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【185】燃える麦畑


 ダンジョン調査のお仕事のために、アルバンは執務室にカンヅメ。

 私は代理として周囲の方々に対しての「急ですが予定を繰り上げて帰ります」のご挨拶。

 昨日買ったチョコレート屋さんのチョコが美味しかったので、挨拶回りのための手土産として何箱か購入。一番良いボックスを買い占めて品切れにしてしまったところ、店員さんがお店の外までお見送りしてくれた。

 うう、目立っている。

 いきなりお店の在庫事情を考えない爆買いをしてしまい申し訳ない。

 本来なら予約するべき所なのだが、急なことだったので許してください――。

 そんな訳で、でっかい引き出し付きのチョコの箱持って、ガブリエラさんの所から順番に。応接室に上げて貰って、お茶だけ出して貰ってお土産渡してすぐ次へ。アッヘンバッハ公爵家の王都内のお屋敷は割とご近所だったので楽ちん。距離順にいったので、二番目は王都内のホテルに滞在中のカテリーナさんの所へ。こちらはホテル併設のカフェで一杯お茶してから即次へ。カフェにいつまでも長居するのはよくない。三番目はモニカさんとコンラートさんのところ。こちらは王都の高級住宅地から少し外れた場所にあるお屋敷。小さめではあるものの、なんだか可愛いお家である。赤い煉瓦の壁に、ピンクと黄色の蔓薔薇が這っているお家で、白い窓枠。さすがモニカさんのおうち……! と謎の感動をしてしまった。

 うっぷ。三軒でお茶を頂いてしまったので、お腹タプタプ。

 最後は私の実家へ。

 両親に対してアポ無し訪問をかます。

「と、いう訳で、ベスティア王国のダンジョン調査に着いて行くことになったので、今年の夏は帰省しません」

「ちょっと待ちなさいツェツィーリア。今の話だけど、あなたもダンジョンに入るって風に聞こえるのだけど、どういうことかしら?」

「あっ、はい。ベスティアは治安が良くないので、むしろアルバン様と一緒にダンジョンに行った方が安全かと」

「うぅん、それは……そうだね。アルバンくんならそうなるね」

「そうよね。アルバンくんなら何が来てもひと捻りよねぇ……。」

「でしょう? 因みに、ええと、火竜討伐の時にもアルバン様はその場から一歩も動かず仕留めていましたし、楽勝だと思います。それよりも、私が普通の人間の護衛と一緒に居る時に誘拐されるとか、強盗に出会すとかの方が怖いって言ってました」

「ああ、それは、そうだろうねぇ」

「分かったわ。気を付けて行ってらっしゃい。ただし、ダンジョンって洞窟なんでしょう? 落盤事故には気をつけるのよ? 屋外で活動するのと一緒なんですからね。覚悟していくこと。あんまり我儘言ってアルバンくんに迷惑掛けないようにするのよ? それから! 生水は飲まないようにするのよ? 何をするにもアルバンくんに確認! いいわね!?」

「別にアルバン様に迷惑なんて掛けてませんよぉ」

「まぁ〜! この子ったら! あなた、自分が箱入り娘だという自覚がなくってよ! あなたにとっての普通の生活にどれだけ手間とお金が掛かることか! 何不自由なく、どころか幾らでもお金も手間も愛情も注いで貰って、良い気になっていては駄目よ? アルバンくんに日々感謝の気持ちをしっかり伝えて、お互い仲良く気持ちよく暮らせるようにしなくっちゃ!」

「分かりました、分かりましたからっ……!」

 お母さまは今日もフルスロットル。

 なんとか実家からヨレヨレしつつも脱出し、馬車に揺られてガタゴト帰宅。

 ……というか、今冷静に考えてみると、我が両親、アルバンがドラゴンスレイヤーだということを忘れがちだな? なんならもう、厚かましくも非の打ち所がないお気に入りの娘婿くらいに捉えているフシがある。図々しいにも程があるが、当のアルバンがあの両親を気に入っているようなので、敢えて触れるまい。めんどくさいし。



