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【039】竜の卵


 帰還したアルバンは一旦、ニーナに対してゼルマの元に戻るよう指示を出した。

 どうも聞かせたくない話題のようだ。

 私の方からもニーナに行っておいでと重ねて指示を出しておく。すぐに納得して母親であるゼルマの部屋に向かってくれる。行ったり来たりさせてしまったのに、嫌な顔一つせずにいてくれる。良い子だ。

 向かった先は、新しく作った地下保管庫へと続く扉がある、倉庫の前である。

 なるほど、火竜に関連する事柄だったらしい。

「失礼します! 閣下、こちらへこの荷物を運ぶようにと指示されました!」

「そこに置いておけ」

 すぐ、兵士が鞄を持ってきた。馬の鞍に結び付けて使う用の大型の鞄で、パンパンに膨らんでいる。

 アルバンは床に置かれたそれをヒョイと持ち上げて、私にカンテラを持たせる。

「ツェツィーリアに灯りを任せてもいいかな? これ、結構重くて。それに、割れ物なんだ」

「わかりました」

 驚いた。アルバンは体格相応に、かなり力が強い。私を片手で簡単に持ち上げてしまえる程だ。

 そのアルバンが重いと言い切るとは。一体何が入っているというのか。

 ーーいや、まあ、魔獣関連の何かだろうな。

 帰ってきた瞬間からやたら機嫌が良い。

 いや基本的にアルバンは私の前だとしんどくてもなんでも上機嫌でいようと常に努力してくれている訳だが、それを差し引いても、素で機嫌が良い。

 ニコニコだし雰囲気がもう、なんか既にワクワクしちゃっている。

 嫌な予感しかしない。

 割れ物と言っていたが、またガルムあたりを瓶詰めにでもしたのだろうか?

 最早、アルバンがなんの魔獣を瓶詰めにしようが驚くまい。今度はなんだ?

 来いよ。妻として、好奇心に敗北しがちな人間として……何が来ても受け止めてやる。

 嘘です。私も楽しんでいます。

 だって、アルバンの魔獣研究は本当にためになるし面白いから。知っているといないとで、魔獣討伐戦の際の戦略に大きな違いが出るし、有用すぎるのだもの。

 あと、研究してイキイキしている時のアルバンが、一番かっこよくて、かわいいから。

 嫁いできてからはや二ヶ月。

 されど二ヶ月。

 既に夫のアルバンに対してメロメロ過ぎる。

 帰ってきてくれると嬉しいし、なるべく一緒に居たい。一人最高と呟いて生きてきたが、ものの見事に掌返しを披露している。恐らく私が快適に過ごせるよう、ずっとアルバンが頑張り続け、気を遣ってくれた結果なのであろうが、このままずっと甘やかされたいというのが本音である。

「とりあえず、下で話すよ。ごめんね、先導してくれる?」

「ええ。わかりました」

 カンテラを持って、私が先頭になって地下へと向かう。

「雪が降り始めましたが、アルバン様は大丈夫でしたか?」

「うん。この程度なら問題ないよ。まだチラつき始めたくらいだし……思ったよりもミルメコレオの巣が早く発見出来たんだ。雪が降る前に見付けられて良かったよ」

「では、ミルメコレオの巣穴はこちら側にあったんですね」

「正確には仮穴かな? 山脈の方から来たのは確実で、大移動する途中で何回か、女王を止め置くための拠点を作っていたみたいなんだ。兵隊の数が減ったから、女王と残りの個体はその仮穴に留まっていたみたいでね。今回、最後の一匹まで討伐したから、逸れが出ていないならもう大丈夫な筈」

「ミルメコレオは、女王を討伐しても一匹残っていたら、その個体が次の女王になるんですよね?」

「そう。知性が低いから全滅しやすいのがミルメコレオなんだけど、冬はミルメコレオを捕食するような魔獣や獣も少ないし、また増えてしまう可能性が高い時期なんだ。まあ、無計画に増えるから、食べるものが不足して死んでいるパターンも多いんだけもね。念のため、ってところかな?」

