【184】仕事は急にやって来る
ガッデム。
金で買われた花嫁()として大失態。己の価値を下げるような事実晒してメンヘラ発揮して泣くなんて無様を晒してしまった。
が、なんか、包み込むような愛で全部丸っと許された。
私の夫の器がデカい。デカ過ぎる。
アルバンは私がメンヘラ発揮してメソメソしているというのに、そっと微笑んで寄り添ってくれて、私が他の人から馬鹿にされたり無視されたりしないような世の中に変えていくからねって言ってくれたのである。
アルバンの愛は世界規模。
私のために世界をカスタマイズするとのことだが、余りにも不遜。余りにも尊大。でもなんか、本気出して根気よくやったらあながち出来なくもなさそうなスペック搭載したのがアルバンなので、なんというか……この人、敵じゃなくて甘やかし夫で良かった〜! というのが正直な感想である。身も蓋もない。
とりあえずメンがヘラってようが喉元過ぎればナントヤラが私であるため、寝て起きたら即通常運転。
「おはようございます、ニー……ミトンはどうしたんですか!?」
「お土産のマタタビあげたらミトンが溶けた」
ベッドから降りたら、部屋の片隅でミトンが文字通りぐでんぐでんになっていた。
ウルルグルルと聞いたこともないような唸り声を上げながらヨダレを垂らしまくり、ビヨンと伸びて手足をグインチョと突っ張りつつ腹出しになっている。
いや腹出しはいつものことなのだけれど、ニーナが繰り出す猫じゃらし用の玩具に対して、瞳孔が全開の状態で本気の攻撃を繰り出しているあたり、狂気を感じる。こ、怖い。
「大丈夫なんですかこれは!?」
「わからない。とりあえず、さっきマタタビは取り上げたけど、心配だからアルバンに聞いてみる」
「マタタビ、よく取り上げられましたね?」
「大変だった。初めてミトンに噛まれた」
「えっ!? か、噛まれたんですか!?」
ここを噛まれたんだ、と説明しつつ、右手を見せたニーナの手の甲には赤いミミズ腫れ。
まさかあのミトンがニーナに牙を剥くなんて……!
というか、ケットシーにもマタタビって効くのか。知らんかった。
「でも、ミトンは優しいから、興奮して間違って噛んじゃっただけだと思う。血が出てないから」
「ああ、確かにそうですよね。ミトンは強い猫ちゃんですから……。」
ネズミを始めとした小動物の骨ごとバキバキ食べてしまうのがミトン。ワイルド極まりない殺戮の権化。それがケットシー。こんなにふわふわで可愛くたって魔獣は魔獣。いや人間には無害だし友好的なんだけれども。
「おはようツェツィーリア、気分はどうかな?」
ここに登場。魔獣に詳しいアルバン。ナイスタイミング。
入室するなり、ツカツカ私に近寄っておはようのキス。
うぅん、躊躇がない!
私はもう、ニーナの前だし、いきなしアルバンが積極的だしでやたらとワタワタしてしまう。
いつもはおはようのキスも、やって唇の端とかなのに、今日は唇と唇を合わせるタイプのやつだし……そういう、親しい家族としてのキス以外の、伴侶としてのやつは普段「キスしてもいい?」って聞いてからだし、人前ではしないから、動揺してしまう。
えっ、えっ、えっ、なんで?
目を白黒させていたら、そのまま耳元とか首筋にまでキスされてしまった。
なん、え、な、ど、どうしたこの突然の色男ムーブは!?
反則です。無理です無理です限界です。白旗上げます許してください。完全にキャパオーバー。
アルバンほどの男性が大人の色気でこういうことするの、レギュレーション違反だと思います。許してほんとマジで私、自分からいくのはまだ良いのだけど、積極的に来られると戸惑わざるを得ない。
「ぁ、は、ぇ? あ、あの、なん、ど、したんですか……?」
「どうもしないよ〜。強いて言うなら、ツェツィーリアが可愛かったから」
「え、ぇえ……? 待ってください。わ、わたし、子供の頃とはいえそういうことがあったのですけど、良いんですか?」
従兄弟の手によって口に虫突っ込まれたことのある女のだけど、そんな奴とキスするの、アルバンは嫌じゃないのかな?
