【179】観劇女子会
本日はお日柄も良く、おしゃれ日和である。
お気に入りの服や新しい服、なるべく雨の日には着たくない。歩くと泥はねとかで汚れるので。無論、ランドリーメイドさん達が頑張ってはくれるのだろうが、お手数をおかけするのは間違いない。加えて、いかに腕の良いランドリーメイドさんにも限界はあるため、汚れがついて落ちませんでしたということもあり得る。
なので、貴族の女性のみの集まり、それも屋内ではなく移動を伴うイベントとなると、やはり晴天が好まれるのである。
「おはようございます、ガブリエラさん」
「おはようございますお義姉さま。今日は良いお天気でよかったです」
王都内の我が家の応接室で、ガブリエラさんと合流。
今日は前々から行くと約束していた観劇の日。
話し合ったところ、国立劇場に一番近いのが我が家だったので、みなさんそれじゃあうちに集合して一緒に行きましょう、と話が纏まったのである。
メンバーは、私とガブリエラさんとモニカさんとカテリーナさんと、カトリンさんに、護衛のニーナ。結構な大所帯。
おお、なんか、なんか普通の女子っぽい。
私にも仲良しの女性、それも一緒に観劇に行くような仲の人がこんなに出来たのだ。嬉しい。ぼっちじゃない!
別に一人でも気が楽で平気だし、衣食住に困らないのなら何日でも何ヶ月でも何年でも平気そうではある。ごめんなさい嘘です。アルバンとずっと会えないと流石に寂しくなりそう。ただし、二ヶ月くらいで慣れそうな気もするのは事実。
それはそれとして、大人数の女性のみ、しかも私が好きな人たちだけの集まりで遊びに行くのはなんだか特別な感じがする。
演劇には正直あんまり興味はないけれど、もう既にみんなで集まる段階から特に意味もなく楽しい。
完全に浮かれポンチである。
「素敵なドレスですね」
「はい。お兄さまとお義姉さまが以前に紹介して下さったお店で新しく作りましたの」
ガブリエラさんがお茶目にくるっとその場で一回転してドレスを見せてくれる。
私の義妹がこんなにもかわいい。
今日は内輪で観劇するだけだから、みんな服装もラフ。ブラウスと、それからスカートとセットのベストというスタイル。ガブリエラさんはミルクティー色と淡い黄色とキャラメル色の、なんだか美味しそうかつ可愛らしいストライプ。なんとなくレモンのケーキっぽい配色で、若者らしくてかわいい。ブラウスも首元まで詰まってはいるが、白いシフォン生地を重ねた初夏に相応しい装い。ブローチは贅沢にイエローダイヤモンド。これぞ可憐な公爵家のお嬢様といったファッションである。
髪型は低い位置で纏めたツインテールに細いブラウンのリボン。かわいい。全てがかわいい。
「お義姉さまの装いも素晴らしいですわ」
「ありがとうございます。でも、いつもと変わり映えのない格好なので……申し訳ありません」
私は今日も今日とて喪服みてぇな格好である。
ブラウスもベストもスカートも全部黒。アクセサリー、やはりいつも通り淡水パール。ただし、少しでも爽やか感を出すために、パールは薄水色と薄荷色の組み合わせの二連ネックレスとブレスレットだし、短めヴェールに小さめの帽子。帽子には黒い羽飾り。色調としては間違いなく重たいが、完全にモノクロの時よりは幾分かマシな筈である。
「そんなことはありません。お義姉さまの装いはいつも完璧です。それに……ご友人のラヴェンデル伯爵夫人も、ファイルフェン子爵夫人も、流石のセンス。感心してしまいますわ」
「お褒め頂き光栄です。アッヘンバッハ公爵令嬢様はお若くていらっしゃるのに、ご自分に似合う服や色を熟知されているご様子ですが、もしやファッションにご興味が?」
「はい。とはいえ、きちんと勉強している訳ではないのです。以前、兄が流行りの仕立て屋に連れて行ってくれたので、そこで、自分の服を作る楽しみを知って……今はもう、私それに夢中なんですの」
「アッヘンバッハ公爵令嬢様のお召し物、デザインもさることながら、生地もお見事ですわ! どちらでお求めになりましたの?」
「生地に関しては昔から贔屓にしている店がありますのでそちらで……。」