「ミルメコレオって、なんというか……怖いけど残念な生き物なんですね?」

「進化の袋小路だよねぇ」

 生態がアンバランスかつ、絶妙に迷惑で、しかも人間に対して迷惑千万すぎる凶暴さを備えた魔獣。それがミルメコレオ。

 しかも、調べてわかったが、微妙に外骨格も脆いので、武器や防具の素材にも利用出来ないらしい。

 人間にとって良いところが何一つない。倒せば倒すだけ疲れて消耗するだけという点はガルムも同様なのだが、なんとなくミルメコレオの方が嫌だ。

 理由としては色々あるが、ガルムは人間を殺すがひと思いに、というものであるのに対して、ミルメコレオは集団で襲って生きたまま食らうという点が大きいだろう。嫌悪感で圧勝である。

 私も虫はあまり好きではないので、大きな蟻など目の前に来たら怖くて動けなくなってしまうだろう。

 そんなものを討伐してくれるアルバンや騎士団の方々は本当に偉い。ありがたい。

「ミルメコレオは火竜に追われて移動してきたみたいだから、山向こうにはまだ居るかも知れないけど、もうその火竜は居ないから、来ることもないんじゃないかな? 今更だけど、ワイバーンが現れたのも、火竜に棲家を追われたのが原因なんじゃないかな?」

「では、この冬はもう、危険は少ないと考えて良いのでしょうか?」

「そうだね。油断してはいけないとは思うけど、可能性は低いと思う。雪が深くなるまでは少しずつ、乗馬の練習をしようね」

「はい。犬橇も、教えて頂けますか?」

「勿論。どっちも、一緒にやろうね」

 本来ならこんなことは騎士団の方々に教えて貰えば良いことではあるのだが、なにしろアルバンは私が他の男性と接するのも嫌がるため、私が軍や騎士団やらに関連する何かを教えて貰うとすれば、アルバンにしか教えて貰えないのである。

 独占欲が強いのがやや怖くはあるが、しかし、お互い好き同士であるし、今のところ私は不便を感じていないため、まあこのままでいこうかなと思っている。

 教えて貰うにしても、無知ここに極まられりな私であろうと、物覚えが悪かろうと、想像を絶するほど不器用であろうと、アルバンは嫌な気持ちにそもそもならない。何回でも優しく丁寧に教えてくれるだろう。むしろ、私と何かする過程も楽しんでくれそうなので、教わる方も気が楽なのである。

「はい。よろしくお願いします」

 澱みなく返すと、やや圧を放っていたアルバンが僅かに目を細めて満足そうに頷く。

 ヒィ。やばい。かっこいい。ヒィ。

 ちょっと怖くてドキドキというかゾクゾクするのだが、私も私でこの人に対しての好きの質が変化しつつある。

 いやだって、極端な話、アルバンは私に飽きてポイしたところで人生に何も影響などなかろうが、私の方は芯の芯まで好きになって、一生こうしてラブラブしながら夫婦をやらねばかなり悲惨なことになりそうだし。

 はっきり言って、アルバンが私に執着してくれている事実があると酷く安心する!

 なにしろ、実家まで含めて面倒見るし、君が必要なら幾らでも、僕に出来る範囲で稼ぐし、何をして過ごしてくれてもいいよ、を初手でお出ししてくる超優良物件。今更逃すつもりはない。

 がっつり魅了して、人生丸っと私に浪費させてくれるわ!

 全てにおいて優秀で優しくてかっこいいし気遣いができておまけに可愛げまで兼ね備えた存在が、いきなり鴨ネギ状態で私と結婚したのがいけないんだ。本当に愛しているのなら、貴方にはもっと相応しい人が居ますと言って身を引くべきだが、引くつもりがもう皆無。

 ごめんねアルバン。

 私と人生を共にしてくれ。

 そういう心境である。

「それで、ミルメコレオの巣穴からそう離れていない場所に、火竜の巣を発見したんだ。だから……はい。これ! お土産の、火竜の卵!」

「実家に帰らせてください!」

「ダメ。帰さないよ〜」

 ヤバすぎる。

 火竜の殺害と死体の隠蔽もヤバいが、更にヤバすぎる。卵って。あの、卵って!

