第1話 スラムの笑顔
私はエリアス・エニーフィート、
これは、私がスカイと初めて出会って、
あの次期国王指名の出来事までの
思い出の話。
王宮の冷たい石畳を、私の足音だけが虚しく響かせる。
長い廊下を歩くたび、周囲から聞こえてくるいつもの囁き声。
私を見る貴族たちの視線が、
針のように私の背中に刺さる。
「ほら、あの低数値の忘れ形見だわ」
「数値の低い王族など、笑止千万」
「ルイーダの呪いか……哀れに」
私は顔を上げず、ただ前を向いて歩く。
15歳の王女、エリアス・エニーフィート。
第3王女として生まれたこの身分が、
こんな小言で済んでいるだけマシだということか。
現国王の実娘という事実が、私を守る最後の盾。
だが、それでも心は凍てつく。
窓辺に寄り、ぼんやりと空を見上げる。
青い空に浮かぶ雲が、優雅に流れていく。
でも私の心は常に灰色だった。
「お母様……こんなのが、
あなたが望んだ幸せだったの?」
亡き母、ルイーダ王妃の顔が脳裏に浮かぶ。
彼女は庶民出身の低数値者だった。
王族の血を汚すとして蔑まれながらも、父上を愛し、私を生んだ。
数値教の教えが支配するこの王国で、
母は「呪い」の象徴として早逝した。
私はその忘れ形見。数値が低い女として、日々嘲笑の的にされている。
「はぁ……」
生活の大半は、王宮の奥深くに引きこもって本と魔法の研究に費やす。
数値なんて関係ない、知識の世界に逃げ込むだけ。
でも、王族という立場上、公務は避けられない。
この日も、地方都市への視察に向かう予定だった。
前担当者から引き継ぎしたばかりの場所で、道順も曖昧。
馬車に揺られながら、私はいつものように上の空だった。
馬車の窓から、外の景色がぼんやり流れる。石畳の道が、だんだん荒れていく。
「ん……? 道が狭くなったわね」
御者に声をかける間もなく、馬車が急に揺れた。
窓の外を見ると――スラムだ。迷い込んだらしい。
「珍しいこともあるものね」
そう呟いて、何気なく外を眺める。
だがそこに、見慣れない光景が広がっていた。
「え……?」
スラムの路地。薄汚れた子供が、大人を助けている。
しかも、笑いながら。
埃っぽい道を、楽しげに掃除している大人たち。
子供が小さな手でゴミを拾い、大人が頭を撫でて感謝している。
笑顔。笑顔が、あちこちに。
「何……これ?」
私の常識が、音を立てて崩れ落ちる。
少なくとも私が知るスラムとは、低数値の者
たちが最後の拠り所として追いやられる場所。
数値教の教えにより、生まれながらの「価値」
が低い者たちが、理不尽に惨めな思いをしながら死んでいく墓場。
希望などない、絶望の巣窟のはずだ。
最底辺の生活で、明日の飯すら怪しいのに、
――なぜ笑いながら、自発的に大人を助け、道を掃除しているの?
「ありえない……!」
脳が爆発しそう。衝動が体を駆り立てる。
もっと見たい。確かめたい。馬車が引き返す気配を感じ、私は窓に身を乗り出した。
「待って! もっと近くで……!」
御者の声が聞こえる。
「姫様、危険です! 道を戻ります!」
馬車が戻り始める。もどかしさが胸を締めつける。
「くっ……なぜ、こんな時に!」
混乱の中、視察先の滞在宿に到着した。
用意された豪華な部屋に入っても、
頭の中はあのスラムの光景でいっぱい。
笑顔の子供。助け合う大人たち。
あの異常な活力。何が起こっているの? なぜ?
「調べるわ……絶対に」
本来の視察など、どうでもよくなった。
影武者に任せて、私は動き始める。
まずは情報を。スラムで何が起こっているのか。
なぜ皆が笑っていられるのか。
それが、私の新しい「視察目的」よ。
部屋の鏡の前で、身なりを整える。
少し質の良い住民風に変装して、
「エイラ」という名で動く。
誰も、私が王女だとは気づかないはず。
心臓が高鳴る。初めての冒険。
母の面影が、ふと胸をよぎる。
「お母様……私、見つけるわ。あの笑顔の秘密を」
夜の帳が下りる中、私は宿を抜け出した。
スラムへ向かう足取りは、軽やかだった。
翌朝から、本格的な情報収集。スラムの市場で商人たちに話を聞く。
「最近、変わったのよね。解決屋ってのができてさ」
「スカイって少年がすごいんだよ。夢みたいな知識で、みんなの問題解決してるんだ」
「おかげで食い扶持が増えて、笑えるようになったよ!」
一人、二人、三人……
共通するのは「解決屋」と「スカイ」という名前。
スラムの少年が、中心人物らしい。
ますます興味が湧く。
次に、市長ガラルドとの会談。本物の私は王族として訪れ、警戒されつつも話を進める。
「スラムの変化、耳にしておりますわ。
何が原因かしら?」
ガラルド市長は渋い顔。
「確かに活気づいてます。解決屋のおかげですな。だが、申し上げにくいですがエリアス殿に詳しくは……数値教と同類と思われると、奴ら警戒しますよ」
やはりね。王族は数値至上主義の象徴。
スカイたちは、私を敵と見なすかも。
でも会ってみたい。試したい。
まずは能力を確かめる。
私は解決屋の拠点へ向かう。エイラとして。
受け付け嬢が笑顔で私を迎えた。
「いらっしゃいませ! 初めての方ですか? 解決屋は、依頼を安く成果報酬で引き受けます。スカイが知識と人脈で解決!」
解決屋の利用者システムの説明を聞くうち、感嘆の声が漏れる。
「よく出来てる……出来すぎてるわ。こんな仕組み、スラムの少年が?」
私は依頼を出した。当たり障りのない、市長との議題を言い換えたもの。
「この場所の問題、解決してほしいわ」
数日後、見事に改善した。
過程を聞くと、その人脈の広さと知識の深さに脱帽。
「人脈を活かした交渉術……しかも、あの知識は何? 王宮の本にもないわ」
翌日、市長に独自情報を手土産に。
「スカイを紹介してちょうだい」
市長のガラルドはため息をついて、
「ハァ、参りました。エリアス様、後日本人を呼びましょう。」
約束の日。市長室前の廊下で、市長と二人、スカイを待つ。前から数人の人影が歩いてくる。
「――来たよ、市長。今日はどうしたんだ」
平民そのものの少年。身なりは整っているが、スラム育ち丸出し。
だが、目が違う。鋭く、底知れぬ光。
「あなたが……スカイね。私はこの国の第3王女、
エリアス・エニーフィートです。」
スカイの顔が、一瞬凍りつく。驚愕を隠そうと必死。
「は、初めまして……王女様、
オレ達を……調べてたんですか?」
話すうち、彼の思考が読める。
私の意図を探り、逆に情報を引き出そうとする。
賢い。そして、あの目……どこかで見たような。お母様の、強い瞳に似てる?
興味が、急速に深まる。




