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【021】浪費のすすめ


 諸々書類をチェックして貰ったところ、アルバンから爽やかにダメ出しをされてしまった。

「ど、どこが駄目でしたか……?」

「駄目ではないよ。ただ、ドレスについては質素過ぎる。デザインに関しては上品だし、君は趣味が良い。でも、これは宝石とかを使った装飾品を合せることを想定していないよね? うちの家格だと、これは普段使いの範疇になってしまうかな……ただ、これはこれでちょっとした来客対応に使えるし、このランクの服は沢山あると助かると思うから、このままでいこう」

「わかりました。今日頼んだものは、このままで良いんですね」

「うん。時間が出来たから、どうせだし春に受け取るのを前提にしてアクセサリーを頼もうか。首飾りとか」

「あぁ、そうですよね。高位貴族は宝石が必要なんでしたね……。」

 すっかり抜け落ちていました。

 フリートホーフ辺境伯家といえば、法的分類においては伯爵、地位においては侯爵相当ということに額面上はなっているが、実際問題、現在では公爵家に準ずる立ち位置であるのは周知の事実。同時に、何よりアルバン自身がアッヘンバッハ公爵家の血筋なので、どこから付け入る隙もないほどに高位貴族なのである。

 その妻となると、豪勢なアクセサリーを身に付ける必要性が出てくる場面もあるわけで……。

「だから、改めてグリンマー子爵家には、淡水パールで質の良いものを確保してくれるように頼もう」

「良いのですか?」

「うん。ツェツィーリア、こっちに来て」

 おいで〜、とばかりに、ベッドに移動したアルバンが軽く腕を広げるので、遠慮なく近寄ってみると、膝の上に乗せられてしまった。

 アルバンはニコニコご機嫌である。不気味な笑顔であることに変わりはないのだが、放つ雰囲気がホワホワしているので何も問題はない。

 むしろ、密着できて嬉しい。

「布に加えて、パールを買った方がグリンマー子爵家も助かるだろうし、何より、君によく似合うからね」

「豪華なものを作るためにとなりますと、纏まった量が必要になります。それなりの値になってしまうと思うのですが、良いのですか?」

「勿論。でも、正直な話をすると、君が装飾品をパールで作ってくれた方がうちは助かるんだ。うちの領地からはルビーとサファイアが出る鉱山があるし、今は流行っているから需要が高くてね。どうせなら君には最上級品を確保したいんだけど、そうなると他の購入を希望する高位貴族に回せなくなってしまう。セオリー通りなら、自領の特産品を使って奥方に宣伝して貰うんだろうけど、ルビーやサファイアは今更宣伝する必要もないくらいだからね」

「なるほど。宝石にはブームがありますし、稼げるうちに稼ぎたいと」

「そういうこと。君さえ良ければの話だけど」

「では、お言葉に甘えて。実家の収入にもなりますし、本当に、ありがとうございます」

 願ったり叶ったりとはまさにこのこと。

 私のために実家であるグリンマー領の特産品を、金に糸目を付けずに大量購入。ありがたいことである。

 おまけに使用用途は私の服と私の装飾品。この恩、余りにも大きすぎる。

 今の流行はルビーとサファイア。赤い髪にも青い髪にも大人気であり、かつ、金髪にも茶色い髪にも合う。何より王太子殿下の婚約者である令嬢がそれは見事な紅色の髪をしているため、空前のルビーブームが到来しているのである。

 五十年くらい前には淡水パールが流行ったらしいが今は下火。国内で淡水パールを生産しているのはグリンマー子爵家しかないのだが、今は需要が細々としかないためちょっと困っている。世代が上の方々からたまに注文は入るものの、宝石は腐るものでもなし。一通り真珠は持っているから、もういいわ、となってしまうのである。

 つまり、宝石を買うのにはきっかけが必要。それでも真珠は冠婚葬祭に需要があるからこれでもまだマシなのだが、売り出すとしたらまずブームありきなので、宝石商売は難しいのだ。

 はっきり在庫状況を知っている訳ではないが、高くて質の良い真珠はきっとだぶついている筈だ。そこをアルバンなら値切らず買ってくれるだろうし、本当に、何度も繰り返すがこの上なくありがたい話である。

 慈悲の化身か?

「ただ、これはちょっと下心があって。僕は君のためにお金をかけますよ、ってアピールして、グリンマー子爵……君のお父上からの心象を良くしておきたいんだ。黒曜ツルバミの染料が魔力を遮断する効果があるっていうのは、まだ他に誰も気付いていない。いずれ魔道工学での需要が確実に発生するから……発表された瞬間から争奪戦が始まる。これは絶対。その時のために、購入の優先権を確保したいんだ。その件も添えて、君と僕とで協力してやっていきたいっていう狙いがあるんだ」

