【178】人間関係は難しい
バイルシュミット公爵はシャルロッテさんそっくりな赤い髪の紳士。娘さんが王太子妃となり、更には社交嫌いで有名なアルバンが妻同伴で参加して礼儀正しくしているのでご機嫌。
これは、確かに粗相してはいけないが割と楽な部類のパーティー。明確にお祝い事なので。
ホストがご機嫌だし、参加者はみんなホストと話したがるので、あとは適宜踊ったり飲んだり食べたり喋ったり方式。到着してすぐに挨拶済ませてからはフリータイム。
適度なところで切り上げようねとか甘いこと考えていたのだが、そうは問屋が卸さない。
――なんか、パーティー会場の片隅で、コンラートさんが笑顔のまま知らん紳士とバチバチやっている。
あっ、もしかして、あの人がラヴェンデル領をライバル視してモニカさんのアクセサリーの納期遅らせた人かな?
「アルバン様、モニカさんにご挨拶しても良いですか?」
「ああ、良いよ。僕もコンラートと挨拶するつもりだったし」
とりあえず助太刀だ。
スススと二人して近寄って、アルバンが私と組んでない方の片手を軽く上げてフランクに挨拶。
「コンラート」
いきなりの名前呼びである。
その瞬間、あからさまにザワつく周囲の人々。
まあそうですよね。人嫌いで有名なアルバンが、こういう場所でラヴェンデル卿ではなく名前呼びしたら、それはもう公に親友として扱ってますよということなので。
「フリートホーフ卿」
「こちらは?」
「ホテンズィエ伯爵です。伯爵、こちらはフリートホーフ辺境伯です」
「初めまして、フリートホーフ卿。お会い出来て光栄です」
おぉ、なるほど、事前情報にあった通り、フンベルトと繋がっていたっぽくはあるが上手く逃れている頭脳派らしく、違和感なくにこやか笑顔で繋げたな?
そして流石のコンラートさん。いきなり登場したアルバンに対しても優雅にご紹介。かつ、私は辺境伯と仲良いが? アピール。悪い顔を、している……。
観光業、それも領地内に温泉を有するという共通項のため、アルバンとコンラートさんとホテンズィエ伯爵はそっちの話を適当に。
私は私で、アホのフリしてた方が良いかなと思うし、別に喋らなくて良い場面なのでモニカさんと雑談。
「モニカさん、昨日は大丈夫でしたでしょうか?」
「はい。ツェツィーリアさまに琥珀のアクセサリーを貸していただいたお陰で、むしろ装いが改まりました」
「いえ、とんでもない。私が普段は使っていないものですし、アンティークですから、モニカさんのセンスに合うかどうか心配だったくらいです」
「畏れ多いことですわ。アンティークでも、良いものは良いと思います。後日、遣いの者をやってお返し致しますわ」
「返却は急いでおりませんので、余りお気になさらないでください。観劇の予定ですが、三日後ならガブリエラ嬢も予定が合うとのことですので、またそちらでお会いしましょう」
「はい。楽しみにしております」
モニカさんとご歓談。
ホテンズィエ伯爵に伴われて、すぐ横にホテンズィエ伯爵夫人と思われる女性が居るが、知らん人は怖いし、正直この方と話す内容が思い付かないし、私が彼女に話し掛けたらアルバンの助け舟が無駄になりかねないので話題は振らない。
こういう時には身分の低い人から話し掛けてはいけないのルールがあるため、会話するかどうかの選択権は私にある。便利なルールである。
と、思っていつつも、敢えて無視するの、無視する側にも結構心にダメージが来る。
うっ、ホテンズィエ伯爵夫人の視線が痛いぜ。
小柄で細くて、年頃としてはモニカさんと同じくらいだが、可憐でかわいい子リスみたいな方である。ピンク色の髪がよく似合っており、水色の髪の旦那さんの方とかなり吊り合いが取れている。
やめ、やめてください。私は魔力無しの黒髪ですがもう辺境伯夫人なんです。話し掛けて欲しいなぁ〜って視線の力が強すぎる。負けそう。
私自身は別に誰からも話し掛けられなくても微塵も気にしないタイプだが、世の中の普通の令嬢貴婦人は、周囲から無視されたり爪弾きにされると、可哀想なぐらいオロオロして憔悴して、時には泣いてしまったりするものなので。
と、微妙に居心地悪くなっていたら、視界の端に春らしく明るい、淡い黄色とオレンジ色のシフォン生地ワンピースを纏った栗色の髪の貴婦人がチラ見え。
やった!
