第9話 マリナス共和国 4
~海賊の証言と親子の断絶~
レニールの海運会社は、重苦しい空気に包まれていた。
血の滲む包帯を巻いた船乗りたちの呻き声、悔しさで震える拳の音――
スカイとエリアスは、そんな現場で膝をつき、
慎重に聞き込みを進める。
ランプの明かりが揺れる倉庫に、潮の匂いと緊張が漂う。
「おい、兄ちゃんたち。
辛いだろうが、もう一度頼むよ。
アル・ハラドの砂漠国港から網を積んで、
どこで襲われた? 海賊の手口、
全部思い出してくれ」
額に深い傷を負った船乗りが、肩で息をしながら答える。
「クライムさん……マリナス領海に入った
あたりです。
遠くに、小舟一隻が俺たちと同じ方向へ
向かうのが見えたんです。
帰港中の漁船かと思って、特に気にも留めず……」
エリアスが優しく手を差し伸べ、寄り添う。
「それで、どうなったのですか?
怖かったでしょうね……」
「そいつが、いきなり色付きの発煙筒を
焚きやがったんです!
煙が上がった瞬間、周りの死角から小舟の
船団がワラワラと現れて……
俺たちの進路を塞ぐように割り込んできやがったんですよ!」
他の船乗りが歯を食いしばり、拳を握り締めて続ける。
「まるでシャチに追い立てられる小魚みたい
に、囲まれて……
海賊どもが乗り込んできて、剣や棍棒で脅しやがった。
殺さねぇ程度に痛めつけて、荷物を一隻に
集めさせて牽引……
全部、根こそぎ持ってかれちまったんです!」
スカイが腕を組み、目を細める。
「隻数は? 海賊の数は?
特徴は何か覚えてないか?」
「小舟5、6隻……海賊は20人くらいだったかな。
黒い頭巾被って、目だけギラギラ光らせてました……。
統率が取れてたんですよ、不気味なくらいに。」
レニールが堪えきれず、拳を震わせ、
声を荒げて割り込む。
「人質も取らず、荷物だけ奪って去りやがっただと……?
何だそいつら!仲間をこんな目に合わせて、許せねぇ……絶対に許さねぇよ!!」
エリアスがレニールの肩にそっと手を置き、優しく諭す。
「レニールさん、落ち着いてください。
私たちで必ず、見つけ出してやりましょう。
あなた一人で抱え込まないで。」
そこへ、漁業組合と海運同盟の自警船団員が息を切らして駆け込んでくる。
「レニール! 海賊被害の確認だ。
何か手がかりはねぇか? 俺たち、領海を
しらみ潰しに探してるが、海賊の影すら
掴めねぇんだ……」
その時一人の船乗りがハッと顔を上げ、
「待てよ……思い出した!
海賊の一人が、妙なこと言ってた気がするんです。
『大物に近づいた』だの、
『あの怨み』がどうのこうの、
……最後に、聞き取りづらかったが
『神』って言葉を口にしてた気が……。」
スカイの目が鋭く光る。
怨み……神?
まさか、数値教の残党か……?
まだ決め手はねぇが、ヤバい気がするな。」
レニールが唸るように
「神だと!? ふざけんなよ、そんな連中が
俺の仲間を傷つけたのか!?」
エリアスも深刻な表情で頷き、
「決め手はありませんけど……
不気味ですわね。急ぎましょう。」
その時、港全体がどよめきに包まれる。
「おい、レオナルド議員が来たぞ!」
「漁業事務所で、自警船団の支援を
申し出たたらしいぞ!」
その声を聞き、レニールの顔が血相を変え、
「親父ぃっ!!」と叫び、事務所へ突進する。
スカイとエリアスが慌てて後を追いかける。
漁業組合事務所は人で埋まり、
漁師長、海運リーダー、自警船団員たちが
固唾を呑んで見守る中、中央にレオナルドが
堂々と座っていた。
ドアが蹴破られ、レニールの怒号が響く。
「親父ぃっ!! 今更何の用だっ!!
海賊が出た途端に、正義の味方気取りか!?」
周囲が息を呑む。
レオナルドが冷たく一瞥し、眉一つ動かさず切り返す。
「いきなり怒鳴り込んでくるヤツがあるか。
何の用だ、バカ息子。」
その態度にレニールの怒りが爆発。
父の胸倉をガシッと掴み、顔を近づける。
「うるせぇよ。
軍事政策しか頭にねぇアンタが、何の用だ!?
護衛船団を支援して人気取りかよ!?
