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【049】トーナメント表完成


 ニーナの教育方針に対してそれぞれ強めの主張を持つ騎士の方々による「ニーナをどう育てるか決定戦」のトーナメント表が完成した。

 呑気にニーナ初めての鹿の解体を見守っていたところ、妙に楽しそうな騎士の一人がその旨を伝えに来てくれた。

 眠たそうなアルバンと、張り切りが容赦なく漏れ出ているハインリヒさんと、つまらなそうなニーナと私で中庭に戻る。

 それにしても、アルバンの顔が死んでいる。

 元の造形が傷のこともあり、墓場の怪物じみているところに覇気のなさ、やる気のなさ、寝不足による隈が相乗効果を齎しており、慣れていない人が見たら気絶しそうな程の、ちょっと凄い仕上がりになっている。

「……戻って寝たい」

「アルバンさま、とりあえず見るフリだけでもしましょう?」

 もう一旦寝かせてあげたいが、そうもいかない。

 決闘されるより試合の方が死亡率が遥かに低いからこれは不可抗力。

 騎士は決闘の際に剣に誓いを立ててしまうため、自分か相手が死ぬこともしばしばある。だが、その点、試合であるという前提のもとに行う場合は「試合だもんな」で納得してくれるため、大きな怪我なども起きにくいらしい。あくまでも試合の範疇で勝負してくれるため、いざとなったら身内同士の揉め事は決闘ではなく試合で勝負をつけろと宥めるといいんだよ、とは、アルバンから教わったライフハックである。

 アルバン、あなた……苦労してきたのね?

 口に出して言うのも難だったので黙っていたが、やはりアルバンは思考回路が熱血とか浪漫とかと対局の位置にあるから、騎士との相性があまり良くないのであろう。

 私は人並みに「騎士ってかっこいい」と思うタイプではあるので、求められるなら貴婦人として振る舞うのもそこまで嫌でもないのだが……嫌なんだろうな、アルバンは。

 茶番という茶番、建前という建前をめんどくさがる性格だから、騎士の浪漫に付き合うの、本当にしんどいんだろうな……。

 アルバンは真面目なのでそんな感じだが、私は不真面目なので、正直、騎士で誰がどのくらい強いのかな、というのが気になるし、騎士の対人戦闘が気なるため、実のところ興味津々である。

 それに、ハインリヒさんがきっと一番強いのだろうが、その他の方々はどのくらいなのか知りたい気持ちがある。

 普段から私と直接会話するのはハインリヒさんやその側近の方々に限られる。要件も大半はその、騎士団の中でも最精鋭とされる人々が要件を聞いてくれるのである。

 が、それだと、騎士の平均値がわからない。

 最精鋭の方々の基準しか知らないのは、ちょっとやばい。

 訓練の様子を見ていたら、騎士を名乗る方々と、そうではない普通の兵士の方々には実力に大きな開きがある。これは明白であり、素人の私から見ても動きが違う。

 兵士は布の服と革の靴が主な服装であり、装備の軽量化が成されている筈だが、歩く速度、走る速度などを見ても、何故か明らかに重装備である筈の騎士の方が速いのだ。装備を置いていても何故だか速い。そして力強い。

 恐らく、軍制に移行して以降は、国内の兵士の能力の平均化を目的として、訓練が行われている。故に、元から弱かったところの兵士は強くなったが、元から強かったところの兵士は弱くなっているのである。

 恐らく訓練内容が段違いであるが故なのだろうが、それとは別に、元々騎士団は有望そうな少年が居ると早いうちから引き抜きを行なうという慣習があった。ニーナがまさにそのパターンで、軍制に移行する前は当たり前に行われていたのだが……今は徴兵年齢は十五歳からと法で定められている。

 故に、軍事的な訓練などの経験を詰めるのは昔よりも後ろ倒しになってしまった、という実情がある。

 軍制に移行する以前に騎士団の見習いとして入った少年は十五歳に満たなくとも、そのまま兵士となることが許された。が、移行するというのは前々から言われており、見習い騎士の採用は非推奨とされていたので、この子はどうしても、と無理矢理騎士団が捩じ込んだ子以外は採られていないという実情がある。

 軍服をガン無視してゴリゴリに騎士のまま生きているこのフリートホーフ北方騎士団の方々のことだから、やっていたのでは? と思って訊ねてみたのだが、ハインリヒさんは眉尻を下げてアハハと笑い、眉尻を下げて手をパタパタ振った。

「いやぁ〜、実はここ最近は不作でして! いつもなら二年に一人くらいはこれはっていうのが居るんですけど、六年ほど居なかったんですよ! で、そしたら、十年に一度の大当たりがコレでして!」