「ああ、お昼寝する前に話してくれたこと、かな? だったら、僕は別に気にしないよ。まあ、君が僕以外の男とキスしたことがあった、とかいう話ならまた別だけど、それに関しては身に覚えがないよね?」
「ミトンがオスなら怪しいところですね」
あと、ベルンシュタインに居るサモエド達にもペロペロされたことがあるし、あの子達がオスだったら該当するかも知れない。
「人間のオスじゃないならノーカウント。つまり、僕以外とはしたことないんだよね。なら大丈夫!」
「すみません。完全に好奇心で聞くのですが、もし、私が別な人とキスしたとなったら、もう二度としたくない感じですか?」
「いや? とりあえずその相手は消すけど、君に関しては僕の好きな時に同意とか関係なく色んなことをする方針に変えるかな? 寝室を貴人用の牢屋のように出入り口を頑丈な格子と錠前で固めて、文字通りの籠の鳥コースだね」
「うぅん、それはなんというか、嫌なことは嫌なんですね?」
「うん。すっごい嫌。でも、ツェツィーリアが嫌がっているのに無理矢理されたってことなら、君が悪い訳じゃないから……もしそういうことなら、少しでも君の心が軽くなるように二人で考えていきたいし、何か困ったことがあったら相談して欲しいな。あっ、過去のことでもいいよ。僕に聞いて欲しいなって思ったら、ぜひ教えてね」
「ほ、包容力と独占欲が強い」
「それは間違いないね。それで、ミトンはこれ、どうしたの?」
「あっ、そうでしたそうでした」
マタタビあげたらミトンがこんな感じに……と説明したところ、アルバンにもケットシーの生態はよくわからないとのこと。
「ケットシーにもマタタビが効くとは思わなかったなぁ。とても興味深い事例だから、ちょっと記録取るね。ニーナ、マタタビを与えた時刻と取り上げた時刻は?」
分からないから研究しよう、にスムーズに移行。ミトンがマタタビの枝とじゃれていたのはものの三十分くらいだったらしいのだが、とりあえず普通の猫と一緒なら放置しておけばそのうち酔いも抜けるだろうとのこと。
「ケットシーは人間に友好的ではあるが魔獣だ。まあ、ここまでこうなっていても、甘噛みしかしないから心配は要らないとは思うけど……レストランには連れて行けないから、ミトンとニーナは留守番!」
「あっ、ごめんなさい。すっかり忘れていました。どうなりましたか?」
不覚。
私としたことが……!
お昼は美味しい王都のレストランで海鮮の予定だったというのに、忘れるだなんてこれは……一生の恥!
「レストランの予約? それなら、昼はキャンセルにして、夜に入れ直したよ。ツェツィーリア、今日の夜は食べられる?」
「ありがとうございますっ……!」
なんでもないことのようにサラッと言ってくれるアルバンは余りにもスマート。慈悲と慈愛の化身かな?
「一応、レストランには昼のキャンセルは伝えて正規料金で支払ってはいるし、夜に関しても個室がまだ空いてたみたいで、ラッキーだったよ」
「ありがとうございます。本当にありがとうございます」
対応まで完璧。
貴族向けのレストラン、しかも個室予約でゴージャスなコース料理ともなると、急なキャンセルはお店側にとって間違いなく迷惑。キャンセル料払うか身分を嵩に踏み倒すかのどちらかになるのだけれども、アルバンはお金持ちの辺境伯様なので、正規料金でお支払いの上に、空いてたら夜にまた行きますの回答を、更に料金に色付けて対応。素晴らしい。これならお店側にもあんまり悪いようには思われないだろう。やはりお金。誠意あるお金の使い方は全てを解決する。
「体調はどう? 疲れているなら、夜もキャンセルにして、また別な機会にするけど……?」
「いえ、大丈夫です。行きます」
「よかった。なら、着替えたら行こうか。ふふ、結局、仕事終わりのついでじゃなくなったから、これって、なんていうか、凄くデートだよね」
「そ、そう、ですね……っ!」
お洒落しなくちゃ!
いやあの、普段から領地ではデート、行ってる。頻繁に。主に視察だけど。でも、これ、別に視察とかじゃないし、ただお食事するだけだし、これは世間一般で言うデートど真ん中なのでは?