カテリーナさんだ――!
「アルバン様」
「ん、ああ。ファイルフェン夫人が来ているのか。挨拶に行っておいで」
「はい」
早速、アルバンから腕を離して、さあ話し掛けて下さいというポジションにさりげなく、かつ自然に居てくれたカテリーナさんに声を掛ける。
よかった本当に。カテリーナさんさえ投入しときゃどうにかなる。助けてお願いカテリーナさん。
「カテリーナさん」
「ツェツィーリア様、お久しぶりです」
「いえ、先日は急にお呼びしてしまって……体調はいかがですか?」
「悪阻もだいぶ良くなりましたわ! 身重の身ですが、国の慶事ですので、張り切っておりますの!」
よかった。どうやら悪阻のピークは過ぎたっぽい。カテリーナさんの顔色が前に会った時より良いし、ドレスもちょっとお腹周りがゆったりめ。隣のマリウスさんはカテリーナさんが心配なのかソワソワしているが、本人は元気いっぱいである。
「ファイルフェン夫人、お久しぶり。フリートホーフ辺境伯夫人とお知り合いなのね」
おっ、と、ホテンズィエ伯爵夫人が仕掛けてきたぞ?
確かによく考えたら、ファイルフェン子爵家は去年まではカクトゥス伯爵の派閥の古参だったし、ホテンズィエ伯爵家と付き合いがあってもおかしくないか。まして、カテリーナさんがミスしまくりなフンベルトのフォローに奮戦したらしいし、知らない訳もないか。
でもなんか、あからさまにホテンズィエ夫人がカテリーナさんに対して上から目線で、感じ悪いなぁ。
要は私のことをカテリーナさんに紹介しろと圧を掛けている訳だが、この人、意地悪な人の気配がするし、お知り合いになりたくないなぁ。
「ええ。領地が隣接しておりますので。ツェツィーリア様は勿論、辺境伯閣下も北方の発展のためにここしばらくは交流を深めて下さっているのですわ」
カテリーナさんの躱し方が上手い。というか、社交下手な私でも躱せるようにパスしてくれるのが強い。
お喋り拒否を発動!
頷くだけ頷くジェスチャーで暗に紹介するなの意思表示!
だってモニカさんに意地悪するし、多分だけど、この人、カテリーナさんにも意地悪しそうなんだもん。信頼できない人とはお友達になりたくない。私は対人能力が低いのですぐ騙されたり利用されたりしそうだし。自分一人なら兎も角、今のこの身分はアルバンがくれたものなので、私のミスで家が不利益を被ったりしてはいけないのだから。
でも後からカテリーナさんが虐められたら困るし、私が嫌だ。自分が嫌なことを人に押し付けまくっていたら、それはフンベルトの二の舞。
なので、私が明確に意思表示しなくては。
「カテリーナさんは、いつまでこちらに?」
「混雑を避けるために、実家の方に顔を出してから、来週あたりに帰ろうと思っておりますの」
「そうですか。では、もしも体調がよろしければ、一緒に観劇に行きませんか? 女性のみの集まりで、アッヘンバッハ公爵令嬢と、モニカさんと共に行くつもりなのです。無論、公爵令嬢のご返答次第とはなりますが、よろしければ」
「ええ、ええ! ぜひ、ご一緒させて下さいませ!」
カテリーナさん、指まで組んで目がキラッキラ。
話の流れでこうなっちゃったけど、後でガブリエラさんに謝ろう。勝手に私のお友達ばかり誘っちゃってごめんねって感じ。だけど、カテリーナさんは社交のプロだし、北側とはいえ東西で分類するなら西側。王都の南西にあるのがアッヘンバッハ公爵領だし、大別して、西側の集まりで頼りになるカテリーナさんが助けてくれるかもとなったらガブリエラさんにもそれなりにメリットがある……筈だ。多分。でも勝手をし過ぎているし、ガブリエラさんに嫌われちゃったらどうしよう……新たな心配が発生してしまったが、カテリーナさんは私に向かってのみウインクしている。
こ、これはつまり「行けなくってもOKですわ!」ということ!?