 そんな感じで無事に挨拶回りを済ませて、更に翌日には馬車で空の旅。アルバンの魔法でたった数時間でおうちに到着。

 すぐさま文官の皆様とハインリヒさんに召集掛けて事情を説明。

「急なことですな。しかし、アロイス殿下がこちらにお越しとのことですが……些かの懸念が」

「アロイスは文官としても有能だ。ラビュリント、お前とも上手くやれるだろう」

「いえ。能力の面ではなく、我々に慣れていない方々が、果たしてこの環境に耐えられるかと……。」

「……ああ、そうか。失念していた。ツェツィーリアが全然平気だったから……。」

 アルバンと文官の皆様のお顔がもうお通夜。なぜに?

 一方でハインリヒさんはドンと胸を叩いて、私たちの留守を引き受けてくれた。

「アハッ! お任せください! このハインリヒ、フリートホーフ北方騎士団の名誉に掛けて、お帰りをお待ちしております! 閣下と奥様の護衛に関してましても、こちらで腕利きを選抜しますね〜!」

「ハインリヒさん、よろしくお願いします」

 頼もしい。そして二つ返事で快諾。

 よくよく考えてみると、そもそもフリートホーフは冬場は領主がほぼ不在のようなもの。留守のための準備は冬場にやっていることを今度は夏場にやるだけなのである。

 これも、言ってしまえば国土防衛の一環。万が一ベルンシュタイン城砦で領主が討ち死にすることがあったとしても、文官武官が生き残っていれば即座に領地全てが詰むことはない。そのためにも領主の擬似的な不在に耐えられるようにとの措置である。

 特に、今は騎士団もハインリヒさんを筆頭に武官はとても優秀。加えて、アルバンが選抜した文官の皆様も超優秀。留守を任せるにしても万全の構えであるため、心配はない、のだが……まあ、毎年一回やることを、急遽今年は夏もやります、となったら物凄く大変な訳で……。

「ツェツィーリア、た、助けて……!」

「ええ、ええ。手伝います」

 あのアルバンが切羽詰まって、私に対して助けを求める程度には追い詰められる。そりゃそうだ。

 何しろフリートホーフは一年の半分が冬。短い春夏秋に、領地の仕事の大半を片付けて、領民が一年間飢えず死なずに済むように備えなければならない。そうここは試される大地。備えなくば死あるのみ。日々を真面目に、かつ善良に過ごしてくれている領民の皆さんが死なずに済むようにしっかりバッチリ働くのは領主の責務。

 なので、急ピッチで仕事を片付け、引き継ぎに備えての作業が必要となるのである。デスクワーク地獄。

 加えて同時進行で、ベスティアまでの旅程、ルートの相談を王宮と書面でやり取り。こちらから護衛は何人出すのかとか、他にも私やアルバンの持ち物、同行する人々の荷物がトータルどの程度の量になるかのリストを作成しなくてはならない。ついでに、両国からある程度は予算が出るとはいえ、融通効かせたい場合は自腹となる。なので、金貨どのくらい持っていくかも考えなくてはならないし、ついでに私とアルバンはそれぞれ念の為に遺書を作成。

 人間、いつ何が起きるか分からないため、もし万が一、私とアルバン両方が死んだ時に、子供達が不自由な思いをしないよう、アルバンだけ死んだパターン、私だけ死んだパターン、夫婦揃って死んだパターン、それぞれの遺言状を弁護士雇って作って貰う。

 順当にいけばアルビレオはフリートホーフの次期領主、オーギュストはグリンマーの次期領主ルートだが、私たち夫婦が揃ってお亡くなりになったらどうなるか分からないので、取り敢えずグリンマー家の後継としてどっちかは就任させて下さいよと遺しておく。これはグリンマー家の当主である我が父にも同意取ってサイン貰って、何かあって我が子たちがフリートホーフの名前を名乗れませんとなったら全員一旦グリンマーの籍に入れるよという保険である。