着替えよう。
「すみません、では、ちょっと着替えたいので、お待ち頂いても良いですか?」
「勿論。ここで見ていても良い?」
「ええ。退屈だと思いますけど」
「いや? 興味深いね。君が身支度する姿を見るの、僕はすっごい楽しいから」
「うーん、しっかり見学の構え。ニーナ、お願いしても良いですか?」
「まかせろ」
アルバンとニーナの前で下着姿とかすっぽんぽんになることに対して最早抵抗はない。私はこの二人となら普通にお風呂に入れる。身を委ねることに抵抗感が皆無。
いやまあ、アルバンとは夫婦だし、色っぽい展開になったらそりゃあ顔から火が出そうなくらい恥ずかしい訳だが、そうじゃない時は普通に仲良し家族なので、お色気が介在する余地がない時の着替えだの入浴だのは別になんてこともない。
サッとドレス脱いで別なドレスに着替えて、よれた髪型どうにかして貰って、お化粧直して、ニーナに勧められるままにアクセサリー付けてはい完成。
レストランは個室予約とのことだったので、短めヴェールの付いた丸っこくてかわいい帽子で済ませる。日常使いに丁度良いけど、フォーマル過ぎないバロックパールのブローチ首元につけて、ストール羽織って、腰にはパール縫い付けた飾り帯結んで、なんとなくお洒落に纏めて貰った。
刺繍メインの飾り帯、かなりクラシックなファッションアイテムなのだけど、ニーナによって結び方がお花みたいにされているし、黒いベルベットに黒い絹のリボンとか黒い絹糸で立体的に刺繍がぎっちりなので、かなり今風になっている。古臭い印象は受けないため、これ、結構良いかも……!
私は良く見ると凝ってる系のものが好き。
まさしくお上品な高位貴族の貴婦人といった服装である。ニーナ、ありがとう。
「露出が少なくて、豪華でシックなのを目指した」
「ありがとうございます、ニーナ。とても気に入りました」
「うん……うんうん! なるほど。確かに良いね。一見普通の黒いドレスなんだけど、良く見るとしっかり纏まってるし、露出が少ない。ツェツィーリア、着心地はどう?」
「柔らかくて楽です。これは……内側が綿、なんでしょうか?」
「そうそう! 試しに作らせてみたんだ。君の肌に触れるものだし、より快適な方が良いかなって。気に入ったなら、普段着用のドレスで内張が綿のものをもう何着か発注しようか」
「優しい。好き……!」
「ありがとう。僕も好きだよ。じゃあ行こうか〜! 帰りはどうする? ちょっと買い物していく? 最近話題のチョコレート屋があるらしいんだけど、引き出し付きの紙の箱で売ってるんだって」
「えっ、ちょっと気になるのでぜひ行きたいです」
チョコレートは好きだけど、単に美味しいチョコレートが食べたいというのに加えて、綺麗な箱に入ってるとあれば魔力が倍増。気になる。見たい。なんなら自分のお小遣いで買いたい。
その箱、食べ終わった後にどうするんだって感じではあるけれど、欲しいものは欲しい。
久しぶりにニーナとミトンはお留守番で、私とほぼ二人きりとあってか、アルバンがご機嫌。明らかに浮かれている。
レストランでお食事して、鯛のポワレふわふわで美味しいねとか言いつつキャッキャしながら楽しく完食。デザートまで美味しく平らげて、帰りに寄り道してチョコレート屋さんで豪華な五段引き出しの箱に入ったチョコを購入。中身は甘いもの好きなアルバンと分け合って食べるけど、箱は私が貰って小物を入れるということで話が纏まった。勿忘草色の綺麗な箱であるため、お安めのアクセサリーなんかを入れるのにちょうど良さそう。仕切り多いし。
他にも、茶葉とか砂糖菓子とかインクとかノートとか買ったりして楽しくルンルンで帰宅したところ……執事が「ピルツ卿が応接室でお待ちです」と恭しく頭を下げたので、ふやけた顔をしていた私とアルバンはお互いの顔を見合わせて首を捻ることになった。
「よっ、アルバン。こんな時間に済まんな」
「何かあったんですか?」
「話が早い。お前のことだから仰々しいのは省く方が手っ取り早いと思ってな。スピード重視で話を持ってきた」
「あの……私は席を外した方がよろしいでしょうか?」
「いやいや! 夫人も同席して欲しい案件です」