 アッハッハ! と笑いながら、コレ、と強調するところでニーナの頭を撫でくり回して、やめろとばかりに振り払われていた。

 とりあえず、騎士団はこれはと思った少年しか早いうちから採らない方針のようであり、ハインリヒさん始め、その側近の方々は、素質を見込まれて十歳そこらで訓練を始めた天才集団、という話のようだ。

 それ以外の騎士団の面々に関しても、かつては採用のさいに礼儀作法や体力テスト、武術のテストなどをしており、見込みのある者から採って足切りしていたが……兵士となるとそうはいかない。

 フリートホーフ領内から志願して兵士となった少年たちは、基本全員が採用される。ある程度は適性を見て配属先が決まるものの、配属先の人間……この場合、アルバンやハインリヒさん側からは「この人は要るけどこの人は要らない」と言うことは出来ない。

 基本的に全員使って全員鍛えねばならない。既に現場の主力となる程の実力がある人々の訓練内容に、新しく配属された兵士が付いて行けないため、内容を変えざるを得ないのが原因である。

 しかして、兵士の訓練内容も楽ではない。

 実力の開きがどの程度なのか見定める。騎士の中でもトップ層でない人々と比較することで、他の兵士たちが追い付けるようになるための、何らかのヒントが見付かるのではないか?

 よしんば、見つからなかったとしても、誰がどの程度出来るのかは見定めておいた方が良いだろう。

 何故なら、私は辺境伯夫人。

 物凄く身分が高い。

 高くなってしまった。

 私に命令されたら一般兵士は勿論、騎士の皆さんにも「否」はない。

 なので、お相手が私に命令されて「無理です」と言えなかった場合、私のせいで命を落としてしまう可能性もあるので……私はみなさんの出来る・出来ないのボーダーをしっかり理解していないといけないのだ。

 ……領主夫人の責任が、重すぎる!

 無理。

 いやもう、避けられないのは分かっているんだけど、人の命、背負いたくない。避けたい。出来るだけ。

 そんな私のヘタレた思惑など知らず、普段の鍛錬の成果を見せられるとあって、やたら爽やかにキラキラした騎士の皆さんが誇らしげに、やたらデカい木の板に書き込んだトーナメント表を二人がかりで運んできた。

「騎士団長とニーナはシード枠にしました」

「他は籤引きで決めました」

「優勝者が決まった後、もしよろしければアルバン様にエキシビション・マッチをぜひ」

 目がキラキラを通り越してギラギラしている騎士の方々に詰め寄られて、アルバンの背中がどんどん丸まってきてしまう。

 やる気というやる気の全てが失われていっているようだ。

「……やらない。勝手にやってろ」

 吐き捨てるように言いつつ、騎士の間から持ってきたのであろう椅子にドカッと座っているあたり、本当に律儀だな……と思う。

 決勝だけ見るから、その時に呼べとか言って無視するのもギリギリ許されるだろうに、全部通しで見てあげることにしたらしい。

 真面目で誠実。

 アルバンしか勝たん。

 夫最高。

「アハ! でも……アルバン様、エキシビションやれば、ツェツィーリア様にいいとこ見せられますよ?」

 ピク。微妙にアルバンが反応するが、平気なフリをなんとか貫こうとしている。

「……ツェツィーリア、君はどう思う?」

「正直に申し上げますと、見たいです」

「やろう。優勝者と対戦する」

 即答。

 迷うことなく即決である。

 アルバンは常日頃から夫として良いところを見せてくれるので、今更戦闘能力を見なくたって私は既にメロメロなのだが、アルバン自身はそこを分かっていないらしい。

「アルバン様、大丈夫ですか? 昨日は殆ど眠れていませんし、体調が悪いのでは……?」

「平気だよ。それよりツェツィーリア、体が冷えてないかな? おい、誰か。毛皮を持ってこい。去年獲った黒狐があっただろう。飲み物もだ。ジャムの入った紅茶を」

 言うが早いが、アルバンが命令するなりすぐさま近くの騎士たちが我先にと動いて、私が使うための毛皮と飲み物、更におまけで布に包んだ湯たんぽまで持ってきてくれた。

 加えて、騎士のうちの一人など、近くの兵士を捕まえてブレイジャーを用意するよう命令までしている。

 ワタワタしながら、寒さからか、はたまた緊張のためか、頬を真っ赤にした小柄な新兵が足元にやってきて、運んできた蓋付きのブレイジャーに木炭を入れてくれる。火属性魔法の使い手らしく、すぐに木炭が燃え始めた。