 財産も重要なので、そこは曖昧にせず、アルバンの財産は三人で三分割。私の財産はまあ、言ってしまえば端金なので、アマーリアにのみ相続。フリートホーフのリンゴ農園とシードルの会社とグリンマー領の別荘は全部、女の子であり、白銀ということがバレたらどう扱われるか分からないアマーリアのために全部あげようということになった。

 白銀の女の子だと、両親の庇護を失った場合、王宮管理官にどう扱われるか分からない。せめて、お金で困ったり侮られたり、大きくなった後、持参金に困ることがないよう、アマーリア名義の財産が必要と判断しての措置である。こうしておけば、最悪の場合でもフリートホーフ領のリンゴ農園か、グリンマー領の別荘に住むところはあるし、贅沢をしなければ食べていくには困らない筈なので。

 そんな感じで諸々準備を進めつつ、ドタバタやっていたところ……急に、なんか、また事件が起きた。

 アルバンも私も文官の皆様も、ボサボサのボロボロだった時にその報せはやってきた。

「アハッ! アルバン様、ご報告で〜す! またアホな旅行者が来ました。村一個分の麦が壊滅で〜す!」

 いつも通りのスマイルながら、眉尻が下がっているし、普段ビシバシ突き刺さるようなオーラが鳴りを潜めているハインリヒさん。もう怒りと困惑の余りにヤケクソです、の雰囲気が漲っている。

 その報せを受けた執務室メンバーは固まった。私も含めて。

「…………は?」

 アルバンの心からの「は?」が出た。案の定、アルバンも頭ボサボサで目の下にクマ。ただ、私としてはそんな風にボサボサのアルバンもこれはこれでかっこいいなと思うので、常に精神的な補給が成されるという永久機関が完成している。体力が続く限りではあるけれども。

 数秒間だけ茫然自失。

 茫然自失状態のアルバン、珍しいな?

 というか、私もこの思考は間違いなく現実逃避。

 だって意味がわからない。村一つ分の小麦が全滅? なにがどうしてそうなった?

「アハハッ、意味分かんないですよね? 取り敢えずアホの旅行者はひっ捕えてあるんですが、ちょっと面倒なことになっているのでアルバン様に出て頂ければと〜!」

「待て。小麦が? 村一つ分? どこの村だ?」

「すぐ近くの北東の村ですね〜!」

「結構デカい村じゃないか! 着替える! すぐ行く! ハインリヒ、準備のついでに説明しろ!」

「了解で〜す!」

「私も行きます」

 アルバンが血相変えて着替えと身支度に動いたので、念の為に私も着替えることにする。場合によっては村人の方々が被災していることも考えられるので、避難誘導とか補償の説明をする役割が必要なら、人前に出なくてはならない。事務作業だからと寛ぎドレス着ていたが、ことと次第によっては屋外活動になるため、ズボン履いておいた方が良いだろう。

「ほく、ほくと、北東? あ、あの村? えっ、麦? 寄りにもよって? 麦?」

「ヴィッターハーン兄弟、落ち着け。現実は変わらん。ひとまずどっちか選抜して現地に行け! 残った書類はこっちで引き受ける!」

 後ろの方で、農林水産担当の双子、ヴィッターハーン兄弟が発狂寸前になっているし、なんなら他の文官の方々から悲壮な覚悟が伝わってくる会話が聞こえているが、一旦聞かなかったことにさせて頂く。

 部屋の外で待機してくれていたニーナを連れて、私もお着替えである。

 とはいっても、急を要するので寛ぎドレス脱いでブラウスとベストとズボンとブーツに衣装チェンジして、ほつれた髪を直すだけ。

 短めヴェール付きの帽子被って、髪型以外ほぼ男装の状態で玄関へ。アルバンは威圧感のある感じの、軍服に近い系統の服に着替えてきたらしく、追い掛ける形で合流。

「ツェツィーリアも来てくれるの? ありがとう。馬で向かうけど大丈夫?」

「ええ。頑張ります」

 アルバンと私と、ハインリヒさんとニーナでそれぞれ馬に乗って出発。私もちまちま地道な努力を重ねてはいたので、賢い熟練の馬であれば駆けるぐらいのことは辛うじて出来る。