わざわざピルツ議長、椅子から一旦腰まで浮かして待ってくれのジェスチャー。この方、明晰なのもそうだけど、身振り手振りがやたら人懐っこい感じなのがザ・仕事のできる人って感じだなぁ。
言われるがままにアルバンの隣に着席。
「単刀直入に言うぞ。アルバン、ベスティアに行ってくれないか?」
驚いた。
コルミニョ公爵夫人からその話を聞いた、僅か数日前にその決定を下すとは。
「……フリートホーフ領から長期間離れるのは防衛上の懸念があるんじゃないの?」
「それを推して、敢えての指名だ。国王陛下がお決めになられた。今、ベスティアと我が国は緊張状態にあると言って良い。とはいっても、どちらかというとあちら側の事情が主だ。ベスティアでは今、国そのもの、王家と貴族が力を失いつつある。逆に、現在は冒険者ギルドの力が強い。ここまでは知っているな?」
「ああ、社会的な地位も高いみたいだってことだけは」
「その認識で合っている。が、問題なのは、国政能力に関してだ。これに関しては、ベスティアの王族と王宮にはその力がある。だが、各領地の貴族家の統治能力の低さが問題で国の運営が上手くいっていない。特に、ダンジョンを擁する領地ではその殆どが既に、ダンジョンという資源の運営に関して冒険者ギルドに完全に手綱を取られている。出遅れた訳だな」
「ああ、なるほど。つまり、このままだとベスティアという国家そのものが破綻するけど、破綻した後に冒険者ギルド側には国家の運営能力がないから、放置すると難民が大量に発生するってことか」
「議会が危ぶんでいるのもそこだ。加えて、昨年のフンベルトが起こした一連の事件の被害者がフリートホーフ辺境伯家。フリートホーフはクライノートの食糧庫。そこの領主がベスティアに良い印象を持っていないとなると、ベスティアの王家もギルドも戦々恐々、という訳だ」
あ〜、なるほど。つまり議会はもう、このままだとベスティアって国がなくなるのはほぼ確定路線だと考えているのか。
というか、本気でヤバいんだな、ベスティア……?
いやまあ、ガブリエラさんから色々話を聞いていて、庶民の扱いが悪そうだし、あんまり良い国ではなさそうだなぁと思ってはいたのだけど。運営が駄目なのかそうか。
でも、ピルツ議長がベスティアの王家や王宮には問題がないと断言しているあたり、これは貴族達が無能ばかりってことなんだろうな。
よくよく考えてみると、私、ベスティアの貴族が幼年期にどんな感じで教育を受けるのか全く知らない。どこの領地でも運営が上手くいっていないというのはつまり、貴族教育の敗北。失敗例として具体的に何が起きたのかを知るべきかも。
「で、僕に友好のコマーシャルやれって? 国交の安定が目的ならアロイスが適任でしょ。僕は竜殺しだし、そんな奴が国に来るってなったら反発も強いんじゃない?」
それはそう。アルバンの意見は正しい。国土を即座に更地に出来る人間兵器が配備されるのとほぼ同じ。
「ベスティアの貴族連中は気が気じゃなかろう。が、現在、貴族たちと同程度に台頭している冒険者ギルドの方が問題だ。コルミニョ公爵夫人にも話を聞いたが……冒険者はその大半が貴族嫌い。加えて、個人主義が基本で、実力ない者は認めないという気風が強い。ドラゴンスレイヤーの肩書きがあれば、舐めた真似はされないだろう」
「ああ、うん。確かにアロイスは、あいつは要領いいから……魔獣の討伐記録に関してもそこそこで済ませてるから、実績が足りないのか」
「その通り。でだ。フリートホーフにとって重要なのは冬だ。冬はどうあってもベルンシュタインに籠って貰わにゃならん。それは現在、お前の他に誰もやれる人間が居ない。これは象徴としても、フリートホーフ領の領民の拠り所にお前がなってしまっているからだ。竜殺しの英雄領主と、強く賢い領主夫人が冬の間ずっと北の城を守っている。それだけで領民はおろか、国民も心から安堵する。これはもう、お前が引退するまで変わることは決してない」
「待って。つまりそれって……?」
「夏に行って貰う」
フリーズ。
沈黙。
アルバンも私も止まるしかなかった。
え、ま、マジか。
嘘でしょう?