キャッキャと始まるファッション談義。
そうだった。
このお三方は、服装やら小物やら色んなものに常にアンテナ張って頑張って試行錯誤を続ける、センスある人々だった。
センスというのはなんとなく漠然としているが、要するに大変育成が難しい教養の一分野である。
今流行りのもの、過去に流行ったもの、いろいろなものを見て知っており、かつ常にそれらの品々の情報収集をするのはマスト。一時的に持て囃されるものは沢山あるが、一年先にまだ好まれているものはごく僅かだし、十年先まで好まれているものは更に少ない。センスがある人々というのは「今はこれが流行りだって話だからこれで良いはず」に流されず、流行のものの中にある好まれる要素の本質を見抜き、それを上手く取り込んだりアレンジしたりの取捨選択を自主的に行える人々なのだ。
無理。できない。
私にはその能力、搭載されてない。
しかし、流行のものとかそうでないものまで含めて素敵にお洒落に着こなしたり使ったりできている人を見ると、私のようなセンス皆無の人間でも「おおっ、すごい」とは感じられるため、周囲からの好意とか信頼とか尊敬を集めやすいのである。故に、センスを磨くことは貴婦人令嬢の中では推奨されること。
まさに、このお三方はその体現。トークが上手かろうが服がダサいなら社交で成功することは不可能。世知辛いが、事実として……人は、あんましよく知らない人のことを、服装やら髪型で判断してしまう生き物なので。
三人は社交能力、つまりそれぞれタイプは異なるがコミュニケーション強者。なので、お互いに言われて嫌なことは言わない、触れない。相手の好きなものだけしっかりバッチリ脳内メモ。自分のターンとあいてのターンを、身分の差を加算、お相手の性格も加算して適宜パスを回していける人々なので、なんか、物凄く意気投合している。
コミュ強。それは優しく気遣いの出来る人々の別称である。
仕立て屋の話、流行りの服の話、それから宝石は何が好きか。どういうデザインのアクセサリーが好きか。化粧品はどこのやつが、老舗の香水店の香水は新作か定番か、などなど。話題はめまぐるしく変化していっている。
途中途中で適度に共感するために、日常のあるあるネタが適宜差し挟まっている。
が、ファッション関連のことがぜんぜん分からん私にも分かる。
この三人、会話を進めるうちに「こやつデキる」という目をしながら、相手のセンスと知識、それに発想力がいかほどかと探りを入れている。
すごく強い騎士が闊歩する戦場のただ中に、ボロい服の庶民が放り出されたみたいな気持ち。
「ガブリエラさまは元々センスがあるから凄く成長している。おしゃれでかわいいし、服もメイクもよく似合ってる。まだまだ伸びしろがあるし、モニカさまは大人っぽい服から柔らかい印象の服、それに服だけじゃなくて使う小物なんかの組み合わせが上手だし、カテリーナさまはその時その時のTPOに合わせて自分が与える影響を考えて服を決める絶妙さが凄い。楽しい。凄く参考にかるから、ずっとここで三人の話を聞いていたい……!」
ああ、ニーナが隣でキラキラしている。
そうだった。
ニーナもあっち側の人間。
振り落とされた私はぼーっとしているしかない。
が、仲間を発見。
カトリンさんがポカンとしていて「何もわかりません」と顔に書いてある。
良かった。一人ではなかった。
い、田舎の下位貴族出身同士、仲良くしようね?
シティガールの会話、付いて行けない。
そんな訳で、臙脂色と黒のストライプワンピース着たカトリンさんの方にさりげなく近寄ってみるなどしてみる。
「カトリンさん、お久しぶりです」
「お、お久しぶりですっ! せ、先日は、父と兄がお世話になりました」
「いえいえ、ほとんど挨拶だけでしたから。そういえば、ガルデーニア領の特産品はアプリコットとアメジストなのですよね? アプリコットは甘くて肉厚で美味しいとか。購入の予約をしましたので、夫のアルバン様ともども楽しみにしています」
「あっ、兄が、愚兄が……すみませんっ!」
カーッと赤面しつつ愚兄って言い切るあたり、仲良しなんだろうなこれは?