あっそうか! カテリーナさん的には、私が観劇に誘った時点で目標達成なのか!
私に対して助太刀できる、そして、私という後ろ盾があるからホランズィエ伯爵夫人のお誘いを断る口実が出来る、かつ、妊娠中なのでもしガブリエラさんから参加を断られても、体調を理由にご自分から辞退出来る。
アドリブでこれが息をするようにやれるの凄いな!?
「ツェツィーリア、そっちはどう?」
「アルバン様」
「僕たちの方の話は終わったから、別なところに挨拶に行こうと思うんだけど……こっちはまだかかるかな? それなら、モニカ夫人とカテリーナ夫人と一緒に、休憩室で歓談してくれていても良いけど」
「いえ、私たちもキリの良いところでした。ガブリエラ様にカテリーナさんをご紹介したくて」
「ガブリエラ嬢に? それは良い。僕も一緒に行こうか。さっき挨拶はしたけど、積もる話もあるだろうし……僕もコンラートを紹介しておきたい。ファイルフェン卿、良ければ一緒にどうですか?」
「ぜ、ぜひお願いします!」
おぉう、さりげなく、笑顔のままカテリーナさんが肘でマリウスさんを小突いているぜ。
ファイルフェン夫妻、さては普段からこういう感じで回ってんだな。
そんな訳で、息をするような自然さでホランズィエ伯爵夫人をガン無視したアルバンにエスコートされて移動。ついでにコンラートさんも合流。
ご近所付き合いのある夫婦三組でゾロゾロと、ガブリエラさんの所に移動。
アルバンからガブリエラさんに、ラヴェンデル夫妻とファイルフェン夫妻をご紹介。
ガブリエラさんも社交が上手い、というか、調和を重んじてバランス取るのが上手いため、コミュ力の高いカテリーナさんとモニカさんはやりやすい相手っぽかったので、観劇に関しても快くOKしてくれた。
「申し訳ありません、ガブリエラさん。私のお友達ばかりお誘いしてしまって」
「いいえ、むしろ当日が楽しみになりましたわ。お義姉さまのご友人だけあって、人品骨柄に優れた貴婦人とお見受けしました」
「ありがとうございます。私には勿体無いほどのお二人です」
「お義姉さまのお人柄あってこそかと思いますわ。それと……私も一人、お友達を呼んでもよろしいでしょうか?」
「ええ、勿論です。どなたですか?」
知らん人は怖いが、ガブリエラさんのお友達ならば安心感がある。可能なら挨拶だけはしておきたい。
「ガルデーニア男爵家のカトリン嬢を呼びたいのです。学園でも仲が良いので」
「ああ、カトリン男爵令嬢でしたか。今日は……?」
「本日は欠席なのです。ガルデーニア男爵と、ご令息は参加されていると聞いておりますが」
「そうでしたか。ありがとうございます」
ガブリエラさんも急にアッヘンバッハ公爵家なんて大きな家のトップになってしまったので多忙。話さなくてはならない人が多いため、手短に切り上げる。
それにしても、ガブリエラさんの婚約者の青年、常に大人しく、ガブリエラさんに対して忠実な従者のようである。顔の印象もなんか薄め。自己主張苦手な方なのかも知れない。
「あとは……うちはスマラクト卿にご挨拶かな? コンラートは今日は夜遅くまで居るんでしょ?」
「ああ。避暑地としての宣伝は今が勝負なんだ。アルバン、君のところは用が済んだらすぐ帰るのだろう?」
「うん。単に出席して、ある程度参加してるポーズが大事だからね。知り合いに挨拶して終わりかな」
「そうか。スマラクト卿には私も後で挨拶に行きたいところだが、王太子殿下とビリヤードの約束がある」
「やるねぇ。ハネムーンの枠、もう取ったの?」
「ああ。これまで北方にはこれという観光地がなかったからな。王太子殿下にプレゼンしたら、前向きにご検討されるとのことだった。加えて、王太子妃殿下は無類の猫好きだそうだ」
「あっ、それはまあ、勝ちだよね。そうか。そういえば……確かにシャルロッテは子供の頃から猫好きだったかも」
コンラートさん、超ご機嫌。
王太子殿下ご夫妻のハネムーン旅行先に選ばれたら、この先数年間ラヴェンデル領は貴族に大人気の旅行先になるだろう。ホクホクだろうな。
……これ、うちにも一枚噛ませてくれないかなあま?