 どうにかこうにか件の村まで辿り着いたのだが、言葉を失った。

「りょ、領主さま……!」

 近寄ってきた老人の顔が、黒かった。

 比喩表現ではなく、物理的に黒かった。声は嗄れて、咳が混じる。煙に燻されたのだろう。煤で汚れていた。目の下だけが清い。涙で流されたのだろう。

「損害は?」

 アルバンは微塵の動揺も見せず、いつも通りの厳格な領主として馬上から尋ねた。

「死者は居りません。ただ、消火にあたった若い衆が……火傷と、煙に苦しんでおります。麦が、この畑は……全て燃えました」

「そうか」

 言って、アルバンは馬に乗ったまま進んだ。

 蹄鉄が地面を叩く。長閑な響きが焦げ臭い匂いに余りにも不似合いだった。

 広い、小麦の畑だったろう場所が、真っ黒になっている。

 既に騎士団によって救護所が作られていた。

 何人かの男性が横たわっていて、治療を受けている。軽度の火傷が殆どだが、辛そうに咳をしている人も居た。

「で、下手人は?」

 硬質な声。

 怒っている。明白に。アルバンが、静かに怒っている。

 下手人と断言した以上、この火の犯人には刑が課される。

「こちらです」

 現場を担当していた騎士の一人が天幕まで案内してくれた。

 その先に居たのは、まだ幼さの残る顔立ちの少年少女だった。

 一人は赤い髪の少年で、恐らく歳の頃は十五歳前後。

 一人は金髪の少女、もしかすると女性かも知れない。少年よりは少し年上に見える。

 一人は新緑色の髪をした少女で、こちらは少年より少し幼い。この子はまだ確実に十五歳以下であろう。

 三人とも縄で縛られて、地面に座っているが……天幕に入った途端、アルバンのことを睨むように見据えた。反抗的な態度である。

 この拘束に納得がいっていない、と目が言っている。

 空気が重くなる。アルバンがそうしている。

「年齢と国籍、名前と所属」

 半眼になり、睥睨し、厳かに命じた。

 有無を言わさぬような、支配者の声である。

 普通の少年少女に対しては精神的な虐めに等しい圧の掛け方だが、この場合は適当だろう。彼らが、この村の畑を燃やしたのだから。

「あんたは」

 少年が口を開いた瞬間、アルバンがボールでも蹴るように、彼の腹を狙って蹴った。少年は勢い良く吹っ飛んで、天幕の支柱に当たった。

「クレト!」

 少女たちが悲鳴のように声を上げる。

 これで一人は名前が分かった。

「ふぅん。思ったより頑丈だな。書記、名前の記録。君たち、喋らないなら、喋りたくなるまでコイツのことを蹴り続けるけど、どうする?」

「は?」

「なに、言って……?」

 間髪入れず、アルバンがもう一度、少年を蹴った。

 これでもかなり手加減はしている筈だ。アルバンはうっかりでグリズリーの頭蓋を握り潰せるほど、力が強いのだから。

 女子供に暴行を加えるのは男の恥。それがこの国の男性が受ける教育なので、アルバンはこの二人の少女を殴ったりしたくない筈だ。出来るなら主犯と思しき少年に対する拷問だけで済ませたいからこうしている。

 怖い。

 アルバンはやりたくないけど、必要だからやっていると分かっているのに、それでも、目の前で暴力を見るのは怖い。身が竦む。でも、私は辺境伯夫人としてここに居るのだから、怯えた素振りを見せてはならない。直立不動で動かずにいるしかない。ヴェールがあって良かった。視線を逸らしていても悟られずに済む。

「言う! 言うからっ!」

「やめて! やめてよ!」

「年齢と国籍。名前と所属」

 殆ど退屈そうにアルバンは言った。

 少女たちが血相変えて叫んでも、煩いなぁという態度である。

「あたしたちはベスティアから来た冒険者パーティーだ! リディア……十九歳。そっちはクレト。十七歳。全員、冒険者ギルドに登録してる。ランクはクレトがB。あたしはC」