俺の仲間が海賊にやられたんだぞ!!
これがアンタのマッチポンプなら、
俺がこの手でぶっ殺す!!」
自警団員たちが慌ててレニールを押さえ込み、
「レニール、落ち着け!」
「議員に手ぇ出すな!」と叫ぶ。
レオナルドが逆に声を張り上げ、一喝。
「お前こそ、いつまで海の運び屋に現を
抜かしてるつもりだ!
お前のワガママ海運業が、余計な被害者を
生んだことにいい加減気づけ!!」
レニールが言葉に詰まり、拳を震わせる。
怒りと自責の狭間で、歯を食いしばり、
海運会社を「わがまま」と切り捨てられ、
仲間被害の責任を突きつけられ、反論できず。
そしてレオナルドが吐き捨てるように、
「全く……。今のお前を
エミリアが見たら何と思うか……。」
その言葉にレニールが堪えきれず、
感情が爆発した。
「黙れっ!! アンタがお袋を語るな!! 仕事に没頭して、お袋の病気を省みず、
手遅れにしたアンタにお袋を語る資格なんか無ぇ!!」
「っっ……!!」
レオナルドの目が一瞬、痛みに揺らぐ。
だがすぐに表情を引き締め、漁師長らに
向き直る。
「皆さん、お騒がせしました。支援内容は
改めて提示いたします。今回はこれにて失礼。」
と颯爽と立ち去る。
レニールも「すまねぇ……邪魔した。」
と呟き、怒りを滲ませたまま事務所を後に。
スカイとエリアスは、親子の深い亀裂に
言葉を失い、ただ見守るしかなかった。
大使館に戻る途中、職員が息を切らして駆け寄る。
「スカ……いや、クライムさん!
ちょうど良かった……共和国首相ガドリン様
から正式依頼状です!」
大使館職員がうっかりスカイの呼びそうになるのを内心ヒヤヒヤしながらもスカイは冷静に答える。
「ガドリン首相から?何があったんだ?」
「海賊への共同対処の協力要請です!
クライムさんとエイラさんを名指しで、
執務室へ面談を希望されてます!」
それを聞いたレニールが真剣な目で
スカイの腕を掴む。
「その面談……俺も立ち会わせてくれ。
俺の海運業と仲間、ララのためにも……
頼む、クライム、エイラ!」
スカイが力強く頷き、
「おう、一緒に行こうぜ!」
エリアスも優しく微笑み、
「ええ、レニールさんなら大歓迎です。
一緒に解決しましょう。」
二人は快くレニールを迎えた。
マリナス共和国首相官邸は、重厚な石造りの
威厳を放っていた。
スカイ、レニール、エリアスの三人は受付で
正式な依頼状を提示し、緊張した衛兵に
執務室へ案内される。
重い扉が開くと、疲れ切った表情のガドリン
が書類の山に埋もれ、ララが補佐として
静かに控えていた。
ララがレニールの姿を認め、思わず駆け寄ろうとする。
「レニール……!」
だが、レニールの悲痛な顔、
――親子喧嘩の傷跡が残る青ざめた表情を見て、足が止まる。
ララは不安そうにレニールを見た。
「レニール、どうしたの……?」
ガドリンがスカイとエリアスに気づき、
立ち上がって迎える。
すっかり気落ちした様子で、深く頭を下げ、
「クライム殿、エイラ殿……お越しいただき、
ありがとうございます。
昨日あれだけ大口を叩いた私が、
お二人のお力をお借りせねばならないとは、情けない限りです。」
スカイが穏やかに応じる。
「いえ、大丈夫です。
元々自分たちは、解決業務が目的の一つ
ですし、協力させていただきます。」
エリアスも優しく微笑み、寄り添う。
「ええ、それに
今回の海賊事件は、他人事ではありません。
放置すれば海の物流がさらに深刻になります。
私たちも全力で協力します。」
二人の言葉に、ガドリンがわずかに顔を上げる。
「お二人のお言葉、心強いです……
ありがとうございます。」
だが、後ろのレニールに気づき、驚きの声を上げる。
「レニール……? どうして君がここに?」
レニールが深く頭を下げ、声を低くする。
「ご無沙汰しております、首相。どうか俺も
この面談に立ち会わせてください。
海賊の件、当事者として……。」
スカイがフォローする。
「レニールの海運会社も、海賊に被害を
受けました。被害者から直接、海賊の手口や
特徴を聞いています。
立ち会わせて問題ないと思います。」
ララがショックを受け、息を呑む。
その顔は青ざめていた。
「レニールの会社が……!?