ラヴェンデル領の邸宅と我が家、かなり直線距離では近いし、ラヴェンデル領の宿が取れなかった人がうちの街に泊まってお金落としていってくれないかな?
ケットシー印のクッキー屋さん二号店計画、後でアルバンに相談してみるか。
じゃあまたねと別れて、アルバンと一緒にスマラクト侯爵を探していたところ、探す途中で発見してしまった。
下位貴族同士でわちゃわちゃ固まっているただ中に、どっかの下位貴族と火花を飛ばす我が両親。
わぁ、あれ絶対にお母さまがバチバチバトルしてて巻き込まれたら死ぬほど面倒臭いやつだぁ。
見なかったことにしよ!
我が両親ならどうとでも出来るだろうと思ってあえて見なかったフリしようと思ったのだが、バチバチやってるのを見て、アルバンが私の腕を引きながらひょいひょいひょいっと、我が両親の所に歩いて行ってしまう。
「お久しぶりです、お義父さん」
「おや、フリートホーフ卿」
びっくり仰天。
周囲の人々も、ついでに私も、ギョッとしてアルバンをまじまじ見てしまう。普段の社交に対するやる気の無さが嘘のような軽快なフットワークで登場し、開口一番いきなりのお義父さん呼び。
「辺境伯夫人も……双子をご出産されたと手紙で拝見しましたが、お元気そうで良かった」
「は、はい……。」
あっ、やばい。
お父さまから他人行儀に話仕掛けられてちょっと泣きそう。
いや内容としては父親と娘でしかないのだけど、私はもうフリートホーフ辺境伯家の人間で、グリンマー子爵家の実の両親より身分がずっと高くて、違う家の所属になってしまっていて、こういう場ではもう、お父さまお母さまからは私を名前で呼べないのだなぁと思うと、堪らなく寂しい。
好きでやっている訳ではないと知っているのに、まるで突き放されたような気持ちになってしまう。
「はい。母子共に健康です。お父さまとお母さまもご健勝のようで」
ちょっと目がウルっとしたが、我慢我慢。これはお仕事。黒いヴェールがあって助かった。
「冬の間は連絡も少なく、さぞ心配だったでしょう。また後日、我が家にぜひお越しください」
「いやいや、これは……恐縮ですな」
「あらあらまあまあ、相変わらず、仲睦まじいこと。ツェツィーリア、また会いに行くわね」
「はい。お待ちしております」
ここで母からの無言の圧。
私は……母のこの圧に対して無力なので、従順にそれっぽい答えを返すことしか出来ない。
「おや、これは……失礼。お邪魔してもよろしいかな?」
「スマラクト卿。お久しぶりです」
そこに現るダンディ紳士。スマラクト侯爵がスッとやってきた。ここぞとばかりにやって来た。
お、お歳を召しておられるのに、やっぱり矍鑠としておられるなぁ。
背筋もビッと伸びているし、痩せているしカッコ良い。
そんなスマラクト侯爵は歩くのも速い。
これもしかしなくても、私含めグリンマー家勢揃いなのでチャンスを逃すまいとして他の人々をぶっちぎって来たな?