 しかもこの人、普通に持って帰ってきてしまっている。

 調べてみたいからっていう、純度の高い我欲で、これからどうなるのかもわからない火竜の卵を、採集して持って帰ってきている。

 せ、世界で一番嬉しくないテイクアウトだなぁ……!

 これあの、環境によっては孵ったりするのでは?

 孵ったらどうなるのかとか、どうするのかとか、もう考えたくない。むしろ考えたところでどう転ぶか見当も付かない。

 王国史千年の中で、竜の卵を持ち帰った記録は一つもありはしない。

 もう判明した時点で大騒ぎである。

 いや、待てよ?

 どちらにせよ火竜を先に隠蔽したのだから、卵も隠蔽しないと辻褄が合わないのか。

 火竜はどこに行ったんだという当然の疑問に対してこちらはそっぽを向いて「わかりませんね」を貫くと決めたが、アルバンが日帰り調査で行って帰って来れる範囲に巣があって、かつ卵が放置されているのが発見された場合、親の方はどこに消えたんだということで矛盾が生じてしまう。シラを切り通せば良いのだろうが、卵があるのに戻って来ないとなると、後々王宮との関係で軋轢が生じるかも知れない。

 しかし、卵がなく巣があるだけなら、まあ巣を捨てて移動したのかもね、で有り得ない線ではなくなる。

 どちらにせよ卵は隠すなり処分するのが必須という訳だ。

「駄目だよツェツィーリア。もう逃さないって言ったよね? この件に関してはもう、道連れだよ。一緒にこの秘密を抱えたまま、同じお墓に入ろうね? もしも罪悪感に負けて告発しようとしたら、部屋に監禁して一生外に出さずに飼い殺しにするからね?」

「うぇぇえ、秘密にします。黙っています。告発したらしたで、私はきっと処刑されてしまいます。子爵家令嬢なんてギロチン一択ですし」

「うんうん。そうだね。だから辺境伯夫人でいようね? そうしたら、もしバレたりしても処刑は免れるからね?」

 うわぁん。

 もう後戻り出来ない。

 良くも悪くも運命共同体。

 なってしまったものは仕方ない。

 運命の人が優しくて好みのタイプだったことに感謝しよう。

「それで、この卵はどうするんですか? 肉は美味しかったですが、オムレツかゆで卵に……?」

「それも良いんだけど、まずは有精卵か無精卵か調べてからだね。有精卵だったら、どの段階かにもよるけど、割ってみたら……ってこともあるし」

「あぁ、それは重要ですね!」

 東の国には、アヒルの有精卵をわざとある程度まで育ててのち調理した料理があると聞く。

 両親はひょんなことから食べたことがあるそうだが、なんでも食べると口の中にクチバシが残ったり、脚が残ったり……不味くはないがなんとも言えない気分になるとのこと。ハマる人はハマるらしいが、食べ物に関してはやや保守的な私は少々、美味しく頂けるかどうか自信がない。

「もし有精卵で、ある程度まで生育が進んでいるようなら、解剖したいんだ」

「無精卵だったら食用ですかね?」

「そうだね。一個くらいなら食べてみても良いのかも」

「はい?」

「全部で三つあったんだ。ほら!」

 大漁だよ! とでも言いたげな感じで、ニッコニコで鞄の中からゴロゴロ三個も出されてしまい、開いた口が塞がらない。

「おっ、多くない、ですか?」

「うん。僕もまさか、こんなに多いとは思わなくって! 発見例が他にないからなんとも言えないけど、大きさから推測するに、竜って生まれた時には小さいんじゃないかな? 生まれてからある程度大きくなるまで、人の目が届かない環境で親が育児をするなら、竜の出現は稀なのかも……まだ竜の生態については分からないことだらけだけど、今回、三つもあるということは大人になるまでに何らかの理由で淘汰される場合が多いんじゃないなって思っていて! 僕としてはもう、大収穫なんだよ!」

「良かったですね」

 楽しそうだ。

 なるほど、卵が沢山手に入って嬉しかったから、私に見せたかったのか。

 ……愛おしいな?