「……エレナ。十五歳。Cランク」

「ベスティアの冒険者、ねぇ。質が悪いな。でも、面倒臭いな。知ってる? ウチの国じゃ、十五から成人。過失には責任が付随する。ベスティアの法だと、確か二十から成人なんだっけ? あっちの少年法、最近変わったんだよね。後回しにしてたから、まだ全部読んでなかったんだけど……いいや。とりあえず、名乗るのが遅れたけど、僕はアルバン・フリートホーフ。この地の領主。分かったら大人しくしろ。いいな?」

「領主……!?」

「噂の白銀卿、ドラゴンスレイヤー……!」

 二人の少女たちはここでやっと、アルバンの髪色が白であることに思い至ったらしい。

 無理もない。白銀だって思う以前に、アルバンは体格が良過ぎるし、まず顔の傷に目がいってしまうから。

 しかし、えーと、こんな局面でアレだけど、名前を覚えるのが大変。

 少年がクレトで、金髪ポニテがリディアで、緑色のふわふわボブカットがエレナ。

 これはなかなか難しい。

 三人とも幼く見えるが、我が国の法では成人。しかし、三人とも国籍がベスティア。そしてベスティアの法律では未成年。普通なら、情け容赦なく領主として三人とも成人扱いで処罰する所だが、今はなかなか繊細な時期。

 まさに夏から私たちがベスティアに赴いて、冒険者ギルド、並びにベスティア王国と共に事業を成そうとしているこのタイミングで、単なるいち領主の判断のみで冒険者を裁くのはトラブルの基だ。

 少なくとも、この場合はまず、彼らが未成年として裁かれるのか、成年として裁かれるのかを協議する所から始めなくてはならない。

 加えて、先ほど口にした彼らのランク。

 クレトという少年が本当にBランクなのだとしたら、それは先日来訪したオラシオさんやイシドロさんと同じ社会的地位を確立しているということだ。

 態度といい、姿勢といい……オラシオさん達とはまるで違うが、Bランクという事実は無視出来ない。

 あちらにおけるBランク冒険者の立場というものを事前に知ることが出来て良かった。

「仕方ない。オラシオと同じ対応を取るしかないか。全員武装は解除しろ。女の方は……ニーナ。別な天幕に連れて行け。一人ずつだ」

「わかった」

 不機嫌そうに、かつ、いかにも横暴で冷酷な領主です、という感じを出しつつも、女子にはきちんと配慮するのがアルバン。安心安定の善良で良識ある領主。

 よくよく考えると、こういう時にもニーナみたいにしっかり武力を持った女騎士、居ないと不便だな?

 我が国には今のところ、武装した女性というものが皆無なので特に問題もなかったが、これからベスティアとの関係が良好になって、一般市民でも旅行などが一般化したら避けては通れない問題であろう。

 女子校の設立、急いだ方が良いかも。

「ツェツィーリア、一旦外へ」

「はい。救護所に向かいます」

「慰問は良いことだ。ただ、余り領民に近寄り過ぎないように。気が昂った怪我人は何をするか分からない」

「分かりました」

 三人の冒険者たちが武装解除する間に、私は救護所へ。

 看護の心得などもない私が行ったところで役には立たないのだが、それでも、怪我をした領民たち、村人たちに、私たちフリートホーフの領主が「あなた方のことを気に掛けていますよ」ということだけは伝えておきたい。誠意としても、これは必要で、大切なことだ。加えて、ただでさえ多忙で仕事が詰まった状況のアルバンが、救護所に立ち寄れない可能性もある。領主が顔を出さずとも、領主夫人が訪れたとなれば面目は立つ。