「アルバン卿は細君のご実家ともご懇意の様子。素晴らしい行いです。身分の上下に関わらず、貴族家同士が連帯する。これぞ理想的な姻戚関係でしょう。夫人も含め、貴族の鑑ですな」
わぁ、すごぉい。
侯爵家の中でも格が高いスマラクト侯爵からベタ褒め喰らってしまっているぞぉ。
アルバン、ニッコニコ。
ちょっと!
これは社交なんだから、アルバンはうちの両親と私をベタ褒めされて簡単に良い気分にならないでくださいよ!?
しっかりしてアルバン……!
「グリンマー子爵と夫人、共に嫁がれたご息女に対する心配りがあるものと思います。大変結構なことですな。ところで、グリンマー卿は手広く輸出業をされているとか。私とフリートホーフ卿で行っている事業があるのですが、ご興味はありますか?」
ガンガンいくぜスマラクト卿。
なんなら笑っていつつもお父さま、後ろに下がろうとしている。
貪欲に恩返しのチャンスを狙っていく、スマラクト侯爵家。五百年前の恩に対するその熱意、確かにちょっと怖い。正直引いちゃう。
「立ち話も難ですから、あちらで詳しい話でも……。」
我が両親、スマラクト侯爵によってドナドナされていくの巻。
火花飛ばしあってたどっかの貴族に対しては完全勝利だが、これから恩返しチャンスを狙うスマラクト侯爵を躱さなくてはならない。とはいっても、躱し切れなかったところでグリンマー家の不利益になることはまずないため、私とアルバンはそのまま両親を見送っておく。さよなら〜!
「じゃあ、そろそろ帰ろうか」
「ええ」
うっかり迂闊に下位貴族ばかり固まっているところに突っ込んでしまったために、周りの人々がザワザワソワソワ。話し掛けられたくて堪りませんオーラが凄いため、そろそろ逃げようかなとか思っていたのが、ここでふと、ご挨拶漏れがあったことを思い出す。
「そうだ、アルバン様、出来ればガルデーニア男爵にもご挨拶しておきたいです。カトリン嬢とガブリエラ様が仲が良いみたいで……それに、卒業後の話とはいえ、令嬢令息を我が家でお預かりするのですし」
「ああ、そうだね。僕も手紙でのやり取りはしたけど、顔は知らないから……ここで一回挨拶はしておこうか」
そんな訳で、すぐ近くに居たバイルシュミット家のおもてなしスタッフに「ガルデーニア男爵どこに居るの?」と尋ねたところ、数分後にガルデーニア男爵とご子息の方から慌てふためいた様子でやって来た。
「初めまして。アルバン・フリートホーフです。こちらは妻のツェツィーリア」
「初めまして」
「は、は、初めましてっ……!」
男爵はワタワタしていたが、後継であるというカトリンさんとレオンさんの兄上は割と肝が据わった感じで好印象。なるほど、身分の低さをものとせず、王太子殿下のご学友となっているだけはあるぜ。
慌ててダラダラ汗をかきまくる男爵に対して、ご子息の方はアルバン相手にも臆さず特産品のアメジストとアプリコットのセールストーク。
なかなか宣伝が上手いな?
「なるほど。アプリコットはフリートホーフで余り使っていないし、大粒で肉厚のものなら、一度買ってみても良いかも知れない。そちらについてもまた手紙で」
アルバンは甘いもの好きなので、アプリコットのパイやらタルトやら、きっと欲しいんだろうな。
ダイエットが終わったし、デザートやおやつも充実させたいのであろう。リバウンドが心配だが、まあ健康に問題がない範囲なら目を瞑ろう。ダイエット、凄く頑張っていたし。
そこから更に移動して、疲れたしそろそろ帰ろっか、となんとなくそんな雰囲気になった頃合いで、後ろから声を掛けられた。
「フリートホーフ辺境伯夫人」
「イザベラ様」
振り向くと、美しくかつお洒落に着飾ったイザベラ様が、これまた格好良くお洒落したヘンリックさんにエスコートされる姿が!