夏?
今、ピルツ議長、夏って言いました?
言いましたよね?
今、五月の頭なんですが!?
夏っていつ、いつからの夏!?
「…………夏?」
「夏だ。具体的には、七月から八月。丸二ヶ月間、ベスティアのコルミニョ公爵領にあるダンジョンに行っての調査。調査チームはベスティア王国、並びにクライノート王国、冒険者ギルドの混合になる。とはいっても、ベスティア王国側からはギルドに対する協力依頼とこちらの身分の保証、並びに、三者間での研究データの共有ということで話が付いている」
「ふっっっっっっざけるなよ! 引き継ぎどれだけ大変だって思ってんだ!?」
ああっ、アルバンがキレ散らかしている。
が、降って湧いた忙しさに対する苛立ちはあるものの、声があんまり怒っていないので、行けること自体は嬉しいんだな?
「そうだよな〜、大変だよな〜? お前の代理としてアロイスのスケジュールを空けてフリートホーフに派遣しようという話が出てるんだが、無理なら仕方ない。こっちから現地に派遣する研究チームの筆頭はお前とヴァインシュトック博士を中心にと考えてたんだが、魔獣研究でフィールドワーク強い誰かを再選定せにゃならん。困ったな〜? 測量士もあっちが手配してくれるってことだから、ダンジョンの最新地図も作る一大プロジェクトなんだがな〜〜?」
「誰もやらないとは言ってないけど!?」
「アルバン様……。」
まんまとアルバンが罠に掛かっている。
ピルツ議長の掌の上で激しく転がされている。懐からガサゴソ取り出そうとしていた資料を、アルバンが半ば引ったくるように奪っているあたり、これはアルバン特攻。
資料をパラパラ捲ってアルバンお得意の速読で内容を把握したらしいが、目が、目がガチだ。爛々としている。
これ、さては条件が結構魅力的なのを揃えているな?
「いやぁ〜、良かった! 我が国が誇る魔獣研究の第一人者アルバン・フリートホーフがダンジョン研究に国際協力! 素晴らしいキャプションだ! 幸い、夫人には領主代理としての実績があることだし、すぐにでも準備が整うだろう」
いけない!
これは私だけ当然のように置いて行かれる流れ!
阻止しなくては。
「あの、ピルツ卿、それなのですが」
「どうしました? 不安なようでしたら、王宮から文官を何名か追加で派遣しますし、アロイス殿下はデスクワークに関しては強い。ディートリンデ嬢も同様です」
「まあ。アロイス殿下とディートリンデ公爵令嬢はやはり、優秀でいらっしゃるのですね。私はまだまだ勉強途中の身ですから、お二人の方が余程優れているものと思います」
「いやいや! 夫人の実力は我々議会も充分に評価しています。そのために、新たな女子専門教育の学校を、と話を持って行ったのですから」
「ですが、私はまだそちらも勉強不足でして……良い学校とは何か、悪い学校とは何か、思い悩んでいるのです」
「それはそれは。アカデミーの見学に行ったとはお聞きしていますが、確か今日でしたか。それでも、余り参考になりませんでしたか?」
「ええ。私は通学した経験がございませんので……しかしながら、生徒の学習成果に関しては、学校側のプログラムによってかなりの部分が影響されるものと理解はしました。一方で、具体的にどのような手法でどのような結果を齎すのか、凡例をもっと知りたく思います」
「ええ〜と、つまり……?」
ピルツ議長が、つぶらな瞳の奥を揺らめかせて、俄に動きをスローにした。
隣でアルバンがニヤニヤしている気配がするが、とりあえずこのまま畳み掛けるぜ。
「ベスティアの不調は各領地を治める貴族の教育過程における失敗と思います。ですので、私もベスティア王国に於ける貴族子女の教育方法とその内容にいて学びたいのです」
「――いや、それなら、あちら側へ資料を請求しますから、夫人が直々に赴く程では」