 アルバンは本当に、魔獣の研究が好きだなぁ。

「無精卵か有精卵か、どうやって調べるんですか?」

「それも迷っていてね。まず、鶏卵だと太陽光に照らして透かしてみたり、強い光に当てると分かるんだけど、竜の卵は殻が厚い。光を当てても透けないだろうから、軽く叩いてみて音で推測したり、魔力に触れさせて反応を見たり、色んな方法を試してみようと思っているんだ」

「うーん、難しいですよね。全部無精卵だったり、全部有精卵だったら比較検証出来ないですよね?」

「そうなんだ。だから、ちょっとツェツィーリアにも協力してほしくって」

「私が、ですか?」

 最近はちょっとずつ魔獣の本も読んだりしているが、私に専門知識はない。精々が「ちょっとそこのトレー持っていて」とかその程度のお手伝いであり、更に言うのであれば解剖に同席した場合、内臓系だと吐く。

 そんな私に何が出来るというのか。

「ツェツィーリア、手袋外して貰っても良い?」

「はい」

「これ、ちょっと持ってみてくれる?」

「はい?」

 なんだかよく分からないが、手袋を取って素手の状態で、謎の細長くて丸っこいものを持たされる。半透明の薄い黄色で、ややビリッとする。魔獣由来の素材かなにかだろうか?

「どう?」

「ややビリッとしますね」

「じゃあ、次はこっちね。一個ずつ、ビリッとするかどうか教えてくれる?」

「あぁ、なるほど……! つまり私が判別装置という訳ですね!?」

「そう。今のところ、思いついた中で一番精度が高そうな手段がこれでっ……!」

 流れ作業のように竜の卵を渡されてしまった。

 私には魔力に対する耐性がない。皆無であるため、魔力に対して非常に敏感なのだが、竜の卵は触れても特に何も感じない。

「これは、特に何も感じないですね」

「ツェツィーリアが平気なら、無精卵かも。ありがとう。残りの二つも触ってみてくれる?」

 言われるがままに持ってみたが、三個とも特に手を触れても何も感じなかった。

 アルバンは卵の殻の表面に、それぞれ大きくA、B、Cと個体識別のための名称を割り振ってから、その側に小さい文字で「魔力漏出反応:無し」と書き込んでいる。殻に直接書き込むあたり、もう完全に研究対象としての扱いである。

「ですが、卵ですよね? まだ生命になり切っていないからでは?」

「いや、卵でも有精卵なら魔力が漏出しているっていう証明は出来たから……。」

「……あっ、最初のあれ、何かの卵なんですか?」

「実は、ミルメコレオの卵なんだ」

「ミ」

 むっ、む、む、虫の卵、だったのか!?

「じっ、じっかにかえらせてください」

「ごめん。ごめんね。説明すれば良かったね。先入観を持たない状態で素直な感想が聞きたくて。ごめんね。ツェツィーリアは虫が苦手なんだね?」

「虫、とても嫌です」

「わかった。今度から虫は君の目に触れないところで研究するね」

「ぜひそうして下さい。すみません。とりあえず手を洗ってきます」

「そんなに……!」

「そんなにです。次やったら離婚も視野に入れたい気持ちがあります」

「離婚!? いや離婚は、僕がどんな手を使っても阻止する、けどっ……! ぼ、僕のこと、もう、嫌いになっちゃった!?」

「やや」

「やや!? ちょ、ちょっと嫌いになったんだね……? それってまだ取り返し付く、かな? どうしたら許してくれる……?」

 何の説明もやくいきなり巨大な虫の卵を触らされたのが本当に嫌なので、無視して手を洗うために階段を登る。

 アルバンは竜の卵も放り出して、後ろから追い掛けてくる。

 背中を丸めて、私の後をひよこの雛みたいに付いてくるの、悔しいがちょっと可愛い。

「本当に嫌だったので、どうしたら許せるかは分かりません。少し嫌いになったのも事実ですが、好きな気持ちは何故か、そのまま据え置き、なので……ただ、とりあえず今は一刻も早く手を洗いたい気持ちでいっぱいです!」