ヘンリックさん、視線がもうずっとイザベラさんに向いている。なんならポコポコ小さいハートが飛んでいる幻覚さえ見える。イザベラ様もちょっと照れ臭そうに無表情を頑張っているが、しかし、満更でもなさそう。
えっ、今日……来て良かった……!
「トゥルペ伯爵。それに、ヘンリック卿。ご婚約おめでとうございます」
「ありがとうございます、フリートホーフ辺境伯。それに、夫人も……昨年の件では大変お世話になりました。心よりお礼申し上げます」
「いえ、当然のことをしたまでです。トゥルペ伯爵に於かれましては、代替わりの直後に騎士制への回帰。さぞ大変だったことでしょう」
「苦労がない訳ではありませんが、しかし、承知の上でのこと。お心遣い感謝致します」
イザベラ様は今年の初めに、無事トゥルペ伯爵となった。女伯爵として正式に国王陛下と議会から承認を受け、かつ、先代トゥルペ伯爵、イザベラ様のお父様から認められての継承である。色々と話題となったのは勿論、恐らく……女性の継承とあって逆風も強いのであろうが、イザベラ様が変わらない様子で良かった。
何より、婚約者となったヘンリックさんは騎士の中の騎士。加えてちゃんと、イザベラ様を婿として支えてくれそうな雰囲気がバリバリなので凄くあの、見ているだけで満たされる。
これこれ。これだよ。
イザベラ様は幸せになるべき。
世界が修正されたな! 満足です。
「ヘンリック卿は確か、一人の騎士としてトゥルペ騎士団に入団されたとか」
「はい。騎士団長として、という話もあったのですが、やはり新参者が突然、騎士団長などというのは反発を招きます。なので、いっそ一からと」
うんうん! よしよし、それでこそイザベラ様と結婚するに相応しい騎士の鑑!
何目線だよという感じだが、私としてはイザベラ様の配偶者には心まで高潔であってほしい気持ちが強い。でないと吊り合い取れないし。
アルバンの方は女爵とその夫って具体的にどう回しているの? ということが気になるらしく、ヘンリックさんと話しているが、その横で、私はイザベラ様とちょっとお喋り。
社交嫌いな私だが、イザベラ様とヘンリックさんの結婚式には行きたい。招待されたい。最高に幸せな晴れ姿、この目で見たい安心したい。
「イザベラ様、ヘンリック卿と仲睦まじいご様子で、人ごとながら大変嬉しく思います」
「ええ。辺境伯夫人。婚約者……ヘンリックは私と相性が良いようです」
うんうん。そうだよね。どっちも真面目で人としてしっかりしていますもんね。
ついついニコニコしてしまう。
もっと聞きたい。イザベラ様の近況。
「辺境伯夫人は……。」
「どうかツェツィーリアと、イザベラ様」
「ツェツィーリア様は」
「昔のように呼んで下さいませんか?」
「……あなた、辺境伯夫人としての自覚がなくってよ?」
「それでお願い致します」
私はイザベラ様を人としてかなり敬愛しているので、これからも身分に関係なく様付けで呼ぶが、イザベラ様が私のことを様付けで呼ぶのは違和感しかないので、さん付けで呼んで欲しい。
いやイザベラ様にはあからさまに呆れられているけれど。
「あなたは……卿から手紙を貰ったことがあって?」
「求婚のお手紙のみですね。それも、父と夫の間のものですし、ないです」
「ヘンリックは、ほとんど毎日、私に対して愛を綴った手紙を送ってきます」
「まあ! それは素晴らしいですね!」
いいぞいいぞ。ヘンリックさん、流石正統派騎士。ちゃんと男性として、婚約者としてイザベラそんに愛情表現してる!