「加えて、女性騎士の養成に関しても懸念がございます。我がフリートホーフ辺境伯領には優秀なる騎士団がありますが、それらの騎士は全てが男性なのです。良家の令嬢をも預かる立場となれば、やはり剣術体術など武術に於いても指導する教官は女性である方が望ましいかと。ですが、我が国でそういった技術を有する女性というのは、ニーナ・ハーゲル卿を於いて他に居りませんので……ベスティアでは女性も冒険者になると聞きました。金額と交渉次第とは存じますが、ヘッドハンティングがしたいのです。教職となりますと、やはり人柄が重要ですので、であれば、私が自ら赴いてというのが理想形と考えました」
ピルツ議長は視線をぐるっと上の方に一周ほど泳がせて、一秒間だけ悩んでから、返答をした。
「…………持ち帰って検討させて頂きます」
「はい。よろしくお願いいたします」
よし。勝った。
とりあえず私の方で切れるカード、というか、言い訳を提示しておけば、あとはアルバンの方から家長権限と夫権限を宣言して貰えば通るだろう。
我が国は男尊女卑で動いているので、そもそも家長であり夫でもあるアルバンが「妻を同行させます」と決めたら、議会とか王家とかがそれを止めることは基本出来ない。というか、普通やらない。だって、夫が遠出する時に妻をどうするのかなんて、いちいち家の部外者が口出しすることじゃないから。妻は夫の所有物、という文化の残り香がまだあるというのがこの国の共通認識なので。
いや普通は夫のみ指名の国外の仕事なら、妻を連れて行くことはほぼ無いのだけども。
しかし、やはりピルツ議長、私の両親よりもちょっと年上だし、女性からカウンターが来ることを無意識に思考から外しているから、ほぼ不意打ちぐらいの感じで極まるな?
これほど優秀な人が、相手が女性であるというだけで警戒を無意識に解いてしまうの、確かに我が国のウィークポイントかも知れない。まあ、議会の方々はそこに自分で気付いて改善しようと思ったから、国立の女子校作ろうねとなっているし、これからなのだろうけれども。
そのままピルツ議長を夫婦揃って「さよなら〜!」とお見送り。ついでにさっき買ったお茶の葉もプレゼント。
「あ〜! 面白かった!」
「ぉわぁ」
ニッコニコのアルバンが、ご機嫌なままにチュッチュッと何回も私の頬にキス。
どうやらピルツ議長に転がされてイラッとしたが、私が反撃したのでそれが楽しかったらしい。
折角、国王陛下と議会の方々が頑張って、アルバンが楽しくなれるように企画して組んでくれたのだし、素直に喜べは良いと思うのだけど……そこは個人の感性に依るから、仕方ないのかも。
「ツェツィーリアは最高! ふふっ、嬉しいな。ダンジョン、一緒に入ってみようね。リスケジュールは大変だろうけど、今から頑張ればどうにかなるし、楽しみだね」
「あっ、すみません……それなのですが、来月のイザベラ様の結婚式にだけはどうしても参加したいです」
イザベラ様が幸せな花嫁さんになる姿を見るまでは死ねない。何が何でも見たい。そして祝福したい。
「分かった。空路を使えば移動時間は短縮出来るから、トゥルペ家の結婚式には参列出来るように日程を組もう」
「ありがとうございます」
とりあえず急な仕事だ。引き継ぎだ。ダンジョンだぁ。
急遽二人で作戦会議。
夜も更けてきたので、二人でそのまま流れるように、打ち合わせしながら浴室に行ってお風呂済ませてベッドまで。寝支度しながら粗方の決め事を全部片付けるというストロングスタイルである。
「よしっ! じゃあ、明後日になったら帰ろう! 急に帰ることになったって連絡だけしてあとは後回し! ここに届く手紙や書類は転送させて領地で片付ける!」
「では別行動にしますか? アルバン様はお仕事があるでしょうし、明日はニーナを連れて、私が挨拶回りに行けば丁度良さそうですね」
「ごめんね、お願いしても良いかな? ツェツィーリアの体調が許す範囲でやってくれるなら、僕も助かるよ」
「うふふ。頑張ります。おやすみなさい!」
色々あった一日だったけれど、おやすみなさいのキスして就寝。
忙しくなってきたぜ……!