「ど、どうする? それじゃ、そのままでいるの嫌、だよね? お風呂の準備してこようか?」

「……そうしてください。服も着替えたいです」

「わかった。すぐ準備するねっ!」

「アルバン様が用意しに行くんですか!?」

 ギョッとしてしまう。

 誰か適当に捕まえて頼めば良いことだと思うのだが、私の機嫌を取るために自らやってくれるらしい。

 振り向いたらもう居ない。素早い。

 とりあえずプリプリ怒りながら手を洗い、そのまま四階にある浴室に向かうと、アルバンがお風呂の準備を整えて待っていてくれたため、全てを許さざるを得なかった。

 が、その場ですぐ許すのもなんだか癪なので、怒ったフリを続けながらお風呂に入り、上がってから、リビングのソファで待っていたアルバンの隣に黙って座るなどしてみる。

「……ぼ、僕も着替えて、手は洗ったんだけど、ツェツィーリア、嫌じゃない、かな? 隣に座って大丈夫? あっ」

 オロオロしているアルバンは狡い。

 好き。可愛い。

 しかし私はまだ不機嫌であるからして。

 腕を取ってギュッと無言で抱き着く。まだ髪が濡れているので、さぞじっとりすることであろう。不快であろう。

 が、アルバンは照れ照れしながらカーッとほんのり顔を赤くしつつ目を泳がせており、そうっと、おそるおそるといった様子で私の髪に触れた。

 風魔法を使ってひと房ずつ、湯冷めしないように乾かしてくれる。同時に火魔法も少し使っているようで、寒くない。

「アルバン様が嫌な訳ではないです。ただ、ミルメコレオは嫌なので……もし、また同じことがあったら、前もって虫の一部だということは教えて下さい。我慢、出来ない程ではない、とは思うので……。」

「うん。わ、わかった! ごめんね、ツェツィーリア!」

「いえ。私も、怒ってしまってすみませんでした。虫、嫌いだって、きちんと伝えていなかったので」

「ううん。僕の方こそ、勝手に君のことを判断してごめんね。他には? 何か嫌いなことや、嫌だなって思うこと、あったら教えてくれる?」

「はい。思い付く範囲で、ですが……アルバン様の嫌い、も、教えて頂けますか?」

「いっぱいあるよ。大丈夫?」

「頑張ります」

「あの、ええっと、その……僕が嫌いになった訳じゃない、なら、キス、しても良い、かな……?」

「良いですよ」

 チュッ、と一回、触れるだけのキスをしたら、好きの気持ちが不機嫌に打ち勝ってしまい、怒りがどこかに消え去ってしまった。

 我ながら単純な女である。

「僕は基本的に人間はみんな嫌いなんだ。例外は君だけで……ただ、嫌いの度合いが違うって感じかな?」

「そうなんですね。私は虫と、それから、怖い生き物は全部、という感じです。ワイバーンも、死んでいたら怖くないのですが、生きていると怖くって、動けなくなってしまいます」

「そっか。ツェツィーリアは嫌いなもの、怖いものが多いんだね。小さい虫も嫌い?」

「近くに居るだけならまだ良いのですが、体に触れるのが、どうしても嫌で」

「僕に触れられるのは嫌じゃないの?」

「はい。アルバン様はそもそも、虫ではないので」

「ふふっ、そっか。僕はね、虫や魔獣に触れるのは全然平気なんだけど、人間に触れられるのが嫌いなんだ。君のような特異体質でもないのに、変だと思うかも知れないけど……誰かの手が肌に触れると、ゾッとするんだ」

「ご、ごめんなさい!」

 油断してベタベタ触っていたが、嫌だったろうか?