「失礼します」

「お、奥様……!」

「ツェツィーリア様だ……!」

「皆様、どうかそのまま。怪我に障りがあってはいけません。楽にして下さい」

 救護所に入ると、どよめきが起きた。嫌な感じの動揺ではない。私がわざわざ来たことに驚きつつも、安堵してくれている。

 数名、横になっていた怪我人が慌てて起きあがろうとするのを止める。

 怪我人の程度と状況を聞く。多くは畑の火を消火しようとして火傷を負ったり燻されたりしての負傷らしく、死者はなし。死に至りそうな程の怪我をした者も居ないようだった。これだけの面積の畑が燃えたというのに、人的被害は軽微と言えるだろう。

 だが、家が二つ焼けた。住処を失った家族が二家族。

 村の麦は約八割が焼失。これはほぼ全滅と言える。順調に収穫出来ていたのなら、これは同規模の村六つ分が一年食べられるほどの数値である。

 遅れて、ヴィッターハーン兄弟の片割れが到着。村長や、怪我のなかった村の農夫たちと共に畑の状態を見聞していた。

 今は五月。ちょうど、麦は穂が出始める時期。最も大切な時だった。六月の終わりには収穫できる。そういうタイミングだ。

 今年の麦に関しては仕方がない。諦める他ない。一年間の、農夫たちの努力の結晶が、少しの事故によって全て失われる。農業の厳しさはそこにある。村人たちの絶望はいかほどだろう。

「奥様!」

「ペトラ……!」

 護衛の騎士に伴われながら村を見て回っていたところ、二人の子供の手を引いたペトラが私を見て叫んだ。

 ペトラのスカートに被せたエプロンが少し、焦げている。頬にも煤があった。

「ペトラ、無事で良かった……!」

「奥様こそ、こんなところまで来てくださるなんて」

「服が……ペトラ、まさか、消火活動に参加していたのですか?」

「はい。燃えたのは、あたしの家の畑もあったんです。なんとか火は消えましたが、小屋が全焼して」

「家は? 燃えたのですか?」

「屋根と柱が一部……家族は無事です」

 ペトラはハキハキ答えているが、しかし……家の屋根と柱が燃えたとあっては、危険すぎてもうその家には住めないだろう。建て直す必要がある。

「騎士団が聞き取り調査をする手筈です。その際に被害状況の申告を。援助金が支給されます。ですが、建て直すとなると……ペトラ、以前に私たちが依頼したことを覚えていますか? 家の建て直しが済むまで、良ければまた、うちで働きませんか? 仕事ならあります」

「でも、旦那と子供が」

「ペトラの旦那さまと子供たちも、下働きで良ければ」

「ああ、奥様……!」

 安心したのか、感極まった様子で目に涙を浮かべた様子のペトラを、つい、身分も立場も弁えずに抱き締めてしまった。

 これは明らかな贔屓だ。

 本当はしてはいけない。

 でも、一方で、私やアルバンが家をあけるこのタイミングで、短期間とはいえ子守要員としてペトラを雇用できるというメリットもある。留守にする間、ペトラが居てくれれば心強い。

 打算的な狙いと現実的な対処と、情に流された贔屓が混ぜこぜだが、これが私の選択である。

 権力の使い所としてはここだろう。縁があるものを優先して私は助ける。ペトラは子育てという盤面に於いて価値ある駒だ。優れた駒を使って、現実を攻略するしか私はものの見方を知らない。アルバンのようにはなれない。

 公平ではない選択を押し通せるだけの権力が私にはある。

 とりあえず、村長のもとに行って「ちょうどペトラを子守として再雇用したいところだったので、一家ごと連れて行きます」とだけ伝える。ペトラには家族共々、荷物を纏めるように指示して、後から荷馬車で辺境伯邸まで来るようにと言っておく。