「ありがとうございます」

 お礼を言ったところ、新兵は嬉しそうな顔をしてそのまま去っていこうとする。

 が、そうしたら、アルバンの眉間の皺がすごい事になってしまった。

「……待て。お前、何度か見たことがある。以前から……そうだ。ツェツィーリアが居る時だけやたら近くに居たな?」

「えっ?」

 立ち去ろうとした新兵に対して、物凄く低い、絶対零度の声で圧を掛けている。

 一方、私はそんなことなど全く覚えていなかったし、顔の判別などもしていなかったため、そんな風に言われてビックリしてしまった。

 素っ頓狂な、淑女にあるまじき変な声を出してしまった。

 失敗した。

「何回だったか……五回か? 部屋に食事を運んできた。ツェツィーリアが確実に部屋にいる、休んでいる時に多かったな? そうだ、お前は五回も運んできたんだ。ツェツィーリアを見に来ていたのか?」

 足を組んで、肘掛けに置いた指をトントン、と軽く叩いて、思い出している。無表情で。淡々と喋っている。

 こ、怖い……!

 最早これは尋問なのでは?

 なんのための尋問なのかすら、必要性がわからないし単なる上司から部下に対する悪質なパワハラにしか見えないけど、手法としては完全にプロによる尋問なのですがこれは。

 えっ、なん、なにをそんな……?

 ハッ! もしや!

「カ、カクトゥス伯爵領からの暗殺者ですか……?」

 アルバンがここまでの圧をかけるのは普通ではないし、カクトゥス伯爵ならアルバンが送った煽りしかないお返事にキレて凶行に及んだのだろうか?

 あ、あいつなら、やったっておかしくない。

 そう思って口にしたのだが、近くに居た騎士が「ぶっ!」と吹いていた。笑っている。

 頑張っても堪え切れなかったらしい。

「……ツェツィーリア」

「はい」

「違うよ?」

「すみません。恥を掻いたことだけは分かりました」

 正解がなんなのか分からないが、スパイまたは暗殺者ではなかったらしい。

 真剣に恥ずかしい。

 消えたい。

「い、今すぐ部屋に戻ってもいいですか?」

「ふふっ。かわいい。ツェツィーリア、気にしないで。まあ、普通はそう思うよね。理由は後で話すよ。そいつ、前座にしよう。ニーナにやらせろ」

 目を細めて、ご機嫌な顔をしている。

 けれど、残酷であった。

 獲物を嬲るための酷薄な微笑で、処刑を命じるようにニーナに指示をした。

 えぇ、な、なんか怖い。

「アハハ! はい! ニーナ、出番だぞ〜!」

「わかった。あいつはニーナより弱い。どれくらい殴っていいのか先に言え」

「アハ! 程度じゃないな〜、この場合は。ツェツィーリア様にお褒めの言葉を賜われるようにやるんだ」

「わかった」

 あっ、こ、こわい。

 ハインリヒさんの目の奥がギラっとしている。殺気で。

 ニーナは命令を受けて頷き、中庭の中央に出る。

 満面の笑顔のハインリヒさんが、腕を掴んで件の新兵をブン投げるように前にだしつつ、オマケとばかりにお尻を蹴っている。

 新兵は転びそうになりながらニーナと対峙することになった。

 ニーナの方は一応、新兵が剣を抜くのを待ってやり、それからゆっくりと自分も剣を抜いた。

 すぐに剣を抜き、瞬く間に一発で倒してしまった。

 正直、私は目で終えていない。

 すごい速さでニーナが新兵に距離を詰めたと思ったら、キンキンキン、と剣戟の音がして、新兵が崩れ落ちるように倒れた。

「ふっ、はははっ! いいぞ。ニーナ、よくやった。上手い上手い。ツェツィーリアもほら、褒めてあげて?」

「えっ、あっ……はい! ニーナ、凄いですね。あっという間に……! 私、ぜんぜん目で追えてもいなくって」

「ん、頑張った」

 ペコ。照れて頬っぺたをピンク色にしながら、ニーナが騎士の礼を取って一旦退がる。

 戦う時は堂々としているのに、騎士の礼はまだ慣れていない様子なのが可愛らしい。

 よくわからないが、アルバンが大笑いして手まで叩いて満足そうにしているので、私もよく分からないが、ひとまずニーナに対して拍手をしておく。



 ツェツィーリアは自分の美貌に自覚がないので分かっていないが、一連の出来事に対し、周囲の騎士や兵士たちは「せ、性格悪っ……!」と思っていた。


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