 一石三鳥過ぎる。

 一つのアクションで三つの目的を達成している。素晴らしい。賢い。頭が良い。

 かっこいい……と目の奥がすかさずハートマークになってしまうが、一方でこうも思ってしまう。

 味方で本当によかった。

 もし私がアルバンと結婚していなかったら、商船が沈んだ損失をなんとか自力で乗り越えたとしても、黒曜ツルバミについてはいいように毟り取られて終わっていた。私に関することだから調べて確かめてみる優先度が高まっただけで、いずれアルバンならその性質に気付いていただろう。

 いや、むしろ、私が嫁いだことでグリンマー領は命拾いしたのだ。

 黒曜ツルバミの特性が世間に知られたら、より大きな家から「勿論売ってくれるよね?」とえげつない圧を掛けられたり、需要を満たすためにキャパシティを超えた急な増産に踏み切ることになりかねない。人の口に戸は立てられないのもの。そうなると、なんとか増産出来たとしても、途中から技術流出してボロボロになったりと酷いことになったことだろう。

 しかし、アルバンが先に気付いて味方になってくれたので、予め技術流出を防ぐための対策が出来るし、バックに辺境伯家が付いているというのはシンプルに強い。

 ーーと、いう、現状を振り返って。

「アルバン様、ありがとうございます」

 ひしっと抱き付いて、ここぞとばかりに媚びさせて頂く。

 無論、私も気持ちの上でアルバンに対して幸いにもメロメロである訳だが、それを抜きしても、アルバンからの寵愛を失う訳にはいかないということである。

 色仕掛け上等。

 私の媚びが実家を救う。

 グリンマー子爵領の未来と両親の生活は私の媚びに託されてしまった。

 好き好きありがとうのキスを頬に二回ほどすると、アルバンは真っ赤になりながら照れているのでかわいい。この純情、まんまと利用させて頂こう。絶対に離婚など考え付かないほどに惚れ込ませてやる。

「ツェ、ツェツィーリアは、ご両親や、グリンマー子爵領のことが大切なんだね。君の大事なものなら、僕も出来る限りのことはするよ」

「あっ、バレていましたか」

「君が損得勘定からであっても、僕に対して好意的に接してくれるのは嬉しいことだからね。むしろ、君は賢い女性だから……経済的理由から僕と結婚している方がメリットがあると思える状況を作り続ければ円満な夫婦でいられるっていうのは、僕としてはやりやすいよ」

「ひゃっ!」

 上擦った声を出してしまった。

 アルバンが私のことを抱え直して、二人でベッドの上に乗り上げる。

 うなじにキスされて、改めて強く抱き締められる。

「ドレスなんだけど、もう一人のデザイナーに頼む方は高級路線でいこう。とりあえず一着。僕の最上位礼装と同じくらいの……予算については、君の体重と同じだけの金貨を使っても構わないよ。まずそうそうのことでは使わないだろうけど、もし王宮でお披露目の機会があったら、パールのブームが起きるぐらいのものにしよう」

「ぁ、わ、かりました」

 なんだなんだ、今日のアルバンはガンガンくるな?

 こんなことされたら慌てざるを得ないし、うなじにキスされるだけで背筋がゾクゾクする訳ですが。あのほんともう積極的に来られるとカッコ良過ぎる無理。

「それと、本の量なんだけど、あの司書に任せていると無限に増えるから、最大百冊で切ること。いいね?」

「は、はい……!」

 ああああっ、あの、あの、手、手手手、手がっ!

 脱がそうとしてくるのですが!?

 なん、ななにがおきた!?

 アルバンが急に無敵状態。成長が早い早過ぎる。

 いや、これは、もしかして……仕事のことを話しながらだとイケるってことか、この人!?

 待ってください待って待って待って。覚悟が、覚悟が出来ておりません。完全に油断していました。舐めていてすみません。勘弁してください。

「あ」

「ん?」

 ビリッ! と派手な音がした。

 下を見ると、ストッキングが派手に裂けてしまっていた。ガーターストッキングというやつで、今夜は風呂上がりの廊下を移動するには素足は厳しいなぁと思い履いていたのだが、どうやらアルバンの爪に引っ掛かって裂けてしまったらしい。

 まあ仕方がないか。と思っていたら。

「す、既に意識がない、だと……!?」

 アルバンが鼻血を出して気絶していた。

 う、うーん。胸だけじゃなく、太ももでも駄目だったかぁ。

 今回は私を膝の上に乗せていたが故に、仰向けになって倒れているため、そっと鼻にハンカチを当てて鼻血を拭ってから、なんとか頑張って後頭部に枕を噛ませて気道を確保しておいた。

 風邪をひかないように、とそっとお布団をかけて、二人仲良く並んで眠った。



 翌朝、目を覚ましたアルバンが難しい顔をして「あれは良くないと思う」と眉間に皺を寄せていたので、すかさず「嫌いですか?」と聞いたところ、腕を組んで低く微かに唸り声を上げて……結構な時間の後に、ほんのり目元をピンク色にしながら「好き」と言ったので、これからもガーターストッキングを着用していきたいと思う。

 これからも積極的にアルバンを誘惑していきたい。

 勿論、辺境伯領の発展にも協力するつもりではあるが、それはそれとして、である。

 好きでいることに正当な理由がある境遇の人生で本当によかった。


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