確かに、新興の男爵家の嫡男とは思えないぐらいハキハキ喋って特産品のセールストークしてたな、カトリンさんのお兄さん。
アルバンがアプリコット買ったの、美味しいスイーツが食べたいのもあるだろうけど、ガルデーニア男爵家のご嫡男の手腕に感心したからっていう面も大きいんだろうな。
「おかげで、ガルデーニア産のアプリコットは先物取引の依頼が殺到しているんです。これまではジャムに加工して細々と、なんとか売っていたのですが……全て旦那様のおかげです。ありがとうございますっ!」
「いえいえ。美味しいものが食べたかっただけなので」
「それに、ニーナ、いえ、ハーゲル卿と、ミトンのお陰でアメジストも購入希望の方が何人か出てきたので……うちは本当に助かったんです。これで貧乏から脱出できますっ!」
「あっ、はい。それは全部ミトンとニーナのお手柄ですね」
葡萄色のアメジスト、綺麗だったし、ミトンはこの間のパーティーで色んな人から撫でられまくっていたので、この上ない宣伝ではあっただろう。
淡水パールもそんなに高くない宝石で、そこまで流行っていないし、なんだかガルデーニア男爵領、勝手に親近感を覚えてしまう。
あと、純粋に……私は小心者なので……高価過ぎる装飾品、あんまり使いたくない。淡水パールは実家からほぼ無限供給なのでこれからも遠慮も容赦もなく使い倒すつもりではあるが、アメジスト、そこまで高価でもないのだし、ちょっと考えてみても良いかも!
「ミトンの飾り、とても素敵だったので、私もブローチが欲しくなってしまいました。今度、アルバン様に頼んで買って頂きますね」
「は、はいっ……! はい! ぜひ! ぜひお願いしますっ!」
カトリンさんは領地のコマーシャルを地道ではあるけどやっていて、いつも子供ながらも領地のことを気に掛けている良い子。素晴らしい。これぞ理想的な貴族の子供。
うちの子たちも、こんな感じで領地思いの良い子に育ってくれるといいな。
――などと、流行にもファッションにも疎いツェツィーリアが呑気にカトリンと会話しているすぐ横で、流行に敏感な三人の淑女たちは「今はもうパールが流行り始めていますが、次はアメジストですわね」とか「お義姉さまは流行源になる側の方ですから」とかこっそり話していた。
我が家の馬車は大柄なアルバンでもゆったり入れる、ラグジュアリーな大型車両。
なので、今回人数が多いものの、皆さん淑女の模範的な体の大きさであるため、六人くらいまでなら詰めなくとも楽勝で乗れる。そうです、本日この集団の中で最もデカい生き物が私。
ニーナはつい先日測ったところ、まだ十二歳になっていないというのに既に155センチ。すくすく大きくなっており、とうとう本日このメンバーの中では二番目に身長が高い。なんてこった。これからもご飯を沢山食べてのびのび育ってください。肉体的にも精神的にも。
それにしても、他の方々は150センチ前後なので……結婚してからずっとアルバンと一緒に居るせいで麻痺しているが、私、やっぱりデカいな……?
というか、アルバンは色々ちょっと、私関連だと感覚とか判断力が俄かにおバグり遊ばす傾向が強いので「君は体が小さいのに」とかなんとか、この間も口走っていたな?
アルバンの中で……世の平均的なサイズの女性は、どう認識されているのだろうか?
もうなんか、甘やかされることに慣れすぎてスルーしてしまいがちだが、アルバン、私、デカいです。ガブリエラさんもモニカさんもカテリーナさんも、150センチくらいです。これが普通。平均。中央値。私はそれより15センチもデカいです。帰ったら、自らへの戒めは勿論、世間の常識をアルバンにも今一度説いておこう。
ワイワイ楽しく馬車に乗り込み、その馬車も更に護衛の騎士に警護して貰ったりなどする。騎士は徒歩で移動のためゆっくりめの進み方である。
この騎士は今回、フリートホーフの騎士ではなくアッヘンバッハ公爵領の騎士である。
「お兄さまとお義姉さまに甘えてばかりでは申し訳ございませんので」
と、ガブリエラさんが言ってくれたので、警備のコストはアッヘンバッハ公爵家持ちになったのである。
無論、女性のみの集まりであるから、劇場のボックス席に入ったら、男性の騎士はドアの外で待機して頂き、室内の警護はニーナのみが担当する手筈である。有難い。
