああっ! そうだよ!! その通りだよっっ!!」
スカイとレニールは無言で目を交わす。
沈黙が、重く響く。スカイは最後の問いを投げた。
「では、これも聞こう。お前たちは――“数値教テロ”の残党か?」
「そ……それは……」
スカイの表情が氷のように冷たくなり、
その視線が海賊の心臓を射抜く。焦げた風が
吹き抜け、瓦礫の上の灰が舞う。
沈黙の中、何かが壊れる音が聞こえた気がした。
「……答えろ。」
この時、崩れた空に夜の影が差し込み始めていた。
スカイの黒い瞳に、火の残り火がゆらりと映る。
レニールは棒を握り直し、次に備えるように足を踏みしめた――。