みんな、無事なの……?」
ガドリンが頷き、レニールの肩に手を置く。そして優しく、労うように、
「わかった、レニール。さぞ辛かったろう。
君も立ち会ってくれ。一緒に考えよう。」
皆が席に着き、ガドリンが被害報告書を広げる。
海賊の被害規模、損失額、
海図ルートの予想図――
スカイたちが掴みきれなかった情報が
詳細にまとめられていた。
ガドリンが、指で地図をなぞり、
「被害は15隻以上、損失額は共和国予算の
1割近くに上ります。
海賊のルートは、領海外縁をうろついている
模様です……。」
スカイが被害者証言を伝える。
「海賊は小舟5、6隻を所有し、黒頭巾の20人前後です。
発煙筒で誘導して包囲し、荷物を奪って
人質無しで解放されました。
それに妙な証言もあって……
『大物に近づいた』『怨み』『神』という言葉
が聞こえたと言ってました。」
ガドリンが腕を組み、唸る。
「もしや数値教の残党の可能性が……?
確かに、港の不審者情報は耳に挟んでおりました。
テロ掃討で片付けたと思っていたのに、まだ
生き残りがいたとは……」
スカイが首を振る。
「まだそうだと決まった確証はありません。
それより、自分はこの『大物に近づいた』と言うのが気になります。
これだと本命はまだ先で、今は下準備という感じです。」
ガドリンが頷き、
「確かに……金銭目的なら人質を取るはずです。
まるでアジトに他人が入るのを恐れているようですね。目的が読めない。」
エリアスが尋ねる。
「ガドリン首相、海賊捜索の現状はどうですか?」
ガドリンの顔が曇る。
苛立ちを抑えきれず、拳を机に軽く。
「治安維持組織に領海捜索を命じましたが、
手がかりがありません。それどころか、
自警船団と鉢合わせて小競り合いが絶えないのです。
私の緊急事態宣言に反発したのが発端ですが、
海賊より内輪揉めをしている場合ではないと
言うのに、これでは話にならん!」
ガドリンはため息をついて、
「せめて港の彼らからも情報があれば……」と呟いた瞬間、スカイが思い出したように
「そういえば、漁業組合事務所に
レオナルド議員が来ていましたね。」
ガドリン、レニール、ララが一斉に反応した。
スカイは内心ヤベッと口を滑らせたことを
後悔したが、
ガドリンが身を乗り出し、
「レオナルド議員が!? 一体何の用で?」
と質問され、スカイが渋々説明した。
「レオナルド議員、海賊対処で自警船団の
支援を申し出たんです。漁師長さんたち、
受けそうでした。」
ガドリンが顔を手で覆う。呆れて声を震わせ、
「あの頑固者は何を考えているのか……
そこまでして選挙に勝ちたいのかっ!?」
そこにララが割って入り、提案する。
その目は真剣だった。
「お父様、レオナルド議員が支援するなら、自警船団から有力情報が入る可能性がありますわ。
もう選挙の話ではありません。ここは協力して……」
「親父は関係ねぇっ!!!」
レニールが大声で遮る。
ララがビクッと体を震わせ、
「レ、レニール……?」と怯える。
レニールがハッとし、謝る。
「大声出して、すまねぇ……
でも、親父は協力的じゃねぇ。
当てにしない方がいい。」
それに付け加えて、
「海賊の足取りなら、一つ掴める場所を
知ってる。俺が今から情報仕入れてくる。」
と立ち上がる。ララが駆け寄り、引き止める。
「レニール、待って! 危ないわよ、
一人じゃ……!」
しかしレニールがララの肩に両手を置き、
首を振る。
「あなたはお父上を助けてやってくれ、
『ラネーゼ嬢』。」
本名呼びにララの目が潤み、
拳を握って泣きそうになる。
「レニール……
どうして、そんな呼び方……」
レニールが出ていく。スカイがガドリンに、
「オレもレニールの後を追います。
また情報が入ったら連絡します」
そしてエリアスに目を向ける。
「エイラ、
ララさんのそばにいてやってくれ。頼む。」
エリアスが頷き、優しく微笑む。
「ええ、クライム。あなたも気をつけてね。無事に戻ってきて。」
スカイがレニールを追い、執務室の扉が閉まる。
残された面々――ガドリンの苛立ち、
ララの涙、エリアスの支えが、マリナスの
混乱を象徴していた。