 これまではアルバンの方から触ってきていたので、私の方からも良いだろうと思っていたが、タイミングによっては嫌な時もあったかも知れない。

 パッと離れようとするが、アルバンの手に捕まってしまう。

「ああ、ツェツィーリアは良いんだよ。嫌だなって思わないし……むしろ触りたい。僕は君のことが本当に好きなんだ。だから、こうやって、君の方から僕に触れてくれると、嬉しいし、とても幸せなんだ。だから、やめないで?」

「ヒェ」

 肩を抱かれてそんな、そんな切なそうな寂しそうな顔をされて抱き寄せられると、心臓が壊れてしまいます。

「い、嫌、かな?」

「嫌じゃない、です。ですけど、あの、ド、ドキドキするので、ゆ、ゆっくりでお願いします」

「ゆっくりなら良いの?」

 と、言って、アルバンはひときわゆっくり、ゆっくり私をソファに押し倒してーー。

 バァン!

「ツェツィーリアさま、お化粧見せて」

 ノックもなしに、元気よくニーナが入室してきた。

 どうやら、私がこんな時間だがお風呂に入ったことを聞き付けてやって来たらしい。

「ニーナ、そうですね。約束でしたものね」

 慌てて取り繕うが、ニーナはそういうことがよく分かっていないらしく、無言でこっくりと頷いている。

 ヒッ。アルバンが「このクソガキが」って感じの顔をしてしまっている。こ、こ、怖い。殺意とか憎しみとかがやばい。子供ですよ? 相手が何も分かっていない子供なのにこのリアクション。本当に人間嫌いだなこの人?

「ニーナはツェツィーリアさまの護衛だ。地下から戻った時に連絡がないから、アルバンに虐められているのかと思った」

「アルバン様、ですよ。ニーナ、アルバン様はお優しいので、私を虐めたりなどはしません。むしろ、どちらかというと……私がさっきまで、アルバン様に意地悪をしていたんです」

 説明すると、ニーナはコテンと首を傾げた。

「ツェツィーリアさまが意地悪をすることなんて、あるのか?」

「ええ。ミルメコレオの……虫の、卵を手渡されて、それで、私が怒ってしまったんです」

「アルバン、さまは馬鹿だな。かわいい女の子はみんな、虫とか蛇とかが嫌いなんだ。渡したら嫌われるに決まってるのに、アホだな」

「こっの、クソガキ! ツェツィーリアの護衛じゃなけりゃ叩き出してるよ!」

「ああ、アルバン様、とうとう我慢出来ませんでしたか……。」

 面と向かってキレているアルバンは私の目から見ても普通に怖いが、ニーナはそうでもないらしく、堂々とアルバンに向かってあっかんべーまでしている。

「アルバン様、あの、アルバン様は体が大きいですし、その、怒鳴られると、少し怖いです。それに、ニーナはまだ子供ですから、許してあげてくれませんか?」

「ツェツィーリアはこいつに甘すぎる!」

 良いところで夫婦の戯れを邪魔されたぐらいでそんなに怒らんでも……。

 正直ちょっと引いてしまう。主にアルバンにとって私に近付く男は全員地雷というのは分かっていたが、何故だか女の子のニーナもそこに近い位置にいるらしい。

「ニーナは女の子ですよ? そんなに怒らなくっても……。」

「ツェツィーリアさま。春になったら私が虫の卵が付いてない花冠を作ってやる。アルバン……さまはツェツィーリアさまのことが大好きだから、見たらすぐ機嫌が良くなるから大丈夫だ」

「ニーナ……ちょっとあっちに行きましょうか。お化粧するところが見たかったんですよね? 私の顔に色塗りをしてみませんか?」

「やるっ!」

 もう怖くてアルバンの顔を見れない。

 強制的に撤収。

 寝室の方にニーナを連れて行って、お化粧見せてあげますね、で誤魔化すことにする。

 誰が不機嫌でも、怒鳴られても、ニーナには関係がないらしい。怖いもの知らずにも程があるが、しかし……的を射ているからなんとも言えない。

 確かに、花冠をニーナに貰ったらきっとアルバンは不機嫌になるだろうが、アルバンは私ならもう何でも良いようなので……見たらすぐ機嫌を治すだろうな、とも思う。

 ニーナ、末恐ろしい子。


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