フリートホーフ辺境伯家とアッヘンバッハ公爵家の集まりであるし、両家が責任を持つ形となるため、安全性は色んな意味でもうバッチリ万全であるため、モニカさん命のコンラートさんも、心配性のマリウスさんも即快諾。
カテリーナさんは妊婦さんであるため、何かあった時のために念のため近くのお医者様を調べるなどはマスト。これはやはり近場なのでうちが担当。
程なくして国立劇場に到着。正面玄関前には車寄せがあり、リッチな貴族や王族はドアの真ん前に車を着けてそのまま中に入れる仕様。
「ガブリエラさんから、ですかね?」
「ええ。身分の順ですから、お義姉さま、お先に失礼します」
「正面玄関前、とても立派ですね。我が家の馬車が大きいので、やたらと注目されているような」
居心地が悪い。
正直に落ち着かない気持ちを言ったら、ガブリエラさんがくすくす笑っている。
「慣れませんわよね。いちいち、観劇するのにも大騒ぎになるのは私も慣れません」
「私は騎士なので、皆様をエスコートしても平気な立場です。私が先に降りましょう」
「お願いします、ニーナ」
そうだった、よくよく考えれば、ガブリエラさんはコルドゥラ様からいきなり家督を奪ったみたいな形になっているし、色々噂の的だろう。急にそんなことになってしまったから、本人も承知の上とはいえ、お兄ちゃんであるアルバンのブチギレに付き合ってくれてそんなことになっているのだし、申し訳ないな……。
「あら、ガブリエラ様、ツェツィーリア様、私はとっても楽しみでしてよ。何度かこの劇場にも訪れたことはありますけれど、少女の頃からこの真正面に車を着けて入場するのが夢でしたの!」
「すみません、恥ずかしながら、わたくしもです。学生時代から、コンラートが私をいつか、劇場の貴賓席に行けるようにすると豪語しておりましたので……一番良い席に案内して頂ける幸運を楽しみにして参りましたの」
明るく言い放ったカテリーナさんと、珍しくもちょっと頬を赤くして照れているモニカさん。
ガブリエラさんと二人して笑ってしまった。
「すみません、私も……正直に言うと、物凄く楽しみにしておりました……!」
ついでに、ソロソロと遠慮がちな挙手をするカトリンさんに、ガブリエラさんが「そうよね。話が決まった時には飛び跳ねて喜んでいたものね」と追加情報を暴露してくれたのでもうダメだった。
私もガブリエラさんも身分のせいで注目されるの飽き飽きというか、なんなら、同行者の皆さんに嫌な思いさせたりしないかなと心配な気持ちがあったのだけど、全員楽しんでくれているようなので何より。やはりカテリーナさんとモニカさんが居ると五割増しぐらいで楽しくしてくれるな?
物怖じしない鋼の心臓、ニーナがサッと凛々しく降りて、それから騎士らしく優雅な身のこなしで馬車から降りるガブリエラさんをエスコート。次いで、リズミカルに私、モニカさん、カテリーナさん、カトリンさんの順番で降りる。
降りた瞬間からもう、劇場の支配人がお出迎えである。
マジか。
いやでも、家の実権をがっつり握っている公爵令嬢と、色入れ王宮で派手にぶちかました辺境伯夫人が来るとなったら出迎えざるを得ないのかそうか。
ごめんなさい。こんな大事な感じになるとは正直考えていませんでした。始めて国立劇場に来るんです。初心者なんです。許してください。
今回は席を取ってくれたのがアルバンなので、私とガブリエラさんが並んで先頭となって支配人からの挨拶を聞き、そのまま席へとご案内。
こちらです、なんて恭しく扉を開けて貰って、ゴージャスな内装のお部屋に入る。
おお、二階席それも他の座席よりも迫り出した、舞台に対して真正面。どう足掻いても見やすい。
真紅のビロードのカーテン捲ればもう木彫りの手摺り。身を乗り出したら当然転落してしまうが、椅子に座って見るには丁度いい塩梅である。
その手すりからはなんと直接カウンターテーブルが伸びており、飲み物や軽食などをここに置いて下さいねという仕様である。椅子はその手摺りに沿って五つ並んでおり、ちょっと後方に一つ置いてある。後ろは護衛でありつつも騎士爵を持っているニーナのためのもの。普通の護衛なら立ちっぱなしになるが、既にニーナは貴族なのでこうなる訳だ。
なんにも言わなくても人数分のパンフレットがご用意されており、劇場のサービススタッフがドリンクや軽食のメニューを渡してくれる。
「私はシャンパンにしますが、お義姉さまはお酒が駄目でしたよね? 何になさいますか?」