「きちんとした殿方とは、このように行動するのかと感心したものですが、やはりしない方が大半のようですね」
「世間の平均については私も良く分からないのですが、そうなのかも知れません。ヘンリックさんは筆マメなのですね」
「そのようですね。ヘンリックがトゥルペ騎士団に入ってからは、距離が近くなりましたので、別な手段を使うことにしました。あなた、最近のアカデミーで流行しているという、交換日記というものはご存知?」
「いいえ、知りません。日記を交換するんですか?」
「一冊の日記を、婚約者同士で日替わりで交換するのです。私は仕事がありますし、ヘンリックは騎士団の訓練で多忙なので……婚約者同士の交流として健全かつ、時間の合わない時にも大変有効な手段でした」
「今はそういうものが流行っているのですね……。」
私とアルバン、常に一緒に行動しているから交換日記が成立しなさそう。
「あなた……自慢話ばかりされて悔しくないのですか?」
「はい。夫婦にはいろいろな形がありますので、私は幸せですし、イザベラ様も幸せであれば素晴らしいことだと思います」
あっ、これ幸せマウントのつもりだったのか。
ただひたすらにイザベラ様が可愛いだけの日常エピソードトークとしか認識していなかった。
しかしあの、すみません。自慢しているつもりのところ申し訳ないが、その幸せ自慢を私にしてくるあたり輪を掛けてなんかこう、いい。凄く良い。今、イザベラ様がヘンリックさんに大切にされていて幸せなんだね、ってよく分かるので。
「これまでに様々な経験をしましたが……きちんとした殿方がどのような行動を取るのか、初めて知りました」
しみじみと言ったイザベラ様に対して、咄嗟に言葉が出てこなかった。
ああ、良かった。
イザベラ様はきっともう、大丈夫なんだ。
「……結婚式はいつ頃のご予定でしょうか?」
「来月の半ばの予定です」
「では、さぞ薔薇の美しい頃合いでしょう。必ず出席させて頂きます」
「あなたも多忙でしょう。カルキノスが出たと聞きました。貴族の責務として、領地を優先するべきです」
「我がフリートホーフ騎士団は精鋭揃いです。竜が出たとすれば難しくもありましょうが、それ以外でしたら、すぐに討伐するでしょう。結婚式には何を推しても駆け付けます」
「……そうですか」
イザベラ様がフイッと横を向いて黙り込んでしまった。
照れている。
こ、こ、恋、してるぅ……!
イザベラ様、照れるとこんな風になるんだ。新鮮。心がポカポカするぜ。
アルバンとヘンリックさんは私とイザベラ様の会話が終わるのを待ってどうでも良い雑談を続けていたらしく、じゃあそろそろ……みたいな感じでお別れ。
来賓たちから可愛いの褒め言葉と撫でをカツアゲしていたミトンと、貴族令嬢や貴婦人のファンに囲まれていたニーナを救出して撤退。
実はニーナ、ずっと私たちの後ろから付いてきてはいたが、色んな貴婦人令嬢たちへのファンサを丁寧にしていて忙しそうではあった。
今日我が家で一番大変だったというか、一番社交していたのはニーナとミトンかも知れない。
「疲れたね。今日は帰ったらすぐお風呂に入って早めに寝よう、か……?」
ぐぅ〜、きゅるるるるる。
馬車に乗り込むなり腹が鳴る。
結局、到着してからずっと忙しくて、飲み物貰う以外ろくろく食べられなかった。
もう駄目。
お腹と背中がくっつきそう。
「帰ったらまず、食事かな?」
「ローストビーフ、まだ残っているでしょうか?」
「昼と同じもので良いの?」
「美味しかったのと、やはりお肉が食べたいです……!」
出発前、おやつがわりに食べようと思っていたローストビーフ、結局ギリギリに起きてしまって食い流してしまったが、まだ片付けられていないならもっと食べたい。あっさりした赤身肉、幾らでも食べられる。
隣でニーナも「ローストビーフ……!」と呟きながらじゅるりと涎を啜っていた。
社交が忙しくなると貴族、ろくろくご飯も食べられない。
世の無常を感じる事実である。