 要するに「うるせぇ、私が雇いたいから雇うんだ」で押し切る。他の方々ごめん。

 ……それなりに罪悪感はあるので、後からペトラ一家が妬まれたりしないように、被害に遭われた方一人一人にお見舞いの言葉だけは掛けておく。

「ツェツィーリアさま、アルバンが呼んでる」

 そんな感じで慰問をしていたら、ニーナが呼びに来てくれた。

 ニーナの案内に従って、アルバンの居る天幕に戻る。

「お待たせしました」

「ツェツィーリア、慰問を代わりにこなしてくれてありがとう」

「いえ。ペトラが居たので、私の判断で再雇用しました。家が一部焼けたという話でしたので」

「ペトラが……分かった。君の好きにしていい。詳細は後で。ハインリヒ、報告を」

「個別に聞き取りしましたが、三人とも証言に齟齬はなし。自分たちの行動は正統だという主張の一点張りですね〜」

 なんでも、今回の件は、この農村にボナコンが現れたことに端を発するのだという。

 ボナコンというのは巨大な牛に似た魔獣で、大きく、内向きに捩れた角を有する。火属性の魔獣であり、常に歩いたところを焼き尽くすほど高温である。危害を加えない限りは人を襲って殺すことはないものの、出没するだけで火事の原因になるため、特定危険種に指定されている。

 畑が燃えたのはまずボナコンの火魔法によるものだったが、村人たちは騎士団が来るまで持ち堪えようと、被害を最小限に留めるために水属性魔法が使える村人たちがチームを組んで、延焼を防ぐために活動していた。

 その時点ではボナコンが燃やした麦は全体の約一割程度であり、なるべく刺激しないように努めたお陰で、あとは騎士団の到着を待つだけ、という状況だったそうだ。

 しかし、騎士団が到着するより前に、たまたま近くに居た冒険者三人が討伐に乗り出してしまった。

 三人は、普通の村人にはボナコンの討伐が不可能と判断し、戦闘に移行。

 村人たちは冒険者たちに対して手を出すなと言ったが、三人は聞かなかった。冒険者たちは、騎士団の実力を理解しておらず、少しでも被害が少ないうちに討伐しようとしたのだ、と主張している。

 だが、我がフリートホーフ騎士団の騎士団長、ハインリヒさんは水と風の二重属性。氷魔法のスペシャリストであり、領民は皆、そのことを知っている。火属性のボナコンであれば、被害をほぼゼロに留めた上で討伐可能な見込みであった。

 三人の冒険者の属性はそれぞれ火と土と風。水属性が居ない。ボナコンの討伐に関しては納得出来ない訳ではないが、周囲への被害を考慮に入れず、自分たちで討伐を決断、村人の制止を振り切っての行動であるという点を考えると、難しい問題である。

「村人の証言に依ると、畑の被害に関してはクレトという男性冒険者がボナコンと火魔法のぶつけ合いになったせいだって話です。燃え方を見るに、魔力保有量に任せて力押しでゴリ押しってトコですね〜」

「そんなに魔力が強いのですか?」

「魔力だけなら王族並みだね。まあ、僕ら白銀程じゃないけど、庶民出身であの魔力保有量は破格だね。出自が知りたいところだ。ひょっとしたらベスティア王家の血を引いている可能性がある。慎重に対処しよう」

 あ、頭が痛いぜ……!

 あの少年がもし、ベスティア王家のご落胤です、なんてことになったら、ますますこちらで処罰出来ない。拘束するにしても普通の牢屋にはブチ込めない。

 め、め、面倒くさい……!

「とりあえず、三人とも武器と所持品を押収した上でうちに軟禁かな。警備の騎士を増やして対処。客室に留める。共謀して逃げられないように監視を付けた上で三人とも別な部屋に滞在させる。ベスティアと、それから冒険者ギルドに連絡して、議会にも報告する」

「分かりました。では、村人の被害報告書の処理は私が」

「ありがとう。ツェツィーリア。ヴィッターハーンはツェツィーリアと共に処理にあたれ。ニーナは一時的に訓練を免除。ツェツィーリアの側を離れるな。ハインリヒ、ボナコンの死体を研究室に運んでおけ。傷の状態から証言に食い違いがないか、解剖して確かめる。村人には追って援助の内容と精査があると伝えておけ」

 全員がアルバンの指示に従って行動を開始。

 とりあえず、事態が事態なので、私とアルバンとニーナの三人で先に屋敷へと帰る。

 い、い、い、忙しすぎるし、厄介すぎる案件で、精神が死にそう……!



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