「では色合いの近いアップルジュースを。カテリーナさんは何にしますか?」
「ハーブティーを頂いてもよろしいですか?」
「ええ。勿論です。この中では……妊娠中でも飲めるものは、温かいものだとローズヒップティーだけのようですが、それで良いでしょうか?」
「勿論ですわ。お気遣いありがとうございます、ツェツィーリア様」
「カトリンさんはどうするの?」
「わ、私も奥様と同じものを……!」
「ニーナはどうしますか?」
「私は護衛だから遠慮しておきます」
うーん、これきっと普通はウエルカムドリンク、みんな一緒でシャンパンなんだろうけど、きっと予約の段階で私が下戸なのと、妊婦さんや未成年が居ることをアルバンが伝えていたんだろうな。
アルバンは素っ気ないし愛想もないが、物事の全てはスムーズにいくよう計らうべきだと考えているので、劇場スタッフにもそういった要望を事前にしているものと思われる。
――まあ、主にお酒飲めない私が喉渇かないようにしたというだけだろうけれど。
ガブリエラさんが真ん中。私がその右隣、ガブリエラさんの左がモニカさん、右端がカテリーナさんで、左端がカトリンさん。身分の順に左右で割り振る感じになったけど、私以外のコミュニケーション能力が高いので和気藹々。ら、楽〜! この社交楽〜! 仕事の社交とは大違いだぜ。性格の良いコミュ強だけを集めたらこうも楽なのか。
「あの、すみません……食べ物を、食べ物を何か、頼んでもよろしいですか?」
耐え切れなかった。
まだ午前中だというのに。
到着したばかりだというのに。
でもだって、国立劇場のおつまみとか軽食、どんなものが出てくるのか気になるんだもの。
意を決してご飯食べたいですと言ったところ、皆さん快諾してくれた。優しい。
誘惑に負けてサンドイッチセットを頼む。
運ばれてきたのは長方形にカットされた遠慮がちな大きさのサンドイッチ。具は四種類。ローストターキー、ハムとキュウリとチーズ、茹で卵と茹で海老、スモークサーモン。あっ、すごい。スモークサーモンがちゃんと美味しい……! 知ってる味だからこれはきっとフリートホーフ産のやつ。始まる前からもぐもぐ腹拵え。
「……あの、わたくしも、ケーキを頼んでよろしいでしょうか?」
ガブリエラさんからまさかの提案。無論どうぞどうぞとメニューを渡す。
「では私も、よろしいですか? 無性に、無性にレモンパイが食べたくって……!」
この場で一番身分の高いガブリエラさんがやっているため、瞬時にカテリーナさんが飛び出した。うんうん、わかる。妊娠中って、変なタイミングで猛烈に特定のものが食べたくなる時、あるよね。
「すみません、私も、チョコレートケーキを……!」
「国立劇場のケーキは王室御用達の老舗店から運ばれてくるのですよね?」
「名物としてはやはりレモンパイですが、チーズケーキのソースが季節によって変わるので、今の時期だと苺かも」
「あのお店は確かチョコレートを使ったケーキは二種類ありましたが、これだとどちらなのか分かりませんわね?」
「恐らく、それならオペラになると思います。あのお店のオペラは、上に濃厚なチョコレートクリームで薔薇の花が作ってあるので」
「すみません、そのお店はどこに? 私は行ったことがなくて……!」
一気にスイーツの話になったので私も参加。
教えて欲しい。美味しいお菓子さん情報。あっ、でも、老舗ならアルバンは知ってそう。王都、というか、王宮育ちだし。
「では、わたくしはサラミとナッツを」
私たちがスイーツの話で盛り上がっている横で、おっとりとモニカさんがお酒の共をご注文している。
大人だ……。
はしゃぎ倒す私などとは違う落ち着いたオーダー。
あっ、違うこれよく見たらモニカさん、観劇ガチ勢だからパンフを熟読する構えに入っているな?
ゴージャスで広い貴賓席で、やりたい放題である。
良い傾向だ。
このまま、身近なところから淑女の少食であるべし文化、じわじわと駆逐していきたい。私が世間に合わせるのでなく、私が普通となるよう世間の方に刷り込んでいきたい。
「ニーナは本当に食べなくて良いんですか?」
「…………仕事中なので」
可哀想なニーナ。今日は着飾った貴婦人令嬢の集まりで護衛の仕事だから、我慢しているのね。真面目なばっかりに……観劇が終わったら、家でお腹いっぱい食べてほしい。




